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人事デューデリジェンスを進める上でのキーポイント

M&A人事 第3回

本シリーズ 第2回ではクロスボーダーPMI(Post Merger Integration)を成功に導くポイントについて考察した。今回は、PMIを考えるにあたってベースとなる人事デューデリジェンス(DD)を行う上でのポイントについて解説する。

人事DDを進める上でのキーポイント

人事DDを進める上で重要なポイントは、およそ次の2つに集約される。第1に、人事DDの有用性を理解し、必要な案件において確実に実施することである。第2に、案件パターンや人事DDのニーズを踏まえ、重要と考えられる項目を網羅的に調査することである。なぜ、この2点がキーポイントになるのかを次項より詳細に見ていこう。

なお、DDは買い手側に立って実施される場合(バイサイドDD)と、売り手側によって実施される場合(セルサイドDD)があるが、本稿では買い手側によって実施される手続きを指すものとする。

人事DDの目的

人事DDを実施する目的は、他のDD領域と同じく、第一義的には、ディールキラーとなり得る項目や、バリュエーションへの影響を調査することにある。加えて、人事DD特有の重要な目的として、PMIを見据えたリスクの有無や現状把握が挙げられる。案件によっては、買収契約書が結ばれると、直ちにプレ・クロージングにおける人事関連の手続きや、ポスト・クロージング期に向けた準備に取り掛かる必要がある。加えて、買収後のシナジー計画を達成するための人事上の諸施策についても検討を進める必要がある。一連の検討や手続きをスムーズに進めるためには、DD段階でPMIに向けたリスクや、対象会社の現状を把握することは不可欠である。

一方で、DD自体の必要性という観点からは、財務DDや法務DDと比較して、同程度に必要とは言えない。例えば、国内企業の株式譲渡案件であり、被買収企業に過去数年にわたりマイナー出資を行っており、かつ人材交流も盛んであるケースなどは、人事関連のイシューについておよそ把握できている場合が多いため、改めてDDを行う必要性は低いと言える。

人事DDが必要とされる案件パターン

では、人事DDの必要性が高い案件とは、どのような案件であろうか。大きく分けて、次の4つのケースが当てはまると考える。まず1つめのケースに、役員・経営幹部、あるいはその他のキーとなる人材の引き留め(人材のリテンション)が取引の成功に大きく影響する場合である。特に、被買収企業の対象事業の特性を理解し、オペレーションを行うための人材が自社内で確保できない場合は、対象会社が雇用する人材に一定程度依存せざるを得ない。海外、特に米国の場合、被買収企業の経営幹部には、買収を契機としたゴールデンパラシュートの支給や、保有株式の買い取り(あるいはストックオプションの権利行使)などの取り決めがある事が多く、買収後に幹部が離反するケースも散見される。DDの段階から、こうしたリスクを把握し、適切なコミュニケーションや人事上の諸施策を検討していくことは、買収を成功に導くためには必要となる。

2つめのケースに、海外企業の買収、あるいは国内企業であっても、海外でのビジネスが事業上大きなウェイトを占めている企業を買収するケースである(クロスボーダー案件)。特に、被買収企業が事業展開している主要国・地域に対する知見が少なく、買収後の事業運営を被買収企業に依存する場合は、当該地域における人事上のリスクを適切に把握しておくことが望ましい。労務管理や労使間の関係性、福利厚生制度等は、各国の法制や歴史に大きく影響を受けるため、日本の「常識」が適用し得ないケースがほとんどである。また、同じ欧州でもドイツとフランス、イタリアでは労使協議会1の位置づけが異なるなど、国レベルでの差異が人事管理上影響を及ぼすこともある。

3つめに、案件ストラクチャが事業買収である場合、あるいは、企業グループ内の特定の法人(あるいは法人群)を買収するケースである(カーブアウト案件)。このようなケースでは、親会社からの出向者が一定階層以上の主要ポストを占めていたり、福利厚生や人事機能が買収対象ではない組織から提供されていたりと、買収後に、対象領域が独立してオペレーションを行うことができない(いわゆるスタンドアロン・イシューが存在する)ケースが多い。イシューに対する対応策を契約書にて適切に担保する、あるいは、実務的に手当していくためには、人事領域の調査が極めて重要となる。

4つめに、部分的であれ、対象会社との統合、買収後の構造改革を考えているケースである(統合・構造改革)。日本国内に限らず、企業や組織の再編にあたっては各国の法制度に沿って、適切な手続きを踏むことが重要となる。また、合併の場合は労働条件の同等性を担保する必要性があることから、人事制度上の差異を明確にした上で、新会社の制度体系を構築することが必要となる。買収後の組織再編がある程度明確である場合は、こうした背景を踏まえて調査を行い、再編を行う上でのリスクや手続きについて明らかにしておくことが望ましいと言える。

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労使協議会とは、企業の経営や事業に関して、企業経営者と労働者が協議を行う機関

人事DDの調査項目

前項までで、人事DDの必要性についてはご理解いただけたと思う。ここでは、人事DDの調査項目について見ていく。人事DDの調査項目は、以下の8つに分類される。

図表1:人事DDの調査項目 参照

第1に、対象領域の人員構成や人員推移である。全体の人数だけでなく、年齢・勤続年数・雇用区分・所属といった細かな観点からも調査を行う。第2に、ガバナンス機能および経営幹部・キー人材である。リテンションを検討すべき重要な人材の有無についても初期的な分析が行われる。第3に、人件費である。買収後の総額人件費の水準把握や、報酬水準の市場比較等が該当する。第4に、労使関係である。労働組合の有無や関係性、労使間のトラブル(訴訟・争議・ストライキ等)の有無などが含まれる。第5に、労務管理や労働契約である。いわゆるコンプライアンス上のイシューや、労働協約・労使協定・就業規則・個別労働契約などを分析する。第6に、人事制度である。基幹人事制度の根幹をなす報酬制度に加え、福利厚生や年金など財務的なインパクトの大きい制度についても分析を行う。第7に、人事機能である。人事オペレーションの観点で必要となるコスト(人件費、外注費、システム費用等)や、人事サービスの提供体制について見ていく。第8に、組織文化である。従業員と経営陣との関係性や、理念の浸透具合について調査が行われる。

人事DDを行う場合、一般的には、上記8項目について、リスクの有無を網羅的に調査することで、人事領域におけるリスクと対処方法を適切に把握し、価格や契約、PMIでの手続き面に反映させていくことが可能となる。

図表2:案件パターンに応じた重点調査項目 参照

ただし、DD期間や前述の案件パターンによって力点や調査の粒度を変えるなど、よりリスク・フォーカスな分析を行うこともしばしばある。

なお、通常、人事制度と組織文化を除く項目については、他の領域とも密に連携をとって進めることになる。具体的には、人員構成やキー人材についてはビジネス(一部、知的財産)、労使関係・労務・契約関係は法務(一部、税務)、人事機能はIT、全般的にコストインパクトのある項目については財務と連携して調査を行う。

過去3回の記事では、M&A人事の一般的な内容を紹介した。次回以降は、買収案件で頻繁に登場する業界や国・地域について、M&A人事の留意点を見ていく。


本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

図表1:人事DDの調査項目

出所:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社作成

図表2:案件パターンに応じた重点調査項目

出所:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社作成

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
マネジャー 上林 俊介

(2016.03.28)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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