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新人病院経理課長の1年(第6話)

今回のテーマ『患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)』

病院の新人経理課長、等松太郎の視点を通じて、財務会計上のポイントや留意点をケーススタディの形で解説します。

新人病院経理課長の1年 (第6話) ストーリー

「寒くなってきたな・・」 窓越しにうっすらと雪化粧に包まれた外を眺めながら、等松太郎はお気に入りのマグカップに注がれたコーヒーを口にした。一息ついてもう一度、先月承認された新たな経営会議資料に目を通しながらつぶやいた。

「やっぱり患者未収金が増加してきている。未収金の回転期間(解説1参照)も上昇しているし、一度確認してみないといけないな。」マグカップを机の上において、経理担当の石上に声をかけた。
「石上さん、うちの患者未収金の回収管理ってどうなってんの?」入力中に声をかけられたため、少し不機嫌な調子で、石上は答えた。
「患者未収金の回収は医事課でしていますけど、どのようにやっているかはわかりません。」
「じゃあ、この貸倒引当金について教えてくれる?前から気になってたんだけど、ここ数年まったく残高が変わってないよね。」
「さあ?顧問税理士さんにまかせてますので。」黒縁眼鏡を押さえながら石上は少し笑みを浮かべて答えた。 少し間が空いて等松太郎はつぶやいた。「・・・ありがとう」

等松太郎は自分の机に座りなおして、もう一度論点を整理してみた。「ええっと、まず患者未収金の内訳、特にどれくらい古いものが残っているか調べないと。それから管理状況も医事課に確認して・・・また田中課長か、忙しいとか言って怒られるんだろうなぁ。」医事課一筋30年の大ベテラン田中課長が苦手な等松太郎は少し憂うつな気持ちになりながらも、関係する資料を手にとって医事課へと急いだ。

いつにも増して非協力的な田中課長は不機嫌そうに等松太郎の質問に答えた。
「だから言うとるやろう。患者未収金は医事会計システムと台帳で管理しとる。未収のある患者が窓口に来たら督促するように指示しとるし、時間を見てわしが直接回収にもいっとる。忙しいのに病院のためにガンバっとるんや。わかっとるんか!」
「管理方法については大体わかりました。それでは少し整理したいんで関連資料を借りていきますね。」等松太郎は関係する資料をかき集めて、逃げるように医事課を後にした。

持ち帰った資料にさっそく目をとおしながら、等松太郎はキーボードをたたき始めた。
「やっぱり、未回収期間が3年超の患者未収金が全体の半分以上を占めている。本来、回収可能性の低い患者未収金については、会計上取り立て不能見込額を貸倒引当金を計上しなければならないが、うちはだいぶ前から引当金自体を見直してないから、形骸化した処理になっていたようだ。」過去の決算書をめくりながら、等松太郎は自分の中で情報を整理するようにつぶやいた(解説2参照)。

「それよりも・・・」 少し溜息をつきながらもう一度入力した延滞期間別未収金内訳表(回転期間分析・年齢調べ:図表1参照)に目をやった。「患者未収金の延滞状況がひどすぎる。田中課長には悪いけど未収金管理が十分にできていないとしか言いようがないな。そもそも、何でもかんでも訪問ってわけにもいかないしな。まず患者未収金の属性を分析したうえで、対応方法を変えていかないと。」そう言いながら、等松太郎は主に紙に未収金管理上のポイントを書き始めた(解説3参照)。

「よし、この考え方をベースにもう一度調べてみよう。田中課長はどうせ反対するだろうから、今度は医事課の担当者や他部署とも相談してみよう。」 単に苦手な田中課長を回避するこの調査方針が、後に大きな問題へと発展することを、等松太郎はこのとき知る由もなかった。

※本記事はデロイト トーマツ グループ ヘルスケアユニットが執筆し、野村證券㈱のFAX情報として2009年から2010年まで連載されていた「病院経理課長の一年」を最新の情報を盛り込み再構成したものです。

図表1:延滞期間未収金内訳表(回転期間分析・年齢調べ)

解説1 :患者未収金管理(回転期間分析・年齢調べ)

等松太郎は現状の患者未収金管理の問題点の一つとして、患者未収金の延滞期間をあげています。
患者未収金は民法170条1号の債権に該当するため、例えば分割払等で時効の中断措置が講じられていなければ、3年で時効が成立します。
医療法人トーマスにおいては延滞後3年以上経過する債権が80百万円となっているため、時効が中断したもの以外は会計上は貸倒損失として処理する必要があります。
延滞状況については回転期間分析を通じて、概括的に把握することが可能です。医業未収金の回転期間とは、医業未収金が回収・現金化されるまで何ヵ月かかるかの指標の一つであり、一般的に医業未収金の回転期間(単位:ヵ月) =期末患者未収金残高÷(医業収益÷12ヵ月)といった算定式により求められます。
医療法人トーマスの場合、年間の医業収益が2,400百万円とすると回転期間は2.5ヵ月(=490百万円÷(2,400百万円÷12ヵ月))となります。
医業未収金の大半を占める基金や国保への請求分(保険未収金)については2ヵ月後に入金されてくる訳ですから、医療機関において回転期間が2ヵ月を超えるということは、回収できていない患者未収金が存在する可能性を示しています。

解説2 :患者未収金管理(貸倒引当金)

等松太郎の指摘にもあるように、医療法人トーマスは過年度より貸倒引当金が変動していません。
貸倒引当金とは医業未収金などの金銭債権に対する将来の回収不能額を見積もったもので、徴収不能引当金とも呼ばれています。会計上、貸倒引当金を正しく計上することで、医業未収金に対する回収可能性を適切に評価し、経営判断に有用な情報を提供することになります。
患者未収金の貸倒引当金の計上方法は、時効が成立したものや、医療事故等で回収がほぼ困難な債権については貸倒損失として償却するか、すべて貸倒引当金を計上します。それ以外の患者未収金についても過去の貸倒実績率を算定し、それを乗じて貸倒引当金を算定して回収可能性を評価することが必要となります。

解説3 :患者未収金管理(ポイント)

等松太郎は患者未収金管理として属性を分析したうえで、対応方法を変えるべきと指摘していますが、どういったポイントが考えられるのでしょうか。ここでは少し視点を変えて、患者未収金に対する本人の支払意思と支払能力で整理していきます。

a)支払意思あり、支払能力あり
このような患者未収金については一定の督促さえ行えば、比較的容易に回収可能と考えられます。ただし、督促のタイミングと支払方法が重要となります。タイミングであれば翌日の督促と1年後の督促では同じ手法であっても、その回収率は異なってくると考えられます。実際、支払う意思があったとしても、長らく督促がなければ、支払意思も減退していくのではないでしょうか。このような場合、できるだけタイムリーに督促を行う必要があります。支払方法については患者の支払いやすい方法を提供することが重要です。
銀行や郵便局の振込用紙を督促状に添付して郵送する医療機関をよく見ますが、未収患者が会社員であったりすると、金融機関等が開いている時間に振り込めなかったりします。
患者の生活スタイルを考慮して例えばコンビニ払いのように多様な支払方法を提供することも必要といえます。

b)支払意思あり、支払能力なし
支払意思があっても財政等の理由で未払となっている患者の場合、MSW(Medical Social Worker:医療社会福祉士)等により財政状況を考慮して分割払いなど支払いやすい方法を一緒に考えていくことが重要といえるでしょう。

c)支払意思なし、支払能力あり
このケースの未収金の場合、悪質なケースも含まれてきます。回収を考えた場合、弁護士事務所を介しての督促状や未収金回収専門の職員の配置などを検討する必要があります。

d)支払意思なし、支払能力なし
会社であれば取引をやめる相手先となりますが、診察拒否のできない医療機関ではそういう訳にはいきません。このケースの場合、弁護士と相談した上で法的回収の可否や入院時の保証人等からの回収について検討していくことになるでしょう。

以上、患者未収金の回収に焦点をあてて見てきましたが、患者未収金を減らすためには「患者未収金を回収する」だけでなく「患者未収金を発生させない」対策も必要といえます。そのためには預り金の徴収カード払い、ATM設置などの支払方法の多様化に加えて患者の支払意思をなくさせないための接遇改善インフォームドコンセントの徹底などさまざまな施策を考えておく必要があります。

連載目次

【第1話】「財務分析と会計基準
【第2話】「業務活動から会計処理」 
【第3話】「医療機関の月次作業
【第4話】「キャッシュ・フロー経営(資金繰り管理)
【第5話】「月次経営管理 効果的な経営会議の実施」 
【第6話】「患者未収金管理と貸倒引当金(徴収不能引当金)」※本ページです
【第7話】「不正と内部統制
【第8話】「購買管理
【第9話】「実地棚卸
【第10話】「決算作業 1
【第11話】「決算作業 2
【第12話】「会計監査

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