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M&Aを成功に導く人事のあり方とはー製造業編ー

M&A人事 第4回

本シリーズ第3回までではM&A人事を俯瞰的に捉え、その全体像、ならびにDD(Due Diligence:デューデリジェンス)とPMI(Post Merger Integration)の概要と課題について述べてきた。今回は、ビジネスと人事の関係性に着目し、実際のケースを踏まえながら、M&Aにおける人事部門のあり方について考察する。

製造業におけるM&A人事

数ある業種の中で、M&Aの件数や規模の観点から製造業を、架空の会社の事例を交えて解説する。一口に製造業といってもいろいろあるが、今回紹介する2つの事例は、世界的に事業を展開している企業同士のディールであり、世界各地に工場を有している機械メーカーという点においては共通している。しかし、各々のビジネスが置かれている事業環境や将来性、成長が見込める地域などは、各事例で異なっている。なお、特に断りのない限り、各事例は買い手側の視点に立って記述している。 

ケース1:A社のケース

案件の概要

A社は日本に本拠を構える機械メーカーで従業員は4,000人を数える。A社は日本・アジアを中心に売上げを順調に拡大していたが、欧米、特に欧州においては他のメーカーの後塵を拝していた。買収の検討対象となったのはドイツに本拠を構えるB社で、A社と同種の製品ラインを有しており、従業員数はA社の半数程度であったが、欧州を中心に築いた強力な販売網により、特にA社のブランド力が強くない地域において、売上げの大半を上げていた。
買収の目的は欧州における販売網の獲得と製品ラインの拡充であった。一方、両社で重複する機能も多かったため、買収後には重複機能の見直しが徹底して行われた。特に、中国に両社の製造拠点が存在したことから、早い段階から構造改革の必要性について、議論がなされた。
 

人事DDの概要

人事DDにおいては、買収に係るリスクを網羅的に抽出することに主眼が置かれた。中でも、経営幹部やキー人材に関しては、今後の事業成長をけん引していける人材かどうかという点について、マネジメントインタビューでの受け答えや過去の職歴等によって厳しくチェックされた。また、両社の製造拠点が置かれる中国においては、買い手側の厳しい目線が注がれ、労務リスク、人件費管理、人材の流動性(採用・離職)について細かなチェックが行われた。通常こうしたディールにおいて、本拠地がある国以外で精緻なデューデリジェンスが行われることは稀であるが、サイトビジットなどを通じて事業環境や労働慣行をつぶさに観察し、自社工場との比較を通じて、想定される課題が洗い出されていった。
 

PMIに向けた課題と対応策

人事DDの結果を踏まえてPMIの戦略および具体的な施策が練られていった。特に、人材面では買い手のガバナンスを効かせるべく、監査役会(Supervisory board)1および執行役会への役員の派遣や、主要なポジションの補佐役として社員を出向させるといった「人によるガバナンス」の強化が検討された。

DD中に厳しいチェックが行われていた経営幹部・キー人材については、売り手・買い手ともに評価が高かった3名に対してリテンション・ボーナスの支給が検討され、実際のパッケージも設計された。

また、中国については、人事DDを通じて判明した、人件費管理のずさんさや人材の流動性の高さが問題視され、工場管理に大きなメスを入れると共に、最終的には買い手側の工場との統合・再編が検討されるに至った。
 

実行体制

DDの初期の段階から人事部門が積極的に案件に関与し、現地調査を含むDDとPMIの全てのプロセスに参加した。事業部門や企画部門と密接に連携をとり、買収後のビジネス展開を見据えたリスク調査や施策の提言を行った。

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1, 監査役会:ドイツの株式会社に設置が義務付けられている会議体で、ドイツにおけるコーポレートガバナンスモデルの特徴。主な業務は業務執行の監査と助言、執行役の選任・解任であり、監査役には従業員の代表が含まれる。 

ケース2:X社のケース

案件の概要

X社は日本に本拠を構える機械メーカーで、従業員は10,000人を超える大企業である。主に日本・アジアを中心に売上を上げており、工場の大半をアジア各国に移している。買収対象のY社は米国に本拠を構える従業員規模2,000人程度の会社で、米国・アジア・西欧に跨って製品の製造と販売を行っている。複数の商品セグメントを有しており、X社とは異なるセグメントを有していることから、互いの強みを補完できる案件として社内でも期待の大きい案件であった。

買収の目的は、商品セグメントの拡充ならびに両社の技術の組み合わせによる品質向上や新たな商品の開発にあった。従い、ケース1で見たような構造改革は行わず、むしろ両社の強みをいかに融合させるかという点に重きが置かれていた。


人事DDの概要

情報開示が限定的であったこともあり、買収に際しての大きな瑕疵の有無の特定が人事DDの焦点となった。特に、本取引を契機として支給される多額のゴールデン・パラシュート2、未積立の退職給付債務、キー人材の離反が課題として取り上げられた以外には、目立った課題は発見されなかった。
 

PMIに向けた課題と対応策

DDで課題となったゴールデン・パラシュートについては、支給対象となった経営幹部との合意に基づき、受給の権利を放棄する代わりに、リテンション・ボーナスの原資とするように契約が変更された。これには、キー人材の離反を防ぐ効果もあり、非常に有効な施策として、経営からも評価された。

また、DD期間中に情報が入手できなかった分、PMIでは繰り返しワークショップが開催され、双方の経営幹部体制、人材マネジメント方針、人事部門の組織体制、人事制度といった分野ごとに細かな現状の確認がなされていった。中でも、人事機能の脆弱さは、今後の事業運営に支障をきたす恐れがあることが判明した。

現状を理解した後は、両社の強みの融合に向けた人材交流、技術移転、管理部門の部分的統合といったテーマについて、人事の観点からさまざまな施策が講じられた。一部の法人や工場では、買い手側から派遣された社員が社長やそれに類する重要なポジションに就くこともあった。また、人事機能が脆弱であったY社に対しては、X社から人材の派遣やシェアードサービスの共通利用などが行われ、機能の強化が図られた。
 

実行体制

ケース1と同じく、DDの初期の段階から人事部門が案件に積極的に関与した。DD中は、サイトビジットやマネジメントインタビューにも同行し、人事の観点から経営・事業部門に対してさまざまな提言を行った。買収後も前述のゴールデン・パラシュートに係る契約の変更を含め、ワークショップの実施やその後の施策の実行において大きな役割を果たした。

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2,  ゴールデン・パラシュート:主に欧米の企業において、買収や上場等のイベントを契機として、役員や経営幹部に支給される多額のボーナスを指す。各イベントのみを起点とするボーナスと、離職時に支給されるセベランス形態の2パターンが存在する。 

まとめ

過去3回の記事では、M&A人事の領域を俯瞰的に紹介してきたが、実際の局面を見ると、人事への期待値は案件によってさまざまである。今回は類似の業種・事業のディールを取り上げたが、買収の目的やビジネスを取り巻く環境などに左右され、人事の取り組みが全く違うものになることがご理解いただけたと思う。

重要なのは人事がM&A局面で経営あるいは事業部門と対等に議論し、今後の事業成長に必要な施策を検討し、実行することである。これは、製造業に限った話ではなく、全業種に共通して言えることである。今回取り上げた事例では、人事部門に対する経営・事業部門の信頼が厚く、また人事部門もビジネスに対する理解が備わっていたが、弊社がご支援したケースにおいてもこうした事例は多くない。

M&Aを成功に導くために、人事は極めて重要である。本稿がこれからの人事のあり方を再考する一助となれば幸いである。
本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
マネジャー 上林 俊介

(2016.04.22)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

執筆者 

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