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東南アジア駐在コンサルタントの視点 東南アジアの日系企業がかかえる人事課題 ~“日本型人事”からの本格脱却の兆し~

東南アジアに駐在し、各国の日系企業向けの人事コンサルティングサービスを担当しているデロイト トーマツ グループの現地駐在コンサルタントが、東南アジアの日系企業が抱える共通的な課題について考察する。(人事・組織コンサルティング ニュースレター Initiative Vol.76)

東南アジアの日系企業が抱える人事課題

一口に“東南アジア”と言っても、その中にはシンガポール・マレーシア・タイ・インドネシア・ベトナムを始めとして多くの国が含まれる。

各国の成り立ち・歴史や現在の発展のステージ、民族・宗教・言語や文化・労働観、そして労働法規はそれぞれ異なるため、労務管理上のポイントも各国でそれぞれ異なる。例えばタイでは、特に製造業では組合対応や残業拒否対応等の個社別の労務問題や賃金上昇のコントロールを如何に行うかがポイントとなり、また、インドネシアでは国を挙げての組合活動による最低賃金の継続的な急上昇や労働環境改善の動きへの対応、法規制に基づき如何に優秀なインドネシア人の人事・労務担当を確保するか、といったことがポイントとなる。また、一人当たりGDPが日本を超え、現地資本の発達・外資系企業の進出が著しいシンガポールでは、キャリア形成および給与水準向上に向けた転職が一般的な中で、コアとなる人材を自社にリテインしていくための細やかな仕組みの整備がポイントとなる。

筆者は東南アジアに駐在し、各国の日系企業向けの人事コンサルティングサービスを担当しており、仕事柄それぞれの国でクライアントをご支援させて頂いている。各国の人材マネジメント上のポイントや日系企業が直面する課題は、上記の通り国による違いや業種による差異が細かくは色々とある一方で、現地の日系企業の人事担当の方から伺う人事上の課題は、大きな括りでは共通している部分も多い。すなわち、「よい人材が採用できない」、「せっかく育てても辞めてしまう」、「今後を担う管理職層とその候補が確保できない」、そして「それら人事上の課題に対応する人事部門が弱い」という点である。

本稿では、乱暴な議論であることを承知の上で、各国の人事労務のポイントの違いには踏み込まず、東南アジアの日系企業が抱える共通的な課題について考察したい。 

背景としての東南アジアと日本の労働市場の違い

いい人材がいても採用に至らない、社員がこれからという時に転職・退職してしまう等の大きな理由の一つは、給与水準がマッチしないことにある。特に日本本社の方からは「給与だけが問題では無いはず」とのお話をしばしば伺うが、東南アジアにおいては、給与水準は社員にとって会社選択の極めて重要な要素であることを、改めて認識する必要がある。

日本の労働市場は極めて成熟化しており、マクロ的に見れば給与水準は上がりきっている。現在の日本の経済成長は過去ほどでは無く、直近10数年の日本における賃金管理のポイントは全体原資のコントロールとパフォーマンスに応じた再分配であり、筆者も10数年にわたり日本で“成果主義人事制度”や“ポスト成果主義”といったテーマをご支援してきた。

一方で東南アジアは各国で段階の差異はあれども、今まさに急激な経済成長を遂げており、シンガポールやタイでも年率一桁%台、インドネシアやベトナムでは年率10数%を超えるCPI(消費者物価指数)の上昇がある。社会は目に見える形で徐々に裕福になっており、基本的には「給与は上がるもの」として認識されている。従って、社員としては自分の周りの環境に見合った給与水準であるか否かを判断の基準として強く持っている。

また日本は、近年は大きく変わりつつあるものの、根底にはそれなりに長く一つの会社に勤め、その中でキャリアを作っていく文化があり、人事諸制度も、新卒・若手中途を採用し、社員が長く勤めることを前提として作られていることが一般的である。

一方で、東南アジアの40歳代より若手の社員は、国の経済発展を間近に見てきた世代である。若い世代ほど、現在の40歳代・50歳代の成功を見て育っており、また近年の社会構造の中で新しい教育を受けた世代であり、キャリア形成に関しては極めて自立的である。彼らは優秀で現地資本・外資系から引く手数多であることを認識しつつ、自分のキャリアアップと給与向上の機会を常に探し、チャンスがあれば転職をして自らキャリアを作っていく。東南アジアの社会人にとって、転職は後ろめたいことではなくキャリア形成の重要な手段として認識されている。

余談ではあるが、日系を含めた外資系企業がターゲットとしている、高度教育を受けて英語が堪能な人材には、各国における富裕層の出身の方が相当割合存在する。彼らは社会人経験を数年経た後に海外留学に行ったり、ファミリービジネスの中に身を移すことも多く、これも人材流出の主要な理由の一つとなっている。

日本では、伝統的には職種別賃金体系を持たず、企業として一つの賃金体系の中で社員を処遇することが多い。社内で異動・ローテーションをしながら多様な経験をさせ、広い視野を持たせる育成方法が主であり、職種別賃金体系では運用が複雑になってしまう。

一方で東南アジア、ひいては日本以外の国の労働市場は、基本的には職種別・ポジション別に市場水準が決まっている。各国の社会構造の違いは、労働市場における人材層の厚さ・充実度にも関係しており、東南アジアは古くから日系企業の進出が盛んであるが、現在は低賃金生産拠点・輸出拠点としての位置づけから、東南アジアの市場化を踏まえたR&D・商品企画等の機能の強化を図っている日系企業も多い。従って、エンジニア人材やマーケティング人材に対する需要が多くなるが、国の教育制度の歴史が影響を与えるところも多くあり、労働市場にはそれほど豊富に人材がいない状況である。また、業種軸で捉えた場合、金融系や資源系の労働市場は現地人材という意味ではまだまだ未成熟である。これらは当該領域・業種の労働市場における給与水準の高騰に結びつくため、基本的には給与水準は各職種のマーケット水準を見据えて設定することになる。

最後に、採用に関しては、日本で名だたる大企業であったとしても、東南アジアでは必ずしも日本におけるブランド力が発揮されないことにも留意すべきである。

特に日系製造業の東南アジア進出の歴史は古く、業界的にも日系企業が世界をリードしてきた歴史もあり、日系企業のプレゼンスは各国で極めて高い。一方で東南アジアの方にとって“働く場所”という意味では、日系企業はあくまで“外資系企業”の一つであり、各国にはそれぞれ国をリードしている財閥的大企業があり、一方で欧米系の世界的企業も数多く進出している。

日本で新卒学生が就職活動をする際の考え方と同じく、東南アジアの方もやはりまずは各国にある大企業が一番念頭にあり、次に外資系企業の中でも世界に名だたる会社、という順番になる。日系企業として各国における自社のプレゼンスを如何に高めていくのかというテーマは、人事的な側面以外のことも多く企業全体の取り組みとなるが、日系企業としてはそのような競争環境の中で、どの会社も欲しがる優秀人材を企業間で取り合っているという認識をすべきである。 

東南アジア現地法人の人事機能の課題

前述の通り、日系企業のグローバル戦略における東南アジア事業の位置づけや東南アジア現地法人(現法)の期待役割が変化しており、現法の人事機能には、特に企画・管理系の社員やラインの管理職を如何に早期に育成・戦力化していくかということを牽引する役割が期待されている。

一方で、これまではある程度決められた仕組みの中でオペレーションを回していくことを中心に担ってきたこともあり、現法の人事社員の企画・運用力がそれほど確立していない日系企業も多く、現在求められている人事改革を円滑には進められないケースも散見される。特に東南アジアの日系企業においては、日本本社からの駐在員の方が人事機能を管掌しているケースも多いが、日本本社から人事業務経験者を配置している企業はそれほど多くはなく、駐在員の方が専門外の人事に関して、現法で日々悪戦苦闘なさっている例も見受けられる。

日本人駐在員を本社人事から配置すべき、ということを申し上げる意図は無く、求められる人事運用と改善を推進でき、現法のトップマネジメント層(日本人駐在員のケースが多い)と議論・調整したり、日本本社人事と連携できる現地社員の方がいる場合はそれがベストではある。しかし、全ての企業が現状そのような現地社員の人事メンバーを育成・確保できている状況ではなく、現法の人事改革には日本本社や地域統括会社(または各国統括会社)からのサポートが必要とされていることが多い。

現在は日本本社において、グローバルでの人事管理や配置を進めている状況にあり、本社人事と地域統括や現法人事との連携のあり方は新しいステージに入ってきている。人事機能のマンパワーが潤沢ではない現法をサポートし、リードできる体制の構築が日系企業には求められている。 

東南アジアにおける“日本型人事からの脱却”の兆し

上記の課題に対応すべく、日系企業の東南アジア現法の人事のあり方も徐々に変化が見受けられる。以下にその主なポイントを示したい。

1. “辞める事”を前提とする

日本との文化の違いもあり、転職を止めることは困難なため、特に管理職未満のオペレーション人材に関しては、人材が流動化することを一定許容した中で人材マネジメントを考える必要がある。

人事の枠組みを超えた取り組みとなるが、オペレーションの徹底した見える化と標準化を行い、担当者が辞めて新しい担当者になった場合でも、業務が確実に引き継がれ、短期間で業務品質が同じレベルになるように、各機能の業務改革を進める必要がある。最も避けなければならないのは、極めて定型的な業務であるが、長期間に渡り特定の担当者に任せきりになっており、誰も実情が分からない中で、転職することを武器に担当者から給与アップの交渉を持ちかけられ、それ以外の特段の背景や理由も無い中で、極めて高い給与で雇用し続けざるを得ない状況である。

2. 優秀人材を明確に認めて処遇する

一方で、各職場における優秀で将来の特定ポストを期待できる人材を“如何に残すか”という点に重点をおいた人事管理もポイントとなる。

内部公平性を追求しすぎることなく、また社員間の軋轢を過度に避けること無く、優秀な社員にはきちんと優秀であることを認めて、会社として明示し、それをポストや給与の面で実現しなければ、優秀人材のリテインは難しい。そのためには、昇格・配置や給与体系・決定プロセスにおいて、日本の様なきっちりとした仕組みと運用を前提とするのではなく、大胆なファストトラックや、給与枠組みの一定の柔軟性が求められると共に、逆説的ではあるが、社員間で差をつけることを嫌う東南アジアの方に、優秀な人材が如何に優秀であるかを証明すべく、きちんとした評価の仕組みと運用をすることが求められる。日系企業の優秀人材が、他の国の外資系企業にポストと高い給与を提示されて引き抜かれるケースは枚挙に暇が無いが、日系企業としても会社のポリシーの許す範囲の中で、個別の給与水準を柔軟に設定できる“仕組み”が必要である。

人事制度の技術的なポイントは本稿では深くは触れないが、特に東南アジア進出から歴史の長い製造業においては、進出当時に製造部門の社員を管理することを前提とした等級・給与体系を大きく変えないまま維持し、細かい給与コントロールができるテーブルを何とかやり繰りして現在も使用しているケースも多く見受けられる。優秀な社員の評価をどんなに高くしても、給与テーブルの構造上それほど給与を上げてあげることができず、結果として人材が社外流出しており、一方で給与の個人間格差の根拠となる評価制度は、簡易な職務定義と評価帳票を使い、曖昧なままで説明に耐えられず、現地社員の中に不信感が溜まっている、という例は多い。

3. ローカル・キャリアとグローバル/リージョン・キャリアを区分する

上記2つのポイントは、現法単体ですぐに取り組むことができる足元の改革である。3つ目のポイントは、現法単体ではなく、グローバルや東南アジア地域という観点で、国や事業体の枠組みを超えた人材活用を進めるという点である。

現在、多くの日系企業が、東南アジア域内における次世代のトップマネジメントや管理職の育成と域内での人材の有効活用を目的として、日本本社・地域統括会社による各国現法の社員の見える化や域内共通人事制度の枠組みの導入、および国際間人事異動の取り組みを始めている。特に国際間人事異動は多くの企業が取り組みを徐々に始めている段階にあり、先進企業の中には数百人規模で実施している企業もある。

一つの拠点に留まらない人材活用とキャリア形成プロセスの整備は、欧米の世界的企業では一般的である。欧米企業と日系企業との間で多少違いがある点としては、欧米企業は雇用の枠組みや処遇パッケージ、キャリアプロセスや育成の仕方が社員群ごとに明確に分かれているケースがあるのに対し、日系企業の取り組みは、出向中の処遇パッケージはあるものの、それ以外は基本的には個別人事の中でこの取り組みを進めている点である。どちらが良いかという点は各社の目的と状況によりケース・バイ・ケースであるが、東南アジアの優秀人材をリテインし、長い期間において活躍してもらうためには、欧米企業と遜色ないグローバルなキャリア形成の機会を提供できることは重要となる。

今後、各国現法における“ローカル・キャリア”の人材は、一定の管理職ポストまでは就くことができるが、それ以降の上級管理職やトップマネジメント層に関しては、別の“リージョン・キャリア”や“グローバル・キャリア”の枠組みの中で、域内その他で選抜・育成された人材を登用していく動きが、日系企業でも増加していくと考えられる。“リージョン・キャリア”や“グローバル・キャリア”の枠組みでは、処遇水準もリージョン統一基準(例えばシンガポール水準プラスアルファなど)で運用されており、“ローカル・キャリア”よりは高く、この枠組みの中で、優秀人材のリテンションと活用を図るのみではなく、優秀人材を他の企業から受け入れる枠組みとしても活用していくことが考えられる。 

終わりに

日系企業のグローバル戦略における東南アジア現法の役割が変化し、東南アジア各国の経済発展のステージと労働市場の状況が相成って、現在、“人事”は東南アジアの日系企業現法の主要な経営課題として位置づけられている。

そして、日本本社によるグローバルな視点での人事の動きと、各国現法が抱える足元の人事課題への対応を、同時並行で、かつグローバルな競争環境の中で相応のスピードで進めていくというチャレンジに取り組んでいる状況と認識している。

本稿では、日系企業が東南アジアで直面している一般的な人事課題をご紹介させて頂いたが、日系企業が次なるステージに入った東南アジアで更なる発展と成功を実現していくためのチャレンジを、同じ東南アジアに身を置く者として鋭意ご支援させて頂く所存である。 

ニュースレター情報

Initiative Vol.76

著者: Deloitte Consulting Southeast Asia (DC SEA) 
シニアマネジャー 坂田 省悟、タイ駐在 

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。 

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