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先読み 次世代の精神科病院の経営戦略

精神科医療は今後どのような方向に舵を切っていくのであろうか。そのヒントとなるべき検討会資料が令和3年3月に厚生労働省から公表された。今回は今後の精神科医療の方向性を示す報告書から、次世代の精神科病院の経営戦略について解説します。

これまでの精神科医療の方向性に関する議論

精神科医療は長年にわたり、閉鎖的で社会から隔離された病院というイメージがつきまといながらも、年々精神疾患の患者数は増加傾向にあるなか、精神疾患を有する患者がいかに社会のなかで共生していくことができるか、という課題があった。

厚生労働省では、精神医療政策の改革として平成28年1月に「長期入院精神障害者の地域移行に関する具体的施策について」を公表し、論点を整理した。

長期入院精神障害者の地域移行に向けては大きく以下の2つの方向性が示された。

 

出所:長期入院精神障害者の地域移行に関する具体的施策について (平成28年1月25日 厚生労働省障害保健福祉部精神・障害保健課)

1つが、長期入院精神障害者本人に対する支援であり、退院に向けた本人の意欲を喚起すること、本人の意向に沿った地域移行の支援を行うこと、そして、地域生活の支援を示していることがポイントとして挙げられた。

もう1つが、病院の構造改革であり、一般医療と同等の「質」を求めていくこと、将来的に不必要となる病床を削減することがポイントとして挙げられた。

具体的な方向性として、精神科の入院医療について精神科救急等の地域生活を支えるための医療等への資源の重点配分を行う一方で、将来不必要となると考えられる施設や人員などの経営資源を、地域移行した後の精神障害者の生活の支援に活用することが提言されていた。病院そのものを資源として捉え、グループホームとして敷地内への設置も誘導するような提言もなされていたところである。

遅々として進まない精神医療の機能再編

平成28年に公表された前述の方向性に沿って様々な支援事業が展開されていたが、精神疾患患者数は平成29年には約419万人に達しており、脳血管疾患や糖尿病以上により身近な疾患となっている状況となった。

精神疾患患者が今後安心して地域での生活を継続していく条件として、地域における生活を支える基盤の整備が必要との考えに至り、不安定になった時に受診ができ、生活の支援を包括的に提供することの重要さが増していった。いわゆる精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの概念の整備が求められる気運が高まったのである。精神科医療においても一般の身体科の医療業界と同様、地域包括ケアシステムの構築は以前から認識され、議論が進められてきたところであった。

様々な支援事業を実施してもなお、地域包括ケアシステムの構築が遅々として進まない要因として、次の点が課題として認識された。

  • 精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築を進めるうえでの実施主体(責任主体)を明確にするべき
  • 多様な圏域の考え方を踏まえて、都道府県、市町村、保健所、精神保健福祉センターの担うべき役割を明確にするべき
  • 保険、医療、福祉感の連携体制の構築に向けたさらなる検討が必要
  • 住まいの確保、社会参加、就労といった課題への取組みの更なる促進が必要

 

「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」発足

上記の課題を解決するべく、現場関係者、有識者、当事者、家族などから構成される「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築に係る検討会」(以下、検討会という。)が発足し、施策が検討されることとなった。

なお、その検討が進む中で、精神科救急医療体制整備について種々の課題が指摘されたことから、整備のあり方についても改めて検討を行うために、「精神科救急医療体制整備に係るワーキンググループ」(以下、救急検討会という。)が設置され、集中的な検討が同時並行で進められることとなった。

 

精神障害にも対応のできる地域包括ケアシステムが定義される

精神障害にも対応できる地域包括ケアシステムは、精神障害を有する方々の日常生活圏域を基本に、市町村などの基礎自治体を基盤として構、築を進めることが提言された。


また、精神保健福祉センターと保健所は市町村と協働で精神障害を有する方等のニーズや地域の抱える課題を把握し、障害保健福祉圏域等の単位で精神保健医療福祉に関する重層的な連携による支援体制を構築することが重要であるとまとめられた。

なお、地域包括ケアシステムを構成する要素は7つあり、詳細は以下の図表のとおりである。

地域包括ケアシステムの構成要素のうち、精神医療の提供体制のポイントは、①平時に対応する「かかりつけ精神科医」の機能等の充実、②精神科救急医療体制整備をはじめとする精神症状の急性増悪、精神疾患の旧姓発症等により危機的な状況に陥った場合の対応の充実を掲げていることにある。

また、特徴的なこととして、当事者・ピアサポーターが構成要素に組み込まれている。ピアサポーターによる支援の充実や、ピアサポーターや精神障害を有する方々の協議の場への参画を市町村などが推進することが掲げられており、より地域での生活をイメージしたシステムのデザインとなっていることがうかがえる。

重層的な支援体制を目指していく体制が提言された

次の図表で示すように、精神障害にも対応した地域包括ケアシステムは、システムの構成要素を担うべき地域のプレイヤーにより重層的に本人をサポートしていく体制を目指すことが提言されており、今後はこのようなシステムとなるよう調整が進むものと考えられる。

 

都道府県レベルでは、人材育成や高い専門性を有する精神障害者等の支援を行うことが役割として掲げられ、広域的な責任を有することと整理された。

保健所では複数の日常生活圏域を管轄していることから、医療機関の間での連携を含む医療に関する課題への対応のほか、個別支援での協議について役割が整理された。

日常生活圏域においては市町村を基礎自治体として、医療保健、福祉、社会参加・地域の助け合い・教育の体制の構築の推進について役割が整理された。

日常生活圏域における医療・保健として、従前から提供されている入院・外来・訪問診療・往診や訪問看護、精神科デイ・ケアの提供のほか、身体合併症への対応が挙げられている。また、社会参加・地域の助け合い・教育として、自治会やピアサポーターがより患者本人に近い環境でサポートすることが挙げられている点も特徴である。

日常生活圏域では、病院の役割は入院医療の提供に求められることが想定され、外来医療を地域のかかりつけ精神科医が担うなかで、急性増悪など重症化した場合に入院受入する対応が期待されていると理解される。

 

精神科救急医療の提供に係る機能分化の方向性

精神科医療の機能は①平時の対応の受診前相談、②入院外医療の提供、③入院医療の提供の3段階に区分され、医療提供を支えるための国と都道府県それぞれの役割が整理された。

 

平時の対応の受診前相談では、保健所や保健センターからの訪問、精神医療相談窓口の設置・充実、精神科救急情報センターの設置・充実など、医療提供を受ける前段階での相談体制の充実が図られていくものと想定される。

入院外医療の提供では、かかりつけ精神科医等による時間外診療、ニーズに応じた往診・訪問看護、診療したうえで入院の要否を判断するといった対応が図られていくものと想定される。身体科の地域包括ケアシステムと同様、病院への入院をつなぐ窓口としてかかりつけ精神科医等との地域連携がより重要となると考えられる。

入院医療の提供では、平時の対応や受診前相談、外来等の入院外医療の後方支援の実施と、そうした対応要請を断らないことが求められる。また、措置入院や緊急措置入院への対応、新型コロナウィルス感染症を含む身体合併症への対応も求められている。今後の方向性として、地域のかかりつけ精神科医や訪問看護ステーション等からの要請受入のための連携体制、精神科救急への対応、そして身体合併症への対応が病院にとってより重要視される機能であると考えられる。

これらの医療提供体制のイメージは次の図表のように示される。今後の精神科病院の経営の方向性として、救急対応、身体合併症対応の機能が重視されると想定される。また、グループでの運営にあたっては、病院以外の機能として、訪問看護事業所の運営を合わせて行っている場合には、より本人や家族に近い施設を運営していくことが地域包括ケアシステム下では重要となるものと考えられる。

 

次世代の経営戦略の検討に向けて

今後の精神科医療の方向性はこれまでに述べたとおりであり、実現に向けて都道府県レベル、市町村レベルで体制整備が進んでいくことが想定される。

病院などの施設の経営戦略にあたっては、これらの政策の変化や行政機関の役割の変化を先読みするほか、自病院と地域における医療・福祉資源との連携の関係を深化していくうえでの課題を把握し、自病院の得意とする診療領域について、精神科急性期医療への対応を重視するのか、身体合併症対応の機能を強化するのか、地域のかかりつけ精神科医との連携をより強く持つか、を検討することが次世代の経営戦略立案において肝要と考えられる。

長期入院者は地域での生活に移行していくことが前提となっていることから、精神障害者を長期的に継続入院させることで収支を均衡させるのではなく、より地域社会に開けた病院として地域とのつながりを重視していくことが経営戦略上、重要であると考える。

執筆

有限責任監査法人トーマツ
リスクアドバイザリー事業本部  ヘルスケア 

※上記の部署・内容は掲載時点のものとなります。2021/7

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