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Industry Eye 第77回 産業機械・建設セクター

サステナビリティの再定義とそれに対する打ち手・アプローチ

サステナビリティ領域のルールやアジェンダが年々移り変わるなか、情報開示などのルールを後追いする受け身の対応を見直し、主体的にサステナビリティを捉え直して、サステナビリティを企業変革のエンジンにしていくための打ち手とアプローチについて紹介します。

Ⅰ. はじめに

サステナビリティが企業経営の中核的なテーマとなる中、日本企業の多くは従前、ESG投資家からの要請や情報開示などのルールを後追いする「守り」の姿勢で、サステナビリティへの取組みを進めてきました。しかしながら、不確実性の高い今般の事業環境下において、サステナビリティ領域のルールやアジェンダは年々移り変わっています。たとえば、建設・不動産業界は世界のCO2排出量の約4割を占めるほどの多排出産業ですが、排出削減の主な対象は、従前は建物の運用面での排出量であったのに対し、今般はセメントや鉄鋼等の建築資材や輸送/建設時の活動に内包された排出量へと重心が移ってきています。

図:世界のCO2排出量のうち建設・不動産関連が占める割合
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さらに、多数存在するESG評価機関による評価手法が定まらない状況に加えて、DXや経済安保など多様な経営課題が絡み合ってきています。これまで本業とは切り離されて、ともすれば制度対応のように扱われてきたサステナビリティへの取組みは、今まさに経営の本流に統合していく過渡期に入ったと言えるでしょう。

本稿では、なぜ今サステナビリティの捉え方を見直す、すなわち再定義する機運が高まっているかについて紐解いた後、サステナビリティを経営の本流に統合するための打ち手とアプローチのポイントについて紹介します。

Ⅱ. サステナビリティを再定義する機運の高まり

今般、サステナビリティの捉え方が見直されてきている背景として、主に次の4点が挙げられます。

<サステナビリティを再定義する機運が高まる主な背景>

  1. サステナビリティに関するアジェンダを取り巻く事業環境の変化
  2. サステナビリティ推進体制を構築した後の運用面での躓き
  3. 事業部の巻き込み不足
  4. サステナビリティ施策の優先順位付けの必要性

 

第一に、サステナビリティに関するアジェンダを取り巻く事業環境が数年前の想定から大きく変化したことが挙げられます。たとえば、欧州委員会やTCFD、TNFDといった国際的イニシアチブが定める新たなESG関連の法規制や開示基準は増え続けており、環境アジェンダに限定しても、脱炭素のみならず循環型社会や生物多様性といった新たなテーマも注目されるようになってきました。サステナビリティに関するトレンドが移り変わるなか、ESG評価機関も増加の一途をたどっていますが、かねてから評価する側の論理の透明性と公平性といった課題が指摘されており、国内外でESG評価の質の向上が議論されています。このような制度面での変化に加え、ステークホルダーによるサステナビリティへの関心度も、これまでにも増して高まってきています。たとえば、PEファンドを中心にM&Aの買収対象会社に対してESG関連のリスク管理や機会の把握をこれまで以上に意識する動きが見られるようになり、また事業会社においてはサプライチェーン全体の脱炭素や人権への取り組みも始まっています。一方で、エシカル消費はあまり盛り上がりを見せておらず、企業のサステナビリティへの取り組みにより創出した価値の価格への転嫁は、ラグジュアリーブランドを除きなかなか進まないのが現状です。

第二に、企業がサステナビリティ推進体制を構築した後の運用面でのつまずきが挙げられます。2022年に統合報告書を開示する日本企業は800社強となり、4年前の約2倍にまで増えました。この間、当該企業の多くはサステナビリティ方針を新たに制定し、社長あるいは取締役会直下にサステナビリティ推進に係る委員会等を新設したものと推察します。体制構築の初年度は社内にサステナビリティ推進機能を具備するために、場合によっては外部サポートを得ながら活発に活動していたとしても、数年経つと会議体がマンネリ化することがあります。会議体・組織のミッションや役割の定義が曖昧になりやすい組織の特徴として、そもそも情報開示のための推進体制の構築自体が目的になっていた傾向が考えられます。あるいは、運用面でのつまずきを抱えている組織は、外部環境の変化により自社が検討すべきアジェンダが変わってきている状況に対応しきれていない可能性があると思慮されます。

第三に、事業部の巻き込み不足です。自社の収益・利益を生み出す当事者意識が強い事業部は、その反面、コストセンターの位置づけであるサステナビリティ推進担当部署が打ち出す様々なサステナビリティの取り組み方針に共感しづらいという傾向が見られます。サステナビリティへの取り組みの社会善の要素が強調されているために日々の業務との結びつきが感じとれず、環境・社会にとって良いことだと頭ではわかっていても、モチベーションが湧かない、自分事化しづらいといった状況に陥りがちです。

第四に、サステナビリティ施策の優先順位付けに悩む声がしばしば聞かれます。既存のCSR活動に加えて、その時々の重要テーマへの対応や競合他社との横並び意識から始めた各種活動を続けるなかで、1社ごとに取り組むサステナビリティ施策の種類は増えている一方、経営資源が有限であることを踏まえると、自社のあるべき姿との関連性や客観的な重要度に照らし合わせて注力すべき施策に経営資源を集中させていくことが理想です。そのためには、施策を継続するか、取り止めるかの意思決定の判断軸を持っておくことが必要で、その判断軸は自社のパーパスやミッションを起点とする長期ビジョンと整合していることが求められます。

このように不確実性の高い事業環境において、自社の進むべき方向性や指針を今一度模索する必要性に迫られている企業は少なくありません。気候変動や人権への対応において企業がグローバルなビジネスシーンでその責任を問われる時代には、リスク低減の観点だけでなく、自社の存在意義や事業戦略と結びつく形での機会の把握および最大化の観点も包含したサステナビリティへの向き合い方が必要になっています。

では、サステナビリティを再定義するにあたっての打ち手とアプローチには、どのようなものが考えられるでしょうか。

 

Ⅲ. サステナビリティの再定義に対する打ち手とアプローチ

サステナビリティを再定義するにあたっての打ち手とアプローチとしては、たとえば、①サステナビリティ領域のナレッジ収集・整理・発信機能としてのCoE(Center of Excellence:センターオブエクセレンス)の設置、②社長によるコミットメント強化やCSO(Chief Sustainability Officer:チーフサステナビリティオフィサー)の選任、③事業戦略立案者のサステナビリティ責任者への就任、④サステナビリティ関連施策のパーパスとの整合性の検証や実施後に生じた価値の可視化・定量化、などが挙げられます。

まず、①のCoEの設置を進めることで、企業は製品・サービスや進出国・地域に応じた固有のサステナビリティ関連の法規制や市場の最新動向について情報収集し社内への共有が進み、事業環境の変化に適応しやすくなると考えられます。

次に、②の社長によるコミットメント強化やCSOの選任により、執行部が主導して自社の根幹を形成する企業理念やパーパスの再検証、あるいはマテリアリティ(サステナビリティ領域の重要課題)の特定といったサステナビリティ経営戦略に係る具体的な議論の場で、経営トップがサステナビリティを経営課題として捉え本格的にコミットしている姿勢を社内外のステークホルダーに対して示すことができます。加えて、会議体・組織のミッションや役割を定義し、そもそも自社がどんな社会の実現を目指していきたいのか、現状の課題感を把握したうえで自社のあるべき姿とのギャップを埋めるためにどんな打ち手をとるべきかといった具体的なアクションを策定し、それを事業活動にアドオンする形でビジネス実装にまでつなげることによって初めて、サステナビリティは事業戦略上、必要不可欠なものとなります。  

続いて、③の事業戦略立案者がサステナビリティ責任者に就任することで、事業戦略とサステナビリティ活動とが直接紐づけられます。上述の②社長によるコミットメント強化に続いて、各事業部の本部長等の意思決定者が率先してサステナビリティを推進することで、現場でもそれに取組む意義を見出せるようになり、徐々に当事者意識が生まれていくと考えられます。

そして、④のサステナビリティ関連施策のパーパスとの整合性の検証や実施後に生じた価値の可視化・定量化は見落とされがちなポイントです。サステナビリティ関連施策は、パーパスを基軸とする中長期でのありたい姿を際立たせ、自社らしさを増幅させるものである必要があります。また、実施後にその効果を検証することでサステナビリティ活動が生む価値を捕捉して可視化し定量的に示すことによってPDCAサイクルが回るようになります。このような検証は施策の優先順位付けに役立つだけでなく、その価値について他者に説明しやすくなり、社内外のステークホルダーとの対話促進に有用です。なお、ここでの施策とは、人事関連施策や社内のアライアンスに係る業務プロセスの変更、など様々な打ち手が考えられます。

このような、トップダウン/ボトムアップの両方向から自社らしい打ち手を検討していく際には、たとえば下図のようなフレームワークを活用して整理することが役立ちます。

図:サステナビリティ経営戦略の策定/見直しのアプローチ
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まず、経営トップがコミットして自社のありたい姿の実現に向けて蓋然性のあるミッションや戦略を再定義します。自社が社会に対してどのような価値を提供できる存在でありたいかを見直し、サステナビリティと自社の経営や事業戦略を結びつけていきます。そして、ありたい姿と戦略を実現するための業務プロセス、ガバナンス体制の構築、施策およびKPIの設定といった組織設計と業務改善を行っていきます。この間、一気通貫で議論することにより、トップから現場まで一体感のある価値観を醸成することにつながります。

一連のサステナビリティの定義の見直しとそれに対する自社らしい打ち手とアプローチを検討、実施するには、数あるサステナビリティ・アジェンダのうち自社が最も関心を持ち得意とする分野を起点とすることが重要です。たとえば、建設・不動産ビジネスの特性を考慮すると、脱炭素以外にも、用地における生物多様性への取組みや不動産の利用者のウェルネスおよびウェルビーイングな暮らしの実現等、得意分野がそれぞれ存在するはずです。それらに注力し他社と差別化することにより、関与者が従前サステナビリティに対して抱いてきた「コストにしかならない」「やらされている」という比較的ネガティブだった意識が、「これをやることで、顧客にも、自社にも、環境・社会にも、自分にもいいことがある」というポジティブな捉え方へと変化していくことが期待されます。

このように、サステナビリティを主要な経営課題の一つとして捉え直して、企業変革のエンジンにしていくべき時を迎えていると考えられます。しかしながら、全社的な変革は時に内部でのハレーションを起こす可能性もあることから、必要に応じ外部アドバイザーの活用も有効です。

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
産業機械・建設セクター
パートナー 赤坂 直樹
シニアヴァイスプレジデント 羽場 俊輔
ESGアドバイザリー
シニアアナリスト 諸井 美佳

(2023.7.14)

※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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