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Industry Eye 第59回 自動車セクター【下編】

自動車部品サプライヤーの窮境要因とパターンおよび企業再生の方向性

本稿では、自動車業界構造不況により窮境状況に陥る自動車部品サプライヤーのパターンについて考察し、それを踏まえた企業再生の方向性について考えます。また、そのような環境の中、グローバルメガサプライヤーはどのような手を打っているか、アライアンス・M&A動向を解説します。

上編においては自動車業界の足元のトレンドとしてEV化の進展および半導体不足について取り上げ、それらが自動車部品サプライヤー(以下、「サプライヤー」)に与える影響を中心に確認した。本稿では上編にて述べた業界構造不況により窮境状況に陥るサプライヤーのパターンについて考察し、それを踏まえた企業再生の方向性について述べる。また、そのような環境の中、グローバルメガサプライヤーはどのような手を打っているか、アライアンス・M&A動向から確認する。

I.サプライヤーの窮境要因/パターン

上編で述べた業界構造不況により窮境状況に陥る会社の要因は主に6つに類別される。

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第一に、メガサプライヤーによりTier1(自動車OEMメーカー、以下「OEM」、との直接取引)のポジションを奪取され、その後もモジュール化された部品開発に対応できずに付加価値の低い部品メーカーのポジションに甘んじているケースが考えられる。このようなケースでは、主に低採算のパーツ受注が残ってしまいがちであることに加え、コモディティー化による価格競争の激化により過去の利益水準を維持できなくなる例が散見される。

第二に、OEMが複数社購買としたパーツでのコスト競争が激しくなり、数量確保のために過剰スペック・過度な低価格で受注するケースが考えられる。このようなケースでは、量産段階で企画原価を達成できず、該当部品の量産により継続的に赤字となっている例が散見される。

第三に、系列OEMだけでは十分な低コスト生産が達成できないことから、外資も含めた系列外のOEM販売を見越した販売・生産計画を想定し、設備投資を先行させるケースが考えられる。このようなケースでは、先行する設備投資にもかかわらず、想定していた拡販先の量産案件がうまくいかず、その結果として生産設備の低稼働となり、大幅に採算が悪化する。

第四に、海外OEMの商圏確保のための外資部品メーカー買収を行うも、当該企業を十分管理できていないケースが考えられる。このようなケースでは、想定していた売上拡大への寄与が果たせないばかりか、当該企業が赤字に転落してしまうこともある。その後、立て直しを断念して撤退を模索する際にも、撤退の意思決定になかなか踏み切れず、清算という選択肢しかとり得ない状況まで意思決定が遅れてしまったり、周到な準備なく、投げ売り状態で売却してしまったりする例が散見される。

第五に、日系製造業全般で起きていることだが、売上・納期必達のプレッシャーに負けて仕様を下回る品質の製品を出荷してしまう、いわゆる品質不正が発生するケースである。不正が発覚した際には、初動対応およびその後の対策に莫大なコスト負担が発生し、一気に経営危機に陥るケースがある。

最後に、従来の成長手段であったOEMの動きと同期を取った海外進出に起因する問題を挙げる。多くのサプライヤーで2000年頃より加速度的な海外展開がなされており、兵站が伸び切っているにもかかわらず、経営基盤が脆弱なまま放置されているケースが考えられる。このようなケースでは、関係子会社でトラブルが発生した際にも、本社側の統制がなく、オペレーションも回らないことで効果的な対応が取れず、その場をしのぐための対策(例:国を跨ぐ工場間での部品融通)により収益を悪化させていることがある。

大規模なサプライヤーは自己資本が厚いことが多いため、このコロナ禍で倒産が多く発生している他の業種(例:アパレル、ホテル、飲食等)と比較すると、OEMの業績が持ち直したこともあり、現時点では倒産・廃業事案は限られているが、引き続き自己資本比率の低い中小規模のサプライヤーでは半導体不足による影響で経営危機が間近に迫っている可能性もある。また、上で挙げた6つの窮境要因が複数合致する場合においては、加速度的に経営危機に向かう危険性があるため、大規模なサプライヤーであっても自社の状況を振り返ってみていただきたい。

II.企業再生に向けた方向性

前述した業界構造の変化が不可逆的なものである以上、以前の業界構造を前提とした施策は再生の選択肢にはならない。業界構造不況を生き残るには、まず手元資金の創出・確保に向けて主要取引先や金融機関等の関係当事者の支援を得ることが重要である。そのうえで、再生プラン(将来戦略)全体を鳥瞰して、全領域の変革(場合によっては合従連衡も含む)を同時並行で検討し、優先順位を付けたうえで迅速果断な対応をとるようなダイナミックな改革が必要となる。以下に我々の考える3Stepによる再生プランを提示する。

3Stepによる再生プラン
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企業の再生の局面においては、短期的な資金創出が最優先事項であるが、同時に将来に向けた打ち手もスピード感を持って検討・実施することが重要である。なぜなら、時間の経過とともに余力がなくなることから、打ち手の選択肢が狭まり、事業変革等の再生シナリオも描けなくなってしまうためである。このような時間に追われる状況下では変化の度合いに応じた施策を整理し矢継ぎ早に実行に移す改革が必要となる。各内容の詳細は当社のクライシスマネジメント メールマガジンのシリーズ“製造業の経営窮境要因と事業再生に向けた打ち手(リンク)”の第2回から第5回にて紹介しているので、是非ご参照いただきたい。

III.アライアンス・M&A動向

1. 事業展開領域

最後にサプライヤーのアライアンス・M&A動向について事業展開領域・事業ポートフォリオの見直しの観点から確認したい。多くのサプライヤーは各部品群に特化して開発・製造を行っているが、一部のグローバルメガサプライヤーの事業展開領域はそれを大きく超えてきている。

車両の基本的な機能、車内の機能に関連するものは「インカ―」領域と位置付けられるが、その中にはステアリング、ブレーキ、エンジン、モーターといったサブシステムがあり、多くのサプライヤーはその各領域に特化している。それらのサブシステムを統合するシステムとしてシャシー制御コントロール、パワートレイン制御といったレベルにて、そのシステムの性能を左右するキーモジュールを開発・製造しているサプライヤーもある。

次に、「アウトカー」と呼ばれる領域においては、スマートフォンとの連携、テレマティクスといったデータ関連技術、地図情報や自動運転ソフト、関連するAI技術、また自動車の「所有」から「利用」へのシフトも想定される中でのモビリティ関連サービスなど、グローバルメガサプライヤーが展開する事業領域は大きく広がっている。これらの新領域において競合は自動車業界の同業者に限らず、米国や中国のIT企業も含まれ、従来とは競争のスピードが大きく異なる。グローバルメガサプライヤーのX社の戦略的重点領域はIoT(Internet of Things)、人工知能(AI)などのコネクティビティや電動化に移りつつある。IoTに対応する事業展開として、クラウドで取得したデータを収集・活用することにより、モビリティ領域のみならず小売・エネルギー・スマートホーム・スマートシティ等の非モビリティ領域においてもIoTプラットフォームを展開し、多くのIoTプロジェクトに携わっている。この体制構築にあたっては、ソフトウェア領域への人材を集中的に投入し、自社のR&D投資を進めるとともに、複数の関連企業を買収してきた。近年では中国のIT企業ともIoT分野での提携を進めている。

従来のようにOEMを頂点とし、Tier1サプライヤー、Tier2サプライヤーと構成されるピラミッドに基づき、各サプライヤーがそれぞれの担当領域に取り組むという構造から大きく変化しつつある中、メガサプライヤーは自前のみでは対応しきれない事業領域については積極的なアライアンス、M&Aを進め、事業展開領域を拡大している。

 

2. 事業ポートフォリオの見直し

グローバルメガサプライヤーは各社の長期的な経営戦略に基づき、事業ポートフォリオの見直しを行っている。例えば、グローバルメガサプライヤーのY社はProduct Portfolio Management(“PPM”, 下記図表。縦軸に市場成長率の高低、横軸に市場シェアの高低を表し、どの事業へ経営資源を投下すべきかを検討する際に用いられる一般的なフレームワーク)でいうところの「金のなる木」(高シェア、低成長)に該当するA事業を売却して得た資金を、「問題児」(低シェア、高成長)に該当するB事業における買収・出資のための資金に積極的に振り向けていると考えられる。

PPM分析の概要
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「負け犬」(低シェア、低成長)事業の売却はもちろんのこと、現状「金のなる木」と位置付けられる事業も、「負け犬」となる前に事業売却し、得たキャッシュを「問題児」事業に振り向けるなど迅速な動きを見せるのも特徴といえる。サプライヤーに限らず、このような意思決定を迅速に行える日本企業は必ずしも多くはないと認識している。

各グローバルメガサプライヤーが具体的にどのような枠組みに基づいて事業ポートフォリオを検討しているかについては言及を差し控えるが、PPMあるいは同様の枠組みに基づき事業状況を俯瞰し、長期ビジョンに従って事業ポートフォリオ見直しを検討し、M&A・事業売却を実行していることは間違いないであろう。

IV.おわりに

事業環境が激変する中、各社の長期戦略の見直しが必要となっていることは言うまでもない。外部環境の変化を考慮しその後の成長ストーリーを再度描くために事業性評価を行っているサプライヤーも多い。その検討結果として、自力での再生、外部から出資受入を伴う再生を目指す場合もあれば、事業売却、撤退あるいは他社との提携が選択される場合もあり得るが、いずれのオプションを取る場合でもこの困難を乗り越え、必要であれば事業の選択と集中を行い、再び成長戦略を描くという経営陣の強い意思が必要となる。当社としては事業性評価・オプション策定支援から企業再生・事業売却の実行支援、アライアンス戦略・M&Aの検討・実行支援において豊富な経験を有しており、そのご支援ができれば誠に幸いである。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
Autoセクター
パートナー 渡邊 耕太郎
パートナー 山西 顕裕
シニアヴァイスプレジデント 石川 和典
シニアアナリスト 川内 晃太郎

(2021.10.6)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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