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アジア健康構想と日本の介護セクターの潜在力

ライフサイエンス・ヘルスケア 第7回 ~アジア地域の高齢化に向けた日本ヘルスケア業界の課題とニーズ

本稿では、内閣府が推進する「アジア健康構想」による政府支援の状況を確認し、日本における介護等の高齢者関連サービスの経営課題とアジア進出のニーズ、およびアジア各国における高齢者施策の課題と日本が提供可能なサービスについてフォーカスし、今後の高齢者ケアビジネスの国際展開が進むなかでの、日本の介護セクターが持つビジネスの潜在力について考察します。

I.アジア地域の高齢化と関連需要の増大

アジア諸国は今後、本格的に高齢化を迎える。

国連が2015年に発表した World Population Prospectsによると、推測される2040年の高齢化率は、日本が36.1%、中国が24.6%、韓国が30.8%、シンガポールが29.8%、タイが25.8%である。あと25年後には、アジア各国では、4人に一人が高齢者の時代となり、日本を上回る速度で高齢化が進むこととなる。

図表1:アジア各国の高齢化率の推移
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この高齢化の進捗状況に鑑み、アジア各国では、急速な高齢化から、介護等の高齢者関連サービスの急激な増大に繋がると考えられ、既に介護保険が整備され、高齢者介護サービスの先進国である日本の高齢化対策の経験に関心を寄せている。

そのアジア各国のニーズを先取りするように、ここ数年、日本の介護事業者もアジアへの事業進出を活発化させている。

しかし、アジア地域において現状では有料で家族以外から介護サービスを受けるという認識が低く、文化や生活習慣の異なる国に日本的な介護サービスの優位性を伝えることの困難さ、現地でのビジネスパートナー探しの困難さ、規制のあるなかで現地の行政サイドとのネットワーク不足、介護保険制度の存在しない海外で事業採算性を確保するためのノウハウの乏しさ、さらに事業資金や海外経験のある人材が十分でないなど、進出している事業者は多くの課題に直面している。

そこで内閣府が推進する「アジア健康構想」による政府支援の状況を確認し、日本における介護等の高齢者関連サービスの経営課題とアジア進出のニーズ、およびアジア各国における高齢者施策の課題と日本が提供可能なサービスについてフォーカスし、今後の高齢者ケアビジネスの国際展開が進むなかでの、日本の介護セクターが持つビジネスの潜在力について考察した。

II.アジア健康構想(Asia Health and Human Well-Being Initiative)の政府支援体制について

日本からのアジア地域への、民間の高齢者向けサービス事業者等の進出支援等を目的として、内閣府の「健康・医療戦略推進本部」により、「アジア健康構想に向けた基本方針」が取りまとまられた。

構想に至る経緯は、平成27年9月に国連で採決された「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)に呼応して、すべての人が生涯を通じて必要な時に基礎的な保健サービスを、負担可能な費用で受けられる「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC: Universal Health Coverage)」の実現を目指し、日本としてのUHCモデルの確立を支援するため、平成28年7月に基本方針が取りまとめられた。

◆アジア健康構想のポイント

(参照:内閣府、「アジア健康構想に向けた基本方針」)

1.基本的考え方

(1)推進の方法
具体的なアジア進出計画のある民間事業への支援から手がけつつ、相手国政府に対し日本の経験に基づく制度設計の提案等を行う。

(2)推進の時間軸
当初5年間は民間事業者等のアジア地域進出支援による介護サービスの認知向上に努め、以降は5年程度の単位でPDCAサイクルを回す。

(3)推進の体制
健康・医療戦略室と厚生労働省が開催する推進会議のもと、構想の各段階に応じた役割を関係省庁で連携して分担する。

 

2.政府間協力について

(1)協力の枠組み整備
地域包括ケアシステムの構築等を支援するため、高齢化対策を包摂した政府間の協力覚書作成。

(2)具体的協力
制度に関する経験・知見の共有、必要な資格等のアジア地域での普及・整合等の推進。

(3)調査等促進
アジア地域の高齢化等に係る調査と国際機関と連携した学術的な研究等を促進。

(4)人材育成と還流の促進
アジアから日本への留学生を増やし、アジア展開を進める企業との人材マッチングの実施。

 

3.民間事業への支援策について

アジア地域に展開する介護事業者が直面する様々な困難を克服するため、以下の取り組みを官民連携で開始。

(1)協議会の設置
共通の課題等を検討し、具体的な対応を行うための官民連携のプラットフォームを設立。

(2)事業資金調達支援等
JICA、クールジャパン機構等の活用促進による介護関連海外事業等への資金調達の円滑化。

(3)事業の組成等支援
JETROによるオフィス機能の提供等の海外展開支援策のパッケージ提供により事業の組成等を支援。

(4)外国人人材の活用
「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律案」が成立した際には、新たな技能実習制度の施行と同時に介護の対象職種への追加が行われるとともに、「出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案」が成立した場合には、新たに在留資格「介護」が創設されることとなり、成立後、アジア健康構想において、制度が活かされるよう必要な検討を行う。

(5)ICT等、新しいサービスの開発
予防関連サービスを積極的に海外展開し、日本の潜在的技術力が活かせる市場の確立を目指すとともに、ICT等の適用による介護分野の高度化について日本国内での普及をモデルケースとして進め、アジアへの展開につなげる。
 

以上のように、「アジア健康構想に向けた基本方針」の中で具体的な政府支援策の実施が計画されている。
 

III.日本における介護業界の経営課題とアジア進出のニーズ

2000年に介護保険が制定され、高齢者向けの介護サービス事業が民間事業者に開放され、ビジネスとしてのマーケットは大きく拡大してきた。しかし、介護保険施行から17年が経過し、高齢者介護サービス事業の整備が進むと同時に費用も増大し、2000年には約3兆円でスタートした介護保険給付費が、昨年の2016年には約10兆円に膨らんでおり、持続可能な社会保障制度としてさまざまな制約が必要となってきた。介護事業者側にとっても、事業者の創意工夫による介護保険外の新しいサービスの提供を通じたビジネスの展開を図ることが必要となるが、日本の市場だけではなく、国を超えたアジアへの事業展開へとマーケットを拡大する必要性を感じてアジア進出の方向へと進んでいる。

そこで、現状での国内での課題とアジア進出のニーズを整理してみた。

1.介護保険制度による課題
2015年の改定がマイナス改定となり、介護保険収入だけに依存する事のリスクが顕在化してきた。

次回の2018年は診療報酬と介護報酬が同時改定となり、介護度の低いサービスが介護保険から地域の総合事業に移行することが計画されており、実質的なマイナス改定が予想されている。

今後は、介護保険に依存するビジネスモデルから介護保険外のサービスへの転換を迫られ、介護保険外での収入の確保が課題となる。

また、生産年齢人口の減少により、今後も高齢化率は上がるが2025年以降は65歳以上の高齢者数の増加は頭打ちとなり、その後高齢者数は横ばい、国内の高齢者向けサービスのマーケットの拡大も、今までの規模からは縮小傾向となり、国外のマーケットへの進出を検討する必要がある。国内で介護保険外サービスを新たに展開しながら、特にアジア地域への事業進出の検討が必要となっている。

 図表2:高齢化の推移と将来推計
※クリックして画像を拡大表示できます

2.競争激化に伴う課題
サービス付き高齢者住宅の激増を受けて、エリア内での競合が増え、提供サービスの差別化や稼働率維持のための営業対策が求められている。しかし現状では、特に都市部での競合状況が激しいなかで、積極的な施設開発が難しい。そこで、新しい事業エリアの開拓が必要となる。

新しい事業エリアを日本以外に見出す場合、アジア地域でのパートナーと事業提携することが、海外での施設展開には必要となってくる。

3.人材不足の課題
新規開設施設の増加により介護人材が不足し、特に都市部では、計画的な新規施設の開設が難しくなってきている。しかし事業規模の小さい事業者が多く、介護事業に適した人事制度が未整備で、給与水準も他業界に比べて低いため、優秀な福祉関連の人材の獲得が難しい。

また、国内の生産年齢人口が減少している局面で、潜在的な福祉人材の掘り起こしや、給与水準の見直しを行っても、人材確保の根本的な解決とはなっていない。

そこで、国を越えた介護人材の確保が課題となっている。日本へ外国人介護人材を招聘するために、外国人の介護就労の制度を整備し、労働力不足を補完する戦略が必要となっている。

IV.アジア各国における高齢者介護業界の経営課題と日本が提供可能なノウハウや商品

アジア地域の今後の急速な高齢化を踏まえた場合、アジア各国がどのような福祉社会を目指し、そのためにどのような行政施策を整備し、どういった民間活力の導入を推進するのかといった点が喫緊の課題となっている。そこで、高齢者施策、および高齢者向けサービス産業の先進国である日本に期待する点と、日本が優位性をもって提供可能な商品は以下のものが考えられる。

(1)国の高齢化問題における制度設計
高齢社会が進んでいく状況下で、医療制度に加え、介護関連の制度を新しく創設するにあたって、いかに財源的に持続可能な制度設計を行っていくかという点で、日本の介護保険制度、要介護認定制度、介護人材の国家資格制度等の知見の提供が可能である。

(2)介護オペレーションのノウハウ提供
医療サービスの概念はあっても、家族介護とは異なるビジネスとしての介護サービスの概念を定着させて、民間活力を導入していくためには、一定のオペレーションの知識や技術を輸入する事が必要という点で、 日本の民間介護事業者が構築した、介護オペレーション、介護関連ソフト等のノウハウの提供が可能である。

(3)高齢者向けの施設の設計やバリアフリーレイアウトの設計ノウハウ
新たに介護サービスの施設や拠点を建設していくにあたって、高齢者が使いやすく、オペレーションの生産性が上がるような商品力のある施設設計が必要という点で、公的介護施設、民間介護施設、自立者向け、要介護者向け、高級型、廉価版施設等の利用者の状況にマッチした設計ノウハウや、デイサービスなどの空間レイアウトのノウハウ等の提供が可能である。

(4)スタッフの教育
介護サービスの導入にあたって、優秀な人材確保と均一で質の高い介護オペレーションを導入していくために、教育体制や研修体制あるいは研修センターの設置が必要という点で、スタッフのモチベーション管理が可能な研修制度、介護教育マニュアル、介護従事者特有のキャリアビジョン制度等の提供が可能である。

 

図表3:アジア展開が可能な日本のヘルスケア業界のビジネス領域(医療分野・介護分野)

V.終わりに

アジア健康構想が動きだすことで、いままで個々に独自の戦略によってアジア進出を進めてきた国内の介護事業会社が、一定の政府支援を受けて、十分な準備のもとにアジアへ展開できる環境整備が進んでいる。またアジア地域では、高齢化が進む社会に対応した制度改正や、新たな制度の創設など、インフラ整備と民間活力の導入が求められる事となる。今後は、すでに一定の介護オペレーションが確立された日本の事業会社との連携を模索する動きも活発になることが予測される。

今後、アジアと日本とのパートナーシップがこれまで以上に求められるだろう。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社 
ライフサイエンス・ヘルスケア担当  細見 真司

(2017.5.29)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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