最新動向/市場予測

今改めて考える災害時医療

~台風10号と東日本大震災を例に~

2016年8月に発生した台風10号による豪雨災害は、北海道および復興の途上にあった岩手県沿岸部に、甚大な被害をもたらしました。日本DMAT(災害派遣医療チーム)隊員として各地に出動実績を持つ災害医療、BCP対策策定コンサルタントによる台風10号、東日本大震災の検証を通して、防災・減災のために医療機関・介護施設が求められる必要な対策についてハード、ソフト両面から議論します。

はじめに

本文に入らせていただく前にこの度の台風10号で亡くなられた方々のご冥福をお祈りすると共に被災された方々が1日も早く日常を取り戻すことが出来る様お祈りしております。

さて、「災害」とは一体何を指すのでしょうか。地震や台風、洪水、竜巻と言った天災、放射性物質漏えいや化学工場等から有毒な物質が流出する等のNBC災害、テロなどの人災がすぐに思いつくかと思います。また、不審者の侵入や施設内設備の誤操作による被害等も災害と呼べるかもしれません。皆さんも何となく感じられると思いますが、「災害」といってもその影響範囲や規模・被害は様々です。

今回、台風10号と東日本大震災の被害の一部を検証するにあたって、災害とその対策について一定の位置づけが必要と考えました。
災害の定義を災害対策基本法が定める「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害」、災害対策を「そのリスクに対する人・モノ・業務・運用に対しての具体的な行動指針」としました。加えて、利用者(病院であれば患者、介護施設であれば利用者)及びその近親者が許容出来る、想定以上のリスクに対する対策は除くと位置づけたいと思います。

東日本大震災

ここでは、地震発生時の病院機能維持の柱の1つである人的資源について考えてみたいと思います。東日本大震災では、東北・関東の幅広い地域が震度6前後の強い揺れに襲われ、停電、断水、通信状態の悪化が地震直後から発生し、その後津波や原子力発電所の炉心溶融へと状況が悪化していったことはご記憶のとおりかと思います。

その中で病院のどの職種の職員がどの程度不足したのかを2つの医療機関の充足率を元にして考えてみたいと思います。この充足率は、それぞれの日勤時間帯に出勤を予定していた職員数を100として、どの程度実際に出勤していたかを現したものです。

東日本大震災の混乱の中で確認が正確でなかったり、自己申告を基にしていることから細かい数字には誤差があるかと思いますが、一定の傾向を掴むことは可能かと思います。

この2つの医療機関は設立母体、病床数・職員数・病院機能、地震の震度はほぼ同等です。

図1:公立A病院職種別充足率

出所:東日本大震災に伴う病院対応報告資料より筆者作成

図2:公立B病院職種別充足率

出所:東日本大震災に伴う病院対応報告資料より筆者作成

公立A病院と公立B病院の相違点は、地震発生後の津波によって大きな被害と機能損失が発生した福島第一原子力発電所からの距離の遠近です。公立A病院は福島第一原子力発電所からの距離が比較的近く被爆への不安感から病院への勤務が不可能となった職員が多いと考えられます。特に、女性職員の割合が多かった看護師の大きな減少は、水素爆発の日付とほぼ一致しています。これは、妊娠・出産に対する悪影響を懸念した動きと考えてよいでしょう。また、放射性物質の大気中への放出が落ち着いても被爆の不安が軽減されなかったことから勤務が不可能な職員の割合は回復しきれなかった可能性があります。

さらに、興味深いのはA・Bいずれの医療機関でも委託職員の充足率の低下幅が大きく、しかも回復が遅れていることでしょう。

それぞれの医療機関では、医事・患者受付、施設系、警備等医療行為に直結しないものの病院機能の維持に必要な部分を委託業者が担っていました。委託範囲の多くは業務の効率化、人件費圧縮の目的から医療機関で一般的に外注が進んでいる部分でもあります。

図3:委託範囲と災害時規程の有無

出所:各医療機関の委託仕様書を元に筆者作成

地震発生後、病院が患者の安否確認、建物の被災状況の確認等の災害対策を始める中いずれの医療機関でも委託業者の社員が一斉に帰宅を開始する事態が発生します。

通信状況が悪く委託業者の管理部門と連絡が取れない中で、委託業者の現場リーダーは医療機関との間で災害時の規程が無いことから自社の災害時規程を理由に社員に対して一斉に帰宅を促しました。

これに慌てたのはそれぞれの医療機関の災害対策部門と管理者です。医療機関で策定されていた災害対策マニュアルには「委託業者の社員」としての役割の記載が無いにも関わらず、医事会計・患者受付・病院警備等の業務に基づいて災害対策に必要な人数と役割が記載されていたのです。

この後の詳細なやり取りは分かりませんが、いずれの医療機関でも最低限の委託業者の社員は確保できた様ですが、本来別の災害対策業務を行うべき医療機関の職員を振り分ける必要性に迫られました。

一度帰宅した職員・社員の復帰が遅れた原因としては、その後の相次ぐ余震や福島第一原子力発電所の事故の影響拡大により、今後の状況が分からない中一人ひとりの心の中で「家族>業務」という優先順位となった事が考えられます。 

図4:日別余震回数推移

出所:気象庁地震統計・Wikipedia

この様な状況の中、災害時に自分の家族とも連絡が十分取れない中病院に残った職員・社員と帰宅した職員・社員との間にはその後見えない壁が出来てしまったことは言うまでもありません。

いずれの医療機関も年に1回以上地震や火災を想定した訓練やその振り返りも実施されていました。しかし、その中で委託業者の位置づけや災害時の対応がはっきりとしないことに誰も気付きませんでした。

この教訓を踏まえて、いずれの医療機関でも災害時の委託業者社員の役割について次回の委託仕様書に含めることが検討されています。
災害対策は単に想定される災害に対してどのような対策を行うかを羅列するだけでなく、病院全体の諸規定、各種契約との整合性といった部分についても十分な検討と訓練、見直しを継続して行うことが重要ではないかと考えます。

2016年8月に発生した台風10号

台風10号は、日本に接近、上陸した台風の中でも特異的な動きを見せた台風と言えます。一旦は日本列島から離れて、日本の遥か南の海上に向かうと思われましたが、8/26を境に突如日本列島に向かう進路を取りはじめます。

理由としては、
・太平洋高気圧が普段より東に位置しており、日本列島への張り出しが十分でなかった。
・日本海側に冷たい空気を伴った低気圧が出来、寒冷渦を形成した。
この2点が考えられます。

このため、太平洋高気圧の縁を回ろうと北上した台風が寒冷渦に引き寄せられるような形で東北地方に接近しました。東北地方は、一般的にはすでに近畿~関東地方に上陸した台風が太平洋に抜けていく際に通過する地域と認識されており、東北地方に上陸する台風は史上初めてと思われます。

図5:台風10号経路図

出所:気象庁(台風経路図2016年)を筆者加筆

多くの方がご存知のとおり岩手県岩泉町にある高齢者グループホームでは、隣接している小本川の氾濫によって建物内に大量の水と泥が流れ込み9名の方が犠牲となりました。Googleマップの衛星写真(図6)を見る限り、川と高齢者グループホームを隔てる堤防に類するものは見当たりません。川の両側は若干の平地があるものの山に囲まれています。

図6:被災した高齢者グループホーム付近の衛星写真

出所:Googleマップ(39.840643, 141.859210)

岩手県が作成している「小本川水系河川整備基本方針」によると、小本川は、流路延長約65km の二級河川で、昭和56 年、平成2年、平成6年に流域での洪水が発生していますが、その被害の多くが狭隘な支流と支流が合流した後の下流部に集中しています。

岩手県の想定として、「小本川水系河川整備基本方針」で50年に1回程度、2日間で降水量約250ミリ程度の雨が降ることが予想されています。

図7:小本川水系河川整備基本方針の概要

出所:岩手県作成「小本川水系河川整備基本方針」より抜粋

では、実際に台風10号接近時にどの程度の降水があり、水位が上昇したかを見てみましょう。高齢者グループホームに最も近い地点の情報として降水量については、岩泉町、水位については赤鹿水位観測所のデータを参考にします。

岩泉町の地域防災計画では、小本川の水位が氾濫注意水位に達することが避難判断基準の1つになっていました。観測所の水位が氾濫注意水位を超えたのは、17時ごろと推定されます。降水量から判断すると、この時間にはすでに台風本体の強い雨雲がかかっており、いわゆるどしゃぶりの状況が続いていたと考えられます。

その後も強い雨は20時頃まで降り続け、150ミリを超える雨が16時~20時までのわずか4時間で降ったことになります。それに呼応する様に小本川の水位も急激に上昇し、こちらも4時間程度で最高水位が6.5mを超えています。日常的な水位が0.5m程度の河川の水位上昇の推移としては極めて短時間に大量の水が流れ込んだと判断してよいでしょう。

図8:小本川(赤鹿水位観測所水位)及び降水量(岩泉町)推移

出所:岩手県(小本川)水位・気象庁(岩泉)アメダス雨量計のデータを元に筆者加筆

報道等でもあったように、今回の問題点は
 ・避難指示が遅れた
 ・避難指示が無くても避難すべき状況ではなかったか。
以上2点が挙げられます。

水位と降水量、周辺環境のみの限られた条件ではありますが、どの時点であれば避難が可能であったか、その際の根拠は何を元にすればいいのかをまとめてみます。

避難が可能であろうと考えられるタイムリミットは、15時頃と思われます。
この時間であれば、降水量も少なく、また外も明るいことから隣接した建物へ移送することも可能であったと考えられます。昼間であることから職員数も十分で救急・消防への協力要請などの支援も受けやすかったと思われます。

16時を過ぎると様相は一変します。30ミリを超える雨量ではいわゆるバケツをひっくり返す様なと表現される状況であったと想定され、高齢者だけでなく職員も外出が難しかった可能性があります。その後は、累積雨量の増加と夜間に入り周囲の情況も分かりにくいことから避難は事実上不可能であると判断できます。

図9:降水・水位等からみた避難可否の一例

出所:岩手県(小本川)水位・気象庁(岩泉)アメダス雨量計のデータを元に筆者加筆

あくまで一つの見方ではありますが、今回の事例では、具体的な雨や河川の状況を見て避難の判断をすることは困難で、史上初の台風上陸という非常に不確定な判断根拠に基づいて行動を開始した場合にのみ避難可能な余地が見出せる結果となりました。

まとめ

災害対策を考える際には、リスクが天文学的に小さい、例えば隕石が衝突する、標高2000mの高地での津波被害といった荒唐無稽とも思われる事象を除いては一度は検討の土台に乗せておく必要があるのではないかと思います。

この記事をお読みになって何となくお感じかもしれませんが、実際には気象条件に加えて、公的支援の有無や内容、避難先との調整、避難経路の選定、避難手段の確保など様々な条件で避難の必要性や範囲等を検討し、決定していく必要があります。加えて、それに基づいた日常的な訓練と周辺状況の変化に伴うリスクの軽減、増大にあわせた計画見直しも必要です。

災害対策は、様々なデータや施設が持つ特性、人やものといった資源、周辺環境等様々な要素を検討する必要があり、1つとして同じものはありません。また、訓練やそのフィードバックには専門的な知識も欠かせません。
皆様には常日頃から災害に対するアンテナを高くしてそれぞれの対策を進めて頂き、いざという時に一人でも多くの命が救える環境を構築して頂ければと思います。

一体何から始めればいいのか分からない、日常業務の中でここまで考えるのは難しい、計画はあるが訓練はやったことがないといったお悩みや最新の知見はどうなっているのかと言った情報共有のご希望がありましたらぜひ一度お声がけ下さい。

災害分野の専門家の一人として災害のリスクに立ち向かっている方々との情報共有は大切な取組みと考えています。

関連するサービス

<<医療・介護人材の確保と定着につなげる人事戦略支援>>
  • 医療機関・介護施設等、ヘルスケア業界が抱える人材に関する様々な課題について、解決に繋がるサービスを提供します。
<<新公立病院改革プラン策定支援>>
  • 新公立病院改革ガイドラインが求める役割期待を整理し、地域の医療需要に相応しい公立病院向け新改革プランの策定支援を行い、ヘルスケア業界の更なる発展に寄与します。
<<医療機関・介護施設向け内部統構築支援>>
  • 医療機関や介護施設のニーズに即して、豊富なノウハウや監査経験をもとに、内部統制構築支援サービスを提供します。
<<2025年に向けた医療・介護の事業計画策定支援>>
  • 時とともに変化していく経営環境に対応するため、目指すべき姿の具体化と経営体質の強化を実現する事業計画の策定を支援します。
<<診療科別医療情報システム(診療科別電子カルテシステムなど)の課題整理>>
  • 病院建替に係る事業計画策定、戦略策定、基本構想・基本計画策定のご支援が可能です。委託業務の適正化、電子カルテ等医療情報システムの導入策定など、幅広い病院運営支援のラインナップから、皆様の病院にあったサービスを提案いたします。 今回は特に病院建設・医療情報システムなど施設整備のトータルサポートをご提供いたします。

<<BCP/BCM(事業継続計画/事業継続マネジメント)>>

  • 事業の継続は戦略的な課題となっており、地震のような一つの脅威だけでなく、様々な想定外の事象にも対応できるBCP(事業継続計画)及びBCM(事業継続マネジメント)の必要性が高まっています。

 

こちらの記事に関するお問い合わせはこちらから

>> オンラインフォームより問い合わせ 

お役に立ちましたか?