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M&Aにおける制度統合 ~統合検討にあたり理解しておくべき3つの観点~

M&A人事 第7回

本稿では、日本企業によるクロスボーダーM&Aにおいての人事関連諸制度の統合の現状とその是非、および実際に統合を検討するにあたり理解しておくべき観点について述べる。

制度統合

好むと好まざるとに関わらず、グローバルな活動における成功のためには、グループ内の人的資源を最大限に活かすことがますます不可欠になっていくのは論を俟たない。そのために必要であれば、人事関連諸制度の統合はためらわずに進めることが求められる。しかしながら、2016年現在、日本企業によるクロスボーダーM&Aにおいて、買手グループと対象会社の制度を統合することはそう多くはないようだ。本稿ではその背景と統合の必要性を問う主要な視点、および実際に制度統合を進める対象の考え方について述べる。

1.人事制度が統合されない背景

日本企業による海外企業・事業の買収が当たり前になって久しいものの、買収に伴って人事関連の諸制度を自社グループのものと統合することはまだ稀である。その背景としては、日本企業側に、対象会社から合わせるべき仕組みや制度が整備されていないことや、PMI(Post Merger Integration)においてクイックにビジネス面でのシナジーを出すことに注力し(それは正しいのだが)、グループ全体でさらに人材を活用する視点が生まれにくいことが挙げられる。後者は特に、組織の深化に伴い権限が事業部に委譲され、事業部主導でM&Aが進められることでなおさら多くみられるようになっている。

ただ、競争の激化による自社のグローバル化の進行や、ディール目的を高度に追求することそのものが、上記の状況の中でも制度の統合を促す動きとなりうる。次の項でその構造を述べる。 

2.統合の必要性を問う主要な視点

(1) 企業のグローバル化の段階

M&Aにより買収した企業の、買手企業グループにおける位置づけ、「異端さ」の度合いが、諸制度の統合の是非に大きく影響する。クロスボーダーでの買収経験が少ない企業においては、買収した会社はほぼグループ内の異端者として扱われる。海外に多く進出している企業であっても、最初から人員を派遣して自社の文化を根付かせやすい、現地法人設立を主な進出手段として拡大してきた企業(海外進出している日本企業の多くがこれにあたる)では、M&Aにより買収した会社はやはり異端となる。

株主となった以上、買収した会社の諸制度を自社の他法人の制度に合わせることは不自然ではないが、日本企業の制度に無理に合わせることで、買収した会社の文化と衝突し、強みを削ぎ、結果として誰もM&Aの果実を得られない可能性も高い。このような場合は通常、制度の共通化は無理のない範囲で行うのみとし、大部分は統合せずに維持して、人材も個別に管理することとなる。なかなか制度統合が行われない典型的な構造がこれである。

一方、世界規模で競争が激しい業界にあり、各地でそれぞれ競合に負けないポジションに到達したり、急成長を実現したりする必要がある企業においては、自力での海外進出に加えてグローバルでのM&Aを繰り返すこととなる。このようなグループにおいて、買収した企業の数だけ人事制度を放置している状況では、各社に散らばる人材の特色を網羅的かつ正確に把握することはできず、人材活用においてライバルに対して非効率を抱えることとなり、結果として不利な戦いを強いられる。この認識に至ると、日本における人材確保の困難さが増していることと相まって、日本企業においても日本人だけで要職を占めることの不利を補うために人事諸制度を統合して有能な人材を明確に発見し、登用できるようにする仕組みの整備に取り掛かることとなる。実際の組織階層別の人事権を本社、地域統括会社、各社のどこに持たせるかは事業と競争の規模や性質によるが、人材の基礎情報を共通のものさしで測れるようにしておくことは、人事施策構築の前提として求められる。そして場合によっては、日本の本社の人事諸制度にも変革を求めることにつながる。
 

(2)ディール目的

買手グループが持つ事業(の一部)と競合する企業、すなわち同業他社を買収する場合、買手側企業と対象会社が同じ地域に属していれば、処遇や評価内容も類似しているはずである。このような場合には、制度統合を検討する余地が大きいと言える。また、買手としてグループ内に有しているサプライチェーン機能を補完・拡充するために販売会社、物流会社、製造会社等を買収する際も、同一機能の範囲内で人事諸制度を統合し、優秀な人材をより大きな責任の範囲で活躍できるようにすることが、人材の活用の高度化につながる。

一方、対象会社とともにビジネスチャンスを拡充する形のシナジー実現を狙って(本業の周辺業種であっても)明らかに異業種を買収する場合は事情が異なる。この場合は対象会社と買手との違いや対象会社独自の強みがシナジーの源泉となり、そこで求められる人材は多くの点で買手企業のそれと違うことが多い。したがって、無理に制度を全般的に共通化するよりも、互いの人材をそれぞれの業務にエンゲージできる制度を維持する方がよいことが多い。特にR&D(Research and Development)のための買収、自社にない技術や人材を獲得するための買収、およびビジネスモデルそのものを手に入れるための買収においてはなおさら、対象企業の人材のモチベーションを阻害しないような環境を整えることが重要であり、自社制度に不満を持っていない限り買手の制度に急激に合わせることは大きなリスクを伴う。

PMIにおいては、むやみに人事制度の統合を目指すのではなく、自社と対象会社の置かれた状況やタイミングをもとに、制度統合の是非やスケジュールを検討されたい。

3.統合を進める対象の考え方

人事制度を統合するにあたっては、対象法人、組織階層および制度項目という大きな3つの観点から対象を検討して進めることが求められる。

(1) 対象法人

統合対象とする法人の検討においては、上記「2.統合の必要性を問う主要な視点」にて述べた軸のほかに、地域という軸も入れて検討する。ヨーロッパならヨーロッパ、中東なら中東という、各社ビジネスが想定するそれぞれの市場範囲においてそれに適合した地域統一の人事制度の適用が考えられる。市場における対象会社ビジネスの優位性を維持しながら、グループ全体での一体感を持てるような制度の建付けをあらかじめ用意しておき、PMIをスムースに開始できるようにしておくことが望ましい。
 

(2) 組織階層

対象会社がグループ内でどのような位置づけを持つのか、他のどのグループ企業と同格なのかが定まると、対象会社の階層別の人材のマネジメントの所管も決まる。そのうえで、下位者の位置づけに応じて、ある階層以上においてグループ内他社の人材と比較できるように制度を統一することが求められる。対象会社の幹部層においては、責任・権限の範囲の限定や、幹部としての特別な報酬水準を認めないなどの措置を行うと、リテンション上の問題が発生するため、むやみに変更することは難しい。しかしそれ以外の制度に関しては、統一した枠組みの中で運用し、場合によって適時適切な人材を配置できるようにすることも、ガバナンスの観点も踏まえ選択肢の1つとなる。

本社人事、地域統括会社あるいは各事業部/カンパニーの人事、および各社人事でのタレントマネジメントの構造・範囲を踏まえ、買収した会社の人材を対象とする制度を整える必要がある。
 

(3) 制度項目

統合のために各社の人事諸制度を変更する際には、タレントマネジメントの観点のほかに、変更への抵抗の強さ(あるいは許容性)、エンゲージメントやリテンションへの影響、そしてコストへの影響などを加味して、どの制度項目を変更の対象とすべきかを総合的に検討することが必要となる。

最も行いやすい統合の1つとして福利厚生制度の統合があるが、この分野とて、米国従業員のように非常にセンシティブにみられる場合もある。等級や評価の改定、統合は買手グループの一員としての一体感醸成につながる可能性もあるが、もともとのブランドに誇りや思い入れのある従業員にとっては、報酬が変わらなかったとしてもデモチベーションになりうる。また、報酬や福利厚生の改定はコストに直接効いてくる。それぞれの影響をビジネスの視点から総合的かつ慎重に分析・議論のうえ、最大のシナジーを実現する制度統合のプランを検討することが求められる。

まとめ

上記3つの観点すべてにおいて言えるのは、日本企業本体の制度を他のグループ企業と同様な制度と合わせることの難しさである。M&Aは、この難しさを乗り越え、組織風土や技術などの本社が持つ強みの源泉の活用と、グループ全体から優秀な人材を登用するメリットを両立させるための諸制度統合検討を行う大きな契機となりうる。PMI段階において感じられる人材マネジメント上の課題は、企業が別のステージに成長するための貴重なシグナルかもしれず、大切に取り扱い、解決後の飛躍につなげられたい。

 

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
シニアマネジャー 宮崎 貴洋


(2016.07.25)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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