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HRBPに求められるもの~現場の戦力づくりのリード役~(前編)
“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第6回
本連載では人件費を考える上で重要な複数の観点から、どのように要員・人件費マネジメントに取り組むべきか、ストーリー形式で詳解していく。今回は、HRBP(ビジネスパートナー)機能の整備・充実化により、要員・人件費への投資要否を見定める力の向上、生産性モニタリングによる戦力化状況のチェックと対策力向上、リソースシフト(要員再配置)の実行力向上による組織全体の筋肉質化など、これらの具体策をどのように実現していくかを紹介する。
力不足の人事部門
「今の人事部では、明らかに力不足だ…。」
M社人事部長の浜田は、半年後に発表を控えた次期中期経営計画策定に関する指示を受けて、ため息ともつかない声を漏らした。「機械事業部、部品事業部の競争力を維持したまま、人的リソースを新たに立ち上げる家庭用機器事業部に振り向けてほしい。浜田君には、そのための具体的なプランを立て、実行してもらいたいと考えている」――それが、社長から示された「指示」だった。
M社は、医療機器の製造に用いられる工作機械や精密部品の製造・販売を行う企業である。工作機械を製造・販売する機械事業部と、精密部品を製造・販売する部品事業部の2事業部制をとり、製品の開発・製造機能や営業機能を事業部別に編成していた。長らく、それぞれの事業部が、それぞれ独自に支店を全国に展開することで、きめ細かく顧客ニーズに対応し、着実なシェア拡大を通じて成長してきた企業である。しかしながら、近年では、いずれの事業とも、エリアごとの販売拠点も飽和状態になりつつあった。
生存競争の様相を呈するようになった市場において、M社の強みは、むしろ高コスト体質という弱みにもなりつつあった。そこで、20年ほど前に進出して以来、少しずつ成長してきた家庭用機器事業を第三の収益の柱として育てる戦略が掲げられたのである。一方で、伸び悩みが顕著になっている既存の2事業については、過去の成功体験からの脱却、生存競争を勝ち抜ける筋肉質な体質づくりが課題として掲げられていた。
浜田は、社長からひと通りの説明を受けて社長室を出ると、思考をめぐらせていた。長く続いてきた2事業部制の中で、人材の採用や配置に関する意思決定は事業部に任せきりであった。人事部は、そうした判断にはほとんど関与せず、やってくる相談に対応するのが関の山だ。各事業部の戦略も、人的リソース配分の優先順位も、どこにどういう社員が在籍しているのかも、人事部には知見らしい知見は蓄積されていない。いまさら、人的リソースを振り向けるプランを立てて実行せよ、と言われても、そもそも任せられるメンバーなどいない。私自身も含めて…。
社長室を出て思案にくれたあの日から、3カ月がたっていた。浜田は、人事部門の能力を高めることなくして、社長に与えられたミッションをやりきることはできないと、腹をくくっていた。そして、人事部門としての次期中計に、次の三つを掲げた。
- 「人事ビジネスパートナー」(HRBP)導入を通じた、人事部門の企画力・実行力の強化
- 家庭用事業部の立ち上げ要員の確保と、持続的成長に向けたリソースプランの策定
- 機械・部品両事業部の筋肉質な体質づくり
浜田は、この3カ月間にわたって、いろいろな会社に教えを請うてきた。その中で、最も可能性を感じたのがHRBPの導入であった。浜田自身、HRBPについてはもともと興味を抱いていた。そして実際に自社と同じような悩みを抱えた会社が、人事部門の人員数を増やすことなくHRBPの導入に成功した会社の事例を聞いて、これこそが当社に最適な手段であると確信するに至っていた。
HRBPの成功例として、浜田が興味深いと感じた会社には、導入プロセスに共通点が見られていた。それは、最初は人事機能の一部を担うことから始め、徐々にHRBPとしての役割範囲を拡大させていく、という手順を取っていたことだ。そうした事例を踏まえ、浜田はM社におけるHRBPの導入方針を立てた。
- 人選:たとえ未熟でも、情熱と意欲あるメンバーを選ぶ。
- 教育:アクションラーニングを通じて実践しながら、体得させていく。
- 活動:初めから段階的な発展を意図した活動計画を立て、実行する。
【MEMO】人事ビジネスパートナー(HRBP)とは?
HRBPとは、経営者・事業責任者のパートナーとして、人事・組織の面から、ビジネスの発展に向けた支援を行う機能を指す。HRBPは、人事部門の一員ではあるが、実際の職場はビジネス側(事業部門)にあり、テクニカルな人事の専門家としての客観的なアドバイスをするだけにとどまらず、事業本部長やラインの管理職と同水準レベルで事業環境を理解し、その事業固有の組織・人事課題解決に対して踏み込んだ提案、解決策の提示を行う。
多くの欧米先進企業では、HRBPを含めた人事の業務体制を取り入れており、近年、日系企業も海外事業比率の高まりや海外でのM&A増加に伴い、欧米先進企業の後を追う形でこのグローバルスタンダードモデルへの移行を試みる事例が増えてきている。
好機到来
「ようやく、仕事らしい仕事ができるんだな。」
徳田は、隣の川島にこっそり耳打ちした。川島は徳田の1年後輩だ。ともに人事部に来てからちょうど3年。それ以前は10年以上営業の現場にいたという共通点まであった。
そろって人事部に配属されたときには、現場で困っていたことを解決できると思い、二人して意気込んでいたものだった。しかし、評価に賞与、昇格判定に新卒研修、次から次へとやってくるそうしたイベントへの対応と、ルールを無視した無理難題ばかり押し付けてくる一部の声への対応に時間を取られるにつれて、そう簡単にはいかない現実に打ちひしがれていた。そして、「人事部の意向」の重みを知るにつれて、解決できるかどうかさえおぼつかない"現場の問題"をわざわざ掘り起こしに行くことに、ためらいを感じるようにもなっていた。
浜田が2人を含む数名を集めて、HRBP導入の趣旨を説いたのは、ちょうどそんな時だった。新しい中計の推進に向けて、人事部に期待されているミッションを完遂するには、まず人事部の企画力と実行力を高めねばならないこと。そのために人事部として、現場のビジネスや人材の実情に深く踏み込んで課題を特定し、その解決を支援する事業部専属のBP(ビジネスパートナー)を設けることにした、と浜田は語った。
徳田は、人事部に来てから3年間のモヤモヤが晴れるような気持ちで、浜田の言葉に聞き入っていた。しかし、一方で、人事部がこれから果たさねばならないミッション――新規事業へのリソースシフトと、既存事業の競争力の維持をやりきるために、果たしてどこから手を付ければいいのか? そんなことを本当に人事部が企画できるものなのか?――と新たなモヤモヤが生まれる気持ちを味わっていた。
「きっと皆さん、不安でしょう?」 浜田が説明を終えると、ひと呼吸おいて、こう呼び掛けた。そして、続けた。「もう少し具体的な話は、松山さんからお願いします」。
「皆さん、はじめまして。コンサルタントの松山です」
現場と対話していくための段階的アプローチ
「御用聞きから始めよう!」
徳田は、HRBPとしての動き方に戸惑うたびに、松山から言われたこの言葉を振り返った。HRBP導入を伝えられたあの日、浜田に続いて説明に立ち、疑問に答えてくれたのが松山だった。松山は、徳田たちにこう言っていた。
「BPとしての最終的な目標は、事業部にとって"信頼されるアドバイザー"となることです。人事領域に詳しい専門家にとどまらず、事業のビジネスモデルや、人材のスペック・保有状況を把握し、洞察することで、より高次元の事業判断を提示できるプロフェッショナルになることが求められます。今回、経営から期待される役割は、まさに"信頼されるアドバイザー"として、組織・人事面から、現場の事業戦略策定・推進を支援することだと思います」
[図表1]BPとしての最終ゴールとそこに至るまでの段階
そして、気後れする徳田を見透かしたかのように、こう続けた。
「とはいえ、いきなりBPとして役割を全うしようとしても、それは難しいことです。まずは、皆さんにとっての"お客さま"を知るために、それぞれの事業部にはどういう人がいて、どういう要員構造になっているのか? そういう基本的なことを押さえるところから始めましょう。皆さん、見たことないでしょう? きっと、事業部の方々も、見たことがないはずです。きっと喜ばれますよ」
松山は、浜田が聞いて回った会社の一つから紹介してもらったコンサルタントだった。浜田が、人事部の現状を率直に話し、HRBPに可能性を感じていることを伝えると、松山はこう言った。
「今まで、現場からの問い合わせや人員要求への対応にとどまっていた人事部が、HRBPを導入したからといっていきなり頼られる存在になるなんてことはありません。現場の信頼を高めながら、HRBPの活動の質も充実させていけばいいんですよ。段階的に発展させていきましょう」
浜田と松山は、HRBPの当面の活動プランと人選について打ち合わせを重ねた。結論として、まずは現場の人事データを分析することから始めること。それらのデータに基づいて、リソースシフトの実行に向けた検討課題を洗い出すことを当面の活動目標に据えることにした。メンバーの人選に当たって、松山からいろいろな助言はあったが、浜田の強い思い入れで、コミュニケーション力や問題解決能力にはあえてこだわらず、むしろ、このHRBPの考え方に共感してくれると確信できるメンバーを選んだ。
こうして浜田と松山が1カ月かけて練り上げたプランに沿って、徳田たちのHRBPとしての活動は始まったのだった。
まず、徳田は言われたとおり、機械事業部の組織・要員構成のデータを分析した。営業時代の経験から、定量分析はお手のものだ。
「ふむ、製品別に編成された組織単位で見てみると、管理スパンに多少のバラつきは見られるものの、管轄する管理職1人当たりの営業支店数に、大きな過不足は見られないな。しかも、3年間の経過を分析すると、しっかり人事制度の効果が出ていることがデータで示されているじゃないか」
M社では、既存事業の頭打ちが顕在化したことを受けて、3年前に人事制度を改定していた。昇格運用を厳格化し、年功的な昇格運用を一掃する大きな改革であった。さらに、管理職を対象とする社外転進支援制度を合わせて導入していた。従来の人事運用の在り方を見直す大きな改革であったが、その効果がしっかり数字に表れていることに徳田は安堵した。
人事の管理会計の単位
「…というわけで、組織・要員構成を分析してみた限り、問題はありませんでした。ただ、せっかくなので、これらのデータを使って、社員のスキルなど育成上の課題や、採用・配置に関する要望などを尋ねてみようと思います」
徳田から説明を受けると、松山は数字に目を通してしばし考える様子を見せた後、口を開いた。
「なるほど。確かに、今の製品別組織を前提とした場合、1人の管理職が管轄している営業支店の数や、管理スパンには大きな問題はないようですね。しかし、個々の組織の中で起こっている"問題"ならば、放っておいても各組織が個別最適を実現するために、解決されていくものです。」
「はあ…」徳田は、松山の言うことが理解できなかった。
徳田の顔を見て、松山はこう続けた。
「3年前の人事制度改革を機に下がった管理職比率が、再び上昇基調に転じていますね。おそらく、さらなる顧客開拓を目指して、地方に小規模の営業支店を展開してきたことが影響しているのかもしれません。こういった、市場規模の小さいエリアでも、二つの事業部がそれぞれ独自に営業体制を作っていくことは、果たして合理的なのでしょうか?」
そう言って、松山はホワイトボードに書き始めた。
[図表2]全社の予算・人員計画の第2版
「ご覧のとおり、御社は製品別組織です。製品ごとに、営業支店を編成していますね。しかし、営業支店によっては、同一顧客に対して、各事業部で扱っている製品をそれぞれ販売しているケースも見受けられます。その場合、製品別の組織という単位よりも、顧客やエリアといった単位で販売戦略や、業務執行体制、要員配置などを検討したほうが、効率的な場合も考えられます。したがって、組織図上に表れないエリア軸という切り口、すなわち営業支店単位で、生産性や要員構成を分析してみてはどうでしょうか」
「確かに、新人のころ、一度不思議に思って聞いたことがあったんですよ! お得意先に行くと、部品事業の営業担当とばったり会ったことが何度かありまして。どうしてこんなムダなことしてるんですか?って。そしたら、これが当社の強みだ、他にはない独自性だって言われて。でも、大都市圏ならともかく、地方都市でもこのやり方にこだわることが合理的なのかと問われれば、確かに疑問です。部品事業部のHRBPとも連携して、営業支店単位での要員構成や生産性データを分析してみます!」
徳田は、松山のコメントから気づきを得られたことに礼を言うと、会議室を出てそのまま、川島のデスクに向かった。
「川島さん、要員構造の分析だけど、一緒にやってみないか? 実は、一つ確かめたいことがあるんだ」
仮説を踏まえた現場インタビュー
「なるほど。営業支店単位で見ると、規模の大小に関わらず、扱う製品領域に応じて管理職が配置されているため、管理スパンに大きなバラつきがあるな」
徳田と川島が分析した支店単位での生産性・要員構成の結果を見ながら、人事部長の浜田は続けた。
「人事の"管理会計"の単位を現在の製品別組織だけでなく、エリアという軸で捉えてみる観点は面白い。営業支店によっては生産性・効率性向上の余地がまだまだ残されていることがよく分かった。よし、これらのデータを基に、現場の採用・配置や育成、それから営業体制などについて改善の余地がないか、現在の課題や要望を現場に行ってインタビューしてきてくれないか」
「分かりました!」
徳田と川島は、それぞれ担当する事業部の営業現場へ赴き、浜田から指示された内容についてインタビューを行った。結果、以下のような意見が挙がってきた。
- 製品組織としての営業戦略はあるが、エリアや顧客単位での一貫した方針・戦略がない
- 同じ顧客に対して、他事業部の営業担当と別々に訪問することがあり、当社の営業窓口が分かりづらいとの指摘を受けたことがある
- 製品別組織によって、業務の繁閑時期が異なるため、同じ営業支店内で、忙しい社員と手が空いている社員が混在していることがある
- 前職で精密部品を扱った経験がある中途入社者が、当社入社後、機械事業部で部品の製造工程に関する専門性を活かして活躍している
「やはり、規模の小さな営業支店や、大口のお得意先に関しては、製品別に組織を編成するよりも、エリアや顧客単位で組織を編成し、エリアとしての営業戦略を担う責任者を配置したほうが合理的だと言えそうだな」
「そうだな。その際にポイントとなってくるのが、組織ごとに扱っている製品に関する専門知識の類似性だろう。即戦力として活躍している中途社員の話などから、事業部ごとに扱っている製品の中でも、基礎となる専門領域に関連があることが分かる。繁忙期の違いに合わせて、特定製品の販売業務だけでも、事業部間で人材の相互利用が行えれば、より効率的な営業体制が組めるかもしれない」
徳田と川島は、データ分析の結果と現場インタビューの内容を基に、組織改編を通じた営業体制の見直しと、それに伴う新規事業へのリソースシフトの計画について、経営報告を行う準備に取り掛かった。
御用聞きから信頼されるアドバイザーへ
「今日は、リソースシフトの具体策の報告に参りました」
浜田が社長から宿題をもらった日から、半年以上たったある日、浜田と徳田、川島は、社長室にいた。次の3点を柱とする人材再配置計画を策定し、新規事業へのリソースシフト計画を経営に報告した。
- 専門領域の類似性を踏まえた上で、繁忙期に事業間で人材の相互利用(兼務や機動的な異動)を行うこと(社内リソースの効率的活用)
- 規模の小さい営業支店および単一顧客に対して営業を行う支店については、責任者を1人配置し、製品別組織をまたいだ支店全体としての営業戦略を考える役割を与えること
- 上記のような配置を実現するために、両事業部の製品知識を幅広く身に付けた人材の育成施策(ジョブ・ローテーション等)を実施すること
ひと通りの報告を終えると、社長が口を開いた。
「なるほど、組織改編を通じた営業体制の見直しにより、既存事業の効率化と、新規事業へのリソースシフト双方を実現していく方向性は理解できた。私としては、この案を進めたい。しかし、だ。デリケートに進めなければだめだ。"この体制は当社独自のものであり、強みだ""お客さまの信頼も厚い"と、そう信じられている。事業部長たちは、簡単には首を縦に振らないだろう」
浜田が、こう応えた。
「HRBPを立ち上げて3カ月。われわれ人事部は、過去に例がないほど事業部長や事業部のマネジャー陣のもとに足しげく通い、社長にいただいた宿題を、当社全体の課題として説いてきました。事業部側の理解も、徐々にではありますが、得られつつあります」
徳田が続けた。「引き続き、バイネームの異動構想まで踏み込んで、事業部の皆さんと一緒に知恵を絞っていきたいと考えています」
初めは、リソースシフトなど自分たちでやりきれるはずがないと思っていた徳田だが、今は、もしかしたらやりきれるかもしれない、そう感じていた。難しいチャレンジであることは百も承知のことだった。しかし、検討を進めるにつれて、手応えを感じていた。それは、優れた施策を見いだしたからではない。その過程に、手応えを感じていたのだ。
分析も企画も、あくまでHRBPとして、事業部長をはじめとする各事業部の幹部と毎週のように会ってきた。「これは当社の強みだ!それを変えてまでやるべきことか!?」そんなお叱りを受けた。「いつから人事部はそんなに偉くなったの?」そんな嫌みも言われた。「難しいね」とけむに巻かれるばかりで、本音で話してくれることなどなかった。それでもなお、話を聞いてくれる人を探しては、対話を重ねてきた。
話が具体的になってくると、事業部間の調整ごとはHRBPとして一手に引き受けた。そうやって、実際に汗をかいてきた。泥臭い積み重ねを通じて、少しずつではあるが、前向きに話を聞いてもらえるようになっている。「ここからが正念場だ。事業部から信頼される存在となって、このプランを推進させていこう!」
(後編へ続く)
著者:国井 浩士(デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー)
寺内 健雄(デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント)
※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年8月10日掲載)を転載したものです。
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