ナレッジ

ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第2回

仮想評価法:市場で取引されない財やサービスの価値とは?

経済学は意思決定の基礎となるエビデンス形成のための強力なツールです。本シリーズではその経済学の力をいかにビジネスの現場で活用すべきか、ロジックと手法を具体例を交えながらわかり易く解説していきます。 第2回は、市場で取引されない財やサービスの価値を評価するための手法として、近年世界的に注目を集めている仮想評価法(CVM)のアプローチを紹介します。

I.はじめに

今回は、市場で取引されない財やサービスの価値を評価するための方法として、近年世界的に注目を集めている仮想評価法(CVM(※1))を紹介したい。CVMは経済的な側面だけでなく、社会的な価値を含むより広範な概念の価値(※2)を算出できるアプローチである(図表1)。一例として、世界遺産であるグレート・バリアリーフが死滅の危機に直面している状況に際して、デロイト ネットワークのオーストラリアチームがCVMを用いてその価値を金銭的に評価し、生態系の保護への認識を高めるためのレポートを2017年に公表した。そのレポートは世界三大広告賞の一つに数えられるカンヌライオンズにて受賞し、ABCやBBCを含む主要メディアで取り上げられるほどの大きな社会的インパクトを持った。

CVMはビジネス上の様々な課題にも解決の糸口を提示することができる。例えば、企業イメージの向上やCSRなどの観点から、スポーツビジネスとの協働やスポーツイベントへの参入を検討する企業が近年増加してきている。ファンにとっての魅力ある「体験」としてのスポーツの価値を高めるためには、チームの育成強化や顧客の獲得、収益拡大に向けた施策や設備の建設などの取り組みが欠かせない。もしその魅力を定量的に評価することができれば、自治体を含む様々なステークホルダーとのコミュニケーションに資するばかりでなく、スポーツを通じたビジネス戦略の策定に活用できる可能性がある。また別の例として、交通インフラやエネルギー関連の開発プロジェクトを進めるにあたって、開発に伴う地域への影響を考慮することがおそらく不可欠だろう。開発による便益や経済的効果が得られることが期待される反面、景観や自然が損なわれてしまうことへの懸念から、地域の住民は開発に反対するかもしれない。そのような状況において、開発プロジェクトのメリットとデメリットを検討する際にCVMが建設的な議論をするための客観的なエビデンスを提供できる可能性がある。

※クリックして画像を拡大表示できます

※1) CVMとは、Contingent Valuation Methodの頭文字をとったもので、仮想市場評価法と訳される場合もある。
※2) 後述するように、ここでいう「価値」とは人々にとっての支払意思額を意味する。会計基準上の価値の定義等とはニュアンスが異なる点に留意されたい。

II.仮想評価法とは何か

仮想評価法(CVM)とは、文化施設やスポーツ、レクリエーションなどの非市場財(※3)から恩恵を受けている利用者に対してアンケートを実施し、対価として支払ってもよいと考える金額でもって価値を評価する手法である。一見シンプルに思えるかもしれないが、CVMはミクロ経済学のロジックに基づいており、実際、正確な評価結果を得るための綿密なサーベイ手法に加えて、調査結果を処理・解析するための統計学的手法など、これまでに理論と実証の両側面から様々な検証や改良が重ねられてきている。

通常、市場において財やサービスの購入を検討している個人や家計は、その財やサービス対して支払ってもよいと考える金額(支払意思額)を価格が上回るか下回るかによって、購入するかしないかを判断する。CVMはこれと同じプロセスを、市場で取引されない財やサービスに関しても仮想的に行い、アンケート調査の回答に基づいて支払意思額を直接的に推定するアプローチといえる。もう少し正確にいえば、仮に現在利用されている非市場財の水準が低下した場合に、水準が低下する以前の(所得や価格体系などの)経済的状況を基準にして、所得がどの程度減少したことを意味するか(等価変分、Equivalent Variation:EV)を推定する方法である。したがってCVMでの質問内容は、例えば次のようになる。

「現在利用されている非市場財Yを将来廃止することが計画されているとします。この計画を中止するためには、あなたは最大いくらまで支払う意思がありますか。」

CVMは支払意思額をアンケートで直接的に質問することにより、市場データから需要関数を推定できないようなケースに関しても計測対象の価値を評価できるメリットがある。それに加えて、評価の対象となる財やサービスの利用価値だけでなく、直接的に利用しなくとも享受できる価値(非使用価値)を含めた、価値の類型を総合的に明らかにすることができる数少ない手法としても知られている(図表2)。

※クリックして画像を拡大表示できます

※3) CVMは理論上どのような財やサービスに対しても適用可能であるが、本稿では市場で取引されない無形の財やサービスなどを想定し、単に「非市場財」とよぶことにする。

III.仮想評価法の信頼性

このように、CVMは理論的にも確立した手法であるばかりでなく、価値の類型を総合的に明らかにすることができる点でも優れたアプローチなのである。しかし容易に想像がつくように、CVMではアンケートを評価に使用するため、本来得られるはずの正しい評価結果が様々な要因によって歪められてしまうおそれがある。一例を挙げると、アンケート回答者が回答後に実際に金銭を支払うことを危惧して、実際の支払意思額よりも金額を過少に記載したり、あるいは寄付などの支払手段に対する美徳感から、評価対象そのものへの支払意思額よりも過大な金額を記載してしまうかもしれない。最悪の場合、回答者がアンケートの趣旨を正しく理解せずにでたらめな金額を記載してしまうケースもありうる。それに加えて、国民的に関心が高い非市場財について特定地域の人々だけをアンケート対象とするなど、誤ったサンプリングの範囲によってもバイアスが生じてしまう。

したがってCVMでは、その理論的背景が質問項目に正しく反映されるよう留意するばかりでなく、調査の趣旨や目的、対象となる非市場財の概要や特徴が回答者に正確に伝わり、サンプリングに起因するバイアスについても極力回避できるよう、慎重なサーベイ設計を行うことが求められる。またサーベイ実施後にも、支払意思額の回答者と無回答者との間で属性に有意な差がみられるかどうかの検定を行うなど、統計学的な観点から様々なバイアスのチェックを行うことがCVMの精度を保つためにも有効である。

CVMの有効性について、1992年に米国商務省国家海洋大気管理局(NOAA)が組織したパネル(※4)においてディスカッションが行われ、様々な検証がなされた結果、CVMの信頼性を確保するためのガイドラインが取りまとめられた。それ以降も、回答者からバイアスの少ない支払意思額を引き出すための質問方法や統計学的手法が考案されるなど、現在もCVMの精緻化が進められている(※5)。

※4) このパネルは、ノーベル経済学賞を受賞したKenneth ArrowとRobert Solowが参加したことでも知られる。
※5) 例えば、回答者に対して「X円以上支払う意思はありますか」と尋ね、「YES」と回答する確率と金額Xとの関係から支払意思額を推定する「二項選択方式」などが一般に用いられる。

Ⅳ.仮想評価法の射程

CVMはこれまで主に環境経済学の分野で用いられてきたが、近年は文化関連施設やプロスポーツチームなど様々な分野での適用事例が増えてきている。デロイトでは、冒頭で紹介したグレートバリアリーフの事例など重要な価値評価を行ってきた実績に加えて、スポーツや文化活動、社会的課題への対応など、市場による評価が困難な領域において企業の意思決定を支援するためのCVM活用の取り組みを行っている。 CVMの手法を用いて形成されたエビデンスがビジネス上の様々な意思決定の局面において重要な影響力を持つケースは、今後ますます増えていくだろう。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト 早木 達史

(2019.11.13)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

記事全文[PDF]


こちらから記事全文[PDF]のダウンロードができます。
 
Download PDF: 503KB

シリーズ記事一覧

ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~

記事一覧はこちらをご覧ください。

記事、サービスに関するお問合せ

>> 問い合わせはこちら(オンラインフォーム)から

※ 担当者よりメールにて順次回答致しますので、お待ち頂けますようお願い申し上げます。

お役に立ちましたか?