ナレッジ

クロスボーダーM&Aを契機とした組織のグローバル・ガバナンス

M&A人事 第9回

日系企業が海外の会社/事業の買収を加速化させて久しいが、買収先のマネジメントに苦慮しているケースが散見される。今回は、M&Aを契機にどのように組織のグローバル・ガバナンスを推進すべきかを概観していきたい。

日系企業が海外の会社/事業の買収を加速化させて久しいが、買収先のマネジメントに苦慮しているケースが散見される。以前の記事「なぜクロスボーダーPMIは成功しないのか ~人事的観点からの考察」にて述べたように、実際には経営を従前の経営陣に任せ、これまでと変わらない経営を行っているようなケースも多く、Issue Free Day1(=何事もなくDay1と呼ばれる取引実行日を迎えること)は実現できても、1+1=2を超えたValue Up(=シナジーの実現)までは至っていないのが実情であろう。同記事において、Value Upの要諦は、対象会社/事業の経営陣との“握り”と、グローバルな人材マネジメントであると述べた。マネジメントとは、すなわち、どのようなガバナンスを行うか、と言い換えることもできる。今回は、M&Aを契機にどのように組織のグローバル・ガバナンスを推進すべきかを概観していきたい。

グローバル・ガバナンスの3つの段階

グローバル・ガバナンスにはどのような分類があり得るのだろうか。大きく3つの段階があると考えられる。

第一段階は「人によるガバナンス」で、対象会社/事業に出向者を送る手法である。出向者を送ることには、素早く、最低限のガバナンスを実現できるというメリットがあるが、出向者の位置付け(レポートライン、権限、インセンティブ)が明確化されないケースも多く、効果は限定的である。対象会社/事業の経営陣としても、出向者に何を報告・相談すれば良いのか分かり難いし、出向者としても、レポートラインに組み込まれない限りは、得られる情報・できる意思決定には限界がある。とはいえ、買収会社側からすると、「何かやっている感」を早期に醸成できるので、割と好まれている手法と言える。

第二段階は「ルールによるガバナンス」で、決裁権限を変える、経営者のインセンティブ(報酬)を変える、といった手法である。何をするにはどのような承認が必要なのか、何をすれば賞与につながるのかを明確化することにより、上述の「人によるガバナンス」よりも強固なガバナンスを実現することができる。とはいえ、対象会社/事業とは、会社としての背景も、考え方、働き方も異なるなか、決裁権限やインセンティブだけでは、思った通りに動いてくれるかというと不透明である。
実際には、文書として規定化できないような局面でこそ、難しい舵取りを迫られることも多いと想定される。多くのM&Aにおいては、この段階にとどまっているケースが殆どであろう。なお、「ルールによるガバナンス」の発展形として、「価値観によるガバナンス」がある。買収会社に脈々と受け継がれる考え方や価値観、手法を、100日プランのような形で、対象会社/事業に浸透化させることによってガバナンスを図るものであり、一部のM&A慣れしたグローバル企業において実践されている。

第三段階は「組織によるガバナンス」で、レポートラインを変える手法である。レポートラインとはすなわち人の評価や報酬決定、任免を行う権限である(人事権といっても良い。日系企業においては人事権が人事部門にあるケースも見受けられるが、海外企業は人事権が現場にあるのが通常である)。対象会社/事業とのシナジーを最大化するには、国や法人をまたいでさまざまな施策を実行していく必要があり、時として対象会社/事業の現状のやり方を大きく変えるようなケースも出てくる。その時に、よほど強力なトップダウンがない限り、レポートラインがつながっていない人に対して、対象会社/事業の個別事情とコンフリクトするような内容を受け入れてもらうのは至難の業であろう(特に欧米の場合、人事権を握っていないと非常に難しい)。よって、レポートラインを変えることは重要な意味を持つが、同時に、対象会社/事業との関係だけではなく、買収会社の仕組み自体にも影響を及ぼす可能性もあるため、この段階まで進めるにはハードルが高いのもまた事実である(誤解のないように補足すると、レポートラインを変えることは必須ではない。レポートラインを変えなくても、会社や法人をまたいだ施策を実行することは可能である。ただ、その実行難易度が高くなる、という整理である)。従って、ハードルを乗り越えるに値する便益が期待できることが重要である。例えば、事業が国境(や法人)をまたぎにくい(国による規制が非常に強い)ような業種では、レポートラインを変えることによる便益を得るのは難しいであろう。

 

第三段階「組織によるガバナンス」を進めるうえでのソフト面とハード面のハードル

さて、Value Upの最大化のためには「組織によるガバナンス」が必要である、と仮定したうえで、それを進めるにあたってのハードルは、ソフト面とハード面に整理できる。
まず、ソフト面については、レポートラインの変更は対象会社/事業のみならず、買収会社の組織にも影響を及ぼし得るため、さまざまな利害関係者からの心理的抵抗が想定されること、そして背景や国が異なる同僚と働く難しさの2点がハードルとして挙げられる。前者について、例えば人事部門を考えてみよう。レポートラインを変えるということは、対象会社(並びに買収会社の子会社)の人事部門は、これまで各社の経営層へレポートしていたところ、本社人事部門にレポートすることを意味する。これまでのレポート先であった各社の経営層からすると、部下をとられたような感覚が生じてもおかしくない。後者については、日系企業が伝統的に重視する、あうんの呼吸、コンセンサス重視の意思決定などは、いずれも海外(特に欧米)からすると理解が難しい側面もある。よって、文化的背景の異なる人とレポートラインでつながると、言語面のみならず、基本的な思想の面で相応のコンフリクトが生じることを覚悟しなければならない。

続いて、ハード面については、評価制度やグローバル・モビリティ(国をまたいだ人の異動をサポートする仕組み)、システムなどがハードルとして挙げられる。例えば、レポートラインが国や法人をまたいでつながったとしても、評価基準が異なっていては、なかなか上司・部下ともに納得のいく評価をするのは難しいと考えられる。また、日本(本社)と米国(対象会社)の担当者が一緒に欧州に出張したときに、宿泊できるホテルのグレードやフライトクラス、日当などが異なると、些末なこととは言え気になるものである。ハード面のハードルは、決定的なノックアウト要素とはならないが、不自由が生じるのも事実である。

実例からの示唆 ~ソフト面のハードルを克服する

ここでは、M&Aを通じてグローバル化を実現している企業の例をみながら、「組織によるガバナンス」の実現に向けてどのような手法が採られているのかを考察したい。A社は、もともと日本におけるトップメーカーであったが、ここ10年の間に米国、欧州において大規模な買収を行い、結果としてマネジメントが多国籍化している企業である。良し悪しはあるが、「組織によるガバナンス」を実現している数少ない日本企業の一社と言える。ハード面のハードルは技術的な側面も多いため、ここではソフト面のハードルに絞って話を進めたい。ポイントは2点ある。

1点目は、トップダウン、並びに欧米の文化環境を上手く利用して進めることだ。前述のように、レポートライン変更は現場への影響を伴うため、現場からの心理的な抵抗が想定される。人事部門を例にとると、これまで法人の社長にレポートしていたものを本社人事部門にレポートするというのは大きな変化である。当社のコンサルティング経験上、これに対する最も激しい抵抗は、実のところ日本側(買収会社側。つまり買収会社の国内子会社など)から出てくると想定される。欧米の場合、人事部門が法人社長ではなく本社人事部門にレポートするのは、決して珍しいことではないが、日本においては伝統的に各社の人事部門は各社の経営陣にレポートするのが通常だからである。この抵抗を突破するにはボトムアップでは難しく、トップダウンで推し進めるほかない。また、やや戦術的だが、日本語、日本の文化環境で議論するのではなく、英語、欧米の文化環境で議論するのも有効である。日本語、日本の文化環境で議論をすると、「これが当社らしさだ」、といったような、ややもすると論理性の欠ける主張に発展する場合もある。英語、欧米の文化環境、すなわち、日本人だけではなく、海外の人も一緒に議論することにより、言語化できないような主張を排除することができ、感情的な議論を回避しやすくなる。

2点目は、海外の主要メンバーを一定期間日本に住ませ、仲間に引き入れることだ。先に、ソフト面のハードルのひとつは背景や国が異なる同僚と働く難しさであると述べた。特に、欧米的な考え方と、日本的な考え方では、なかなか擦り合わないことも多く、遠距離、顔の見えないコミュニケーションでは尚更である。そこで、A社では、対象会社の一部のメンバーを半年間日本に駐在させ、顔をあわせて毎日仕事をすることでお互いの理解を深めることを実践していた。これは2つの点で効果的である。まず、買収会社側に招くことにより、買う側、買われる側、という心理的な壁を緩和できる。加えて、特に欧米の人にとっては理解の難しい日本的な考え方を体験してもらうことができる。百聞は一見に如かずではないが、体験することは何事にも代え難い経験となるのである。


以上

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
シニアマネジャー 河野 通尚


(2016.09.23)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

記事全文[PDF]

こちらから記事全文[PDF]のダウンロードができます。
 
[PDF : 152KB]

関連サービス

M&Aに関する最新情報、解説記事、ナレッジ、サービス紹介は以下からお進みください。

M&A:トップページ

 ■ M&Aアドバイザリー
 ■ M&A人事
お役に立ちましたか?