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スポーツとヘルスケアのさらなる接続
Industry Eye 第94回 スポーツビジネス
サッカーJリーグやバスケットボールBリーグ等のプロスポーツをはじめとする「みる」スポーツへの企業からの投資が活発化している。しかし、「みる」スポーツとは裏腹に、「する」スポーツについては、フィットネスクラブ会員数がコロナ禍前にいまだ回復しないなど、苦境が続いている。この点、「する」スポーツは心身の健康に有効であることは自明であり、ヘルスケアとの接続が深まれば、ヘルスケア産業の成長を取り込むことができる可能性がある。そのためにはどうしたらよいのか、本稿を通じて探る。
I. はじめに
近年、スポーツビジネスへの投資が活発化している。2000年代にプロ野球に楽天・ソフトバンク・DeNA等の新興テック企業が相次いで参入したことを皮切りに、その波はJリーグ・Bリーグにも波及し、企業からのプロスポーツリーグ・クラブへの出資が加速度的に増加している。最近では、オーストリアの大手飲料メーカー・レッドブル社がJリーグ大宮アルディージャへ出資するなど、海外企業が日本のクラブへ出資するケースも現れている。投資活性化には、2016年に政府の日本再興戦略でスポーツ産業が成長産業の一つとして位置付けられ、10年間で市場規模を5兆円から15兆円に拡大させる目標が掲げられたこと、そして上記のDeNA等の企業がそれまで「儲からない」といわれてきたスポーツビジネスで「儲ける」ことが可能なことを実証してきたことで、スポーツおよび周辺領域における機会拡大への期待が高まってきたことが大きく影響していると考えられる。
II. スポーツ産業内に介在する課題
ところで、スポーツはプロスポーツに代表される「みる」スポーツと、フィットネスに代表される「する」スポーツに大別される。前者は上記の通り明確に投資が活性化しているほか、「みる」ことを支える放映ビジネスやべニュービジネス (スタジアム・アリーナ) も進化を続けており、さらなる成長が期待できそうである。では、後者はどうだろうか。上述の通り、「する」スポーツの代表例はフィットネス事業であるが、そのフィットネス事業者は2020年のコロナ禍初期に感染拡大の震源地として大々的に報道されたことや、外出自粛要請が続いたことで会員数が激減し、大打撃を受けた。さて、問題はその後である。2023年春の「コロナ5類感染症化」後、「みる」スポーツを含む多くのビジネスがコロナ禍前の水準に回復し成長を遂げてきた一方、フィットネスクラブについては、会員数の回復傾向が弱く、依然、コロナ禍以前の水準には戻っていない。同じスポーツ産業の中でも「みる」方とはまったく異なる様相となっているといわざるを得ない (図1)。
(図1)
経済産業省 特定サービス産業動態統計調査(https://www.meti.go.jp/statistics/tyo/tokusabido/index.html) をもとにデロイト トーマツ作成
さて、運動が心身の健康に好影響を及ぼすことは古来より周知の事実であり、「する」スポーツはスポーツ産業の一角でありつつも健康産業の一部という側面を持っている。そうであれば、健康意識の高まりや人口動態の影響で続く我が国のヘルスケア産業の成長に比例して「する」スポーツも成長すると考えるのが自然ではないだろうか。にもかかわらず、停滞しているという実態を踏まえると、「する」スポーツはヘルスケア産業の一端としての機能を十分に発揮できていないのではないかという疑問が生じる。
III. 「する」スポーツの成長余地
では、「する」スポーツに成長余地は無いのだろうか。フィットネス事業者の事業機会をto Cの分野について整理してみよう。年齢層によってフィットネスのニーズは異なるとみられることから、若中年層と高齢者層に分けて考えたい。まず、若中年層については、そもそも「健康」へのニーズというよりは、「パフォーマンス」や「美容」に紐づくニーズが高いと想定される。とりわけ美容については、昨今美容医療が浸透する中で、その一環としてボディメイキングが着目されていることが大きなプラス要素といえよう。実際、2022年の登場以来急速に成長して今や日本一の会員数 (130万人超) を誇り、かつその約半数を20~30代が占める24時間型セルフ型ジム「chocoZAP」は、単なるフィットネスの機能だけではなく、ネイルや脱毛サロン等の機能を併せ持ち、明確に「自分磨き」の拠点としての機能を掲げている (図2)。
図2
データソース:RIZAPグループ株式会社 2025年3月期第2四半期決算説明会資料(https://www.net-presentations.com/2928/20241114/hef902jw2f/)
では、高齢者層に対してはどうだろうか。若中年層と異なり、「健康」が明確な訴求ポイントとなることは容易に想定されるが、それはフィットネス事業者が従来掲げてきたものであり、最近の会員数停滞を跳ね返すファクターにはなりにくい。そこで考えられるのは、複合機能化による付加価値の向上である。
複合機能化の具体例としては、Jリーグ鹿島アントラーズの本拠地カシマサッカースタジアム併設の施設「カシマウェルネスプラザ」を挙げたい。カシマスタジアムには地域の人々のために各種筋力トレーニングやボルダリング設備が整ったフィットネスジムが設置されている。ただ、ユニークなのは、スタジアムに鹿島アントラーズのチームドクターたちが東京医科大学病院、筑波大学附属病院、西大宮病院、小山記念病院等の著名医療機関との連携の下、スポーツ整形外科・リハビリテーションのノウハウを提供する「アントラーズ スポーツクリニック」も併設されている点である。心身を鍛えるだけではなく、身体に対する専門的なケアも受けることのできる体制を整えることで、地域における唯一無二の地位を築いている。なお、残念ながらコロナ禍の間に閉鎖に至ってしまったものの以前は温浴施設も整備されており、トレーニング・回復・治療/リハビリまで一貫したヘルスケアサービスを受けることができる、極めて大きな価値が付加された施設だったといえよう。
IV. スポーツとヘルスケアの更なる接続
さて、ここまで、「する」スポーツのビジネスとして、主に公的医療保険制度の外における今後の可能性の観点で話を展開してきたが、最後に公的医療保険制度を活用する観点についても述べておきたい。フィットネスクラブも一定の要件を満たせば、「メディカルフィットネス」として、利用料が医療費控除の対象となる制度があるのをご存じだろうか。厚生労働省では、国民の健康づくりを推進するうえで適切な内容の施設を認定しその普及を図るため「健康増進施設認定規程」を策定し、運動型健康増進施設、温泉利用型健康増進施設、温泉利用プログラム型健康増進施設の3類型の施設について、大臣認定を行っている。健康増進施設のうち、運動療法が適した施設として指定を受けた「施設運動療法施設」があり、医師の指示により同施設を利用して行った運動療法に係る費用は、医療費控除の対象となる仕組みである。 (図3)
図3
参考:健康増進施設認定制度 公益財団法人日本健康スポーツ連盟 健康増進施設 検索 メディカルフィットネス 健スポ 42条施設(https://www.kenspo.or.jp/nintei/search/)
ただし、指定運動療法施設数は2024年11月時点で全国で259施設に留まっており、浸透しているとは言い難い状況である。事業者として施設認定を受けるフローや、患者としてかかりつけ医師から運動療法処方箋交付や所得税の申告までのフローに一定のハードルがある点、実際に医療費控除のメリットを享受できるまでには手間がかかる点等が浸透のハードルとなっていると考えられる。 (図4)
図4 患者がかかりつけの医師から運動療法処方箋交付や所得税の申告までのフロー
参考:公益財団法人日本健康スポーツ連盟 健康増進施設認定制度 日本健康スポーツ連盟 メディカルフィットネス 健スポ 42条施設(https://www.kenspo.or.jp/nintei/)
ただ、予防・未病がこれまで以上に重視され、患者自身の金銭・肉体・精神的負担の軽減や医療費削減への社会的要請への対応に寄与し得ることを踏まえると、さらなる活用が期待される制度ではないだろうか。なお、制度活用の具体的な動きとしては、例えばフィットネスジムURBAN FIT24(梅田店)が、2023年11月に24時間フィットネスジムで日本初の指定運動療法施設として認定されている。本施設の運営会社を傘下に収める株式会社カナミックネットワークは、ヘルスケアプラットフォームの構築を目指しており、その中の一つに位置付けて成長戦略を描いている (図5)。
図5 指定運動療法施設のリアル店舗ノウハウを、ヘルスケアプラットフォームに組み込む事例
参考:株式会社カナミックネットワーク 2024年9月期決算および会社説明資料より(https://ssl4.eir-parts.net/doc/3939/tdnet/2531023/00.pdf)
メディカルフィットネスが広まる中で、その効果がより明らかになれば、推進・浸透も加速していくのではないだろうか。
V. おわりに
最後にデロイト トーマツ グループとして、自らフィットネス文脈で取り組んでいる事例を紹介したい。
当グループでは、東京・丸の内に設置したイノベーション推進施設Deloitte Tohmatsu Innovation Park に、フィットネス施設を併設しており、従業員や利用者の普段のトレーニング使いはもちろん、ランニングイベントへの参加や実証実験の場として提供するなど、体と心の健康に関するイノベーションの創出を狙っている。また、当グループでは、北陸最大の民間病院グループである浅ノ川病院とヘルスケア領域のオープンイノベーション推進のためのパートナーシップを締結している1。この同病院グループの実証フィールドにおいて、今後の我が国の地域医療の姿を検討する中で、スポーツとヘルスケアとの接続の深化についても取り組みを進めていきたいと考えている。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ライフサイエンスヘルスケア / スポーツビジネスグループ
マネジャー 太田 和彦
シニアコンサルタント 長谷川 弘一
(2025.1.23)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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