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世界のM&A事情 ~英国~

M&Aトレンドの背景を探る

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社の駐在員が、現地のM&Aの状況・トレンド、M&A交渉の際の留意点などをご紹介します。本稿では、Brexitの影響が不透明な英国におけるM&Aマーケットの動向や、スキームオブアレンジメント等について解説し、英国の今後の展望を考察します。

Ⅰ.Brexitの影響が見通せない状況のなか、引き続きUKのM&Aマーケットは堅調に推移

依然として、英国のEUからの離脱(Brexit)による影響の見通しが立たず、さまざまな不確実性が存在するなか、英国のM&Aマーケットは引き続き堅調に推移している。欧州最大の金融センターや製造業、テクノロジー・メディア・テレコム、不動産など多岐にわたる産業、国際化に有利な言語環境などを背景に、英国は引き続き多くの海外企業からの投資を引き付けている。2017年度のインバウンドディールは1030億USドルと、米国に次いで世界で2番目の規模を維持している。2016年の国民投票後におけるポンド安も、活発な海外からの投資を底支えする要因となっている。

Ⅱ.世界有数のビジネス環境を背景に、続々と有力ベンチャーが生まれる

世界有数の教育・研究環境や労働市場などを背景に、英国ではベンチャー企業のビジネス環境も非常に充実しており、ベンチャーキャピタルやアクセラレータプログラムの活動も非常に活発である。英国政府もInnovation Fundingを設立するなど、積極的にベンチャー企業へのサポートを行っている。米国に数では大きく劣るものの、近年イギリスからもDeliveroo、TransferWise、BenevolentAI、Darktraceなど多くのユニコーン企業が輩出されており、さらにそれがスタートアップ企業への投資を集める好循環となっている。大企業によるスタートアップ企業の買収も活発で、AppleによるShazamの買収、GoogleによるDeepMindの買収、FacebookによるBloomsbury AIの買収など枚挙に暇がない1

英国に限らず欧州におけるベンチャーキャピタルの資金供給は、現状アーリーステージに集中しており、シーズ段階の資金供給を行うベンチャーキャピタルが勃興する一方で、ベンチャービジネスがスケールしていく際のシリーズBにおける資金の出し手は、非常に限定的であるのが現状である。これは、ステージを問わず資金の出し手が充実している米国とは対照的である。一方で、ある程度事業のマネタイズが進み、DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法による価値評価が可能となるステージ以降においては、欧州においても、PE(プライベートエクイティ)ファンドなどを含め多くの資金の出し手が存在するため、欧州のスタートアップ企業からすると、シリーズBが最も難易度の高い資金調達フェーズとなっている。

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1. The Global Unicorn Club(https://www.cbinsights.com/research-unicorn-companies)等各社公開資料より
※外部サイトにリンクします

Ⅲ.日本企業の投資についても、英国は引き続き欧州市場を牽引

2017年の日本企業による海外投資件数は、北米241件、アジア221件、EMEA175件であった。同EMEA175件の国別内訳は、英国が最も多く42件、次いでドイツ25件、イスラエル15件、フランス14件と続いた。

製造業、コンシューマービジネス、テクノロジー・メディア・テレコム、エネルギーなど、多岐にわたる産業において日本企業のM&Aが活発であるのも、英国のひとつの特徴である。日本企業による英国企業のM&A案件を2011年から2017年までの7年間で見ると、合計件数は212件で、そのセクター別の内訳は、テクノロジー・メディア・テレコム77件、製造業72件、コンシューマービジネス23件、ファイナンシャルサービスセクター22件と続く2

また、電通によるAegisの買収(2012年)、三井住友海上火災保険によるアムリンの買収(2015年)、ソフトバンクによるARMの買収(2016年)、武田薬品工業によるシャイアーの買収(2018年)など、欧州最大の金融マーケットを背景に、大型案件も英国籍企業を対象としたものが目立つ 。

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2. レコフM&Aデータベースより

Ⅳ.多くの大型案件で活用されるスキームオブアレンジメント

こうした大型案件が多く成立する背景には、スキームオブアレンジメント(以下、スキーム)という英国会社法上の制度も一役を買っている。

日本企業のM&Aにおいても、100%買収による完全子会社化を目指すケースが多く存在するが、このスキームは端的に述べると、対象会社における株主総会での決議と裁判所の認可に基づき、機動的に完全子会社化を実現する制度である。具体的には、買収される企業の株主数の過半数、および議決権の75%以上の株主が賛成すれば、裁判所の認可により、買収者は反対株主も含めた100%の株式の取得を行うことが可能となる。
英国においては、もう一つテイクオーバーオファー(以下、オファー)による買収で完全子会社化を目指す選択肢も存在するが、少数株主を排除するスクイーズアウト実施には、90%以上の株式取得が要件となるなど、ハードルは低くない。

オファーよる買収は友好的買収である場合、最短で21日程度で買収を完了させることができるのに対して、スキームの場合は最短で8週間程度と、スピードの観点ではオファーに劣る(いずれも独禁法など他の法令上の許認可取得を要する場合にはさらに長期間を要する)ものの、前述のメリットから、先に挙げた日本企業が行った大型買収事例では、いずれでもスキームが採用されている。

なお、オファーが買収者による被買収企業の株主への提案であるのに対し、スキームは被買収企業側における手続きである点が大きく異なる。従い、スキームの適用は友好的買収に限られる。

Ⅴ.英国におけるM&Aの今後の展望

グローバルにみて、M&Aのトレンドはここ数年、コストシナジーを狙った案件から、トップライン(売上)を伸ばす目的の案件にシフトしてきている。背景には、コスト効率を追求することでの企業価値の向上に限界が訪れ、多くの大企業がトップラインを伸ばさなければならないプレッシャーに晒されていることがある。多くの企業はイノベーションを追い求め、外部とのオープンな連携によりイノベーションを創造しようと取り組みを続けている。

過去、革新的テクノロジーへの投資といえば、AppleやGoogleなどのテクノロジー企業が主役であったが、現在はテクノロジー企業に限らず多くの企業がコーポレートベンチャーキャピタルを設立するなどしてベンチャー投資を加速させている。日本企業も同様に、ベンチャー企業への投資を活発化しており、成長への活路を模索している。

英国ではBrexitを控え、当面見通しが不透明な状況が続くことが予想されるが、今後も英国がテクノロジーの発展をリードし、海外から多くの投資を惹きつけ、欧州におけるM&Aマーケットを牽引していくことを期待したい。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
ロンドン駐在 
作田 隆吉

(2018.10.17)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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