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Industry Eye 第31回 商社セクター

日本企業における事業ポートフォリオマネジメントに関する課題

組織におけるリソース配分には事業ポートフォリオ管理が不可欠です。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社は、Acuris Studiosと共同で日本国内における企業の事業ポートフォリオ管理に関する認識、実施状況、そして傾向を探るためにアンケート調査を実施し、結果、多くの改善余地があることが明らかになりました。海外においては有効な事業ポートフォリオ管理が組織に大規模な変革をもたらしたGEなどの画期的な事例があります。

I.はじめに:ポートフォリオ管理の重要性

近年まで続いた資源相場の高騰の恩恵を受け、2015年3月期に当時の最高益を更新する総合商社が目立ったのは記憶に新しい。しかし一転、「スーパーサイクル」とも呼ばれた資源相場の終焉を受け、2016年3月期には一転して多額の減損損失を計上したこともまた印象に残っている。

総合商社各社はこれを契機とし、変化やリスクに耐え得る収益基盤の確立を最重要課題の一つと捉え、総花的なリスク資産の積み増しに替えて、成長領域を見極めた有効な経営資源配分、即ち事業ポートフォリオ管理に舵を切ることになったものと理解している。

そもそも事業ポートフォリオ管理は成功する組織にとって不可欠な要素であり、本質的には組織のリソース管理のための戦略的取組である。また、有効な事業ポートフォリオ管理は、事業買収や売却、収益性の高い事業に絞り込んだ投資による組織の成長や財務実績向上など莫大な効果をもたらしうる。これらの点については、総合商社を含む多くの日本企業において理解されており、疑念の余地はないと考えられる。しかし、グローバル企業の中には事業ポートフォリオ管理により業務や全体的なパフォーマンスを大幅に改善させたユニリーバやGEのような顕著な事例もある一方、国内市場における同様の事例は限定的だと考えられる。

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社は、Acurisの出版部門であるAcuris Studiosと共同で、3ヵ月間にわたり日本における事業ポートフォリオ管理の認識、実施状況、そして傾向を探るためのアンケート調査を行い、日本企業には事業ポートフォリオ管理に改善の余地があることが示唆された。特に投資領域が事業軸、地域軸において多岐にわたる総合商社においては、適切な事業ポートフォリオ管理の重要性は相対的に高く、総合商社として次のステージに進むための不可欠な要素と考えられる。

II.日本企業における事業ポートフォリオマネジメントに関する課題と海外事例

日本企業の事業ポートフォリオ管理に関する調査において、100名の企業経営者にインタビューを実施した結果、多くの企業が課題を抱えていることが明らかとなった。

  • 自社の事業ポートフォリオ管理レビューが有効であるかとの質問に対し44%の企業が「どちらでもない」と回答している。
    有効性に欠ける理由として、事業ポートフォリオ管理担当者の経験不足や意思決定に有用な情報が不十分であることが考えられる。
  • 「自社の戦略と事業ポートフォリオ評価が一貫している」とした企業は47%にとどまった。
    戦略と事業ポートフォリオ評価に一貫性がない場合、プロセス全体に悪影響をもたらす。事業ポートフォリオの管理と戦略を一貫させるためには強いリーダーシップが必要である。
  • 事業売却が必要な事業を特定する際に自社の事業ポートフォリオ管理レビューが有効と考える企業はわずか30%であった。
    日本では事業売却を事業ポートフォリオ管理の一環として位置づけることに文化的に強い抵抗感があるようだ。これをさらに証拠づける結果として、59%の企業が事業売却は経営陣が掲げた積極的な計画というよりはむしろ危機的状況を回避するための対応策であったと回答している。

このように事業ポートフォリオ管理を十分に活用できているという回答が得られないことの背景には、日本企業の事業売却を含めた事業ポートフォリオ戦略が必ずしも明確でないことに加え、事業ポートフォリオ管理ツールを組織に浸透させてコンセンサス形成に十分活用できていないことがあると推測される。

日本の企業が直面している課題は、事業ポートフォリオ管理の一部として事業売却を位置づけ成功したGE(ゼネラル・エレクトリック)とは対照的だ。事業ポートフォリオ管理プロセスをうまく機能させるためには、持続的な成長と収益性の向上のために組織として何にフォーカスすべきかといった明確な戦略が必要となる。GEの場合、2009年の金融危機が全社の業績に深刻な影響を与えた。当時のGEの事業ポートフォリオは金融サービスへの投資に偏重していた。GEの経営陣は、創業以来、伝統的な中核事業セクターとしてみなされていなかった金融サービスへの偏りが過剰であると判断し、全社の中核ビジネスである重工業セクターの強化に再度シフトした。戦略の方向転換のために、GEは徹底的な事業ポートフォリオ管理を行った結果、次に挙げる3つの主要案件がGEの組織を根本から変革し、伝統的にGEの誇りであった重工業セクターに再びフォーカスする結果となったのである。

1.アルストム発電の発電・配送電事業の買収: 2014年、インダストリアル事業領域におけるポートフォリオを強化するために、GEは仏大手アルストムの発電・送配電事業を約100億ドルで買収した。この買収でGEは既存のガスタービン事業のノウハウにアルストムの蒸気タービン技術を補完しGEを強化することになった。また、この買収でGEはタービンサービスにおける500億ドル相当の追加案件を獲得することになった。

2. IPOによるシンクロニー・フィナンシャルの分離: GEは80年以上運営していた米国大手プライベートレーベルのクレジットカード会社であるシンクロニー・フィナンシャルを2015年に分離した。このIPOにより、GEは204億米ドルの自社株買いを行い、株主還元を行っている。またこの分離により消費者金融市場における変動に対するGEのエクスポージャーを著しく減少した。

3.家電事業の売却: 2016年、GEは同社の家電事業をハイアールに56億ドルで売却した。GEは100年以上にわたり家電事業を運営していたが、インダストリアル製品への戦略的シフトによりコンシューマー向けの家電事業は戦略外となったためである。

GEの事業が現在形にシフトできたのは、この3つの案件や他の多くの同様の取り組みの結果である。何世代にもわたり運営してきた事業を売却し、売却によって得た資金を将来の成長ドライバーとなる中核ビジネスに再投資してきたからこそGEのトランスフォーメーションは成功したのである。

ただGEが行っているような取り組みをそのまま日本企業に輸入することは容易ではないと推察される。一部の日本の企業、例えばソフトバンクの孫正義氏や日本電産株式会社の永守重信氏などカリスマ的なリーダーの存在によりダイナミックな意思決定を行っている企業もあるが、全体の中では限定的な存在と言えよう。

商社はその事業特性上、資産の入れ替えが事業運営の一部となっていると言っても過言ではない。しかしGEのような会社とは意思決定構造が異なる以上、他の日本企業と同様に、コンセンサスを重視する日本的意思決定構造に合った事業ポートフォリオ管理を導入していく必要があると考えられる。

商社を含む日本企業が事業ポートフォリオ管理の取り組みを改善するためには、まず最初にクリアな戦略を設定することから始まることになるが、それだけでなく、ポートフォリオとして想定される投資領域のそれぞれがどのような定性的・定量的要件を満たさなければならないのか、そして逆に既存投資がそうした要件を満たさない場合には誰がどんなアクションを取るべきかが定義されていること、さらにはKPIやインセンティブが取るべきアクションと整合的に設計されて実際の行動が促されること、といった事業ポートフォリオ管理ツールとしての一連の設計が重要となる。また、その設計されたツールについて各関係部門とのコミュニケーションを通じて浸透とコンセンサス醸成が図られることで、実効性の伴う事業ポートフォリオ管理につながっていくと考えられる。商社の場合には特に、事業を企画する営業部門とガバナンスを担う管理部門に組織が明確に分かれており、各営業部門が独立的に運営されるため、共有のツールを持っておくことの意味は小さくない。

資産入替を伴う事業ポートフォリオ管理は、安定雇用をベースとした変化に抵抗する日本特有の企業文化のもとでは運営が容易とは必ずしも言えず、多くの日本企業にとって非常に時間のかかるプロセスである。しかし健全な事業ポートフォリオを維持するために避けられない課題であり、日本企業の文化や各企業の個別事情を反映して効果的な導入方法の検討が必要となる。なおツールを社内で共有してもポートフォリオに関する見解が分かれてコンセンサス構築に手間取る場合には、事業ポートフォリオ設計そのものが経営意思決定であるがゆえに、最終的にはマネジメントの意思決定として、便益と各種コスト・リスクを勘案しながらポートフォリオ入替の意思決定が行われることとなる。

III.おわりに

有効な事業ポートフォリオ管理には、将来最も成長が期待される事業の財務業績を改善するため、組織としてあらゆるM&Aや戦略を検討することが必要であると述べた。日本の企業は、危機的状況を回避するための対応策ではなく、中核事業を優先的にフォーカスする積極的な計画として収益性のある事業を売却したGEの事例に学ぶべきである。とはいえ、それぞれのビジネスは多種多様であり、すべてに適用できるアプローチなどはない。事業ポートフォリオ管理についての詳細をご希望の方はデロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社までお気軽にお問合せ頂きたい。

 

日本国内における企業の事業ポートフォリオ管理に関する調査レポート(全文)は以下をご覧ください。
成長への布石:日本における事業ポートフォリオ管理

 

出所 GEのWEBサイト

執筆者


デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
商社セクター担当
シニアヴァイスプレジデント David Webb

(2017.11.29)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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