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主な総合商社の資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応
Industry Eye 第95回 商社セクター
2023年3月に東京証券取引所が行った「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」の要請に関連して、東証対応の前から長年にわたり多様な事業ポートフォリオを構築・管理している総合商社の事例を整理し紹介します。
1. はじめに
東京証券取引所(東証)では、2023年3月にプライム市場およびスタンダード市場の全上場会社を対象として、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」(東証対応)を要請した。
実施にあたっては、取締役会が定める経営の基本方針に基づき、経営層が主体となり、資本コストや資本収益性を十分に意識し、持続的な成長の実現に向けた研究開発投資・人的資本への投資や設備投資、事業ポートフォリオの見直し等の取組みを推進することが期待されている。東証対応の以前から総合商社では、長年にわたり多様な事業ポートフォリオを構築・管理していることから、本稿では、東証対応を踏まえ総合商社の取組みについて整理し紹介する。
3. 総合商社のPBR、ROE、資本コスト
総合商社の資本コストは一般的に高いといわれている。実際に、株式市場における総合商社に対する評価を確認したい。東証対応において、重視されることが多いPBR(株価純資産倍率)とROE(自己資本利益率)は、以下の関係性が成立する。
PBR(株式時価総額÷簿価純資産)
=ROE(当期純利益÷簿価純資産)×PER(株式時価総額÷当期純利益)
=ROE÷(株主資本コスト-期待成長率)
図表2、図表3のとおり総合商社のPBRは他業界に比して高くない一方で、ROEは他業界を上回っている。これは前述の関係式を前提とすると株主資本コストが高いもしくは期待成長率が低いということになる。
この点、総合商社は、日本の産業に必要な資源を確保するため、資源の権益投資という資源価格(市況)にリターンが左右されボラティリティが高い事業も行っていることなどから、資本コストが相対的に高くなっている可能性がある。
また、総合商社の高いROEは、後述するように資本効率を意識した利益の積上げや有利子負債を活用した財務レバレッジなどにより、利用している資本対比で高いリターンの水準を達成できていることを示している。
(図表2)
(図表3)
データソース:東京証券取引所のプライム市場に上場している各社の公開情報、SPEEDA、S&P Capital IQ。2024年12月26日時点の株価終値および発行済み株式総数(自己株式調整済)、2024年12月26日時点の各社が公表する最新の連結純資産、2024年度の予想当期純利益(コンセンサスまたは会社予想)により、異常値の会社を除いて単純平均
4. 東証対応の実施例
統合報告書、決算説明会資料、中期経営計画などの公開情報をもとに、主な総合商社の事例を以下にて紹介する。
収益力強化
各社では、既存事業の収益性の強化や、赤字事業の改善・削減、よりROEの高い成長投資の拡大、事業・資産ポートフォリオの戦略的な入替えなどが実行されている。また、投資時のハードルレートの設定に加え、投資後のモニタリングを強化し明確な撤退基準も採用している。
例えば、住友商事株式会社では競争優位を存分に発揮しNo.1を目指せる成長事業を、経営資源の重点配分を通じて強化するといった収益力強化を行っている。1また、伊藤忠商事株式会社は「利は川下にあり」としてより消費者に近い川下のビジネスを積極的に開拓・進化させている。2三菱商事株式会社では、戦略的な事業ポートフォリオの入替えを行い事業や資産を売却している。また資本効率向上の取組みとして要求利回り未達や低成長事業として位置づけられた80社の売却の内、24年3月末時点で約50社が売却済みもしくは売却目途を付けている。3三井物産株式会社では「IRR10%以上(前提:米ドル、税後)」など具体的なハードルレートや会議体別の決裁金額基準、ポートフォリオレビュープロセスや実際のレビュー数、リサイクル実行数、政策保有銘柄数、売却キャッシュインや売却益を開示するなど、ポートフォリオ経営を強く推進している。4
このように各社では、実施している事業のROEがその事業の資本コストを上回るように事業の強化や新規投資を実行し、ROEが資本コストに見合わない事業は撤退を検討するなど、各社とも自社の強みがあり差別化できる領域での収益力強化を追求していることが開示資料から確認することが出来る。
資本政策や財務政策
外部格付けを意識して財務健全性を確保しつつ、多くの総合商社が累進配当を導入し安定的で予見可能性の高い配当方針を採用している。
なお、豊田通商株式会社では「商社として借入金を増やしてレバレッジを利かせるべき」という視点に立てば、現状の0.48倍というネットDEレシオはやや低いとも考えているとし、現状よりもレバレッジを利かせることを示唆しつつ、適正にコントロールすることを目的とし、このネットDEレシオを重要指標として管理している。5
上記のとおり、財務健全性を確保しつつ借入金なども活用することでROEを高めることが総合商社の経営戦略上、明確に意識されている。また、累進配当などにより株主還元を強化しつつ、成長投資のための原資を確保する株主還元方針等も、東証の「資本コストや株価を意識した経営」が実践されていることを示すものと考えられる。
資本コスト低減
各社は、ガバナンス体制の強化、収益力強化の箇所で触れた事業投資のリスク管理の改善、サステナビリティ推進も背景にした情報開示の拡充等による経営の透明性強化などの施策を並行して実施することにより、資本コストの低減を図っている。
ガバナンス体制の強化の一例として、双日株式会社は24年6月に監査等委員会設置会社に移行しているが、これは取締役会から業務執行取締役・執行役員への権限委任を進めることで意思決定の迅速化を図るとともに、取締役会の監督機能を強化することが狙いの一つであるとしている。6
また、株主資本コストを開示している総合商社は多くないものの、ROE目標数値はいずれの総合商社も開示しているほか、統合報告書などによる価値創造プロセスの説明、サステナビリティ情報についての制度開示・任意開示を近年拡充してきている。
丸紅株式会社は統合報告書について、企業価値向上ストーリーをより分かりやすくするため、「稼ぐ力の継続強化」「ROEの維持・向上」および「株主資本コストの低減」を軸に、中長期的な企業価値の向上を目指すという内容に沿った構成にしている。7三菱商事株式会社は、「MCSV Creation Forum」(インベスターデイ)における投資家・アナリストからの質疑応答について統合報告書に掲載するなど、ステークホルダーとの対話強化について開示している。8
5. おわりに
総合商社は東証対応にかかる取組みを従前より実施しているが、総合商社という事業形態や参画セクターが多様・多面・複層的であるため、今後もより丁寧に分かりやすい対応や開示が求められるものと考えられる。また、高いリターンを維持したうえで、資源価格の変動や大型投資の不調などに起因する業績の大幅悪化への耐性がある事業ポートフォリオを維持することは継続的な課題であり、急速かつ大幅な外部環境の変化や不確実性の高まりも念頭において戦略的に対応する必要がある。
本稿では東京証券取引所の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関連する総合商社の取組みの実施例について触れてきたが、こうした総合商社の対応がさらに前進することで、総合商社が世界・日本の経済社会の発展に引き続き寄与することを執筆者一同は願っており、デロイト トーマツが提供する価値がその一助となれば幸いである。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
商社セクター
パートナー 松本 一則
ディレクター 道田 茂貴
マネジャー 三塚 智史
コンサルタント 荒畑 達
(2025.1.23)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
1 住友商事株式会社「新中期経営計画」2024年5月2日、住友商事株式会社「統合報告書 2024」
2 伊藤忠商事株式会社「経営方針 The Brand-new Deal」2024年4月3日
3 三菱商事株式会社「2023年度決算および2024年度見通し 説明会資料」2024年5月2日
4 三井物産株式会社「統合報告書 2024」
5 豊田通商株式会社「統合報告書 2024」
6 双日株式会社「監査等委員会設置会社への移行および取締役会議長等の決定について」2024年6月18日
7 丸紅株式会社「統合報告書 2024」
8 三菱商事株式会社「統合報告書 2024」