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M&A人事の俯瞰図と概要

M&A人事 第1回

M&Aには種々の領域があるが、本シリーズでは中でもM&A「人事」領域について紹介する。今回はM&A人事の概要を人事デューデリジェンスと人事PMIに分けて解説する。

1.M&A人事の俯瞰図

M&Aには種々の領域があるが、本稿を含む次回以降においては、中でもM&A「人事」領域についてご紹介したい。そもそもM&A人事とは人材マネジメントの視点から見たM&Aである。ここには、M&A人事領域の一切合切が含まれることになるが、大きくは(1)人事デューデリジェンス(人事DD)と(2)人事PMI(Post Merger Integration)に分けることができる。

そして、後者は、デューデリジェンス直後からクロージングにかけてのプレ・クロージングと、クロージングを起点としたポスト・クロージングのPMIに分けられる。先ずはM&A人事の詳細な体系を俯瞰図としてご紹介する。

M&A人事の俯瞰図

出典:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社作成 

2. 人事デューデリジェンス

(1) 人事デューデリジェンスとその必要性

そもそも人事デューデリジェンスとは、M&Aの局面において、対象会社や事業の人事労務の実態を把握し、取引にあたっての人事上のリスク等の有無を分析するために行う調査をいう。一般のデューデリジェンスとの対比では、リスク等の把握だけでなく、先のプロセスであるPMIを見据えた調査を実施する点が異なる。近時は経営幹部のリテンション、スタンドアロン・イシュ-対応、シナジー対応等、難易度の高いPMIが多く発生しており、その意味でも人事デューデリジェンスの必要性は高まっている。


(2) 人事デューデリジェンスの目的と類型

デロイト トーマツ グループでは人事デューデリジェンスの目的を、(1)ディールキラーの分析、(2)バリュエーション項目の分析、(3)その他のリスク項目の分析の3つに整理している。そして、これに対応する形で、人事デューデリジェンスをリスク抽出型と現状分析(PMI分析)型の2つに分類し、両者を併行して実施している。

(3) 人事デューデリジェンスの対象

第1に、一般的な人事デューデリジェンスの対象として想定されるのが、広義の人材マネジメントである、ガバナンス、基幹人事制度、人材フロー、労務管理に加えて、人員構成や人件費を含む範囲である。第2に、人事機能や人事組織である。これは、主に事業買収案件や、グループ企業の一部子会社を買収する場合に必須となる領域である。人事機能が本社やグループのシェアド・サービス会社によってまかなわれており、対象会社または事業に含まれない場合に、追加で必要となる人事要員や人事ITシステムの利用状況など、TSA(Transition Service Agreement)としてカバーすべき対象を分析が必要となるからである。第3に、限定的なケースではあるが、組織風土を範囲に含めることもあるが、ここでは説明を割愛する。

(4) クロスボーダー案件での人事デューデリジェンスにおける留意点

デューデリジェンスの実施において留意すべき点が渉外的要素の有無である。基本的なデューデリジェンスの考え方については、国内もクロスボーダー案件も大きく異なるものではないが、いくつかの領域では、海外と国内とで前提や慣行が大きく異なるため、特段の留意が必要となる。欧米を視野に入れると、次の4つの領域、すなわち、株式報酬制度、経営者リテンション、福利厚生制度、その他案件の執行によって発生する一時金(例えば、ゴールデンパラシュート)の正確な理解、およびディールによる影響の把握が特に重要といえる。

3. 人事PMI

(1) 人事PMIの整理

PMIについては種々の視点からの整理が考えられる。そこで、どのように全体を整理するのが最も妥当といえるかであるが、少なくとも、「グローバルでの共通事項と固有事項(例えば、各国の労働法制・慣行等のローカル性の高い事項)を整理するべき」との要請、および、「理解しやすい構成にするべき」との要請を重視するのであれば、(1)案件ストラクチャー毎に内容を整理し、その上で、(2)M&Aの流れ(時系列)に沿って統合内容とプロジェクト・マネジメントの双方に言及するのが妥当だと思われる。

(2) 人事PMIの対象事項・内容と案件ストラクチャー(日本の場合)

会社分割
会社分割においては、労働条件が承継会社に原則として承継されることになる。そして、人材移管については従業員の個別同意が不要となる。そのため、従業員保護の手続への配慮が重要となる。7条協議(労働契約承継法7条)、労働組合との協議(承継法6条2項参照)、5条協議(改正商法附則5条1項)等が典型である。また、労働契約承継法やそれを受けた厚労省の指針と整合した施策を実施することが必須となる。

事業譲渡
事業譲渡においては、従業員を移管するにあたって対象者各人からの個別同意が要求される反面、会社分割のような労働条件に対する縛りは無い。ただ、実際上は労働条件の同等性を担保しない限りは個別同意が取れないのが通常であることから、同等性の担保が大きな争点となる。また、事業譲渡においては対象事業のスタンドアロン問題が顕在化することが多いことから、人材の移管や制度面だけではなく、対象事業の人事機能の有無等に着目する必要がある。

合併
合併時には原則として合併当事会社全ての人事制度が存続会社等に承継されることになる。とはいえ、そのまま制度を併存させたのではシナジー効果を高めることは困難である。そのため人材マネジメント全般の統合が最大の争点となる。そこでの統合の対象には基幹人事制度に留まらず、旅費規程、出向規程等の従たる制度に加え、労働時間等の狭義の労務管理も含まれる。
 

(3) 時系列

プレ・クロージング
―計画立案

プレ・クロージングとポスト・クロージングの大きな違いはプレ段階では対象会社は依然として買手の外にあるのに対して、ポスト段階では対象会社が買手の傘下にあるという点である。それに対応して、プレ段階で実施すべき事項とポスト段階で実施すべき事項にズレが発生する。すなわち、プレ段階は買手が主体となって(あるいは主導して)クロージング後の計画を立案する段階(クロージングまでの計画も含む)であるのに対して、ポスト段階は買手と対象会社が一体となって計画を執行する段階といえる。ただし、プレ段階においても、Day1 readiness対応、経営幹部等のリテンションや従業員コミュニケ-ションについては計画だけではなく執行まで実施しなければならない。

―経営幹部等のリテンション
経営幹部等のリテンションのポイントは、対象者が買手傘下に入っても良いと思えるだけのオファーを出せるかどうかである。しかも、単なる金銭的な条件だけではなく役割責任、レポートラインといった広い意味での条件も重要である。また、そもそも誰をリテンションの対象者とすべきか、さらに、対象会社との交渉においてはそもそも買い手としてのリテンション戦略の構築・伝達が重要となる。

―従業員コミュニケーション
リテンションと関連するのが従業員コミュニケーションである。M&Aの局面では適切な情報を適切なタイミングで開示しないと従業員に無用な不安を与えることになりかねない。そこで、買い手が対象会社と歩調を合わせつつ、コミュニケーションを図る必要がある。

―Day1 readiness
また、対象会社がクロージング直後から円滑に事業を継続運営するためのDay1 readiness対応も重要である。「給与が支給される体制が整っている状態」がその典型である。その際、TSA(Transition Service Agreement)の有効活用についても検討する必要があろう。
 

ポスト・クロージング
ポスト・クロージングにおいては、Day Nプラン(典型的には90日、100日、150日)を粛々と執行することになるが、実施事項は短期的なものと中長期的なものに分かれる。前者の典型が買手の現地法人と対象会社の福利厚生ベンダー等の統一や人材交流施策の実施(グローバル・モビリティー・ポリシーの策定)である。後者の典型が買手の人事関連制度と対象会社の制度の統合、それを受けたオペレーションや人事組織の統合である。制度、オペレーション、組織の統合によって事業戦略が達成しやすくなるだけでなく、ガバナンスを高め、コストを削減することまで可能となる。

また、規模の大きな欧米企業を買収した結果、日系企業自体がM&Aを契機としてグローバル化を図るケースも出てきている。

 

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
執行役員 村中 靖

(2016.01.25)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

執筆者 

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