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Industry Eye 第64回 政府・公共サービス

東南アジアの都市開発における展望

東南アジアにおいては、コロナ禍を受け行動変容が起きており、都市開発分野においてもスマート化やDX化が加速しています。その中でも、注目度の高いTOD、MaaS、都市OSに関する近年の動向を中心に解説します。

I.はじめに

多くの東南アジア諸都市では、急激な都市化と人口増加が進んでおり、気候変動に対する環境対策や、慢性的な渋滞問題への対応に迫られている。自家用車依存の構造から、公共交通依存の構造への変容を志向しており、合わせて都市のスマート化・DX化に取り組んでいる。公共交通については、とりわけ鉄道網の整備が重視されており、各都市においてODAを活用した都市鉄道の整備が進められている。また、鉄道駅を拠点とした周辺開発を進め、公共交通の利用を促進する動きが活発である。こうした動きに合わせ、公共交通志向型開発(Transit Oriented Development/TOD)、Mobility as a Service (MaaS)、都市OS(Operating System)といったコンセプトが各都市でキーワードとなっている。これらの取り組みは、本邦企業のビジネス活動にも影響を与えるものであり、現在の最新状況について考察する。

 

II. アジアにおける都市のスマート化・DX化の動き

1. アジア主要都市の都市化率

世界では急激な都市化が進行しており、国連ハビタットの予測では2030年には全人口の60%が都市に住み、都市人口増加数の約9割はアジアやアフリカ等の途上国で発生すると予想している。アジア主要国においては、都市化率が一貫して上昇しており、2030年には台湾およびマレーシアが80%を超え、2050年にはタイ、インドネシアが70%前後、フィリピン・ベトナムが60%前後まで上昇することが見込まれている。今後、都市部への人口集中により、渋滞や大気汚染、無秩序な開発や資金不足等による公共インフラの不足などの都市課題が発生することが予想されている。特に渋滞問題は、アジア諸国に共通する課題であり、モータリゼーションの急速な進展や道路交通への依存度の高さなどが挙げられており、このため、都市鉄道やBus Rapid Transit(BRT)等の大量輸送公共交通の整備やスマートシティ開発が重要視されている。

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2. アジア主要都市の概況

アジア主要都市においては、多くの都市において、都市鉄道を整備し、公共交通負担率を高める方向性を打ち出している。また公共交通負担率を高め、都市鉄道に人々を誘導するために、駅拠点の利便性の向上、TODの推進、交通統合、MaaS、ファーストワンマイル・ラストワンマイル交通の整備などが推進されている。各都市の状況は発展状況によって大きく差があり、台北やシンガポールでは交通統合レベルが高く先進的な取り組みが見られる一方で、ホーチミン、ハノイ、マニラ等では、依然として発展途上の状況である。

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3. アジア主要都市のMaaSに関する取組み

近年、MaaSはスマートシティや公共交通分野でも注目度が高まっている。多くのアジア都市においては、異なる交通機関の間で交通データが集約されておらず、運賃統合や相互運行なども実現されていない。同時に、コロナ禍を経て、交通機関における非接触決済(QRコードやコンタクトレス決済)を推進する動きが加速している。また、決済手法もICカードベース(Card Based Ticketing/CBT)から利用者の口座と連動するアカウントベース(Account Based Ticketing/ABT)への移行がトレンドとなっている。こうした動きを統合させる形でアジア版MaaSが進んでおり、実際に台湾やインドネシアでは都市レベルでのMaaSの取り組みが動き出している。今後も多くの事業機会が生まれるものと考えられる。

地域

台湾・高雄市

インドネシア・ジャカルタ

名称

高雄Men▸Go

Jak Lingko

概要

台湾交通部および高雄市が主導する定額制MaaSの取り組み。MRT、LRT、バス、シェアサイクル、フェリー、シェアスクーター等の複数の交通機関をまたぐ取り組みであり、2018年9月より継続している。決済方法は専用ICカードに加え、QRコードでの利用を進めている。

ジャカルタの交通機関の合弁会社であるJak Lingkoが主導するMaaSの取り組み。最大の特徴は、MaaSシステムの開発・運用・保守を民間企業にBOT方式で委託している点である。決済方法は、現状のICカード(CBT)から、アカウントベース(ABT)への移行を推進中。

出所:公開情報を元にデロイト トーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社作成

 

4. アジア主要都市のTODに関する取り組み

前述の通り、多くのアジア都市が都市鉄道の整備を通じた公共交通負担率の向上を目指しているが、同時に、駅に人を集めるまたは駅の価値を最大化するべくTODの推進を掲げており、複数国の上位計画にも明記されている。鉄道整備に関しては、多くの都市鉄道がODAで整備されているが、駅周辺整備は支援対象に含まれないことから、TODの推進は基本的に民間企業による開発となっている。そのため、収益性のみを追求した乱開発などが横行し、TODの価値を最大化できないケースが散見される。日本はTODの先進国として認識されており、本邦企業もTODのノウハウを有していることから、コンセプト策定段階から政府協議へ参加し、PPPスキームの活用なども通じて事業参画することで、TODの価値の最大化に繋がり、本邦企業の優位性も発揮できるものと考える。

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5. 都市OSの動向

都市OSは、スマートシティを実現しようとする地域や機関が共通的に活用する機能が集約され、スマートシティで導入する様々な分野のサービスの実装を容易にさせることを実現する IT システムの総称を指す。近年の都市開発では、様々なデータを統合し利活用しようとする動きが活発であり、各国のスマートシティ戦略においても重視されているコンセプトである。この都市OSは先進国を中心にイニシアチブが取られ標準化と導入が進められており、EUのFIWAREやエストニアのX-ROADなどは世界的にも代表される情報連携基盤システムとなっている。アジアにおいては、中国の杭州で採用されているET City Brainや、欧州で開発されたのち韓国とスイスが共同出資しているSynchroniCity FrameWorkなどの事例も挙げられる。

なかでも、先進国を中心にFIWAREの導入および参照事例が多く、日本国内においても香川県高松市や兵庫県加古川市などの自治体で導入されている。FIWAREはオープンソースソフトウェアをベースに開発されており、実装の雛形が公開されている点などを理由に柔軟性・適応能力の高い基盤と認識されている。また、FIWAREのオフィシャルコミュニティ(FIWARE Foundation)には2020年3月現在で45ヶ国150都市以上からのメンバーが連携していることから、世界において主要な都市OSとしてプレゼンスを発揮している。アジアでは、2018年にデリーにFIWAREを活用したソリューション開発強化を目的としたアジア初のFIWARE Lab.を設置したほか、韓国やアジアを中心にスマートシティを推進するWorld Smart Sustainable Cities Organization(WeGO)が2019年にFIWARE Foundationに参加したことにより、今後、東アジアでのFIWARE導入が促進される見込みとなっている。また、東南アジア諸国を中心としたASEAN Smart Cities Network(ASCN)に対してはWIFARE導入のワークショップを開催し、その後各年のASCN会合ではFIWAREを導入している日本の自治体をスピーカーとして招聘するなど、積極的な普及活動を展開している。

このように、FIWAREを始めとした都市OSの導入は、アジア都市のスマートシティ戦略において重要性が増すことが予想される。都市OSの導入については行政側が主体となるが、データ実装については民間事業者による取り組みとのデータ連携が必要となる。したがって、今後の都市開発においても動向を注視する必要があるものと考える。

 

III.おわりに

コロナ禍を経て、アジア諸国におけるデジタル技術を活用した都市のスマート化、DX化が加速している。アジア新興国においては、基礎インフラが不足している中で、スマートフォンやITテクノロジーを活用するリープフロッグ現象が起きており、鉄道・バスなどの伝統的なハードインフラ整備に合わせ、ライドシェアやAIデマンド交通との連携や、ABTへの対応、都市OSとのデータ連携などのソフト面の対応が求められている。アジアにおける今後の都市開発においては、現地政府の意向も踏まえつつ、ハード・ソフト両面での対応を行うことがより重要となり、海外展開を検討する本邦企業にとっても対応が必要となるものと推察する。

 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
政府・公共サービス
TOD・海外都市開発アドバイザリー
シニアヴァイスプレジデント 元岡 亮
ヴァイスプレジデント 板倉 雅也
ヴァイスプレジデント 周 徳琴

(2022.4.18)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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