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ナレッジ
人事におけるデザイン思考の実践
エンプロイー・エクスペリエンスを再構築する
顧客に最高の場面を提供し、喜んでもらうためには、まず従業員に最高の体験を提供する必要がある。人事がデザイン思考を活用することで、従業員にとっての重要な場面をデザインし、実現するための方法について紹介する。
ビジネスに不可欠なもの
第一線で働く従業員のエンゲージメント向上、カスタマー・サービスの向上、そして収益成長の間には明確な関連性があることが統計的に示されている*¹。戦略策定、プロセス変革、新しいテクノロジーの導入など、チームが何に注力しているかに関わらず、デザイン思考を利用して、エンプロイー・エクスペリエンスを再構築することは、持続的なビジネスパフォーマンスを生み出すカギとなる。
最高の場面をデザインする
数多くの対顧客プロセスが再構築・簡素化され、一層満足のいくカスタマー・エクスペリエンスを提供してきたように、人事もアプローチの移行に着手できる。ここで大切なのは、プロセス重視の考え方から、採用候補者、正社員、非正規社員、退職者等の人事カスタマーのエクスペリエンスを常に重視する考え方に移行することである。つまり、例えば「新規入社者には出社初日に何をしてもらう必要があるのか?」というように、プロセス思考の観点で考えるのではなく、エクスペリエンス思考の観点から「新規入社者の初日をどのような日にしてあげたいか?」と考えるのである。
エンプロイー・エクスペリエンスに関する5つの事例
- 全般的なエンプロイー・エクスペリエンス戦略
- 人事プロセス変革
- 人事テクノロジーの選択
- 人事アプリ開発
- 人事オペレーション・サービス
1. 全般的なエンプロイー・エクスペリエンス戦略に対するデザイン思考の適用
ある金融機関は、カスタマー・サービスを増強し、人事プロセスをシンプル化するための包括的な人事改革の一環として、エンプロイー・エクスペリエンス戦略を策定した。デザイン・チームは、優先すべき従業員セグメント(ペルソナ)を明確にし、彼らにとって最も重要なエクスペリエンスを特定するために、人事メンバーおよび人事カスタマーの観察およびインタビューを行った。
次にデザイン・チームはジャーニー・マップを作成し、各ペルソナが最も重視する場面を明らかにした。この取り組みによって、カスタマー・エクスペリエンス・ビジョンを実現するにはどのような施策を早期に構築・テスト・反復実施すべきかが定義された。
この事例で取り挙げた金融機関は、現在も変革に向けた取組みを継続している。エンプロイー・エクスペリエンス戦略の対象となったブランド差別化や顧客満足の領域においてポジティブな効果が出ており、さらにプロセスの効率化による投資対効果も出ている。
2. 人事プロセス変革に対するデザイン思考の適用
組織のビジネスや従業員の間に起きた大きな変化を契機にクラウドへの移行を行い、その取り組みを通じて現状の人事部の組織構造、テクノロジー、関連プロセスを変革した事例を紹介する。この事例で取り挙げる組織は、単にクラウドへの移行のためだけに人事部構造やプロセス等をデザインするのではなく、この機会を利用し、人事部にとってのカスタマー(従業員)のエクスペリエンスをより有意義なものへと高めるため、カスタマーにとって重要な場面を大切にしながら将来に向けたデザインをしようとした。
変革の第一段階である戦略フェーズでは、マネージャー、新卒採用者、中途採用者等の各カスタマーのペルソナを定義し、カスタマーにとって重要な場面を特定し、エンプロイー・エクスペリエンスに関するジャーニー・マップを作成した。また現在この組織では、各種モデル、プロトタイプ、複数のフィードバックを活用して、ソリューションのデザイン、テスト、高度化を行うハイブリッド・アジャイル法を取り入れている。
カスタマー・エクスペリエンスに強く焦点を合わせて人事部変革に着手することにより、この組織は人事サービスの品質を向上させ、プロセス効率を改善し、従業員エンゲージメントと生産性を向上させることができた。これは、真の意味で付加価値のあるソリューションと言える。
3. 人事テクノロジーの選択に対するデザイン思考の適用
RFPを作成してソフトウエアを選定するという従来のアプローチを、デザイン思考を用いることによって廃止した組織の事例を紹介する。従来この組織は、まず候補ベンダーのリストを作成し、ベンダーによるデモを経て、最後に1つまたは複数のシステムを選定し、契約していた。今回この組織は、エンプロイー・エクスペリエンスに大きな影響をもたらし、重要な場面を形成する独自の要件に焦点を当てるとともに、ベンダー選定プロセスの中にデザイン思考を適用した。その結果、ビジネスや従業員のニーズに一層適したHCMシステムを選定することができた。また、導入した新しいテクノロジーはカスタマー固有のニーズに留意して選択されているため、ユーザーからも大いに受け入れられた。
4. 人事アプリ開発に対するデザイン思考の適用
次の例を見てみよう。デザイン思考は、新規の人事系アプリのプロトタイプを作成するのに活用できる。このアプリは、人事関連サービス利用のための一元化された窓口としてデザインされたものであり、従業員はこのアプリを用いて給与明細の閲覧、パフォーマンス・マネジメント、セルフサービス・ヘルプデスク等の、自分達にとって最も重要なサービスにアクセスできる。これにより、従業員やマネージャーは、自身の人事関連情報を迅速に把握し、必要なアクションをとることが可能になる。
チームのアプローチは、プロトタイプの定義とデザインを8週間で行うというものであり、その中では3つのデザインスプリントが組まれた。これは5つのフェーズからなる短期プロセスであり、デザイン思考を活用することで新製品、サービス、機能をマーケットに出す際のリスク削減を可能にするものである。8週間後、チームは定義され、実証された、新規モバイル・ソリューションを構築するためのベースとなるプロトタイプを作成した。
ステップ1:ビジョンを明確化する。このアプリの構想は、職場のデジタル・プラットフォームを一歩前進させることで、従業員がLANケーブルから解放され、オフィスにいなくても人事関連の処理を完結できるようにし、従業員のエンゲージメントと満足度の向上を目指すというものだ。
ステップ2:定義された従業員ペルソナを観察する。構想を実現するために、デザイン・チームは、既に定義済みであった従業員ペルソナの活用に入った。そのペルソナは様々な人事カスタマーを代表しており、新卒採用者(マディソン)、中途採用者(ジェイソン)、採用担当ラインマネージャー(キャロル)、そして人事オペレーション・サービス担当者(ピート)が含まれた。各ペルソナには、彼らの行動、パターン、態度、目標、スキル、環境が記述され、また典型的ユーザーのニーズに見合うようなアプリデザインの要件が明記されている。
ステップ3:従業員のニーズを理解し統合する。カスタマーの声をインタビューし、カスタマー・ストーリーを知ることにより、カスタマーの各ペルソナにとって最も重要な場面への洞察が得られた。
ステップ4:アイデアを創造し優先順位を付ける。その結果、モバイル・アプリ用にフォーカスするべき領域のトップ3は、「入社時サポート」、「休職」、「パフォーマンス・マネジメント」であるべきだと考えた。というのは、これら3つの領域が他に比べてより多くの問題を抱えており、また、カスタマー重視のアプリデザインにより、カスタマー・エクスペリエンスを形成する機会があると考えられたからだ。
ステップ5:プロトタイプを作成し、テスト・改良を行う。デザインスプリント1の間に、チームは、プロセスの流れ、ワイヤーフレーム(スクリーンのレイアウト)、およびソリューションのプロトタイプの見直しを行った。このソリューションは、入社時のエクスペリエンス(入社前、入社初日、入社後の最初の90日間のアクティビティーを統合したもの)を提供することになった。
デザインスプリント2では、「休職」と「パフォーマンス・マネジメント」のワイヤーフレームを、モバイル・ソリューションへ統合した。チームはまた、組織への帰属意識をより高めるための入社時サポートのあり方について検討した。その後テストと改良を続け、8週間の終わりに、ついにチームは、モバイル・ソリューションを構築するためのビジョンとモデルの両方になり得るプロトタイプを完成させた。
デロイトのエンプロイー・エクスペリエンスのフレームワーク
5. 人事オペレーション・サービスに対するデザイン思考の適用
最後の事例を見てみよう。従業員の満足度が低下し、ビジネスに対して意義のある洞察を提供できなくなっていた人事組織において、コスト重視の人事シェアードサービスモデルから脱却し、エクスペリエンス重視の人事オペレーション・サービスをデザインすることになった。この結果、以下のような人事オペレーション・サービス組織が実現した。
- チャット・ボットや自然言語処理、またケース・マネジメント、コンテンツ・マネジメント、使いやすいモバイルおよびウェブポータルを活用して、各種手続きやサービスに関するエンプロイー・エクスペリエンスを構築した。
- 業務を簡素化し、生産性、パフォーマンス、エンゲージメントを向上させる新しい方法を発見するためにデザイン思考を取り入れた。
- エンプロイー・エクスペリエンス全体に焦点を置き、製品・サービスのデザインにおいては、従業員の満足度やエンゲージメントに影響するすべての要因を考慮した。
- 組織内のサイロを取り除き、生産性を向上させ、新しいシステムへの移行を促進し、差別化されたエンプロイー・エクスペリエンスを実現するため、戦略的に新技術へ投資した。
- 従来型シェアードサービスの指標にとらわれることなく、人事カスタマーの満足度を測定するためにオープン・フィードバック・システムを採用した。
- 多世代にわたる従業員にとって望ましいエクスペリエンスを構築するために、新しいサービスを改善・拡張する機会を絶えず探した。
意義ある改善の機会は多くある
これまで述べてきたことは、人事がデザイン思考を適用できるほんの一部の事例に過ぎない。デザイン思考を用いて、エンプロイー・エクスペリエンスを再構築して工夫することで、より高いエンゲージメント、満足度、戦略的整合性の実現を支援し、またブランドの差別化、カスタマー・サービス・エクセレンスや、事業の成長を促す。このプロセスは、多くの人事プロセスに適用可能であり、また、必ずしもデジタルソリューションを必要としない。しかしながら、140億ドル強に及ぶ人事のソフトウエアやプラットフォームのマーケットは、変革を続けている*³。このクラウドからモバイルへの移行は破壊的であり、人事プラットフォームを完全にモバイル化することさえも今や可能である。デザイン思考は、組織の方向性に一体感をもたらし、一層満足のいく人事エクスペリエンスを組織に提供するのに役立つものである。
どのようにデザイン思考を組織の中で活用したかについて、ご経験をお聞かせいただければ幸いである。
脚注:
1 Medallia Institute, “You Say You Want a Revolution: Build a Customer-Centric Culture”
2 Wikipedia, “NetPromoter,” https://en.wikipedia.org/wiki/Net_Promoter. NetPromoter asks a simple question: “on a scale of zero to ten, how likely is it you would recommend this company as a place to work?” Using this question, organizations can sort employees into promoters, passives, and detractors, similar to the identical question used widely with external customers.
3 Josh Bersin, “The HR software market reinvents itself,” Josh Bersin blog, July 19, 2016.