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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第4回

交通予測:経済学的アプローチとAI、ビッグデータの活用

第4回は、交通予測の手法を取り上げます。近年、大量のデータを処理するコンピュータの性能向上やAIなどのテクノロジーの発達に伴い、交通量の予測手法にも大きな変化が起こっています。本稿では、従来から実用的な予測手法として広く用いられてきたアプローチのエッセンスを解説するとともに、コンピュータの処理能力の向上に伴う、経済学やゲーム理論の知見の応用、AIを用いた新たな手法の開発など、近年の進展についても併せて概観します。

I.はじめに

将来の長期的な交通量や交通状況を予測することは、施設の建設やプロジェクト開発などに伴う周辺の主要交通インフラの追加投資や整備などを行う必要の有無を検証したり、自治体が作成する交通総合計画の評価や見直しを行ううえでも欠かせない。近年、GPSに基づく自動車の走行速度や車間距離などの情報を収集して解析し、数時間後や数日後の混雑状況を予測して、混雑や渋滞の緩和・解消に役立てるシステムの実用化に向けた開発が進められるなど、新たなテクノロジーを活用した予測手法が注目を集めている。そこで本稿では、従来から実用的な予測手法として広く用いられてきたアプローチのエッセンスを解説するとともに、コンピュータの処理能力の向上に伴う、経済学やゲーム理論の知見の応用、AIを用いた新たな手法の開発など、近年の進展についても併せて概観する。

II.交通予測の基本的な考え方

通常、人や自動車の移動は、仕事や買い物など、何らかの日常的・社会的・経済的な活動に付随して発生するものと考えることができる。そのような活動と交通量との関係を表すモデルを作成することで、人々の行動パターンや経済状況が変化した時に、交通量がどのように変化するかを予測することができる。そのためにはまず、交通量や交通網、土地や人口などに関する統計データを利用し(※1)、分析の対象となる地域を区域(ゾーン)に細分化したうえで(※2)、図表1に示すように

  1. ゾーンごとに試算した将来の交通量が、
  2. それぞれのゾーンの間をどのように移動し、
  3. どの交通手段が用いられて、
  4. どの経路(ルート)を流れるか  

という4つのステップを踏むことにより、交通予測のためのモデルを作成するアプローチが従来から広く適用されている。このような方法を「四段階推定法」と呼ぶが、デロイト トーマツ グループではこれまでに、四段階推定法を用いた将来交通量の予測を含む様々なサービスを提供している。

※1) 国や自治体が実施するパーソントリップ調査や自動車起終点調査などの結果に加えて、就業人口や事業所、土地利用などの社会統計指標データが用いられることが多い。
※2) 分析の目的に応じて、都市部では細かく、郊外部では粗く分割されるなど、行政区分や人口の均一性、既存の交通網の配置など様々な状況を考慮して行われる。

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これらの各ステップにおいて、実際にパラメータをどのように見積もるかに関しては、既存の交通量や経済センサスなどのデータを基に一定の仮定を置いたり、重回帰分析を用いて推定するなどの方法がある。だが上述のように、人や車の移動は色々な活動に付随して生じるため、個々人の複雑な行動パターンをできる限りうまく反映・描写したモデルや方法を採用することは正確な予測を行う点からもより相応しいといえる。

この点、近年、ミクロ経済学やゲーム理論などの知見を応用して、社会統計データとして集約されて一般に利用可能になる以前の個票データを活用し(※3)、より精度が高く、統計的にも効率的なモデルが使用されるケースが徐々に増えてきている。以下では、そのような方法として2つの例を簡単に紹介する。

※3) このように、四段階集計法に個票データを利用するアプローチは非集計モデルと呼ばれることがある。

III.交通予測の経済学的アプローチ

一つの例として、「離散選択モデル」とよばれる、個々人が複数の選択肢の中からどれか1つ、各々にとって最適なものを選ぶような行動を分析する予測方法が使用されるようになってきている。交通予測の分野では特に、上述の4つのステップの(3.)に相当する段階において、出発地点の異なる移動者が、車や電車など複数の交通手段の中から、移動時間や金銭的費用などの様々な要因を考慮しながら、各人にとって最適な手段を選ぶような行動をモデリングする場面に応用されている。実際にデータを用いて人々の行動パターンを予測する際には、考慮すべき様々な課題や問題点があることが知られていたが(※4)、それらを大きく克服する離散選択モデルを開発・発展させた業績により、Daniel McFaddenが計量経済学の分野で2000年のノーベル経済学賞を授与された。McFaddenの離散選択モデルは1975年のサンフランシスコ・ベイエリア高速鉄道(BART)の開通に先立つ需要予測の際に使用され、開通後に判明した実際のBARTの利用割合(6.2%)に極めて近い予測結果(6.3%)であったことでも知られている。

また、上述の4つのステップの(4.)に相当する段階において、ゲーム理論の概念を応用した「利用者均衡配分」とよばれる方法が用いられるようになってきている。ゲーム理論では、利害が必ずしも一致しないプレイヤーとよばれる人々が相互に影響を及ぼしあう状況の下で、プレイヤーの意思決定の仕方やその帰結を数理的な手法を用いて分析する。交通予測の文脈の例でいえば、ある目的地へ向かうドライバーが、縦横無尽に張り巡らされた交通網の中から所用時間(コスト)が最短となるようなルートを選択しようとするが、別のドライバーも同じようなルートを選ぶと混雑が発生し、かえって所要時間が増大してしまうような状況がある。そのような状況下で、他のドライバーの行動も考慮に入れて各々がルートを選んだ結果、長い目で見れば、実際に選択されるルートはいずれも所要時間が等しく、他のルートに変更するインセンティブを持たないような状況(均衡交通量(※5))が実現すると予測される(※6)。

※4) IIA特性(Independence from Irrelevant Alternatives)。「赤バス-青バス問題」などの名称でも知られている。
※5) この帰結は、ゲーム理論におけるナッシュ均衡(Nash equilibrium)と概念的に等しい。
※6) このように、利用されるルートの所要時間が等しくなるような配分原則をWardlopの第一原則とよぶことがある。

Ⅳ.交通予測の将来

将来の出来事を予測するためには、通常、過去や現在のパターンが将来も持続すると仮定するなど、何かしらの前提を置く必要がある。近年、在宅勤務や時差出勤などの取り組みが徐々に普及し、ライドシェアリングやオンラインショッピングなどのサービスはますます一般的になってきている。最近ではMaaSとよばる、複数の交通手段による移動をまとめて一つのサービスとみなし、クラウドなどのIT技術を活用することで、移動者が交通手段やルートの検索、決済をシームレスに行うことを可能にするサービスの普及に向けた取り組みも注目されている。このような人々のライフスタイルの変化や新たなサービスの登場は人々の長期的な行動パターンを大きく変化させ、将来の交通量にも影響を及ぼす。これらの変化を考慮した精度の高い交通予測を行うためには、より複雑なモデリング方法や精緻なデータの利用が求められるだろう。近年のビッグデータの活用やAI技術の進展とともに、これまでの予測手法を発展させた、そのような複雑な状況の予測を可能にする新たなアプローチが近い将来には利用可能になるかもしれない。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト 早木 達史

(2020.1.7)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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