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クロスボーダー・カーブアウト案件の成功を左右する人事の取り組み

M&A人事 第10回

本稿では、人事領域において難易度が最も高いスキームと言えるクロスボーダー・カーブアウト案件を取り上げ、その種類とリスク、対応策について解説する。

カーブアウト案件とは

本稿では、クロスボーダー・カーブアウト案件を取り上げる。カーブアウト案件とは、売却対象となる法人あるいは事業を含む企業グループから、一部の法人あるいは事業のみを買収する案件である。経営管理・事業運営に必要な機能が一部移転されないケースも多く、売却対象となる対象範囲の設定や、売却後の対象法人(事業)に対する売主グループの関与によって、スタンドアロンイシュー1が起こりやすい。従って、デューデリジェンス段階でスタンドアロンリスクを特定すると共に、PMIにおいてそれを解消するための諸手続きを進めていくことが必要となる。加えて、海外の企業(あるいは事業)を買収する際は、日本とは異なる労働慣行や法制にも注意を払う必要がある。クロスボーダー・カーブアウト案件は、人事領域において難易度が最も高いスキームと言えよう。


1 スタンドアロンイシュー:買収領域を自律的に運営していくために必要なリソースや基盤等が不足すること。
 

カーブアウト案件の種類とリスク

一口にカーブアウトと言っても、領域の切り出し方によって、大きくは以下の3つに分類される。

第一に、グループカーブアウトである。企業グループから、一部の法人(群)のみを売却する。ストラクチャーとしては株式譲渡だが、(1)企業グループとして一体的に提供されているグループプランからの離脱(主に長期インセンティブや年金・保険等)、(2)出向者の帰任に伴うポジションや機能の不足に係るリスク、(3)人事サービスなどコーポレート機能の継続性に係るリスクなどが生じる。不足する人材・制度・機能をどのように補てんするかが、人事担当者にとっての大きなイシューとなる。

第二に、事業譲渡である。対象会社の一部の事業のみを売却するため、売却対象となる範囲が法人として必要な機能を揃えていないことも多い。前述のグループカーブアウトの論点に加え、(4)従業員の移管手続きと転籍不同意に伴うリテンションリスク、(5)受け皿会社の設立(あるいは買い手グループの既存法人での受け入れ)に伴う処遇面でのリスクなどが生じる。事業譲渡の際の手続きは、関連法制や人事慣行によって国ごとに異なるため、拠点ごとに要件を確認し、適切なプロセスを設計することが重要となる。

第三に、リバースカーブアウトである。前述の二つとは少し趣が異なり、買収後、買収範囲の一部の法人あるいは事業を売主グループ(あるいは共同投資家等の第三者)に譲渡する形態である。リバースカーブアウトが発生する場合、買収対象は法人であり、形態も株式譲渡であるケースが多いため、一見買い手としては大きなイシューがないように見える。しかしながら、カーブアウト先に対するリバースTSA2,3を行う必要が生じるケースや、双方の事業領域に関与するいわゆる「Shared Employees」の帰属関係を整理する必要があるなど、協議すべき項目は少なからず存在する。特にリバースTSAは、契約の内容によっては、相手先にサービスを提供するためだけに人員を確保しなければならないケースもあり、費用面等で適切な水準設定を行わなければ、買い手側が損害を被る事態も想定される。

2 TSA:Transition Service Agreementの略で、買収完了から一定期間、買収元(売主等)のサービスを継続して利用するための契約を指す
3 リバースTSA:通常のTSAとは逆で、買主が売主等の第三者に対して、買収完了から一定期間、買収対象企業(事業)のサービスを継続して提供するための契約を指す

 

日系企業にとってクロスボーダー・カーブアウト案件が難しい理由

ここまでは、カーブアウト案件の概要や種類について見てきた。ここからは、クロスボーダー・カーブアウト案件に係る課題や解決策についてお伝えしたい。

クロスボーダー・カーブアウト案件が、人事にとって難易度が高い形態であることは先に述べたとおりであるが、とりわけ日系企業にとってはその傾向が顕著である。理由としては、以下の3つが考えられる。

まず、そもそも海外の人材を管理するための土壌がない点である。日系企業は「日本人」を中心とした経営管理体制に慣れており、特に経営幹部・管理職等に海外の人材を起用するための仕組みや環境が整備されていないケースが多い。例えば仕組みの点では、海外での幹部報酬ガイドライン・ポリシーなどが未整備であったり、制度はあってもマネジメント層を惹きつけるには不十分であったりする。一方、環境の面では、そもそも文化や宗教などが異なる人材と協業する経験が少なく、長らく阿吽の呼吸でビジネスを進めてきたため、必要なコミュニケーションを省略しがちである。結果、海外の従業員との間に無用な軋轢を生み、双方にフラストレーションをためる事態になることもある。

次に、被買収法人や事業を受け入れる受け皿がない点である。そもそも日系企業の海外拠点は、現地企業を統合する受け皿とするだけの器がなく、例えば、制度やサービスの面で、日本人出向者と少数のナショナルスタッフ(現地雇用者)を雇い入れるためだけに効率化されていることも多い。制度やサービスが未整備である場合、買収した法人や事業、とりわけ、スタンドアロンイシューが多く存在するような対象法人・事業を受け入れるためのセットアップコストがかさみ、結果的に買収効果を得るためのリードタイムが欧米先進企業と比較して長くなることは否めない。

さらに、上記のような制度・環境の整備の立ち遅れは、買収後のシナジーが発揮しづらい一因ともなっている。日系企業は、グローバルでの経営管理システム、あるいは被買収企業の拠点国内での共通のプラットフォームを持たず、法人内に閉じた経営管理がなされているケースが多いため、そもそも企業や事業の枠を超えてシナジーを生み出す行動様式が定着していない。この点、欧米先進企業では、法人という枠に囚われない、グループ・グローバル一体型の経営管理が基本である。買収企業の統合においても、いわゆるハード面でのイシューはさほど大きくない為、人材活用におけるシナジー発揮や、組織文化の統合といった、いわゆるソフト・イシューに注力できる強みを有している。
 

クロスボーダー・カーブアウト案件への備え

日系企業がクロスボーダー・カーブアウト案件を経て買収効果を高めていくためには、M&A局面といった特別な時期ではなく、平時の環境下で、仕組みの整備を進めておくことが肝要である。整備のポイントは、以下の3つに大別される。

一点目は、グループ・グローバル・ガバナンス体制の構築である。特にグローバル経営幹部の報酬の見直しや、人事管理に係るルール作りがポイントとなる。報酬面では、日系企業への中長期的な貢献を維持すべく、海外の経営幹部にとって魅力的な報酬プラン、とりわけ、中長期インセンティブの設計・導入を図る必要がある。また、人事管理の観点からは、本社へ連なるキャリアパスの構築や、枢要なポジションへの積極的な登用についても可能ならしめる仕組みを導入することが望ましい。

二点目は、法人の枠に囚われない、グループ・グローバル一体型の人材マネジメント体制を整備・促進することである。せめて同一国内の企業については、一体管理が可能な共通の制度・機能を整備しておくなど、企業グループの範囲をこれまでより広く捉え、仕組みの共通化を図ることで、効果的な資源配分や、効率的な業務運営を実現することが可能となる。

三点目は、担い手の確保・育成である。とりわけ、海外の人材を効果的にリードし、組織としての力を高めていくためには、現地に精通するナショナルスタッフを確保・育成していくことが肝要である。日系企業は、現地法人のトップが日本人であるケースも未だ多いが、言語・文化・宗教等、人としての価値観を司る部分が全く異なる人材をマネジメントすることは、どれだけ言語が堪能であっても難しい。それゆえ、ナショナルスタッフによるラインマネジメントの強化を行うことで、組織全体の底上げが可能となる。

以上

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー 上林 俊介


(2016.10.25)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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