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環境変化に対応するための人事機能改革
デジタルトランスフォーメーションを実現する組織・人材戦略(4)
DXによる抜本的な生産性向上や、主力となるサービス・プロダクトやビジネスモデル自体の生まれ変わりの必要性が叫ばれる一方、多くの企業が道半ばにあるのは何故か。DX実現のボトルネックは単にテクノロジーの問題ではなく、組織・人材面、それを支える人事機能にあるのではないだろうか―。本稿では、機能横断的な役割の必要性を解説したうえで、MaaSのような業界横断的なテーマを例として人事が果たすべき役割を具体的にケーススタディしながら、DX推進に必要な人事機能改革について詳述していく。
人事機能改革なしに真のDXは実現できない
自動車業界が100年に1度といわれる大きな変革期を迎える中、DXによる抜本的な生産性向上、さらには既存のビジネスモデル自体の生まれ変わりを検討せざるを得ない状況に、多くの企業が直面している。全社を巻き込んだ改革を経営戦略として掲げ、機能横断的なプロジェクトをいくつも走らせながら、実際のところ改革を実現しきれる企業が少ないのは何故だろうか。世の中にDXを推進するテクノロジー、全社改革を推進する方法論は多数存在する中で、真のボトルネックは、実のところ組織・人材面、それを支える人事機能にあるのではないかと筆者は考えている。
これまで、人事機能改革は短期的な成果が見えづらいことや、人事部門内の“小さな改善”に留まってしまうことから、経営アジェンダの中でどうしても劣後しがちであった。プロジェクトチームが立ち上がったとしても、効率化の観点から費用対効果を分かりやすくコミットできなければ、実行に向けた社内決裁がなされなかったりする。改革により何を実現するか(ビジョン・パーパス)を掲げ、社内外のライトパーソンを巻き込んでチームアップし、改革のうねりを作り出していく動きを組織・人事面でバックアップする仕組みが整っていないことが、改革を阻んでいるケースが実は多い。
したがってDXのような全社規模・機能横断的な改革を推進しようと思うなら、人事機能改革への着手が実は近道である。コスト削減できるかという分かりやすい物差しのみで施策の優先順位・予算の意思決定をするのではなく、改革後の組織・人材のありようを描き、必要な手は一時的に負荷がかかっても打っていくべきである。トップマネジメントとしては人事機能改革を重要な経営アジェンダと位置付けてリードしていくことが望ましいし、CHRO(人事担当役員)もDXに資する人事機能改革のグランドデザインを積極的に提言すべきである。
これまで求められてこなかった人事機能の発揮が今こそ必要
DXやビジネスモデル変革のボトルネックは組織・人材面と上述したが、ではボトルネックが解消された望ましい人事機能とはどのような状態なのだろうか?当社では、組織における人事機能のありようがいかにビジネスを加速させているか、いかに従業員のエクスペリエンスを向上させているかを測定するツールとしてHR Maturity Model(成熟度モデル)という指標を用いて、人事機能改革プロジェクトにおいて人事の現在地および目指す姿を定義している。以下に、人事機能が成熟した状態の例をいくつか挙げる:
i. 新規ビジネス・製品開発などの立ち上げのための組織・チーム組成を数週間で完了できる【組織・チーム組成】
ii. 企業の戦略・目標にアラインする形で、人材が偏りなく配置(質・量)している 【人材ポートフォリオ・要員計画】
iii. DX人材などの希少人材や多様な経験・価値観を持つ人材の採用を妨げない、就業規則や報酬基準が設定されている 【人材獲得・D&I】
iv. 会社を牽引していく次世代リーダー、イノベーションを起こすことのできる人材を育成するための育成プランが整備されている 【サクセッション・育成】
v. 人材を交流させるための人材エコシステム(社外への越境体験、外部の人材活用など)が確立している 【人材プラットフォーム】
vi. 人材マネジメントを行ううえで、人材に関する各種データ(経歴・経験・スキルなど)を活用できるプラットフォームが構築されている 【データマネジメント】
vii. 新規事業・イノベーションなどに積極的に挑戦できるカルチャーを醸成している 【組織風土】
viii. 従業員の心身のウェルビーイング(イキイキした状態)実現のための施策(裁量労働制、デジタルツールの導入など)を推進している 【働き方改革】
これらの状態を維持できている組織については、結果的にDX等の組織全体を改革する動きに素早く反応し、加速させることができる傾向にある。Maturity Modelは人事機能の各項目について5段階評価を行うツールであるが、実際に人事機能改革プロジェクトにおいて評価をしてみると、多くの企業がLevel 1~2、比較的意識高く人事改革に取り組んでいる場合であってもLevel 3程度であることがほとんどである。DX・全社改革のボトルネックが実は人事に一端があるのではないかという仮説の、一つの根拠がここにある。
項目ごとに人事機能が成熟した状態を列挙したが、実際には各項目は独立ではなく、複雑に絡み合っている。歴史を持つ企業ほど、これまでの経緯の積み重ねで人事機能を最適化してきており、ある種、現行の組織の思想・慣行を踏襲するのであれば現行の運用がベストプラクティスと言える場合も多い。従ってDXのようにこれまでの組織の思想・慣行を捨てて生まれ変わろうとするのであれば、個々の人事機能をボトムアップで変えようとしても難しく、人事機能を俯瞰して機能横断的に取り組む必要がある。
そこで、Deloitteが提唱している「スーパージョブ」という考え方を紹介したい。
プロフェッショナルを束ねて価値創出にコミットする役割(スーパージョブ)がボトルネックを突破する
ここ10年ほど日本でも「ビジネスに資する人事」「プロフェッショナルとしての人事」が語られ、HRBP(Business partner)の導入、CoE(Center of Expertise)の配置を進めてきた企業も多い。実際、当社が人事機能改革をご支援するプロジェクトでも役割ベースの人事体制(CoE/HRBP/HR Ops)への変革をご提案する場面は多い。安定的・効率的に人事業務を遂行するという伝統的な人事部門の姿から、如何に組織・人材面でビジネスを推進させられるか、また如何に従業員のエクスペリエンス、エンゲージメントを高められるかという発想への転換であり、その手段としてCoE/HRBP/HR Opsというそれぞれに明確なミッションを持った役割ベースで組織を再構成することが多い。各役割のミッションをどう定めるかは、まさに各企業のおかれた状況により丁寧に魂を込めながら吟味するところであるが、一般的には以下のような表現とする場合が多い:
CoE(Center of Expertise):人材獲得、人材マネジメント、トータルリワード、人事システム等の人事領域において、専門性を活かしてプロフェッショナルとして方針・施策を策定し実行をリードする。
HRBP(HR Business Partners):各ビジネスにHRBPを配置したうえで、担当のビジネス戦略および潜在的な人材ニーズを十分に理解し、CoEと密に連携しながら人材に関する提言をプロアクティブに行う。
HR Ops(HR Operations):業務品質をモニタリングし、従業員や他部署からのフィードバックも踏まえ、継続的な改善に責任を持つ。業務改善プロセスが現場に定着し、業務オペレーションが磨き上げられ、競争優位性にまでなる状態を目指す。
HRBPがこれまで以上にビジネスを理解し的確な提言を行うこと、CoEが最先端のプラクティスを取り入れ自社の人事的なケイパビリティを拡大していくこと、HR Opsが生産性高くかつ従業員のエクスペリエンス向上に資するサービスを提供し続けることは、今後も変わらず重要な取り組みであり続けると考えられる。
一方で上述したように、人事機能をドラスティックに変革していくうえでは、機能横断的な取り組みが必要である。またCoE/HRBP/HR Ops体制への変革において先行している北米、ヨーロッパの事例を見ると、機能を専門化しすぎることによる反省も見えてきており、人事機能の全体をコーディネートする役割の必要性が再認識されている。
その全体デザインこそCHROの役割だとも言えるが、昨今の複雑な状況において、CHRO自身がすべてのアジェンダを差配するのは現実的ではない。特定領域に閉じるのではなく、領域ごとのプロフェッショナルを束ねて価値創出にコミットする役割の常設が求められている。価値創出を遂行するうえで、既存の業務領域をつなげる・拡張すること自体を生業とする役割をDeloitteでは「スーパージョブ」として提唱しており、例えばDXという会社としてのアジェンダを人事の側面でコーディネートするのはこうした役割をもった人材である。
したがって、これからの理想的な人事機能のあり方としては、従前のHRBP/CoE/HR Opsに加え、これらのプロフェッショナルをアジェンダベースで有機的に結び付けるスーパージョブの配置ということになるだろう。このスーパージョブの役割を専任で配置するのが有効なのか、ティール組織的な発想でHRBP/CoE/HR Opsの各メンバーが自発的に結び付く姿が有効なのか、このあたりの考え方はDeloitteとしても研究中のテーマであり、是非、人事改革を協働していく中で都度最適解を導き出していきたい。
図表1. 人事に求められる価値提供の変遷
図表2. 人事の基本的な役割と新たな役割
スーパージョブによりビジネス創出を加速させる
モビリティ業界に限らずではあるが、例えば最近注目されているMaaS(Mobility as a Service)の動きに端的に表れているように、ユーザーの関心が個々の製品・サービスから一連のアクティビティを通じて得られる経験にシフトしている。この傾向にMaaSのような取り組みを実現して応えようとするならば、必然的に業界を超えてエコシステムを形成していく動きが必要となる。こうした業界を横断してビジネスを作り上げる動きを推進していくうえで、人事はどのように関与していくのが効果的なのか。一例としてモビリティ業界でも話題となっている「コネクテッドシティ」(先進技術の実証都市)のようなテーマに取り組むことを念頭に、ケーススタディしてみたい。
【組織・プロジェクト体制の確立】
コネクテッドシティのビジネスモデルやバリューチェーン概要を理解したうえで、必要な機能・部門・人材を特定し、事業や部門を横断した構想組織・チームの編成を行う必要がある。新規ビジネスではこれまでになく人材の化学反応・シナジーを生み出す必要があるため、メンバーの選定には、従業員の経歴・知見・スキルなど様々な情報を考慮する必要があり、データの一元管理・可視化・マッチングが重要となってくる。
組織を組成する際に、ボトルネックとなるのが、異動させたい人材を各組織が囲ってしまう、人材の流動化を促進する制度が構築されていないことなどがある。人材を柔軟に異動させることができるようにジョブポスティングの活性化を図る、異動ルールを変更する(定期異動時に一斉に大規模な異動を行うのではなく、プロジェクトベースの動きに合わせ柔軟にリソース配置できるプラットフォームを設ける)などの施策を行っていく必要がある。
【人材マネジメント】
これまでは自分が所属する業界に対する深い知見・経験を有していれば一定程度のレバレッジを効かせることができていた。しかし、コネクテッドシティの様に、ビジネスが掛け算モデル(車×都市、車×電力・交通など)に変化しており、様々な領域における知見・経験を有する必要性が生じている。従業員が他業界の知見を獲得するための越境体験・人材交流(他業界・ベンチャーへの出向、異業種からの人材受け入れなど)の仕組み導入や、従業員の副業の推進などの施策を講じていくことが必要である。
【カルチャー・人事制度】
新規ビジネスの重要性を認識していても、組織の評価制度が短期的な業績目標を重視している場合、社員の実際の行動としては既存ビジネスへの注力を優先せざるを得ない。新規ビジネスの加速化を図るためには、新規事業や技術/製品開発への挑戦を認め合うカルチャーの醸成や、成果創出に時間を要する新規ビジネスなどの取り組みを評価していく人事制度を整備していくことが必要である。(例えば、既存ビジネスでの1億円の成果と、新規ビジネスでの1,000万円の成果を「同等」として取り扱う評価基準の導入など)
加えて、新規ビジネスへの挑戦は、成果が創出しづらくストレスフルな環境に従業員が飛び込んでいくことと想定されるため、ウェルビーイング実現のための新しい働き方の提言(従業員のウェルビーイングに対する期待値の把握、ワークスペースの環境設計、行動規範や評価基準へのウェルビーイングの落とし込みなど)や、デジタルコラボレーションプラットフォームの導入(円滑なコミュニケーションを実現するデジタルツール)も並行して、構築していくことが必要である。
これらのアクティビティをシームレスに行ううえでは、ビジネスとして成し遂げたいことを十分に理解しながら(HRBP)、速やかに人事施策へ落とし込み(CoE)、この施策遂行を円滑にサポートする運営(HR Ops)を人事一体となって遂行していく必要がある。人事の各プロフェッショナルが切磋琢磨しながら、彼らの活動をアジェンダに整合させ最大化するスーパージョブの役割を組み合わせることが求められている。このようなプロジェクトベースの動き方は、従来の人事の動き方とは様相が異なる部分も大きく、だからこそ正面から人事機能改革に取り組む意義がある。トップマネジメント、CHROが協働しながら改革の旗を振り、目的・必然性を発信し続けながら体制面でコミットする一方で、各人事プロフェッショナルについてはDX推進、全社的な諸改革に必要な人事機能の姿を描き、成熟度を上げていくためのアクティビティに着実に取り組んでいきたい。
執筆者
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
パートナー 福村 直哉
マネジャー 福島 啓
シニアコンサルタント 向江 広次
※上記の役職・内容等は、執筆時点のものとなります。
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