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あるべきM&A人事~デューデリジェンスからポストPMIまで

M&A人事 第12回(最終回) ~総括~

第1回のM&A人事では、M&A人事の時系列での全体像を示した。そして、第2回から第11回では人事デューデリジェンス、人事のグローバル化、PMI(Post Merger Integration)など数多くのテーマを展開させてきた。最終回となる本稿では、M&A人事の総括として、トレンドを交えながら、あるべきM&A人事についてご紹介したい。

1.はじめに

第1回(2016年1月)のM&A人事の俯瞰図では、M&A人事の時系列での全体像を示した。そして、第2回から第11回(同年2月から2017年1月)では人事デューデリジェンス、人事のグローバル化、PMI(Post Merger Integration)など数多くのテーマを展開させてきた。

本稿では、M&A人事の総括として、トレンドを交えながら、あるべきM&A人事についてご紹介したい。ここでのメッセージは、M&A人事はその一連の流れを逆算の発想で実施すべきであるという点にある。すなわち、PMIはディールの目的や達成したいゴールを意識したものでなければならないし、それに先行する人事デューデリジェンス(人事DD)はPMIを意識したものでなければならない。
 

2.M&A人事の目的

そもそもM&A人事の目的はビジネスのM&Aの局面での成功を人事面から担保することにある。そうだとすると、先ずは、ディールの成功の結果としてのゴールを設定し、それを実現するための戦略・戦術を描き、やるべきことを各M&Aステージに割り振る必要がある。同時に、リスクを早い段階で把握し、これを低減することも重要である。海外で買収した企業が数百億円、場合によっては数千億円単位で減損処理されるケースが報道されているが、こういった会社の存続に影響を与えかねないリスクを低減するためにもM&A人事は重要な役割を担う。
 

3.ディール目的の把握

M&Aの成功はM&Aの目的と表裏一体である。そのため先ずは、何のためにM&Aを実施するのかを明確化する必要がある。そのためには対象会社のビジネスに加え、買い手のビジネスを明確に理解したうえで当該M&Aの目的、狙いを正確に理解しなければならない。例えば、新規事業への参入、特定のエリアにおける販路を確保するため、あるいは、ブランドを向上させるなどである。

 

4.ゴールからの逆算

ディールの目的、狙いを把握したら、次いで、クロージング後一定期間(例えば3年間)経過後のビジネス上のゴールを設定する必要がある。そして、そのゴールから逆算する形で、人事上のマイルストーン、および、それぞれのマイルストーンを達成するためにすべきことを洗い出すことになる。仮に、ディール目的やゴールが明確でない場合には、一定の仮定を置くことになる。

ここでのマイルストーン設定の軸となるのが、DD、DDからSPA(Stock Purchase Agreement:株式譲渡契約書)などのD/A(最終合意)までのプレ・クロージング、D/Aからクロージングまで、クロージングからDay1もしくはDay2までの各段階である。

では、ディール目的によってPMIの注力ポイントないしDD上の留意点にどのような差異が生じるのか。

 

図表1:買収目的別PMI注力ポイントとDD上の留意点(例)

買収目的(例)

注力すべき人事PMI領域(例)

DD上の留意点(例)

買い手:低価格帯から中価格帯の装飾品(A、B)メーカー

対象会社:欧州の高価格帯の装飾品(A)メーカー

目的: 高級ブランド路線に舵を切り、A事業について収益性を高める

  • (ブランド価値の維持が主眼となるため)リテンションとガバナンスが主眼となる
  • キー人材の特定、経営幹部報酬
  • 会議体、レポートライン
  • グループ会社に対するガバナンスの状況
  • 人事情報の集約状況

買い手:異業種(精密機器メーカー)からのメドテック領域への参入組

対象会社:欧州の医療機器メーカー

目的:自社の弱い領域を補うとともに、欧州における販路を確保する

  • 経営幹部のリテンション
  • 安定的な生産の維持
  • 営業職の動機付け(買い手の製品も売ってもらう)
  • 技術者相互の交流
  • キー人材の特定、経営幹部報酬
  • 労使関係
  • グローバル・モビリティー・ポリシー(対象会社による受け入れポリシー含む)

買い手:機器メーカー(欧州と米州が中心)

対象会社:アジア、中東に強い機器メーカー(非上場)

目的:アジア地域における営業の強化

  • 経営陣の一部の入れ替えによる混乱の回避
  • ガバナンス
  • 管理職以上の人事制度の統合
  • (DDと同時並行で)秘密裏に実施するタレント・アセスメント
  • バックグラウンド・チェック
  • 会議体、レポートライン
  • グループ会社に対するガバナンスの状況
  • 人事制度全般

出所:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社作成 

 

5.人事デューデリジェンス

人事DDにおいては、上記のとおりディール目的やPMIへの配慮が不可欠である。加えて、人事DDのそもそもの目的であるディールキラー(およびこれに準じるリスク)の発見、バリュエーション項目の洗い出し(そしてその定量化)、その他リスクの抽出が不可欠である。ビジネスに着目すると、バリュエーションの中の事業価値(EV:Enterprise Value)の算定根拠となる事業計画に反映される事項(典型的には、要員・人件費)の精査がポイントとなる。同時に、負債性項目(Debt Like Item)も重要であり、CIC(Change In Control:経営権移行)に伴う一時金(例えば、CICないし解雇を引き金とする経営幹部への一時金、ストックオプションのアクセラレーションに起因した買取に伴って発生する一時金)、労働条件の同等性担保に伴って発生するコスト、スタンドアローン化によって発生する採用コストなども重要となる。

 

6.人事PMI

プレ・クロージング

クロージング一定期間経過後のゴールから逆算でDay1、Day2のイメージを策定し、そのためにクロージングまでにすべき事項を取りまとめることが重要である。プレ・クロージング時は買収に係る最終合意が締結されてはいるものの買収そのものが確定していない段階であるから、買い手が主体となってDay1プラン(Day1に向けたプラン)やDay Nプラン(クロージング後のブループリント)を策定することが中心となる。ただし、リテンション・プランの策定やコミュニケーション・プラン(対顧客、対従業員のコミュニケーション施策)については単なる「計画」ではなく実際の「執行」が求められることに注意を要する。

リテンションについて逆算の点から補足すると、リテンションの必要性の入念な検討ということになる。日系企業は異業種を買収する場合はもとより同業種であっても長期のリテンションを基本とすることが多い。ディール目的、ゴールに照らすと必ずしもリテンションが必須とは言えないケースがある。後に解雇することになり、かえって面倒なことになったり、短期的に繋ぎ止めれば十分だった人材を退職に促すことが難しくなるというケースも少なくない。ゴールからの逆算で、経営幹部の要不要を早期にあたりをつけるということも場合によっては重要であろう。また、安易なステイボーナス(Pay To Stay)ではなく、KPIと連動したインセンティブ(Pay To Perform)を基本に据えるべきこともリテンション戦略の基本と言えよう。
 

ポスト・クロージング

ポスト・クロージングにおいてはDay1ないしDay Nプランを対象会社を巻き込んだうえでの執行が求められる。そのためには、人事ブループリントを対象会社のマネジメントに対してしっかりと説明し、コミットしてもらうことが重要である。先方と合意した統合ブループリントと整合した人事ブループリントであれば高い確度でコミットメントを得ることができる。

ところで、ポスト・クロージングで最低限実施しなければならない事項としてガバナンスが挙げられる。図表1の装飾品メーカーの事例のように基本的に対象会社との統合を実施しないケースであっても、ガバナンスだけはおろそかにすべきではない。不祥事、不適切な行為を防止するための対象会社の権限の明確化(例えば、現地におけるM&Aの裁量範囲の明確化、本社によるディールのモニタリングの実施)、これらの行為を防止するためのインセンティブの仕掛け(例えば、不適切なM&Aを防止するためであれば、ROIC(Return On Invested Capital:投下資本利益率)などの効率性指標をKPIに入れる)が不可欠である。さらに、徹底した情報収集、端的には、現状の見える化が重要となる。人事面でのガバナンスについて言えば、対象会社の人事情報が集約され、かつ、買い手に見えるようにしなければならない。現地の経営会議はもとより指名・報酬委員会などの会議体での議論・結論が見えるようになっていることも当然であろう。不可欠な人材が流出してから本社の事業本部長に情報が上がってくるようではガバナンスが効いているとは到底言えない。さらに、対象会社の人事制度の統合→それによるオペレーションの統合→人事組織のレポートラインが本社に繋がっている状態もガバナンス上は重要である。

また、単に見える化するだけでは不十分で、重要事項については本社として迅速な対応が取れるような状態になっていることも必須である。そのためには、不当、不適切な行為について直ちにアラートが上がり、かつ、重要度に応じたエスカレーションの仕組みの構築が不可欠である。

ポスト・クロージングではバリュー・アップの視点も不可欠である。ディール目的やゴールを達成するためには通常なんらかのバリュー・アップを図る必要があるからである。対象会社の仕掛けを日本本社に移植する形でのグローバル化や、生産性の向上がここでの主要なテーマとなろう。


ポストPMI

最近よく使われるようになった言葉にポストPMIがある。これはDay1やDay2以降のPMIの必要性を指す用語である。すなわち、PMIの失敗などによって改めてPMIを実施しなければならないケースを指すことが多い。

上述のような逆算方式での適切なPMIを実施しているケースではポストPMIの問題が生じにくいが、単に買収しただけで適切なガバナンスの仕組みすら導入していないケースでは、対象会社が暴走し、減損に至るケースも存在している。こういったケースを防ぎ、前向きなポストPMIのためにもしっかりとしたPMIの実践が望まれる。

 

7.これからのM&A人事

日系企業においても、かなりクロスボーダーのM&Aの経験値が高まりつつある。今後は同業種の対象会社を買収する場面では、欧米を対象とする場合であっても、買収直後、すなわち、Day1の時点でCEOなどの経営幹部を入れ替えるケース(あるいは、現経営陣をあくまでも繋ぎとし、1年程度の任期に留める例)が増えてくると思われる。そのためには、DD段階での経営幹部のアセスメントが重要になる。また、M&A人事領域からは外れるが、買収対象をマネージできるグローバル人材の採用・育成・拡充が重要になる。

また、海外グループ会社へのガバナンスの重要性が飛躍的に高まりつつあり、特に、M&Aによって取得した企業の決裁権限の明確化、見える化が進むものと思われる。

 

8.M&A人事の俯瞰図

最後に、初回に掲載したM&A人事の俯瞰図を改めて紹介する。

図表2:M&A人事の俯瞰図
図表2:M&A人事の俯瞰図
※クリックして画像を拡大表示できます。

出典:デロイト トーマツ コンサルティング合同会社作成

 

本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ヒューマンキャピタル-M&A
パートナー 村中 靖


(2017.2.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。 

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