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Industry Eye 第38回 ミドルマーケット

地方都市におけるM&A動向

M&Aが一般的な手法と認められてきた近年において、非上場の優良企業や中小企業でもM&Aを検討する機会は増えています。一方で、一般的になったことによる弊害(専門家の不足)なども問題となっており、今後の取り組みが大きな課題となっています。本稿では、各地域におけるM&Aの現状と課題、その動向について解説します。

I. はじめに

近年、M&Aが企業の成長戦略の一つとして掲げられることも一般的になり、M&Aという手段が広く浸透してきているように感じられる。リーマンショック後に落ち込んだM&Aの件数も近年では同水準まで回復し、昔は三大都市(東京都、愛知県、大阪府)に本社を置く大企業がM&Aの主な買い手であったが、近年では三大都市における中堅企業や、地方都市(東京、愛知、大阪を除く44道府県とする)に本社を置く地元の優良企業と言われるような企業、その他の中小企業でもM&Aを検討する機会は増えてきていると実感する。本稿では、各地域におけるM&Aの現状と動向について解説する。

II.日本におけるM&A動向

日本におけるM&Aの件数は2008年のリーマンショック以降は減少傾向にあったものの、2011年を底として、アベノミクス以降順調に回復してきており、昨年にはリーマンショック前の水準まで回復している。(図表1)

昨年の1~3月と今年の1~3月のM&A件数を比較した際、昨年の件数が866件なのに対して、今年は1,090件と224件増加(25.9%増)しており、今年も引き続き順調に推移することが予想される。

市場全体の株価(日本企業において言えばTOPIX)が高く、企業の業績が順調なうちは株式価格が高く試算される傾向があるため、市場が安定しているうちに売却しようと考えている企業オーナーなどからの売却案件は引き続き出てくることが予想される。

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III.各地域におけるM&A動向

地域ごとのM&A件数を比較した際、大企業が集中する三大都市のM&Aの割合が大きく占めているものの、地方都市でのM&Aも活発となってきている。(図表2)

 

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地方都市のM&Aの増加要因を考えた際、前段で述べた景気の動向以外の要因として、
① 企業オーナーの高齢化および後継者不足
② 仲介業者・地方金融機関のM&Aへの取り組み
③ 事業引継ぎ支援センターなどの地方創生対策
などが考えられる。

「①企業オーナーの高齢化および後継者不足」に関して述べると、近年では団塊の世代が65歳を超え、同じく企業オーナーの高齢化も全国的に進んでいる。株式公開をしていない企業のオーナーは株式を「いつ、誰に、どのように」譲るかを本来考える必要がある。しかしながら、昔であれば親族内承継が一般的であったため、ある程度の年齢になったら息子または親族などに引き継がせればいいと考えられていた。しかし近年では「子供に継ぐ意思がない、継げるほどの力量がない、もしくはそもそも後継者になりうる人がいない」などの理由から、昔と違いM&Aを選択肢の1つとする企業オーナーが増えてきている。

「②仲介業者・地方金融機関のM&Aへの取り組み」に関して述べると、近年では仲介業者・地方金融機関のM&Aに関する取り組みが活発になってきているように思える。リーマンショック前のM&Aを手掛けていたアドバイザーを見た際、主なアドバイザーは証券会社や投資銀行などがほとんどであった。M&A自体の日本における歴史が浅かったため、地方の金融機関やその他の企業にはそもそものノウハウも少なく、一部の金融機関のみがこれを手掛けていた。しかしながら近年ではM&A実務の浸透やM&Aを専業として力を入れる仲介業者の増加、地方金融機関の新たな収入源の1つとしてM&Aへの関与など、10年前と比べると市場全体および地方都市でもM&Aを行える人材は増加してきているように思える。

「③事業引継ぎ支援センターなどの地方創生対策」に関して述べると、「①企業オーナーの高齢化および後継者不足」にも関連するが、企業オーナーの高齢化および後継者不足による黒字倒産の増加を深刻な問題と考えた国の取り組みがある。

最近では各都道府県に事業引継ぎ支援センターを置き、地域の事業承継の手助けを行うなど、地元の専門家(主に地元の会計士、税理士など)がM&Aを手掛けられるよう、ノウハウ取得のためのM&Aセミナーの開催などを積極的に行っている。上記のような対策の結果、10年前と比べるとM&Aを行える人材は増加しているものの、地方都市においてはまだまだ足りておらず、専門家不足が深刻な問題となっている。

IV.地方都市におけるM&Aの課題

地方都市におけるM&Aは10年前に比べれば活発になり、潜在的なM&Aの需要もまだまだ残されており、今後も増えていくことが予想される。

しかし一方で、「Ⅲ.各地域におけるM&A動向」の「③事業引継ぎ支援センターなどの地方創生対策」で述べたようにアドバイザー不足が地方都市では深刻な問題となっている。地方都市の企業の場合、関わりの薄い大手証券会社や投資銀行に直接相談する機会は少なく、メインバンク(主に地銀)の担当、または顧問などの専門家に相談するケースが一般的である。

専門家に相談した場合に関して述べると、企業オーナーから相談を受けてもどのように対応していいかわからない専門家も数多くおり、対処できずにいるケースも少なくない。かといって専門家から大手証券会社や投資銀行に相談しても手数料などの問題から相手にされないケースも少なくない。

筆者は事業引継ぎ支援センターのセミナー講師や運営の手伝いなどを行った経験もあり、数多くの専門家からのM&Aにおける相談を聞いてきたが、やはり上記のような理由で悩まれている専門家は多いように感じられた。今後、さらなる企業オーナーの高齢化が進んだ際、一層問題が深刻化することが予想され、早急な対応が必要と感じられる。

V.おわりに

最近では専門家のM&Aのノウハウ取得のための支援体制の整備や、中小規模のM&Aを手助けするためのプラットフォームのリリースなど、環境の整備は進んできている。10年前に比べるとM&Aに対するイメージも、M&Aを行うための環境も大きく異なっており、今後も改善されていくことが予想される。

しかしながら、今後さらに増えるであろう地方都市のM&A需要に応えられるだけの環境の整備は現状としてはまだまだ間に合っていない。今後、地方都市の衰退を食い止め、より経済を活性化させてくためには、円滑なM&Aを行うためのさらなる環境整備が急務であろう。

そうすることが、地方都市のみならず、日本経済全体の活性化に繋がり、地方都市の人口減少など、日本が抱えているさまざまな問題にもプラスに働いていくことだろう。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ミドルマーケット担当 
シニアアナリスト 大塚 基意知

(2018.6.27)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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