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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第8回

経済学を用いた社会的インパクトの評価:SDGs時代の評価手法

第8回は、世界的にSDGsへの取り組みが本格化している状況の中、これらの活動によって創出される社会的インパクトの価値を可視化できる経済学的手法について、簡単に説明します。

I.はじめに

2015年9月の国連サミットで、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標である持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals=SDGs)が採択されたことにより、地球規模の社会問題を世界全体で解決してゆく取り組みが本格化し、ESG投資等にみられる持続可能な社会構築を目標とするサステイナブルファイナンスの拡大によって、企業も収益性のみならず、社会貢献や成果を示す社会的インパクトによって評価される時代を迎えている 。日本でも、政府が主体となり、企業や自治体等のSDGs推進事業者への支援活動を行っており、企業・自治体側でもSDGsへの取り組みを可視化する必要性が生じている。さらにCOVID-19の影響による社会構造の変化から、社会的インパクトに重きを置いた投資手法も金融機関や投資ファンドでも積極的に検討されている状況である。このような背景から、社会的インパクトの評価を可視化するための経済学的な評価手法について、説明していく。

II.社会的インパクトの評価手法

まず、社会的インパクトとは、社会的プログラムや企業のCSR活動等によって生み出される社会的環境的変化のことを示し、この評価には、これらの活動に直接起因する変化に焦点を当て、因果関係を考慮した分析が必要となる。そのためのファーストステップとして、図表1に示したロジックモデルと称される社会的プログラムを行うための設計図を作成することが必要である。ロジックモデルとは、「もし~ならば、こうなるだろう」という仮説を目標として、資源(インプット)、活動(アクティビティ)、結果(アウトプット)の関係を整理し、プログラムが成果(アウトカム)を上げるために必要な要素を体系的に図示化したものである。実際に評価対象となるのは、図表1中のアウトカムの箇所であり、定量化ないしは金銭化できる指標を設定することがポイントである。また、ステークホルダー間で、仮説構築や評価の方向性を共有するツールとしても有用である。ロジックモデルは、すでに日本国内でも、NPOや官公庁、地方自治体による政策評価の点で運用されており、社会的インパクトの創出を目的とした公共性の高いプロジェクトやプログラムの評価ツールとしての認識は高まりつつある。しかし、現状は、このロジックモデルを作成し、アウトプットをKPI指標としてモニタリングして、アウトカムを定量化して特定する段階で終わっている状況が多いといえる。そのため、本来のあるべき評価とは、アウトプットーアウトカム間の因果関係の特定や、プロジェクトやプログラムの実施費用と比較しどれくらいの金銭的なインパクトを生み出しているのかといった費用対効果の推計が望ましい。

図表1 ロジックモデル
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次に、インパクト評価の大きなポイントとしては、プログラムを実施しない場合のアウトカムとなる反事実(counterfactual)を推計して、プログラム実施によるアウトカムと比較評価することである。これは、経済学の分野では確立された考え方であり、健康プログラムの評価を例にすると、参加した人の医療費・介護給付費と参加しなかった場合の医療費・介護給付費とを比較し、その差をプログラムの効果とみなすことである。ただし、実際には、このような評価方法は時間やコストがかかるため、プログラムの実施前後でアウトカムを評価する前後比較法が採用されることもある。なお、このような反事実を推計する必要性については、図表2に示す通り、例えば、運動習慣の定着による医療費の削減効果を見込んだ健康プログラムを前後比較法により評価する場合、対象期間中に起こった外部の出来事の影響がノイズとなり、純粋な効果を測定することが難しくなる。そのため、後述する図表3中の因果関係を特定する評価法により、反事実を推計して、プログラムに直接起因する効果を比較評価することが必要である。

図表2 プログラムの評価
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最後に、社会的インパクトの定量化のための評価手法として、経済学の考え方を用いたアプローチを2つに大別して図表3に要約している。一つは、厚生経済学の分野で確立され、欧米諸国や日本の政策評価にも使用された費用対効果の観点から、中長期的なアウトカムやインパクトの金銭的評価を目的としたアプローチである。この手法は、大規模な健康プログラムのような公共性の高いプロジェクトを実施した場合(With)と実施しなかった場合(Without)の観点から、各々の場合において、社会全体が受ける便益と付随する費用を、現在から将来までの期間において評価し、現在価値換算して、費用対効果として比較評価する手法である。なお、この社会全体が受ける便益は市場価格がないため、便益を受ける潜在的対象者に直接、便益や選好を尋ねて測定する表明選好法と呼ばれる手法を用いて評価することが必要である。例えば、健康プログラムの参加者が受ける社会的便益を推定する場合では、表明選好法の一種である仮想市場評価法と呼ばれる、参加者へのアンケート調査によりこの健康プログラムの受講費用として支払ってもよい金額(=支払意思額)を推計する方法を用いて算出できる。ほかにもこのような便益を金銭的価値へ推計する経済学的手法(消費者余剰法やヘドニック法等)がある。

もう一つは、プログラムに直接起因する純粋なアウトカムを評価するため、アウトプットーアウトカム間の因果関係を特定するアプローチである。これは、費用対効果と比較すると、図表2に示したような反事実の推計を重点的に行うため、データ分析に比重が置かれ、プログラムの設計~実施~評価までを行う社会実験の手法を用いるRCTや因果関係の分析に有用な計量経済学的手法を用いる。この評価手法のポイントは、反事実を推計するにあたり、プログラムの参加者と非参加者の潜在的傾向が異なることによって生じるセレクションバイアスを取り除くことにある。これは、運動習慣の定着を目的とした健康プログラムを例にすると、参加者群には健康意識の高い人が集中し、一方で非参加者には健康意識の低い人が集中している状況で、比較評価を行うと、もともと健康意識の高い人に運動習慣の定着が見られるため、健康プログラムの効果が過大に推定されてしまうバイアスを意味している。

図表3 社会的インパクトの評価手法
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<参考>塚本一郎・関正雄「インパクト評価と社会イノベーション」、T・F・ナス「費用・便益分析 理論と応用」、安井翔太「効果検証入門」

III.おわりに

社会的インパクトの評価ツールとしてはロジックモデルを運用することは、ステークホルダー間では普及しつつあるが、その先の因果関係や費用対効果といったより厳密な評価の観点では、上記に記載した経済学的な手法が有用であることは認識されていない状況である。今後、社会的インパクトの評価の重要性が高まるにつれて、独立的立場から客観的評価を行う外部専門家の役割も高まっていくだろう。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ディスピュートサービス/バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト
三浦 亘

(2021.1.12)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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