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なぜクロスボーダーPMIは成功しないのか ~ 人事的観点からの考察

M&A人事 第2回

前回はM&Aにおける人事を俯瞰した。第2回目の今回は、なぜクロスボーダーPMI(Post Merger Integration) が成功しないのか、人事的な観点から考察したい。

PMIの成功の定義とその実現に向けた2つの段階(Issue Free Day1とValue Up)

はじめに、PMIの成功とは何かを定義したい。ここでは、PMIの成功を、「1+1=2を超えて、M&A実行当初に想定していた価値を創出できている状態」と定義して話を進めたい。その定義に従えば、PMIは、「1+1=2の状態をキープする段階」、別の言い方をすれば、何事もなくDay1と呼ばれる取引実行日を迎える段階(「Issue Free Day1を迎える段階」)と、「買い手と対象会社の価値の総計が1+1=2を超えて、新たな価値創出を実現する段階」、別の言い方をすれば、「Value Upの段階」の2つの段階に分けて整理することができる。前回紹介したM&Aのスケジュールの観点からは、Day1までが前者の「Issue Free Day1を迎える段階」であり、Day1以降が後者の「Value Upの段階」、となる(正確には、Day1以前からもValue Upを検討すべきであるが、ここでは簡素化のために、Day1以降がValue Upの段階であると整理している)。

第一段階であるIssue Free Day1にあたっては、人事の観点からは、社員コミュニケーションとスタンドアローンイシューの解決がメインであり、どちらかというと手続きやタスクをいかに効率的にこなすかという視点が強い。つまり、デューデリジェンスの時点で、Day1に向けてどのような課題が起こるか、という仮説をたてておき、それを一つひとつ丁寧に対応するためのプランを作成、実行していく、ということになる。

なお、スタンドアローンイシューとは、対象会社が、これまで属していた企業グループから外れ、単独(スタンドアローン)での事業運営を必要とされる場合に生じる諸問題である。具体的には、(1)グループ福利厚生制度が喪失するため、新規に代替が求められる、(2)間接部門が企業グループのシェアード・サービス会社によってカバーされており、新規に間接機能を構築、もしくは売り手である企業グループとTSA(Transition Service Agreement)を締結することで、一定期間、間接機能のサポートを受けなければならない、(3)経営陣や重要な従業員がグループ企業から出向の形式で派遣されてきており、取引後に帰任が想定されるため、代替を検討する必要がある、等、一言で言えば、売り手である企業グループから提供されるサービス等が喪失することによる諸問題である。スタンドアローンイシューは大抵、Day1までの解決が求められることから、時間的な制約がタイトであり、厄介である。

一方、第二段階であるValue Upを人事の観点から実現するためには、対象会社の新たな(通常はこれまでよりもアグレッシブな)事業計画の達成を動機付けるとともに、対象会社も含めた全社的な適材適所により、買い手も含めた生産性の向上、効率化を図らなくてはならず、第一段階であるIssue Free Day1と比べると相当難易度が高い(補足すると、第一段階も案件によってはそれなりに難易度が高い)。

誤解を恐れずに言えば、日系企業によるM&Aの多くは、第二段階を十分に実現できていないのが実情なのではないだろうか。例えば、ある日系メーカーが、ある海外企業を買収したときに、対象会社の事業上変化があったのは、一部のオフィス用品が買い手メーカーの製品に切り替わったことだけだった、というケースもある。この例に代表されるように、日系企業は、良い言い方をすれば、対象会社の「事業独立性を維持」、皮肉な言い方をすれば、「放置」していることも多い。それでは、第一段階であるIssue Free Day1を迎えられても、第二段階であるValue Upを実現することは難しい。本稿では、第二段階であるValue Upをいかに実現するかに焦点をあてたい。

Value Upを実現するための課題(1):事業計画実現のための、対象会社経営陣との“握り”の弱さ

では、Value Upを実現するにあたり、日系企業の課題は何だろうか。これまでの当社におけるコンサルティング経験から、大きく2点あると考えている。1点目は、対象会社の事業計画実現のための、対象会社経営陣との“握り”の弱さである。言うまでもないが、対象会社がこれまでと同じ経営をしていたのでは、シナジーを創出してValue Upを実現することはできない。つまり、対象会社の経営陣には、Value Upを前提とした新たな事業計画を実現してもらう必要があるが、そのためには、3つのポイントがある。

1つ目のポイントは、M&A後の事業運営とその計画について、出来るだけ早い段階から対象会社の経営陣と膝詰めの議論を行うことと、PMIでの買い手責任者の関与である。しばしばデューデリジェンスの最終局面から対象会社の経営陣を巻き込むケースが見られるが、早い段階からの関与が肝要である。また、次に重要なポイントは、この時に対象会社の経営陣と議論を行った買い手側の責任者と担当者が、M&A後のPMIにも同様に関与することである。現実には、両者が断絶するケースも散見される。その場合、M&A後のPMIの責任者と担当者にとっては、「他人が決めた事業計画だから・・・」と、コミットメントが薄れることとなってしまうし、対象会社の経営陣にとっても、膝詰めの議論を行った相手がいなくなってしまって、「話が違う・・・」となりやすい。

2つ目のポイントは、役割・責任・権限の明確化である。対象会社の経営陣がどのような権限を有し、仮にその権限を越える場合、誰がどのように意思決定をするのか、といった事項は、経営を行う側にとって極めて重要な基本要素である。日系企業の場合、日本人同士、グループ内のやりとりにおいては、阿吽の呼吸や暗黙知によって、誰が何を担っているのか、意思決定者は誰か、タブーは何か、がなんとなく共有されているケースも多い。当然、このような阿吽の呼吸や暗黙知は対象会社の経営陣には通用しない。実際に、「誰が何を決めるのか良く分からない。判断基準が良く分からない」といった理由で、キーとなる経営幹部が離職してしまうような事態も発生している。それでは、事業計画の達成など、夢物語であろう。

3つ目のポイントは、事業計画と連動したインセンティブの設計である。日系企業の場合、経営陣のインセンティブは全社のプロフィットシェア型となっている例も多いが、グローバルでは、一般的にターゲット型と呼ばれるインセンティブがよく用いられている。全社利益の配分であるプロフィットシェア型と比べ、ターゲット型のインセンティブとは、経営者が管掌する事業について、事業年度ごとの目標を定め、その目標に対する達成度でインセンティブの金額を決めるものである。それぞれ良し悪しがあるが、M&A後の局面においては、特定の目標達成に向けた動機付けがより強いターゲット型の方が合理的と考えられる。

いずれも、ポイントは、「鉄は熱いうちに打て」である。M&Aから時が経てば経つほど、これらの取り組みは実現しにくくなり、対象会社の経営陣にとって、「なぜ今さら・・・」となってしまうのである。

Value Upを実現するための課題(2):グローバルな人材マネジメントを実現するためのインフラの欠如

Value Upを実現するための2点目の課題は、対象会社を含めたグローバルな人材マネジメントを実現するためのインフラの欠如である。

例えば、Value Upのためには対象会社の在庫管理の仕組みを改善する必要がある場合、その専門性や経験を有する人材が社内のどこにいるのかを把握し(場合によっては日本ではなく、海外にいるかもしれない)、異動させたり、プロジェクト化しなければならない(もしくは、逆のケースで、対象会社の在庫管理の仕組みやノウハウを買い手側に移転するようなケースも考えられる)。それを実現するためには、特に買い手側において、(1)誰が何をやっているのかという仕事の定義が明確に定められていること(典型的には、職務ベースの等級制度を有していること)、(2)人材の専門性や経験が情報として蓄積されていること、(3)それらの情報をグローバルで一元管理し、検索できる人事データベースがあること、が必要である。つまり、一言でいえば、グローバルな人材マネジメントが出来る体制なのか、ということである。

ここで述べているグローバルな人材マネジメントは、M&Aを多く経験しているグローバル企業では、(巧拙は別として)当たり前のように実践されている。翻って、多くの日系企業は、海外売上高が過半を占めているケースも多いように、事業はグローバル化している一方、人材マネジメントの観点からは、日本と海外、もしくは各国(法人)ごと、といった形で分断されており、グローバル化が十分に進んでいないのが現状だ。つまり、グローバルの人材マネジメントを実現しようとしても、それを効率的に実現する術を持っていないと言える。

とはいえ、例えば、日本では一般的な新卒一括採用、ローテーション、職能ベースの運用などは、欧米とは根本的に考え方が異なっているように、人材マネジメントは国固有の事情も大きく、ファイナンスのように各国共通の言語がないため、グローバル化は容易ではない。

しかしながら、ここ数年、大型のM&Aなどを契機として人事のグローバル化に取り組んでいる企業が少しずつ増えているのもまた事実であり、中長期的には、その取り組みが差を生むのではないだろうか。この点は、また別稿で詳しく述べていきたい。
 

以上

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
シニアマネジャー 河野 通尚

(2016.02.22)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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