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戦略的リスク対策による「攻め」の経営判断

企業はPL訴訟リスクにどう取り組むべきか

いま多くの製造業企業が直面しているPL訴訟リスクに対し、企業はどのように向き合い、評価すべきなのだろうか?本稿では、PL訴訟リスクを評価し、企業がプロアクティブにとるべきリスク軽減策に示唆を与える方法論として、我々が推奨するSPECメソッドを紹介する。

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製造業における戦略的リスク対策の必要性

MSDおよびグラクソ・スミスクラインが販売していた子宮頸がんワクチンをめぐり、製造物責任法訴訟(以下、PL訴訟)が問題となっている。2016年、ワクチン接種による被害が予見できたにも関わらず適切な措置を取らなかったとして、10~20代の女性12人が、国と両製薬企業を提訴する方針を明らかにした――

いま多くの製造業企業が、PL訴訟リスクに直面している。近年、日本企業が原告となった事例でも、製薬業界では武田薬品工業の糖尿病薬アクトス(2014)、自動車業界ではタカタのエアバッグ(2015)、トヨタの急加速問題(2012)があり、いずれも経営に対するインパクトは数千億円規模と想定される。

とくに製造業においては、イノベーティブな製品投入に対して想定外の消費者リスクが発生し、PL訴訟に発展する事例がある。逆説的であるが、自社の業績を牽引するイノベーティブな製品ほど、PL訴訟の標的となりやすいことが、我々の調査から明らかになっている。先述の子宮頸がんワクチンも、この例に該当する。

それでは企業は、PL訴訟リスクとどのように向き合うべきなのだろうか。そこでは、PL訴訟リスクを無闇に恐れるのではなく、そのリスク内容を正しく把握して評価し、その程度に応じてプロアクティブにリスク軽減策を講じることが重要となる。イノベーションとリスク軽減をトレードオフと考えず、いかに両立するかを考えるべきである。

では、PL訴訟リスクをどのように評価すべきなのか?

PL訴訟環境

PL訴訟リスクを検証するSPECメソッド

PL訴訟リスクを評価するには、そもそもPL訴訟がなぜ発生するかを考察することが重要になる。過去の大規模なPL訴訟の発生要因を分析すると、その原因の本質は下記の2点に集約される:

  1. 企業が製品の情報を、消費者に適切にコミュニケーションできていない
  2. 被害内容に対して、消費者が強い不満を持つことで社会的な問題となり、世論の批判が発生する

先述の子宮頸がんワクチンの事例に当てはめると、(1) 子宮頸がんワクチンにより発生しうる副反応につき、(その因果関係が明確でないものの)企業が消費者に適切なリスク喚起を行えていなかった、(2) 被害者が身体/精神/社会的な損害を負っており、かつ、国が子宮頸がんワクチン接種の勧奨を差し控えることがマスメディアで大きく取り扱われた、となる。

ここで強調すべきは、PL訴訟リスクを把握する上で、「製品(Product)/企業(Enterprise)のコミュニケーションに問題がないか」、「社会(Society)/消費者(Consumer)の観点で訴訟機運の高まりはないか」を評価することの重要性である。これにより、企業は被害に対して適切な初動対応ができ、それがPL訴訟発生の軽減につながりうる。弊社ではこの考え方をSPECメソッドと定義し、業界特性に応じた項目設定・評価を行い、迅速にPL訴訟リスクを見積もることを推奨している。

PL訴訟の発生メカニズム

製薬業界を例として、過去5年間の世界(主に米国)での大規模PL訴訟の訴訟争点を紐解くと、評価項目例は下記となる:

  • 製品(Product): 申請時の安全性プロファイルとの相違はないか? 副作用に対する対処方法は確立しているか? など
  • 企業(Enterprise): 添付文書に適切な記載をしているか? 適切な情報を当局/医師に発信しているか? など
  • 消費者(Consumer): 被害者の精神/身体/金銭/社会的損害は相応に大きいか? 被害者は子供/妊婦など社会的な同情を得やすい立場にあるか? など
  • 社会(Society): 疾患領域における画期的な新薬か? 患者数が十分に大きく社会の関心が高い疾患か? など

PL訴訟が厄介である理由は、その企業が、業界内のレギュレーションを遵守している“優等生”だとしても、レギュレーション以外の予期しない争点で、PL訴訟に巻き込まれる可能性があるからである。電子レンジで乾燥させたためにペットが死亡したというPL訴訟は極端な例としても、何が訴訟争点になりうるかを、過去の訴訟事例から洗い出すことがポイントとなる。

SPECメソッドを活用したプロアクティブなリスク対策

SPECメソッドは、その訴訟リスクを評価するだけでなく、企業がプロアクティブにとるべきリスク軽減策に示唆を与える。
製品(P)にチェックがつく場合には、製品設計上の欠陥指摘を受ける可能性があるため、そもそもの製品コンセプト/設計を再検討する。企業(E)の場合には、適切な警告が不足している可能性があるため、製品メッセージの変更や、メッセージのデリバリー方法の変更を検討する。
一方、消費者(C)、社会(S)は、PL訴訟発生に至るスピードや、発生時の影響範囲の大きさと関係するため、リスク回避実行の要否や、複数事案が並行した場合の優先順位づけの判断項目となる。

抗凝固薬の上市を計画している企業が、事前にSPEC評価項目を構築している場合を想定しよう。この企業は過去事例を調査していたため、2011年に米国で抗凝固薬の大規模PL訴訟が発生したこと、その際、致命的な出血リスクに関する警告が不十分であること/発生時の対処方法の構築が不十分であること、が争点となったことを把握していた。

その結果、上市の前段階から、PL訴訟リスク軽減に向けたアクションを、計画的に特定できる。致命的な出血リスクに対して十分な警告ができているか?(E) 出血時の対処方法を構築しているか?(P) もしこれらが不十分な場合、「添付文書の“重大な副作用”欄だけでなく、“警告”欄に致命的な出血リスクを記載する」ことや「研究開発/メディカルアフェアーズ本部と連携して、中和剤を開発する」というアクションが必要になる。さらに、この製品が画期的な新薬としてメディアに多数取りあげられた場合(S)には、副作用発生時に一転してバッシングに発展する懸念があるため、迅速な対応が求められる。

レギュレーションを厳格に遵守しても、PL訴訟リスクは依然として大きい。PL訴訟リスク軽減に向けて、既存業務に何をプラスすることが最も効率的かを考える必要がある。

上記に加えて、もしSPECメソッドにより、PL訴訟リスクが極めて高いと判断された場合には、組織的に有事対策を整備することが求められる。例えば、ディスカバリー対策を見据えた文書管理体制の構築、法律専門家の積極関与の仕組み導入、などを検討することが推奨される。

SPECによる評価事例(製薬企業の例)

戦略的リスク対策による攻めの経営判断

繰り返し強調すべきは、SPECメソッドは、既存製品のPL訴訟リスクを評価する“守り”のツールではなく、PL訴訟リスクの判断を定式化することで、イノベーティブな製品投入等の迅速な経営判断を可能にする“攻め”のツールだということである。実際、ある製薬企業では、SPECメソッドを活用して、自社のPL訴訟リスクに対する脆弱性を明らかにし、補完する業務プロセスを導入した。これにより、画期的新薬を投入した際のリスクサイドの迅速な経営判断が可能になっている。

競争環境が激しい業界で企業が勝ち抜くうえで、一定のリスクテイクは不可欠である。その一方で、企業にとってのPL訴訟は、現在「幽霊の正体見たり枯れ尾花」と言える存在である。PL訴訟リスクを“何者とも分からない幽霊”として無闇に脅えるのではなく、幽霊の実態を明らかにしたうえで戦略的リスク対策を行い、攻めの経営判断を行うことが重要である。

 

著者:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー 大川 康宏
シニアコンサルタント 倉持 哲義

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