最新動向/市場予測

航空宇宙製造業における新規事業開発プロセスのあり方

わが国の航空宇宙製造業は、 近年、成長の源泉である利益を稼ぐ力を落としている。一方で、他国の競合は利益体質を強化し、次なる布石を着々と並べている。わが国の航空宇宙製造業が、将来に亘る成長を持続させる為には、今こそ、将来の収益基盤となる新規事業の開発を推し進める必要である。本稿では、新規事業開発を進める上での戦略・プロセスについて、幾多のサービス提供により蓄積されたノウハウをまとめたものである。

拡大事業・将来事業の必要性

わが国の航空宇宙製造業は、 近年、成長の源泉である利益を稼ぐ力を落としている。一方で、他国の競合は利益体質を強化し(図1)、次なる布石を着々と並べている。わが国の航空宇宙製造業が、将来に亘る成長を持続させる為には、今こそ、将来の収益基盤となる新規事業の開発を推し進める必要があるのではないか。

図1 航空宇宙製造業の営業利益率推移

新規事業開発の壁

しかし、航空宇宙製造業の新規事業開発には、多大な困難が伴うことも事実である。開発費用が総じて高く、開発期間も長い。コストプラス方式の価格設定も通用しない。多くの場合海外にも新規顧客を求めることが前提となり、武器輸出三原則、外為法、公的・私的認証等、多方面からの制約も予め解決しておかなければならない(図2)。それでも覚悟を決めて追い越し車線に身を移さなければ、早晩、グローバル競争から取り残される。

図2 新規事業開発リスク(例)

戦略的な新規事業開発プロセス

そのような環境の中で、わが国の航空宇宙製造業が将来の成長を実現させる可能性を最大化する為には、どのように新規事業開発を進めるべきだろうか。われわれデロイト トーマツ コンサルティングの航空宇宙・防衛チームは、これまでわが国の航空宇宙製造業の新規事業開発の現場に尐なからず携わってきた。その経験から、戦略的な新規事業開発プロセスについて、航空宇宙製造業の特性を踏まえ記述した。

ただし、新規事業開発プロセスを定義しても、新規事業戦略が不在であれば、結局狙い通りのプロセス運用には至らない点に留意が必要だ。新規事業開発は意思決定の連続であり、各意思決定は、新規事業戦略に基づき定められるべきものと考えるからである。新規事業戦略は、既存事業戦略との関係性を持って説明されるべきである。つまり、全社戦略の狙いを既存事業とどのような役割分担で達成しようと考えているのか、これに答える必要がある(図3)。その為には、まず既存事業の位置付け/展望を明確にしなければならない。既存事業の立場/展望とは、既存事業ではいつまでにどの程度の収益が望まれ、その為にいつどの程度の投資を行うのか、ということである。

われわれが新規事業開発の現場で遭遇する最も多い課題は、「新規事業に対する投資判断基準の不在」と、「新規事業化判断期限の先送り」だ。これらの課題背景にあるのは、既存事業の立場・展望の不明確さに由来する新規事業戦略の不在/形式化ではないかと推察する。

さて、事業戦略レベルでの課題も認識しつつ、次頁では本稿のテーマである新規事業開発プロセスの議論を始めたい。本稿が、これから新規事業開発を強化しようと考える貴社での議論に尐しでも貢献できれば幸いである。

図3 ビジョン・戦略・経営基盤

新規事業開発のあるべきプロセス

新規事業開発プロセスは、1:事業シーズ選定、2:事業性評価、3:事業計画立案、4:事業運営・モニタリングから構成される(図4)。製品開発着手のタイミング、 および製品開発期間の長さはケースバイケースだが、概念設計に着手(投資)するか否かの判断には、初期的な事業性評価結果が考慮されているのが望ましい。

図4 新規事業開発プロセス

事業シーズ選定

事業シーズ選定とは、顧客ニーズ・自社シーズの調査分析結果に基づいて、新規事業案を起案し、次ステップに進めるべきアイデアをスクリーニングする作業を指す。ここでのポイントは、顧客ニーズの調査・把握だ。

これまでわが国の航空宇宙製造業は、特定顧客の製品開発意向を早い段階で把握し、開発部門が製品開発における技術課題への対応能力を示すことで、製品開発のパートナーとしての地位を確立し、新規事業化を行ってきた。この手法は、顧客が特定でき、かつ特定顧客のみを販売対象とした場合でも収益が確実に望める場合において有効だ(図5)。

しかし、今後新規に市場(顧客)を求める場合は、潜在顧客のニーズをどう読むかが重要であり、営業部門は新規事業案の案出に強く関わる必要がある。また、スクリーニングにおいては、全社戦略、新規事業戦略に基づき判断が行える事業統括/企画部門が責任と権限を持って実施する必要がある。

図5 新規事業の方向性

事業性評価(概念)

次に事業性評価であるが、これは極論すれば新規事業案に関する多面的な調査分析結果を、内部利益率という1点で示し、投資利回りと照らし合わせて、新規事業案の善し悪しを定量的に評価する作業を指す。ただし、新規事業案に対する想いの強さ、事業運営後のリスク等、 内部利益率に反映しきれない観点も評価に含めるべきである。その点では、定量・定性の両面による総合評価と言える(図6)。 例えば、貴社における投資利回りはどれぐらいだろうか。そもそも設定されていない、あるいは、設定されているらしいが一部の上層部しか把握していない企業が多いのではないだろうか。投資利回りが設定されていない企業では、おそらく撤退基準も設けられていないと推察する。「特定顧客ドリブンの新規事業開発だから、事業性をあまり深く考えてもしかたがない」、「開発期間が長いから、今事業性を考えても顧客は変化する」等、いくつかご意見を賜ったことがある。その新規事業が既存事業を拡張させた程度の位置付けであれば、同意できる点も多い。しかし、今欲しいのが新たな収益源としての新規事業なのであれば、新規事業の評価に用いる基準を明確にすべきだ。そもそもなぜ新規事業を行うのか、新規事業戦略に立ち戻り事業性評価基準を設定する必要がある。

図6 事業性評価概念

事業性評価(プロセス)

続いて本項では、事業性評価において重要な点を説明したい。事業性評価は合理的推論である。結局は、入ってくる金と、出て行く金を、合理的に推算する作業に過ぎない。われわれの経験では、航空宇宙製造業各社は、入ってくる金の推算には一定の時間とリソースをかけ、論理的に行うケースが多い。(ただし、価格設定を除く。価格設定に関する考察は、次回以降の機会に譲る) 一方で、出て行く金の推算は甘いケースが目立つ。出て行く金を推算する為には、参入市場がどのような成長フェーズにある。

のか、正しく理解しておく必要がある(図7)。参入市場の成長フェーズによって、新規参入者に求められるケイパビリティ(アセット×スキル)が異なるからである。貴社は、参入市場の成長フェーズを踏まえた上で、ギャップ分析を行い、必要な投資額の推算を行っているだろうか。

図7 市場成長フェーズと事業戦略

事業計画立案

本項で述べる事業計画とは、事業目標、事業戦略、事業リスク対応策、収益シミュレーション、事業計画推進ロードマップ、事業計画モニタリングモデルの設定を指す。ここで論点となるのは、事業戦略立案、および事業計画のオーナーシップ明確化である。

事業戦略立案において大切なのは、前提とした考え方の妥当性である。もちろん、「技術的に優れていれば必ず売れる」等、暗黙の前提がまかり通っていないか確認すべきである。この時点では、前提次第で収益シミュレーション結果はどうとでもなる。航空宇宙製造業では、以下4つの戦略が重要である。

•顧客市場戦略:メインターゲットとする顧客層 (市場)の設定とその考え方

•マーケティング戦略:製品特性・販売価格・顧客接点のあり方・顧客コミュニケーションの取り方の 設定とその考え方

•技術戦略:開発技術・時期・協力者、および利益 循環モデルの設定とその考え方

•オペレーション戦略:全バリューチェーンを網羅したオペレーティングモデル・バリューステップ別の内製方針の設定とその考え方

次に関連するステップでのオーナーシップであるが、事業性評価の段階では、事業統括/企画部門がオーナーシップを持ち事業性評価を推し進め、参画する事業部門は評価作業に人材を参画させる。 一方で、事業計画立案以降のステップでは、事業部門がオーナーシップを持ち、新規事業立ち上げチームを組成して、検討作業をチームに委譲すべきだ。計画立案ステップ以降では、事業統括/企画部門は、レビューとアドバイスの提供に役割をシフトさせつつ、主戦場である次の事業シーズ検討・事業性評価に戻る(図8)。

最後に事業計画立案の最終段階である事業化承認を作業レベルで説明すると、新規事業立ち上げチームが事業企画案を起案し、管掌役員の立案の下、経営者(ガバナンス上適切な決裁者、という意)が決裁を行うことを指す。

図8 部署間のオーナーショップ

事業運営・モニタリング

最後のプロセスである事業運営・モニタリングは、1: 事業KPIの把握・報告、2: 計画上の課題対応状況の把握と報告、3: 計画修正の必要性判断と修正提案、4: 事業計画モニタリングモデルの維持・向上、5: 新規事業開発プロセスの維持・向上からなる。

新規開発機体に係る新規事業であれば、OEMであろうと、TierXであろうと、プログラム参加企業にとっては、型式証明取得(TC:Type Certification)、および運航開始(EIS:Entry Into Service)が事業計画上の大きなマイルストンになる。ただし、事業運営・モニタリングの観点から言うと、マイルストンの前後で、事業KPIが切り替わる程度の差異しかない。月次で事業KPIの把握を行う場合、貴社ではどの程度の項目で実施可能であろうか。実施不可能な項目がある場合は、把握する為の仕組みを新たに構築すべきか検討する必要がある。事業計画立案ステップに「事業計画モニタリングモデルの設定」が含まれているのは、仕組み構築に掛かる工程・費用を計画化すべきだからだ。そして事業運営・モニタリングにおいて最も重要なのは、計画修正の必要性判断と修正提案である。特に修正提案する機会が、頻度としてどの程度用意できるかが重要である。例えば共同開発であったり、複数の出資者がいる場合は、修正提案の機会が制限されると共に、決裁に時間を要することが多い。この点も、事業計画立案時に、「事業計画モニタリングモデル」として、予め承認を受けるべき事項だ。

事業計画のモニタリングにおいては、事業の置かれているフェーズがどの段階かによって効果的な事業KPIは異なってくる為、フェーズにより使い分ける事が求められる。事業立上げの段階では、まだ売上げが生じていない為、事業が計画通りに進んでいるかをモニタリングをしなければならない。例えば、事業の進捗度合いをコストの観点からモニタリングするモデルの例として、EVMS(Earned Value Management System)が挙げられる。EVMSではスケジュールとコスト指標を算出し、事業計画を定量的に評価できる為、計画との乖離が明確になり計画修正の判断に有効だ。また、販売開始後の事業モニタリングでは、収益性のモニタリングにより、投下資本が効果的に利益を上げているかを判断する。つまり、事前に計画した事業の各マイルストンにおいて、事業KPIを当初の事業目標と照らし合わせ、事業計画から逸脱していないかを判断する。例えば、投資撤退の判断に用いるKPIの例には、EVA(Economic Value Added)が挙げられる。ただし、EVAは投資規模を考慮していない為、投資効果の判断にはROIC(Return On Invested Capital、投下資本利益率)を併用することも重要だ。

事例紹介

最後に、これまで説明した新規事業開発プロセスについて理解を深める為に、航空宇宙製造業における新規事業の事例を紹介したい。これら2事例において、新規事業に影響を与えた要因が事業開発段階から存在していたことが見て取れる。

 

本田技研工業の航空機事業は、異業界から航空機産業という新市場に新商品を投入した好例だ。本田技研工業は持ち前の技術開発力と、自由に発想して議論する環境を活かし、市場に斬新な設計の機体を投入、自社シーズで見事に顧客ニーズを捉えることに成功している。一方で、事業計画においては、異業種から参入の為、販売ノウハウやサービス網の充実に課題を認識しており、それを解決する為に自前主義に拘らず他社との提携を行うなど、事業リスクの低減を図っている。[本田技研工業、2004, 2006]

 

エアバスのA350XWB事業は、既存市場に新製品を導入した例だ。事業シーズ選定の段階で、既存の製品から大きな革新を盛り込まない、保守的な設計の新製品を発表することに決定した。しかし、斬新な新造機を求める既存顧客のニーズを捉えることが出来ず、発表後から顧客の非難を受け、事業は当初迷走した。その後市場ニーズ、すなわち顧客の声を反映させた設計に変更することを決断し、最終的に多数の受注獲得に成功した。[New York Times, 2006/12/2]

図9 事例紹介

終わりに

わが国の航空宇宙製造業にとって、新規事業の立ち上げは新たな収益基盤の確立に向けた喫緊の課題である。一方で、新規事業開発の場は、若手人材の事業企画力養成の機会、製品開発技術・業務伝承の機会として貴重な場となる。新規事業開発に取り組まれる場合は、大局的な観点を考慮した上で、ベンチャー・マインドに溢れるチーム組成を図ることが重要だ。企業競争力を高める組織の醸成にもつながってくる。われわれデロイト トーマツ コンサルティングの航空宇宙専門チームは、「日本の航空宇宙製造業に、新しい力を」を合言葉に、全世界のDeloitteの航空宇宙・防衛専門チームの一員として、情報収集・分析・発信、提言を実施。日本の航空宇宙製造業発展の一助となるべく、願わくば貴社での議論の場に、是非一度お招き頂きたい。

「親友同士で議論を戦わせれば 真実が浮かび上がる」 -David Hume(1711–1776)

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