これからの社外取締役の選任・処遇への在り方

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これからの社外取締役の選任・処遇の在り方(1)

日本企業における現状の課題と自社に適した人材を選任・活用するための実務ポイント

グローバリゼーションや少子高齢化の進展等、日本の社会構造が変化する中において、近年企業の持続的な成長に向けたコーポレートガバナンスの在り方が見直されている。この中で特に注目を集めているのが、社外取締役を中心とした企業への監督強化である。 これまで社外取締役の選任等に関しては、法的な観点やガイドラインが提示されることはあったものの、具体的に「どのように選任するべきか」や「どのような処遇を提供する必要があるのか」など、実務面を踏まえた整理は少ない。本稿では、実務家の観点から、社外取締役を取り巻く課題と対策について、選任までのポイントを紹介したい。(労務行政研究所:労政時報 第3922号(16.12.23)より転載)

本稿のポイント

社外取締役をめぐる課題

東証1 部上場企業では社外取締役の選任比率は100%近くに達しているが、候補人材不足から複数社で兼務するケースが多く、取締役会に占める社外取締役の比率もいまだに低い。今後は事業会社での経営経験者や女性、外国人などダイバーシティを体現できる人材の争奪戦が激化すると見込まれる。

  

コーポレートガバナンスへの規制強化

すでにご承知の方も多いと思われるが、まずはコーポレートガバナンスへの近年の規制の動向や現状について、社外取締役という観点から整理を行いたい。

[ 1 ]機関投資家および上場企業に向けた新ルールの策定

第2 次安倍政権発足後、コーポレートガバナンスに関する政府の方針は大きく変化した。デフレ脱却と日本経済再生を目指す「日本再興戦略-Japan is back-」が閣議決定され、株主等との対話を通じて、企業経営者のマインドを変革し、企業業績を改善させるための一連の施策が強く推進されることとなった。

これに関連する具体的な動きとして、機関投資家に向けては、2014年2月に金融庁が「責任ある機関投資家」としての七つの原則を示した「日本版スチュワードシップ・コード」を制定。上場企業に向けては、東京証券取引所が2015年6月から、『コーポレートガバナンス・コード』の運用を開始している。

コーポレートガバナンス・コードは「原則4-8 独立社外取締役の有効な活用」において、コードの適用対象となる上場企業に対して、「独立社外取締役を少なくとも2名以上選任する」ことを求めている。これにより、東証1部・2部の企業を中心に社外取締役を2名以上選任する機運が高まった※ 1。加えて同コードでは、自主的な判断により、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することも今後求められる方向性の一端として示されている[図表1]。

※ 1 上場企業における社外取締役の選任は東証でも強く求められている。2014年2月の有価証券上場規程改正により、東証上場規程445条の4で「上場内国株券の発行者は、取締役である独立役員を少なくとも1名以上確保するよう努めなければならない」とされた。

図表1 コーポレートガバナンス・コード
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[ 2 ]コーポレートガバナンス強化に向けた会社法改正

法制面では、コーポレートガバナンスの強化等を目的とした改正会社法が2015年5 月に施行された。改正項目は多岐にわたるが、今回のテーマである社外取締役に関連しては、次の三つのポイントが挙げられる。

1点目は、「監査等委員会設置会社制度」の新設である。この機関設計を採用する場合、社外取締役2名以上の選任が義務づけられた。

2点目は、社外取締役等の要件の見直しである。具体的には、株式会社の親会社の取締役や従業員、兄弟会社の業務執行者が「社外」としての要件を満たさないものとされた。一方、その会社または子会社の出身者については、退任後10年間等の一定の期間を経過した場合には、「社外」としてみなされることになり、従来厳格であった社外の定義が一部緩和された点が大きな変更であった。

3点目として、「社外取締役を置くことが相当でない理由」の開示が求められるようになり、社外取締役を置いていない場合、定時株主総会や事業報告において、その理由を説明しなければならなくなったことが挙げられる。この改正の影響は大きく、社外取締役の選任が任意であった監査役会設置会社においても、社外取締役の選任が進展する契機となった。

これらの規定を整理したものが、[図表2]である。近年の法整備等により、上場企業を中心に社外取締役の2名以上の選任義務が求められていることが理解いただけるだろう。 

図表2 社外取締役の選任に関する会社法の規定
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[ 3 ]議決権行使助言会社等の動向

ここまでの規制等に加えて、株主側、とりわけ株主の議決権行使に大きな影響力を持つ議決権行使助言会社の動きにも注目しておく必要がある。

米国の大手議決権行使助言会社であるインスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)は、会社法改正を受けて増加した監査等委員会設置会社に対しては、最低選任基準の2倍である4名の社外取締役の起用を求める方向で調整している。さらに、同じく米国助言会社大手のグラスルイスも、社外取締役の兼任を制限することで現在検討を行っている(日本経済新聞:2016年7月2日)。これらの動きが進めば、社外取締役の人材確保がさらに困難となることが予想される。

社外取締役の現状と課題

では、現在の社外取締役に関する課題は何であろうか。量と質の観点から見ていきたい。

[ 1 ]量の観点

現在は100%に近い状況で選任されているが、兼任者が多い。また今後、社外取締役の人数はさらに増加することが想定され、人材不足が顕著に

日本取締役協会が2016年8月に行った「上場企業のコーポレート・ガバナンス調査」によると、東証1部上場企業(1970社)における社外取締役の選任比率は98.9%、独立取締役は97.2%であり、ほぼ100%に近い水準まで選任が進んでいる。また、日本経済新聞によると、2社以上を兼務する社外取締役が、主要100社においても半数に上る状況となっている※ 2 。上場企業の経営者や女性の候補者人材が不足しており、社外取締役の候補者として人気のある一部の人材に、依頼が集中している状況がうかがえる。

前記に加えて、今後を見通すという観点から、社外取締役が取締役会に占める比率について現状を見ると、東証1部上場企業でも、2016年時点で、過半数を超えている企業はわずか3.5%にとどまっている[図表3]。コーポレートガバナンス・コードが推奨する、3分の1以上の社外取締役選任についても、現時点では、30.1%の企業しか対応できていないことが分かる。このため、今後各企業が、社外取締役を3分の1まで増員することを見据えると、少なくとも社外取締役の候補者が千人単位で不足することが予想されており、今後想定される大きな課題となっている。

※ 2 日本経済新聞「社外取締役 出席率97% 昨年度 主要100社の取締役会 半数は複数社兼務」(2016年6月16日付)

図表3 社外取締役が取締役会に占める比率
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[ 2 ]質の観点

米英と比較して、ダイバーシティ(多様性)が低い。また事業会社出身の人材の選任も少ない

まず、社外取締役に関するダイバーシティの状況を見てみよう。[図表4]に示した米英との比較で見ると、日本では社外取締役の比率が24%と低く、年長者が多い(平均67歳)。また外国人社外取締役の比率も5%にとどまり、日本人中心となっている。加えて、女性の社外取締役比率も14%であり、男性中心となっている現状がうかがえる。

もっとも、日本の社内取締役における女性の比率が0.5%と少ないことを鑑みれば、女性の社外取締役を積極的に選任しようという姿勢がデータからは見て取れる。

また日本では、事業会社出身の社外取締役が米国と比べて少なく、企業経営に精通した人材から社外取締役を選任できていない状況がうかがえる[図表5]。加えて、弁護士等の法曹関係者や、大学教授等の学者からの採用が多いことも日本の特徴である。一方で、米国においては、事業会社出身者の63%に加え、CFO(最高財務責任者)や投資銀行、投資ファンド等の金融出身者が24%おり、日本の8%と比較して大きな割合を占めている。

図表4 日米英の社外取締役の特徴
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また日本では、事業会社出身の社外取締役が米国と比べて少なく、企業経営に精通した人材から社外取締役を選任できていない状況がうかがえる[図表5]。加えて、弁護士等の法曹関係者や、大学教授等の学者からの採用が多いことも日本の特徴である。一方で、米国においては、事業会社出身者の63%に加え、CFO(最高財務責任者)や投資銀行、投資ファンド等の金融出身者が24%おり、日本の8%と比較して大きな割合を占めている。

図表5 日米における社外取締役のバックグラウンドの違い
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以上を踏まえて、社外取締役をめぐる現状の課題と求められる対応を整理したものが、[図表6]である。今後は事業会社出身で経営経験のある人材や、女性・外国人等、ダイバーシティを体現できる社外取締役人材の争奪戦がさらに激化することが見込まれる。実際に、米英においては、自社にとって適切な社外取締役を採用するために年々報酬額が上昇しており、米国では、過去10年間で2倍に、英国でも50%増となるなど、人材の獲得競争が顕著である。

日本でも、今後同様の流れが進むとみられるが、自社にとってあるべき社外取締役像を定義した上で、積極的に採用活動を行わなければ、自社にとって適切な人材が獲得できない時代となることを十分に頭に入れておく必要があるだろう。

図表6 日米英の社外取締役の特徴社外取締役をめぐる現状の課題と求められる対応
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執筆者

  • 村中 靖(むらなか やすし)
    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員/パートナー
  • 淺井 優(あさい ゆう)
    デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアコンサルタント 
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