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新人病院経理課長の1年(第10話)

決算作業 

新人病院経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説する「新人病院経理課長の1年」。第10話では決算作業に焦点をあてて解説していきます。

新人病院経理課長の1年 (第10話) ストーリー

3月31日の実地棚卸が無事終わり、等松太郎は経理課長として初めての決算を迎えていた。医療法人の場合、会計年度終了後2カ月以内に事業報告書、財産目録、貸借対照表及び損益計算書等を作成しなければならない(医療法51条)。したがって、4月から5月にかけて忙しくなるであろうことは覚悟していた一方で、「前の会社はゴールデンウィーク明けには決算を終えていたから、それに比べれば日程にかなり余裕はある。まあ、何とかなるだろう。」と少し安易にも考えていた。 

決算作業を一言で表せば、各勘定科目残高を確定し、決算書を作ることである。等松太郎は主な決算作業項目(図表1参照)を踏まえ、昨年の決算資料を参考にしながら決算作業を次々と進めた。

ところが、である。昨年の決算資料を見れば見るほど、不可解な決算処理が散見されるのである。

「石上さん、ちょっといい?」石上は請求書と未払金残高の照合作業をテキパキとこなしている。「また質問ですか、課長。私の作業が進まないのは課長のせいですよ。」

不可解な点がある度に石上を質問攻めにしているが、3時のおやつに近所で評判のロールケーキを差し入れしたせいか笑顔で対応してくれる。

「ごめん、ちょっとだけ。昨年の決算でのたな卸資産でさ、決算で追加計上している2百万円って何?どこにも元資料が見当たらなくてさ。」アウトプットした総勘定元帳を石上に渡した。

「ああ、これは山本事務長に、薬局で数え忘れがあったから計上しておいて、と言われたものです。資料は後で出すから、と言っていましたけど、結局忘れちゃったようですね。事務長の机汚いから。」

また事務長マターか、等松太郎は心の中でつぶやいた。昨年は決算時に事務長の一言で入る仕訳が散見され、そのほとんどに元資料が無い。事務長に質問したところで、きっとまた「この机のどこかにあるのだけど。等松君すまない、後で探してみるよ。」という回答だけが返ってくることは容易に想像できる。

「課長、この薬局の数え忘れ、今年も4百万円ありますよ。何ですかね。」

ええ!?等松太郎は血の気が引いた。見落としていた。

等松太郎が今回の決算で処理したい主な事項(図表2参照)は上記のとおりいくつかあり、このような資産性の低いものは損失または費用として会計処理し、財務体質を健全にしたいと考えている。今までのような決算を続けていれば、決算書が医療法人トーマスの実態を表さないため、決算書をもとに行う経営判断も経営管理もでたらめになる可能性が高い。そして資金調達先である銀行に信頼されない。現在銀行との関係が続いているのは、この粉飾決算まがいの行為をおそらく銀行が気づいていないからであろう。

「ところで課長、決算の進捗状況なんですけど。」石上は笑顔で続ける。「給与関係の未払費用計算が遅れているのと、一部業者の請求書が遅れて未払金残高がまだ固まらない状況です。あと、さっき税理士さんから電話があって、来週金曜日に来て税金を固めるそうです。」

「ありがとう、石上さん。」等松太郎は力なく席に戻った。事務長は何を考えているんだ、と頭を抱えたその時である。青く硬い表情の山本事務長が等松太郎の前に現れた。「等松君、ちょっといいかね。重要な話だ。」

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

解説1:決算作業

今回のテーマである決算作業とは各勘定科目残高を確定し、貸借対照表や損益計算書などの決算書を作成することです。この決算作業を行うにあたっては重要な3つの視点があります。それは(1) 資産・負債の実在性、網羅性、評価の妥当性、(2) 収益・費用の期間帰属の適正性、(3)決算書の表示の妥当性の3点です(図表3参照)。今回はこの(1)(2)について、特に重要となる視点を以下に解説します。
(注)以下の解説は医療法人トーマスの決算日(3月31日)を前提として記載しています。

(1) 資産の実在性(架空資産の排除)

実際に存在する資産のみを貸借対照表に計上するため、決算では、例えば預金については銀行から残高証明書を入手し、たな卸資産や有形固定資産について実地棚卸を行って現物を確認することにより残高を確定します。実在性が認められない場合は、資産から除外し、損失または費用を計上します。

(2)負債の網羅性(簿外債務の排除)

負債を全て漏れなく貸借対照表に計上するため、決算では、例えば未払金は業者からの請求書、借入金は借入先からの残高証明書を入手し、帳簿残高と照合することにより残高を確定します。負債の網羅性は、日々の購買管理や支払管理がしっかり行われていれば問題が生じることは少ないでしょう。

(3)資産の評価の妥当性(資産の過大評価の排除)

資産を適正な価額で貸借対照表に計上するために、決算では、資産の帳簿上の金額が妥当かどうかの検証を行います。例えば、患者請求の医業未収金や貸付金などの債権金額について、本当に全額回収できるのかどうか、回収できない恐れが高いのであれば貸倒損失や貸倒引当金を計上して評価額を引き下げる必要があります。有価証券は時価等と比較し、帳簿価額の引き下げの必要性を検討します。
また、3月診療分の保険請求の医業未収入金については、入金額の通知が5月末日となり決算に間に合わない場合もあるため、実務上、保険請求額から査定減予測額を差し引いて評価する事例もあります。

(4)収益・費用の期間帰属の適正性(計上時期操作による利益操作の排除)

当期に発生した収益・費用はすべて当期の損益計算書に計上するため、決算日現在未払いとなっている当期の費用、例えば4月に支払予定の3月分の残業代、賃借料、委託料等は未払費用勘定または未払金勘定を用いて費用計上します。医療法人トーマスでは当期の減価償却費を計上していませんが、減価償却費はあらかじめ定められた方法で使用期間にわたり取得価額を費用として配分するものであるため、減価償却費の期間帰属が不適正となっています。

連載目次

【第1話】「財務分析と会計基準
【第2話】「業務活動から会計処理」 
【第3話】「医療機関の月次作業
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」 
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)
【第7話】「不正と内部統制
【第8話】「購買管理
【第9話】「実地棚卸
【第10話】「決算作業 1」※本ページです
【第11話】「決算作業 2
【第12話】「会計監査」(2017年3月末 公開予定)

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