調査レポート
「急性期医療は儲かる」は幻想か
医療機能と収益性の関係性について、公立663病院の財務データを基にした分析報告
地域医療構想により、医療機能毎の病床再編が検討されています。医療機能の変更を検討する病院がある中、医療機能と収益性に関係性はあるのでしょうか。入院単価の高い急性期医療を維持するためには、設備投資等多額の費用が必要になりますが、果たして収益性が高いといえるのでしょうか。公立663病院の財務データを元に、医療機能毎の収益性について分析した結果から検討します。
目次
- 分析の方法
- 医療機能が高度であるほど、医業収支の赤字幅は大きい
- 医業収益に対し、費用が小さいのは入院単価5~6万円台
- 医師1人1日当たりの診療収入は、入院単価3万円台が最も高い
- 高度急性期機能は、多額の財政支援無しには成り立たない?
地域医療構想により、医療機能毎の病床再編が検討されている。
医療機能の変更を検討する病院がある中、医療機能と収益性に関係性はあるだろうか。一見、高度な医療機能であればあるほど、高い収益を確保できるのではないかと考えられる。
一方で、高度な医療には、多くの医療スタッフ、高度な医療機器を設置する必要がある。回復期機能や慢性期機能は急性期機能と比較して入院単価は低いものの、医療スタッフや医療機器の確保は少なくて済む。それならば収益に対する費用が少なく、利益の高い医療機能はあるのだろうか。
今回は平成30年度地方公営企業年鑑を用い、医療機能毎の収益性について分析を行う。
分析の方法
(1) 分析対象
本来は経営母体に限定せずに分析を行いたいところであるが、財務状況が公開されている公立病院に限定して分析した。
(2) 使用データ
「平成30年度地方公営企業年鑑病院事業」の損益計算書、費用構成表及び医業収益に対する費用比率、経営分析に関する[調]を使用した。
(3) 除外
医療機能と財務状況の関係性を分析するために、指定管理者制度導入医療機関、地方独立行政法人等の想定企業会計、精神科病棟が全病棟の半数以上を占める医療機関、入院単価0円の医療機関を除外した。
(4 )対象病院数
上記条件により、全国663病院を対象とした。
(5) 医療機能の判断材料に、入院単価を用いた。入院単価が高いほど高度急性期機能を有する医療機関、入院単価が低いほど慢性期機能を有する医療機関であると判断することとした。
医療機能が高度であるほど、医業収支の赤字幅は大きい
以下の分析では、病院本業の収益といえる医業損益を収益性の指標として、検討を行った。
医療機能が高度化するほど(入院単価が高くなるほど)、医業損益の赤字額が大きくなっていることが分かった。医業費用に対する医業収益の割合である医業収支比率では入院単価6万円台、7万円台で最も赤字割合が低かった。
金額ベースでは、機能が高くなれば高くなるほど、機能を担うために係る費用が必要となり、多額の赤字となると考えられる。医業収支比率では、機能が慢性期機能になるほど低い結果となっているが、高い医療機能と比較して分子分母の金額規模が小さくなるため、割合では悪くともマイナスの金額が小さくなっている。
医療機能が高度であるほど、入院単価が高く、高い収益を得ていることは間違いない。しかしながら、医業損益で大きなマイナス傾向にあるということは、それだけ多額の費用が掛かるということだろう。
医業収益に対し、費用が小さいのは入院単価5~6万円台
入院単価5万円台、6万円台が他の入院単価区分に比べて、入院収益に対する医業費用の割合が低かった。職員給与費率が低いのは7万円台であったが、5万円台、6万円台と比べて、委託費率、減価償却費率が高い。さらに8万円台以上になると、医療材料費率がより高い。
高度な医療機能を担うためには、収益に対して多額の設備投資が必要となり、決して効率的に収益を上げられるわけではなく、5万円台、6万円台が効率的に収益を上げられると考えられる。
医師1人1日当たりの診療収入は、入院単価3万円台が最も高い
医師1人1日当たり診療収入は、医療機能が高度なほど高いと思われがちだがそうではないようだ。医師1人1日当たり診療収入が最も高いのは入院単価3万円台であった。高度な医療を行うためには多くの診療科が様々な疾患に関わり、多くの医師が診療に当たるため、医師1人当たりにすると高い収益を確保できるとは言えない。1人の医師が急性期機能も回復期機能も担当しなければいけないような入院単価3万円台が、医師1人が効率的に収益を上げられる医療機能であると考えられる。
一方、看護職員1人1日当たり診療収入では、入院単価7万円台が最も高かった。看護配置基準があるため、一定の入院単価以上は7対1看護配置基準になると考えられるが、高度になればなるほど看護職員を基準以上に配置しているということではないため、入院単価の高い医療機関ほど1人当たりの収益性が高いものと考えられる。ただし、8万円台となると1人1日当たり診療収入が下がっている。8万円台を維持するためには、手術室やICU、HCU等、病棟以外のところで多くの看護職員が必要になるからではないかと推察される。
高度急性期機能は、多額の財政支援無しには成り立たない?
これまでは収益性の評価として、医業収支、医業費用を元に検討してきた。経常収支の結果はこれまでと様相が異なる。どの入院単価区分においても、平均経常収支比率に差異は少なく、経常赤字の幅が1億円を超えているのは4万円台から6万円台となっている。経常収支と医業収支の差の影響は、経常収益に他会計からの繰入金が含まれている点が大きい。入院単価が高くなれば高くなるほど繰入金が高くなる傾向があり、5万円台までと比べて6万円台から顕著に繰入金が高くなる傾向があった。高度急性期機能の医療提供体制には、本業といえる医業収支では経営が成り立たず、繰入金頼みになっている現状が伺える。今回の分析は公立病院に限定して行っているため、繰入金により病院経営を支えられている現状が分かったが、民間病院に行政から多額の財政支援があるとは考え難く、民間の高度急性期医療を担っている病院は、多大な経営努力をしているものと考えられる。
必要な医療機能と財政支援のバランスが重要
入院単価を基準に慢性期機能と比較すると、高度急性期医療になればなるほど、医業収支では赤字傾向、行政の財政支援頼みになっている現状が確認できた。住民の命を守る高度急性期病院を守るために、多額の財政支援をすることは政治判断として考えられる一方、新型コロナウイルスによる経済悪化や人口減少の影響により、医療にばかり財政支援をできない自治体が出てくることも考えられる。医療機能を回復期、もしくは慢性期よりに転換すれば財政支援を減らしても経営が成り立つ可能性がある。自治体病院の中には、高度急性期・急性期から回復期、慢性期に機能を転換し、多少交通アクセスが悪化しても、高度急性期・急性期機能を近隣の病院に機能集約を図ろうとする自治体も出てくるのではないか。
日本全国、一定の急性期医療が受けられる環境は、財政支援があって守られていたということであるが、国・自治体の財政基盤に不安があれば、今後も変わらぬ医療提供体制を維持していくことは困難と言わざるを得ない。ましてや、人口減少社会と2040年問題が待ち受けている中で、公立病院、民間病院に関わらず、医療機能の転換を検討している病院は多いだろう。収益の減少を恐れて機能転換の決断に至らない病院は少なくないが、見合った費用構造に転換できれば、決して急性期機能を追い求めることだけが選択肢ではなく、地域のニーズや周辺の環境に合わせて、柔軟に医療機能転換の検討を行う必要性が今、問われているのではないかと考える。
執筆
有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部 ヘルスケア
※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2020/11
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