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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第1回

経済波及効果分析:世界が採用し始めた新手法

今月より、『ビジネスエコノミクス基礎講座』の連載を始めます。今年のノーベル経済学賞を計量経済学、実験経済学が受賞するなど、経済学はエビデンス形成のための強力なツールとして認識されてきました。その経済学の力をいかにビジネスの現場で活用すべきか、そのロジックと手法を具体例を交えながらわかり易く解説していきます。第1回は、メディアでよく目にする経済波及効果。本稿ではその算出方法として伝統的に採用されてきた産業連関分析と、近年重要な局面で採用数が増加しているCGE分析を対比させながら紹介します。

I.経済波及効果算出の2手法

2020年東京オリンピック32兆円、2025年大阪・関西万博1.9兆円。これらはいずれも東京都および経済産業省が試算・公表した経済波及効果の金額である。これらのように大規模経済イベントでは必ずと言って良いほど目にする経済波及効果だが、実際にはどのように計算されているのだろうか。今回は経済波及効果を計算する、伝統的手法である産業連関分析とそのアップデート版としてのCGE(応用一般均衡)分析(※1)について紹介していく。

まず、産業連関分析はその名の通り産業連関表を用いて経済波及効果を計算する手法であり、最もスタンダードな手法としてこれまで用いられてきた。国内で報道される経済波及効果はほぼすべて産業連関分析により試算されていると言っても過言ではなく、また、後述のCGE分析のベースになっているという意味でも基本的な手法である。利点としては計算が容易、事例数が豊富、恣意性の余地が少ない等が挙げられる。留意点としては、計算単純化のための捨象が多い、各投資案件に沿ったカスタマイズが困難、長期将来予測には不適等がある。
一方、CGE分析は産業連関分析にまつわる上記の留意点を一斉に克服する、産業連関表分析のアップデート版とも言える手法である。アップデート版ということもあり、採用事例数は産業連関分析に劣るものの、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)やロンドン、リオオリンピックによる経済波及効果分析に用いられるなど重要な局面での採用が増えてきている。

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この背景には、簡易的な産業連関分析よりさらに精緻で、案件毎に最適化された試算への需要の高まりに加え、それを可能にするコンピューターの演算機能向上がある。そのため、CGE分析が有する最大の特徴は個別具体的な要件に対応可能な柔軟性とそれによる結果の精確性と言える。

以上が経済波及効果を試算する2種のモデル、産業連関分析とCGE分析の概要である。以下ではそれぞれをより詳しく紹介した後、どのような場面で両モデルを使い分けるのか解説する。

※1) CGEとはComputable General Equilibriumの頭文字を取ったもので、直訳では計算可能な一般均衡となるが、日本での慣例に従い応用一般均衡と訳を付した。しかしながら応用一般均衡はApplied General Equilibriumという別のモデルの訳として用いられることもあるため本稿では単にCGE分析と呼ぶこととした。

II.伝統的手法:産業連関分析

はじめに書いたように産業連関分析は産業連関表に基づく手法である。そして産業連関表とは総務省や各都道府県・市自治体が中心となり、5年毎にその時点の対象地域経済がどのような産業の連関によって成り立っているかを示した統計表である。つまり、ある産業の製品を作るためにはどの産業からいくら仕入れて、どの産業へいくら販売しているかをとりまとめたものである(※2)。例えばオリンピック効果によって1億円分の需要がいずれかの産業で発生したら、その産業で1億円分生産するためにはどの産業から原材料等を何千万円仕入れることになるか、連関表を用いて計算できることになる(※3)。そして仕入先となる産業もまた数千万円分生産するために原材料等を他の産業から仕入れ、その仕入先となる産業も・・・という具合にその効果が波及していき、その総和が第1次波及効果として算出される(※4)。そして経済全体の生産額増の一部は給与などの形で雇用者へ還元され、雇用者は増えた所得の一部を消費などに回し、それがまた新たな需要となりさらなる生産に繋がる。これを第2次波及効果と呼ぶ。これら波及効果は原理的には延々と続く一方、その影響はどんどん小さくなる。そのため慣例として第2次波及効果までの和を経済波及効果とするケースがほとんどである。

このように連関表さえ作成してしまえば、それのみによって大抵の経済イベント(貿易協定や大規模インフラ投資を含む)の経済波及効果が機械的に計算出来る簡便性が産業連関分析の特徴と言える。その簡便性ゆえに、総務省や多くの都道府県・市自治体がそれぞれのホームページで経済波及効果試算を自動化した分析ツールを公開している。簡便性の一方、経済の現状を表す連関表をベースにしているため将来の変化には対応し難く、画一的な分析に留まるという側面もある。この点を大幅に改善したものがCGE分析である。

※2) これは正確には産業連関表の基幹となる取引基本表についての解説である。
※3) これら1単位生産に対する必要原材料等の量をまとめたものが投入係数表である。
※4) 各産業での1単位需要に対する第1次波及効果をまとめたものが逆行列係数表である。

III.最新手法:CGE分析

産業連関分析が「現時点」の「産業」に照準を合わせた分析であるのに対し、CGE分析は「潜在的な」「経済全体」を補足する一般均衡理論をベースにした分析である。「潜在的な」ということは、時間の経過や何かしらのショックにより国や地域経済がいかに変化するかについても考慮しているという意味である(※5)。例えば、高齢化が進めば介護産業がより広範なサービスを提供するためにより多様な産業から仕入れを行うようになるかもしれないし、供給量が増えた結果規模の経済が働くかもしれない。CGE分析ではこういった変化を対象とする一方、産業連関分析では捨象している。「経済全体」とは産業ないし企業サイドだけでなく、消費者、家計、政府、投資、自然環境等も分析対象としていることを意味している。

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産業連関分析と比較して分析対象主体が拡がるうえに、その各々につき現状だけでなく潜在的な様子まで描写するという二次元の意味で拡張されたものがCGE分析である。これからわかるようにCGE分析では、これまで産業連関分析で捨象してきた膨大な要素を取り込むことで、飛躍的に現実経済に近いモデル構築が可能となっている。しかしながら、現実に近づくということはそれだけ複雑になるということであり、より高度な専門性が要求される。そこで、デロイトネットワークのオーストラリアでは、エコノミクスチームが中心となり独自のCGEモデル、「DAE-RGEM」を開発し各国のチームと連携することで、世界標準レベルの分析をクライアントに提供している。これまで観光施設・イベント、環境負荷・改善、貿易・課税・産業政策等に重点を置いた分析において豊富な経験を有している。

※5) 正確には産業連関分析でも、(大局的には)現状は変化しない(レオンチェフ型生産関数を仮定)という意味で考慮している。

Ⅳ.2手法の使い分け

以上の内容を踏まえて再度産業連関分析とCGE分析の特徴をまとめると、産業連関分析は簡単、大まか、敷居が低い分析で、CGE分析は高度、精密、敷居が高い分析であると言える。一言でまとめてしまうなら前者が軽く、後者が重い分析となる。そのため、それぞれを採用すべき局面もその軽重によって判断するのが良い。例えば何かのイベントを開催することによる収益性について初期的検討を行う時点では概算が求められるという意味で産業連関分析が適している。一方、投資規模が大きく、長期的運用が期待され、近隣住民への住環境にも影響を及ぼすような大規模インフラ・不動産投資の場面ではCGE分析の正確性が求められることになるだろう。

デロイトネットワークでは下記図表に掲げるように民間サービス、投資案件や行政政策を対象とした経済効果分析について幅広い経験を有している。また、本稿で紹介した産業連関分析とCGE分析だけに留まらない多様な手法を駆使することで、案件ごとに最適な分析を提供している。

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※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト 益田 拓

(2019.10.15)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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