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Future of Workforce Planning(前編)

“未来型”要員・人件費マネジメントのデザイン 第14回

ストーリー形式で、未来の要員・人件費計画の作り方をテーマに、AIやRPAを含めた計画作りのポイントについて解説する。これらの“拡張労働力”をどう織り込んで人的生産性を算出するのか、あるいは逆に織り込まずに生産性を捉えるべきなのか。新しい生産性の捉え方についても、一つの考え方を提示してみたい。

押し寄せる変化の波

N社は、今年で創業100年を迎え、約5,000人の正社員と3,000人規模の非正規社員を抱える大手小売業の会社である。創業時から今まで、大きな危機もなく順調に成長を続けてきたこともあり、いい意味でも悪い意味でものんびりとした社風で、その社風や安定した経営に魅力を感じて入社してくる社員の多い会社であった。

しかし、そんなN社にも変化の波が徐々に押し寄せていた。

N社はこれまで人と人とのつながりを大切にすることをモットーに掲げ、「人」を介したやり取りを大事にして自社の強みとし、他社サービスとの差別化を図っていた。しかしながら、それがシステム化推進で大幅な後れを取る要因となり、競合他社がさまざまな効率化施策を実施する中で対応も後手に回り、結果として徐々に業績不振に陥っていったのである。

そんな中、昨年突然社長が交代した。自身の経営の限界を感じた前社長が外部から連れてきたのは、なんと弱冠50歳の森であった。これまでN社の歴代社長が若くても60代前半であったことを考えると、急激な若返りである。しかも、これまでは社内生え抜きの役員が社長に就任していたところ、N社では歴史上初めてとなる外部からの社長就任であった。

社員は、社長交代により会社が大きく変わってしまうのではないか、と戦々恐々としていたが、就任1年目の昨年は大きな変化なく過ぎていった。社員も、当初の衝撃は大きかったものの、日々がこれまで通り過ぎていく中でいつの間にかそれも薄れ、社内には再び日常ののんびりとした空気が漂い始めていた。

 

変化の時

そんなある日、人事部長の高野は、朝一番で社長室に呼び出された。
「社長、何かご用でしょうか」
前社長までは、社長室にはさまざまな絵画や置物が飾られ、いかにも"社長室"という雰囲気であったが、森が社長に就任してからそれらはほとんど取り払われ、いやにすっきりとした部屋になっていた。そんな部屋の奥にある執務机に座っている森が、鋭い眼光で高野を一瞥(べつ)し、おもむろにこう切り出した。
「高野君、君も知ってのとおり、今年は3年の中期経営計画最後の年だ。というわけで、そろそろ次の中期経営計画の検討に着手しなければならない」
「はい、人事部でも、これまでの採用人数の推移などをあらためて確認しながら、今後の採用計画や要員計画の検討に着手しようとしているところです」
「ところで高野君、今年のわが社の新入社員は何人だったかな?」
「今年、ですか…? 確か、今年の新卒入社は200人ほどだったかと思いますが…」
「うん、そうだ。今年は237人の新入社員が入社している。ところで、なぜ今年200数十人規模の採用を行ったのかね?」
「なぜ、ですか? これまでも大体毎年200人前後の採用を続けておりますし、現場から退職者補充分として上がってくるニーズを集計すると、おおよそ200~300人程度になります。なので…」
「本当にそれでいいのかね?」
社長は、高野の言葉を遮りそう問い掛けた。
「わが社の業績が徐々に下降していることは当然知っていると思うが、そのことはどう採用計画に反映されているのかね? そして、わが社の業績が悪化している原因の一つに高い正社員比率とその結果としての高い総額人件費、というのが考えられると思うのだが、高野君はこの点についてどう考えている?」
「それは…」
「私は社長に就任してからこの1年、わが社の状況の理解に最大限努めてきた。そして、いろいろなことが分かってきたよ。今のわが社は、惰性で動き続けている状態なんだ。こんな状態では、業績が悪化の一途をたどるのは当たり前だろう。そこで、私は今年から来年以降の次期中計期間をかけて、わが社を大きく変革していこうと考えている」

高野は、ついにこの時が来たか…と心中穏やかではなかった。社員たちは、昨年社長が就任してから、大きな変化はないと感じているようであるが、他の社員よりも多少社長に近い位置にいる高野は、実はいろいろな変化を感じ取っていた。組織図上に、"戦略室"が記載されたり、社長が店舗をはじめとする現場を可能な限り訪問し、社員を観察していたり、人事部に対して、"戦略室"から人事データの提供を求められたりと、社長が何かを考え、それに向けて準備をしていることは何となく感じ取っていたのである。

「変革ですか…具体的には、どのような…?」
「まず、他社から遅れに遅れている業務のシステム化に着手する。ただ、それは基幹システムの入れ替えという大々的なものではなく、RPAのような、もっとスピーディーに、しかし現場の業務が確実に変化するような対応を想定している」
「また、中計では新規領域への進出も大きな目玉となり得る施策であるが、その領域についての知見がわが社にはない、ということが懸念としてあった。しかし、人を育成しているだけの時間的余裕は残されていないため、こうした最先端の領域に関する技術や知識は、オープンタレントに求めるべきだと私は考えている。いずれにせよ、次期中計の検討に際しては、これらの拡張労働力を人材ポートフォリオに組み込まなければ、わが社の生き残りは不可能だと私は考えている」
「そこでだ。君には、これらの拡張労働力の活用を前提とした、わが社の10年後のあるべき人材ポートフォリオがどのようなものか、ということを検討してほしいのだ」

森の勢いに、高野は口を挟むすきを見いだせず、ただ圧倒されるままになっていた。
「RPA、オープンタレント、拡張労働力…ですか…」
「そうだ。この計画は、これからのわが社の生命線になる。やってくれるね」
有無を言わせぬ森の迫力に、高野はただうなずくことしかできなかった。

 

"拡張労働力"とは何か

「それでは、失礼いたします」
社長室から出てすぐに、高野は大きなため息をついた。
「とは言うものの、何から検討を始めればいいのか…」
森の話には、聞き慣れない言葉がいくつも出てきた。RPAは、ここ2年ほどの間にいろいろな会社で急激に導入が進んでいることもあり、N社でも情報システム部あたりで導入の検討を始めようとしているという話を聞いたことはあったが、"オープンタレント"や"拡張労働力"となると、まったくの初耳であった。高野は自席に戻ると、まずはそれらの言葉をネットで検索してみた。
「なるほど、いわゆるRPAなどのテクノロジーを含めた労働力のことを拡張労働力、と呼んでいるのか…オープンタレントは…いわゆるフリーランスのことなのかな? おや、ページは…」
検索の結果出てきたページは、人事労務系雑誌の1ページであったが、そこに掲載されていた執筆者の顔写真に、高野は見覚えがあった。
「そうか、彼女に聞いてみたらもっと詳しい話を聞けるかもしれない」
そうつぶやくと、高野はメールを立ち上げ、過去のやり取りから目当ての人物のアドレスを探し始めた。

1週間後――
「高野さん、ご無沙汰しております」
「こちらこそご無沙汰しております。この度は突然メールしてしまい、すみませんでした」
N社の会議室で、高野はスーツに身を包んだ女性と対面していた。相手は、コンサルタントの松本である。
「松本さんには、2年前の人事制度改革のプロジェクトでは本当にお世話になりました。おかげさまで、新制度も徐々に定着してきており、社員からの評判も悪くありません」
「そうですか、それはよかったです。我々はなかなかクライアント様のその後の様子をお伺いする機会がないものですから、そうしたご意見をお伺いできるのはとてもうれしいです」
「そうですよね。私もすっかりご無沙汰してしまっていましたし…で、今回お声掛けさせていただいたのは、制度とはまったく関係のない話なのですが…」
「はい、メールにも記載いただいておりましたが、拡張労働力のお話、ということでしたね」
「そうなんです。ご存じかと思いますが、昨年弊社の社長が交代になりまして、ざっくり言いますと、その社長から、次期中計の検討に際して、拡張労働力を含めた10年後の人材ポートフォリオを作れ、と指示を受けたのです。しかし、まったく不勉強なもので、拡張労働力、と言われても何のことだかピンとこず、いろいろとWebで検索をしていたところ、松本さんの書かれた記事を見つけて、これ幸いとお声掛けさせていただいた、という経緯なんです」
「なるほど、そうだったんですね。記事を見ていただきありがとうございます。実は私は、人事制度などのいわゆる人事領域のテーマも一通り担当しながら、こうした要員計画関連のテーマを専門領域としているんです。最近は拡張労働力を前提とした要員計画――『Future of Workforce Planning』と呼んでいるのですが――に関するご依頼がとても増えていて、執筆をする機会やセミナーなどもやらせていただいているんです。で、実は数カ月前にもこのテーマでセミナーを開催したのですが、参加者のリストを確認したところ、御社から、森社長と戦略室の方2名にご参加いただいていました」
「そうなんですね! そうか、だから森社長は拡張労働力、というワードを使われたんですね。人事部長の私が不勉強で、恥ずかしいことです…」
「いえ、この概念はまだまだ浸透しきっているものではありませんし、むしろ新しい社長はとても勉強熱心な方なんですね」
「そうなんです。私なんかよりもずっといろいろな最新の情報をご存じで、社長と会話していると、私なんかはタジタジになってしまいます」
高野がおどけた口調でそう言うと、松本は声を立てて笑った。

「では、今日は拡張労働力についての一般的な考え方をまずはお伝えさせていただき、その後今後の検討の仕方についてディスカッションさせていただければと思います」
松本はそう言いながら、かばんから資料を取り出し、高野に手渡した。
「こちらは、Future of Workforce Planningに関するサービスのご説明資料なのですが、まずは資料の冒頭をご覧ください」
松本の示したページには、一つの図が記載されていた[図表]。

 

「この図にあるとおり、これから先の要員計画や人材マネジメントの在り方を考える際には、①のビジネスの方向性や在り方を踏まえるだけでは足りず、②の人の変化、そして③の労働力・ツールの変化を踏まえる必要があります。この、③の労働力・ツールの変化に当たる部分が、いわゆる"拡張労働力"のことになります」

松本の説明は、こうである。
②の「人の変化」とは、労働人口の減少や高齢化といった人口構造的な要素や、意識・価値観の変化といった質的な変化の両面を含むもので、前者は採用人数の確保の難易度や定年延長等の議論につながり、後者はいわゆる働き方改革やミレニアル世代の意識変化への対応、そしてエンプロイー・エクスペリエンスを重視した人材マネジメントへの変革などにつながるという。

「エンプロイー・エクスペリエンス、ですか?」
また聞き慣れない言葉に、高野が聞き返す。
「はい、最近、人事制度の見直しを行う際にも、この考え方を取り入れる企業が増えてきています。人材マネジメントの施策を検討する上で、会社としての考え方・方針のみに基づくのではなく、その会社の社員がどういう価値観を持ち、何を考え何を求めているのか、ということを、ペルソナ分析等を通じて明らかにし、それに沿って施策を検討する、という考え方です。今回はまず人材ポートフォリオの検討、ということですので、直接的には関連はしませんが、人材ポートフォリオの見直しを行った後に、新しいポートフォリオに基づくマネジメント方針を検討する上では、必ず必要になる考え方だと思います」
「なるほど…」
後でこの言葉も検索してみよう、そう思い、資料に"エンプロイー・エクスペリエンス"とメモをする。

「そして、今回の社長からのオーダーに直接的に関連してくるのは、この③労働力・ツールの変化の部分です」
松本の示した資料には、「RPA」「ロボ・AI」「クラウドソーシング」そして「オープンタレント」という言葉が並んでいる。
「そうです。社長も、新規領域においては、オープンタレントの活用が必要になるとおっしゃっていました」
「はい、拡張労働力、と言うと、最近ではRPAの導入がさまざまな企業で進められていたり、AIという言葉もいろいろな局面で耳にすることが多くなっていることもあり、いわゆる"デジタル"や"ロボティクス"のことを想像される場合がほとんどなのですが、実は、人と企業との関わり方の変化も、拡張労働力の中には含まれるのです」
「この"オープンタレント" とは、いわゆるクラウドワーカー等の、会社に属さない高度な専門性を有した人材のことです。今多くの企業が、新規領域への進出や新しい事業を作り出す、いわゆる"イノベーション人材"を自社内で育成しようとさまざまな打ち手を検討しています。しかし、現実的にはそれらの取り組みはなかなかうまくいかず、むしろそうした素養を持った人材を採用できない・採用できてもすぐに辞めてしまう、という悩みを抱えている企業がほとんどです。また、先ほどの②の意識・価値観の変化とも関連するのですが、そうしたイノベーション人材は、そもそも、制度やしがらみに縛られる大企業への就職を嫌う傾向があり、もっと自由に活動できるベンチャー企業や、フリーランスで活躍している人も増えてきています。このため最近、いわゆる新規事業の領域においては、外部の研究所や、その領域における第一人者と言われるフリーランスの人材を、単年度の契約締結により活用する、という考え方が広まってきているのです」
「外部の人材、ですか…うちの会社では、今までまったく考えたことのないものですね…」
高野は、松本の説明を聞きながら、今更ながらに社長からの命題の難易度の高さを認識し、胃の痛くなる思いであった。
「松本さん、ご説明はよく分かりました。が、うちの会社でいきなり"拡張労働力"を前提とした計画を作れ、と現場に言っても、まったく理解されそうな気がしません…」
「そうですね…御社はどちらかと言えば古き良き日本企業の性質が強く残っている社風ですし、一足飛びに理解を得ることが難しいのはよく理解できます。しかし、理解されようとされまいと、これらの変化はこの先確実に起こるものですし、理解されないので検討しない、では済まされない未来がこの先必ずやってきます。むしろ、変化のスピードが緩やかな御社だからこそ、今から検討し始める必要があるともいえると思いますし、社長もそこを懸念されているので、このタイミングで高野さんに検討を命じたのではないでしょうか」
「確かに…うちの会社で何か変化を起こそうとすると、年単位での時間が必要になりますからね…いずれにせよ、中計の検討はもうすぐ始まってしまいますし、やらないわけにはいきません。松本さん、ぜひお力添えをいただけないでしょうか」
「もちろんです。こちらこそ、ぜひサポートさせてください」
松本の言葉に、高野は少し気持ちが軽くなる思いであった。
 

何から始めるべきか?

「で、考え方は分かったのですが、一体何をどう検討していけばいいのでしょうか? これまでのわが社の要員計画の作り方は、毎年次期の年度計画策定の時期に、各部門から新卒と中途の希望人数を出してもらって、前年度の実績などを踏まえて場合によっては調整をかけたりしますが、基本的には各部門からの要望に基づき採用を行っている、という状態なんですが…」
「そうですね、先ほど高野さんがおっしゃっていたように、いきなり現場に『拡張労働力を含めた10年後の必要人数を出せ』と言っても、絶対に現場からは何も出てこないでしょう。なので、まずは外堀から埋める必要があります」
「外堀を埋める?」
「はい、10年後の計画を考えなければならない理由、そして、拡張労働力を前提としなければならない理由を、きちんと根拠をもって現場に示し、納得してもらうのです。その上で、各部門を巻き込みながら実際の数値計画に落とし込んでいく、というプロセスが必要だと思います」
「それはそのとおりですが…」
高野の脳裏に、何人かの部門長の顔が次々に浮かび、先ほど収まった胃痛がぶり返すような思いがした。
「大丈夫です。私も全力でサポートします。一緒に頑張りましょう」
松本の力強い声に、高野は覚悟を決めた。
「はい、よろしくお願いします」

 

著者:山本奈々(デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー)

※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
※本コラムは、労務行政研究所の許諾を得て、労政時報 jin-jour(ジンジュール)の記事(2018年11月27日掲載)を転載したものです。

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