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働き方と“価値の出し方”を改革せよ(前編)
“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第4回
本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、働き方改革の真の目的を「付加価値を向上させるために組織力そのものを進化させること」と置き、要員・人件費マネジメントの在り方を問い直してみたい。
経営課題としての働き方改革
ソフトフェア開発を生業として20年前に創業したB社は、ITバブルの潮流に乗り、急成長を遂げてきた。直近10年間も年率10~15%で成長を続けており、2017年度の売上高は500億円、2017年期末時点の人員数はフロント3000人(営業・開発)、バックオフィス300人の大台に達した。
近年、IT企業にとって人材獲得はますます厳しくなってきている。他社同様、B社も給与水準の見直しや働き方改革に着手してきた。働き方改革の例としては、フレックスタイムの導入、オフィスのフリーアドレス化、育児・介護支援施策、有休取得促進、長時間労働の是正、モニターとホワイトボードの全会議室への設置、テレワーク環境の整備などが挙げられる。勤務形態や働く環境の整備に関する施策については社員からの評判も上々だが、長時間労働の是正、有休取得促進はまだまだ進んでいない。
それは、B社には根深い残業文化が残っているためだ。そしてそれは、人材の定着を妨げる大きな問題として認識され始めている。20年間の急成長は、長時間労働を前提とした数多くの開発プロジェクトの賜物(たまもの)だ。その成功体験を抱えた人材が、管理職の人数以上に多く存在している。世の中的に働き方改革(特に長時間労働の是正)が叫ばれる中で、それが時代錯誤なことは明らかだ。これまでは「そうは言っても(まだ今の)成長を牽引しているのは(長時間労働も辞さず働く)自分たちだ」という主張が正当であるかのように受け止められてきた。しかし、人材獲得が厳しさを増す中、人材を定着させられないことが成長のボトルネックであり、働き方改革(長時間労働の是正)が経営課題として認識されるようになってきていた。
前年比15%成長の看板の撤廃
今年も新年度の予算・人員計画を策定する時期がやってきた。B社では、まず、本社から売上高や人員数、生産性に関する一定の方向性を示し、それを踏まえて部門側で予算・人員計画を作成、それらを取りまとめて全社の予算・人員計画としていた。成長率の維持はB社では暗黙の了解となっており、今回も前年比15%成長を目安として、各部門に予算・人員計画を策定してもらっていた。
今日はその第1版を社長に報告する日だ。人事部長の木田は、各部門と調整して完成させた全社の予算・人員計画について説明し始めた。
だが、冒頭から社長の顔は険しい。説明を始めて数分で社長は木田の説明をさえぎり、こう切り出した。
「当社はこれまで売上高・人員数の拡大を追求し、急成長を遂げてきた。しかし、木田君も知ってのとおり、足元の一番の課題は人材の確保だ。長年、当社で経験を積み、成長してきた人材が辞めてしまうことは当社にとって大きな損失だ。その状況を改善するには、『長時間労働しないことが許される会社』ではなく、『長時間労働が忌避される会社』にならねばならない。当社の急成長を牽引し、長時間労働が染みついた社員の多くは社歴が長く、管理職以上に多い。私自身もそうだ。そういった人間から変わる必要がある」
「他方、当社は人工(にんく)ビジネスだ。時間単価×労働時間でお客さまから対価をいただいている。従前と同じ成長率を達成目標として掲げることは、社員にとっては、『長時間労働文化を変えるつもりはない』という経営からのメッセージに他ならない。実際、長時間労働を前提にしなければ目標達成は困難だろう。そうすると労働時間も減らないし、有休取得も進まない。残業文化の打破など、到底不可能だ。大きな決断だが、これまで掲げていた前年比15%成長という看板を一度下ろし、極論だが『成長率0%』ということも範疇に含めて再度検討してくれないか」
働き方改革を反映した計画=売上高予算の引き下げか
木田は自席で頭を抱えていた。社長の言うことはもっともだ。一方で、本当にこれまで掲げていた看板を下ろしていいのだろうか。例えば、売上高・人員数規模の成長はポストの増加にもつながる。それが社員のモチベーションにつながり、急成長のドライバーとして機能していた面もある…。ただそのような不安も、急成長するITビジネスに身を置くことで染みついた「停滞すると淘汰される」という感覚的な恐れにすぎないのかもしれない。
悶々と考えていても埒が明かないので、先ほど社長に説明した予算・人員計画をどのように修正すべきか、試算してみることにした([図表1]左側)。
[図表1]全社の予算・人員計画の第1版
B社の予算・人員計画の作成はシンプルだ。人工(にんく)ビジネスのため、「売上高=人員数(期中平均)×時間単価×就業時間×年間営業日数×稼働率」という関係式が成立する。例えば、2017年度の売上高は「2805人×1万3260円/時間×7時間/日×240日/年×80%=575億円」と計算できる。「時間単価」は、フロント人員を顧客業務に1時間割り当てたときに、いくら顧客に請求するかという金額で、B社が提供するサービスの価値と価格競争力を踏まえて会社として設定する。前提となるサービスの価値が大きく変わらない場合は固定値と見るべきで、ここでは固定値として扱うことにする。「就業時間」「年間営業日数」は当然に固定値だ。したがって、予算・人員計画策定時は、「人員数」「稼働率」の二つのパラメータを調整しながら「売上高」を計算することになる。
人工(にんく)ビジネス特有のパラメータである「稼働率」について、補足しておこう。「稼働率」は「お客さまから報酬をもらって働いている時間÷所定労働時間」で計算される。「所定労働時間」と「お客さまから報酬をもらって働いている時間」の差分には、社内の会議、事務作業、研修、休暇取得などが含まれる。したがって、その差分を除いた時間ぎりぎりまで、稼働率を高めることが収益を最大化することにつながり、そのように経営管理が行われている。
第1版では、売上高前年比15%成長を前提に、人員数も15%成長、稼働率は前年実績80%を維持とした。人員数は450人の純増、つまり退職率を前年実績と同様に10%と見込むと、採用者数は750人必要となる。651人を採用した2017年度よりも99人増えるが、新卒も2017年度同様300人規模で確保できており、中途採用をさらに強化すれば何とか達成できるだろう。結果、売上高は「3225人×1万3260円/時間×7時間/日×240日/年×80%=575億円」となり、2017年の500億円から15%成長する予算となっている。
売上予算を下方修正するにはどうしたらよいか。それは単純だ。(1)人員数を減らすか、(2)稼働率を下げるかの二つしかない。それぞれが働き方改革(長時間労働の是正)に与える影響は以下のとおりだ。
(1)人員数を減らす:採用を減らすことで、育成負荷の低減につながる
(2)稼働率を下げる:稼働率-5%は、年間12日(240日の5%)の休暇取得を意味する
木田は2018年度予算・人員計画の採用者数を750人から600人に、稼働率を80%から75%に引き下げてみた([図表1]右側)。そうすると売上高は「3150人×1万3260円/時間×7時間/日×240日/年×75%=526億円」となり、17年度比で5%成長の予算となった…。数字の微調整は必要だとしても、考える方向性はこれでいいのだろうか?
そもそも時間がどう使われているかが見えていない
B社の経営管理の仕組み上、「(2)稼働率を下げる」というアプローチには注意が必要だ。長年B社に勤めてきた木田にはその問題がよく分かっていた。ここに働き方改革が進まない根本的な問題があると言っても過言ではない。以下でそれを補足しよう。
この前にも少し触れたが、「稼働率」は「お客さまから報酬をもらって働いている時間÷所定労働時間」で計算される。「所定労働時間」と「お客さまから報酬をもらって働いている時間(=A)」の差分には、社内の会議、事務作業、研修、休暇取得などが含まれる。ここで重要なのは、実際には「残業時間」があり、「所定労働時間+残業時間」と「A」の差分の中には、「お客さまのために働いてはいるが、お客さまからもらった報酬相当の時間内に収まらなかった時間(=B)」も含まれることだ。
[図表2]B社メンバーの「所定労働時間+残業時間」の内訳
この「(B)報酬相当の時間に収まらなかった顧客業務」にはいろいろな意味がある。例えば、当初の見込みが甘かったため想定以上に時間がかかった、メンバーの能力が不足していたため余分に時間をかけることでそれを補った、本人の自己満足で契約で求められる以上の品質を追求するために時間が使われていた――などが挙げられる。
「B」が発生することは不可避だが、問題は「B」を含めた時間全体が、各プロジェクトの中でどのように使われているかを可視化し、その使い方の質を高めていくPDCAを回せていないことだ。もちろん、個別のプロジェクトについて、進捗や品質に影響が出始めれば、メンバーの時間をどう使っていたか、今後どう使うかについて、上長のメスが入ることになる。しかし裏返すとそれは、進捗や品質に影響がない範囲に収まっていれば、「B」を含めた時間全体の使い方については各プロジェクトの裁量ということだ。その裁量をうまく使って、複数のプロジェクト・メンバーをコントロールすることが、プロジェクトマネジャーの力量ということになる。
各プロジェクトの中で、時間がどのように使われているかが可視化されていないということは、予算売上高を計算するパラメータとしての「稼働率」を引き下げたときに残業時間が減るかどうかが"分からない"、言い換えると、"各プロジェクト任せ"ということを意味する。実際、2017年度の稼働率実績は80%だが、オフィスには夜遅くまで作業をしているメンバーが残っていた。働き方改革(長時間労働の是正)を本当の意味で実現する、本腰を入れてそれに取り組むということは、ここにメスを入れることが不可欠だ。
木田は、B社のブラックボックスであった、時間の使われ方の可視化に取り組まねばならないことをあらためて確認して気を引き締めたのだった。
(第5回へ続く)
著者:高山 俊
(デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー)
※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年7月13日掲載)を転載したものです。
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