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ビジネスエコノミクス基礎講座~エビデンスに基づく事業戦略~ 第9回

地球温暖化の経済学:カーボンニュートラルに向けた気候変動リスクの経済性評価

日本も含め、世界各国で温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルに向けた地球温暖化対策が本格化しています。第9回は、これらの地球温暖化の対策が経済活動や気候変動に与える影響を評価する経済学的手法を簡単に説明します。

I.はじめに

2020年10月、菅義偉首相は所信表明演説での地球温暖化対策の具体的な目標として、2050年に温室効果ガス(以下、GHG)の排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを掲げた。この背景には、日本や先進国が加盟している温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」の目標として、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする世界の気温上昇を産業革命前から2℃未満に抑えるとともに、平均気温上昇1.5℃未満を目指す」ことが掲げられており、既にカーボンニュートラルに向けた対策を進めている欧州と足並みを揃えていく狙いがある。また、経済産業省が公表した「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」においては、日本として取り組むべき重要な産業(エネルギー産業等)別にカーボンニュートラル実施に向けた具体的な対策が纏められている1 。本稿では、このような背景を踏まえて、地球温暖化の対策が社会に与える影響を予測する経済的評価手法の一部を紹介する。

II.地球温暖化対策の経済性評価

まず、地球温暖化とは、産業革命期以降の長期にわたる経済活動に起因し、温室効果ガス(GHG)が大気中に蓄積され長期間滞留して濃度が上昇することにより、地球全体の陸域や海洋の温度上昇を引き起こすことである。この現象は、下記図表1に示すように、GHGの排出量により気候や生態系・社会経済を営む人間活動に重大な影響をもたらす。そのため、GHG排出量を抑制する緩和策が重要である。

図表1  GHGの排出がもたらす地球温暖化のメカニズム
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このような緩和策が経済活動や気候変動に与える影響を、費用便益分析の観点から予測し、現在と将来にわたる世界全体での最適なGHG排出量を算出できる統合評価モデル(Integrated Assessment Model, IAM)と呼ばれるツールが経済学の分野で開発されている。実際IPCC(気候変動に関する政府間パネル)等の国際会議でも、このIAMによる分析結果を基に、地球温暖化対策の効果について検討がされている。このIAMの前身となる2018年ノーベル経済学賞を受賞したイェール大学の経済学者ノードハウス氏が開発したDICEモデル(Dynamic Integrated Climate-Economy)による地球温暖化対策の経済性評価の方法を説明する。このモデルは、以下図表2の通り、10年単位でのGDPの成長を分析する経済モジュールとGHG排出抑制コストと温暖化の損害を分析する気候変動モジュール、世界全体の消費から得られる1人当たりの効用を探索する最適化モジュールの3つで構成され、計13本の数式で表される。

具体的には、経済モジュールでは世界全体の視点から「投資をする」or「投資をせずに消費する」といった2つの選択行動の合理性につき、現時点で消費を減らし多くを投資すればその分世界経済が成長し、将来の消費が増えるといったマクロ経済理論を用いて、投資と消費の均衡点を分析する。一方で気候変動モジュールでは、現時点でGHGを排出削減するとコストはかかるが、将来の温暖化による損害を抑えることが可能であり、この排出量と損害の均衡点を分析する。同時にこの2つのモジュールから導きだされた均衡点を満たしつつ最大化できる消費経路を最適化モジュールより計算する。まとめると、長期的な世界経済の成長が気候変動により今後どの程度低下するかを予測し、その低下を抑えるために最適な排出削減量を評価するモデルである。

図表2 統合評価モデルであるDICEモデルの概要
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このモデルの計算結果の一部をイメージするため、実際検討された分析結果とは異なるが、2015年を基準として、任意のパラメータを設定した場合の排出量削減対策(炭素税導入シナリオ)を実施する場合と実施しなかった場合(ベースシナリオ)の2つの仮想シナリオのシミュレーション結果を図表3に示している。図表3は、今後100年間のGHG(CO2)の排出量と温度上昇の予測値を比較したものであるが、炭素税2 の導入により、将来的に温暖化による地球への被害を抑制可能であることが示されている。また同図表には示していないが、経済への影響として世界全体のGDPの変化についても、2つの仮想シナリオごとの予測シミュレーションが可能である。

デロイトネットワークとしては、オーストラリアの経済分析チームであるDeloitte Access Economicsが、このIAMモデルを拡張したDAE-CLIMATEモデルを開発している。このモデルを用いて、IPCCが公表した代表的濃度シナリオであるRCP6.0~8.03 を基準としたGHG排出量を実質ゼロにするNew growth recoveryのシナリオとの比較分析や、COVID-19の影響も考慮したオーストラリアのGDPや雇用へのインパクトを定量的に分析している4 。具体的な分析結果を例示すると、脱炭素対策を講じない場合は、2070年までにオーストラリアのGDPは6%減少し、88万人の雇用が失われると予測している。一方で脱炭素対策を実施する場合、2070年までに同国のGDPは2.6%増加し、25万人の雇用を創出できると予測している5

図表3 統合評価モデルによるシナリオ分析のイメージ
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また、地球温暖化の対策は、GHG排出量を削減する「緩和策」だけでなく、既に起こりつつある気候変動の影響を防止・軽減し、新しい気候条件を利用する「適応策」も存在する。この「適応策」は、国際的に重要度が高まっており、途上国を含む全ての国で対策が求められている6 。適応策の例として、温暖化の影響に耐えられる農作物の品種改良や気温上昇を利用した熱帯果樹の栽培、異常気象がもたらす水害を防ぐためのインフラ整備、防災アプリの開発等が挙げられる。この適応策の経済性評価も、緩和策と同様に費用便益の観点から分析が可能である。例えば、途上国の農作物の品種改良施策を評価する場合、品種改良により回避可能な予想損害額を「便益」とみなし、品種改良に係る投資額を「費用」とする。そして、最終的に試算したこの「便益」が「費用」を上回れば、この施策を行う意義は高く、資金援助の対象にもなるだろう。

地球温暖化のリスクは、この2つの対策を相互補完して軽減していくことが世界共通の理解となっており、その取り組みの一環として開発途上国が緩和策と適応策を実施するための資金援助を行う「緑の気候基金(GCF)がある。デロイトネットワークは、このファンドの実施支援機関に認定されており、各国の気候変動対策に資するプロジェクトの実施にも関与している。

III.おわりに

現在、世界各国が掲げている地球温暖化対策は、GHG排出量を制限する「緩和策」と気候変動に対応する持続的な環境を構築する「適応策」の2つから成り立っている。地球温暖化が地球規模の経済問題として認識されつつある状況の中、費用便益分析の観点から経済性評価を用いて、より経済効果の高い温暖化対策を実施していくことが政府や企業にも求められているといえよう。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

*1 2020/12/25公表 経済産業省「2050 年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」

*2 石油・天然ガス等の化石燃料に、炭素の含有量に応じて利用者に課す税金のことで、経済的な政策の一種。

*3 RCPの数値が大きいほど2100年までのGHG排出量が多いことを意味する。

*4 Deloitte Access Economics 2020年11月公表「A new choice:Australia’s climate for growth

*5 脚注4の3~6頁参照

*6 経済産業省 2018年2月公表「企業のための温暖化適応ビジネス入門

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ディスピュートサービス/バリュエーション・モデリング・エコノミクスサービス
アナリスト
三浦 亘

(2021.3.10)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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