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クラウドHRシステム時代に乗り遅れないための「ペイロール問題」対処法

クラウド/SaaS型システムへの移行の波は導入時の初期投資を抑え、スピーディに運用を開始することが可能なため、HRの世界にも及んでいます。日系グローバル企業が「ペイロールはインハウス」志向を脱却しHR機能変革を進めるための考え方を紹介します。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.69)

クラウド/SaaS型HRシステム時代の到来

1. HRの世界でもクラウド/SaaS型のシステム運用が増えている

クラウド/SaaS型システムへの移行の波はHRの世界にも及んでいる。クラウド/SaaS型システムとは、従来のERPシステムのようにユーザー側のサーバーにソフトウェアを導入するのではなく、ベンダーが稼動する機能を「サービス」としてユーザーが利用する形態のシステムを指す。その形態ゆえに、導入時の初期投資を抑え、スピーディに運用を開始することが可能となる。HRの世界でも、WorkdayやSuccessFactorsをはじめとする製品の台頭により、近年クラウド/SaaS型のシステム運用が選択肢として検討されることが当然になってきている。

たとえば、HR部門の機能変革を進め、「オペレーション中心の業務から、マネジメント層・各ビジネス部門により大きく寄与する戦略的HRへの移行」を目指すケースを考えてみる。そのようなケースで、下記に挙げるような観点から既存HRシステムの機能強化をスピーディに実施したいならば、クラウド/SaaS型HRシステムの導入には大きな価値が見出されるはずである。

 • グローバル人事施策の導入を推進するためのグローバルHRデータベース(HRプラットフォーム)の導入

 • 日々変化するマネジメント層・ビジネス部門からの要求に応えるデータ提供を容易にする、柔軟性の高いレポーティング機能の付加

 • ユーザーへの親和性が高いビジュアルとユーザビリティ(スマートフォン・タブレット端末の活用等)を備えたセルフサービス機能による、ビジネス部門とHR部門双方におけるオペレーション負荷の軽減

2. ペイロールシステムが障壁となる

それでは逆に、その選択を躊躇させるものとしてはどのようなものが考えられるであろうか。主に日系グローバル企業を相手にしている我々の経験上、とても大きな「障壁」を挙げることができる。それが、HRオペレーションの中枢を担うともいえる「ペイロールシステム」の存在である。

ペイロールシステムの存在が、クラウド/SaaS型HRシステム導入の意思決定にどのように影響するのか。本稿ではその課題及び解決の方向性を整理し、日系グローバル企業がクラウド/SaaS型グローバルHRシステムを起点としたHR機能変革をスムーズに進展することへの一助としたい。

 

ペイロールシステムの「呪縛」

日系グローバル企業においてもグローバル標準システムとしてのペイロールシステムは現時点で導入の選択肢にあまり上がってこない。各国の法令に則ったローカル色の強い業務を、ローカル人材が正確に遂行することが重要視されるため、システムもそれに応じたローカル色の強いものが選択される傾向が強いのである。

しかし、ペイロールシステムがグローバル統合されないことは、必ずしも問題ではない。要は、ローカルのペイロールシステムのあり方に捉われず、本来実現したいクラウド/SaaS型グローバルHRシステム導入を通じたグローバルHRの姿(ヘッドカウントや社員情報の見える化、グローバルモビリティの実現等)を実現することができればよいのである。問題となるのは逆に、ローカルの既存ペイロールシステムがその推進の足枷となってしまうことである。その主な要因は以下の二つの思い込みにあると考えている。

 • ERPシステムで実現した既存のHR/ペイロール「結合」システムとの重複、または分断への危惧

 • 「それでもペイロールはインハウス」志向による、クラウド/SaaS型グローバルHRシステム導入効果への懐疑

 

今のHR/ペイロール結合システムにおけるHR機能

今のHR/ペイロール結合システムにおけるHR機能は、実はペイロールシステムの一部では?

ペイロールシステムの「呪縛」にかかってしまう思い込みの一つ目として、既存システムとの重複、または分断への危惧がある。ここで前提とする既存システムとは、過去十年強の間に爆発的に普及した、ERPシステムによるいわゆる「人事給与一体システム」のことである。クラウド/SaaS型グローバルHRシステムの導入を検討する場合、そのようなシステムにおける「HR機能のみを置き換える」という印象を持ってしまい、それによる機能の重複や、「HRシステムとペイロールシステムの分断」を危惧されることが多い。

この場合、まず考えてみて頂きたいことは、既存のERPシステムに搭載されているHR機能が、御社の目指す「HR部門の機能変革」を進めるために必要な要件を満たすものといえるかどうかである。むしろ、「ペイロールシステムの一部としての、HRデータベース」の域を出ていないものであるケースが多いのではないだろうか。

ここで改めて説明するまでもなく、ERPシステムは、企業の業務システムを複数の領域を跨いでグローバルに統合し、情報の統合・連携を進める上で計り知れない効果をもたらした情報システム基盤である。したがって、多くのケースでそれは全体最適の視点で設計されるべきものであり、各業務領域固有の要件(ベンダーによって対応される法令要件を除く)によって標準機能を逸脱する機能を実装することは、一般的に多大な追加開発コストとメンテナンスコストを発生させ、ERP導入によるコスト効率向上に水を差すことになってしまう。

HRシステムとペイロールシステムでは期待される役割が違う

このような前提でペイロールシステムと共に導入されたHRシステムにおいては、ペイロールを正確に実行し、場合によってはその結果をファイナンス側に連携するために必要な情報を備えることが最優先される。一方で、冒頭で述べたHR部門の機能変革を進める上では、日々変化するマネジメント層の要求に対応する柔軟なレポーティング機能や、社員への権限委譲をスムーズに進めるためのユーザビリティの高いセルフサービス機能およびワークフロー機能などが求められる。

よって、両者における期待と要求の違いは明白である。冒頭で例示したようなHR部門の変革の方向性に照らし、既存システムに備わっている機能で、何をどこまで実現することができ、逆にどんな機能を付加的に実現していかなければならないか。そのギャップを整理し、それを解消する方法の一つとしてクラウド/SaaS型HRシステム製品を検討する。その試みは決して、単純な機能の置き換えや重複をもたらすものではないはずである。

HRシステムとペイロールシステムの「分断」は問題とならない

また、クラウド/SaaS型HRシステム製品は、SAP・PeopleSoft等のメジャーなERP製品との情報連携に強い。近年の欧米の導入事例を見ると、クラウド/SaaS型HRシステムを導入しながらも、ペイロールシステムは既存のERPシステムを活用し、両者をインテグレーションして運用するケースは多く存在する。インテグレーションによって二重入力や情報の齟齬も防げるため、HRシステムとペイロールシステムの「分断」は問題とはならない。

「それでもペイロールはインハウス」志向からの脱却

ペイロールはインハウス以外ありえないのか?

思い込みの二つ目は、クラウド/SaaS型HRシステムを導入しても、「結局ペイロールはインハウスのシステムで運用しなければならないので、人も運用負荷も減らせない……」という、いわば、「それでもペイロールはインハウス」志向とも呼べるものである。インハウスのシステムとは、ERPシステムに代表される、自社のサーバーにソフトウェアを導入し、独自に運用保守を行う形態のシステムであり、つまりはクラウド/SaaS型システムの対極にある。ペイロールはHR部門の抱えるオペレーション業務の中枢であり、システム運用負荷も高いため、「ペイロールはインハウス」という考え方が正しいならば、この結論自体は理解できるものである。

しかし、本当にペイロールシステムはインハウスで運用されるべきなのであろうか。HRシステムとともにクラウド/SaaS型のシステムに移行することや、業務そのものをアウトソーシングするなど、他の選択肢もあるし、この思い込みをもたれる企業においても、実際に一度ならずそれを検討されているはずである。可能性の検証のための一助として「他の選択肢」として挙げた二つの手段を少し詳細に見てみる。

クラウド/SaaS型システムに移行

まずは、まとめてクラウド/SaaS型のシステムに移行することである。確かに、現在のところグローバルHRシステムを実現する大手のクラウド/SaaS型の製品に、ペイロールをグローバル(特に日本仕様)に完全にサポートできている製品は存在しない状況といえる。(2013年11月現在)

ただし、たとえば日本国内のみに対応できる製品を探してみると、いわゆるペイロールのASP(注1)対応製品は市場に存在する。各ASPのサービスの範囲にもよるが、クラウド/SaaS型で導入したHRシステムから、それらのASPのシステムにデータを連携して運用するパターンも、大いに検討の余地があるはずである。

※注1:ASPとは、Application Service Providerの略で、ネットワークを通じてビジネスアプリケーションの機能を提供する事業者およびそのビジネスモデルを指す。クラウド・SaaSとほぼ同義で使用される。

アウトソーシング化

一方でアウトソーシングはどうか。近年欧米のグローバル企業では、ペイロール業務をグローバルでアウトソーシングし、システムも既存ERPシステムからアウトソーシングベンダーのシステムに移行する動きが加速している。日系グローバル企業ではそれに少し遅れているものの、少なくとも日本国内を対象にペイロールのアウトソーシングを実施する動きは増加してきている。矢野経済研究所によると、国内の給与計算アウトソーシング市場規模は2006年の1,770億円から右肩上がりで2012年には2,360億円にのぼっており、そのニーズの安定から今後も年2.0~2.5%の伸びを予想しているという。(出所:矢野経済研究所「2012年版 注目のアウトソーシングビジネスレポート」)

尚、これらのいずれの選択肢においても、ベンダー側のシステムの標準的な機能のみで運用できるように、業務をシンプルにする必要がある。実は「それでもペイロールはインハウス」志向の根本的な要因を議論すると、既存システムに実装した独自機能(手当の計算機能・レポート機能等)の存在、更にはそれらの機能が、担当者の変更等により「ブラックボックス」化していることにより「変えられない」と思い込んでいるケースが多い。

クラウド/SaaS型HRシステムの検討を機に、複雑化した機能を紐解き、計算ルールや業務を可能な限りシンプルにすることを試みてみるのもよい。重要なことは、「それでもペイロールはインハウス」志向が先行し、その要因や他の選択肢を十分に検証しないままに、クラウド/SaaS型HRシステムの導入による変革の手を弛めてしまわないことである。

インテグレーションモデルに移行した先進企業

実際にクラウドHRとペイロールのインテグレーションモデルに移行した先進企業の存在

これまで述べた「ペイロールシステムの呪縛」は、クラウド/SaaS型グローバルHRシステムへの移行を検討する際に必ずでてくる懸念点である。そしてここで示したいくつかの対処法は、すべてクラウドHRシステムとペイロールシステムのインテグレーションを前提としている(図表1)。実際に我々のコンサルティング現場では、新しいクラウド/SaaS型HRシステムをグローバルで導入する際に、これらのインテグレーションモデルを実現させてきているのである。

読者諸氏の企業において、HR部門の機能変革を本気で進められており、尚且つこのような「呪縛」にかかった社内システムの現状を目の当たりにした場合は、検討の際の一助として頂ければ幸いである。

既存システムの現実的な『分断』をインテグレーションモデルでカバーし、クラウドによる新たなグローバル『統合』HRシステムのメリットを享受するべきか、それともローカルペイロールオペレーションのために現状を守るべきか- これは決してシステムだけの話ではなく、HRの戦略を問う大きな命題である。

 

組織・人事コンサルティング~ヒューマン キャピタル 各種サービスに関するお問い合わせ

DTC_HC@tohmatsu.co.jp

図表1:クラウドHRシステムの可能性を広げる、インテグレーションモデルの例

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ニュースレター情報

Initiative Vol.69

著者: デロイト トーマツ コンサルティング
アソシエイト マネジャー 馬島 聖

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。

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