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世界のM&A事情 ~タイ~
足元の経済環境およびM&A動向
タイの足元の経済環境は明るいものではありません。しかし、タイ企業に対するM&A件数は底堅く推移しています。本稿では、最近のタイの経済環境やM&Aの動向に触れ、タイ特有のM&Aの困難性や対応策を解説します。
I.タイの経済環境
国家経済社会開発庁(NESDB)が公表した2019年のタイにおけるGDP成長率は2.4%と低成長にとどまった。また、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や水不足による農産物への影響などで2020年のGDP成長率予測が2.7~3.7%から1.5~2.5%に下方修正された。数値を見る限り、足元の経済環境は明るいとはいえないだろう。
一方、中長期的な展望に目を移すと、タイは投資政策である「タイランド4.0」で産業高度化を目指している。これまでタイランド1.0(農業)、タイランド2.0(軽産業)、タイランド3.0(重工業)を経てタイは成長を遂げてきたが、現在はイノベーション、高付加価値産業、先端技術等に注力している。過去、タイは安価な労働力をベースに成長を遂げてきたが、現在は経済成長が低迷する「中所得国の罠」が課題になっており、タイランド4.0が解決のカギを握っている。また、タイは東南アジア諸国の中で新興国にも関わらず、少子高齢化が進んでいる国であり、中長期的な成長には労働集約型産業からの転換が求められるだろう。
II.タイのM&Aマーケットの状況
タイ企業を対象としたM&A件数は2014年以降、年間60件前後で推移しており、M&A需要は底堅いといえる。国別にみるとタイへのM&A件数は日本が最も多く、次いでシンガポール、米国、マレーシアとなっている。
1 本稿ではM&A統計に「Mergermarket」と「レコフM&Aデータベース」を使用しているが、データベース別に統計の網羅性が異なる点にはご留意頂きたい。
タイは経済規模や所得水準が年々上がってきており、日本企業にとっては生産地ではなく、消費地としての魅力が少しずつ高まってきていると考えられる。実際にレコフM&Aデータベースを用いて、2000年-2019年間タイにおけるM&A案件を業種別に分類してみると非製造業の割合(件数ベース)が上昇している。(2000-2004年:42%、2005-2009年:60%、2010-2014年:60%、2015-2019年:70%)。
日本企業によるタイにおけるM&A件数はレコフM&Aデータベースによれば、2013年が30件とピークを記録し、2014年~2019年は14~17件と横ばいで推移している。この背景には、買収価格が高水準(為替影響も含む)である、優良企業の売り案件が少なくなっている、日本企業によるタイへの進出が一巡してきている、等の影響が考えられる。
また、タイバーツ高の影響で投資金額が高くなっていることも一因とみられる。日本企業にとってはタイ企業のM&Aを行う際の投資金額が為替影響分だけ高くなっている。タイバーツベースでの投資回収期間は為替の影響を受けないが、配当やエグジット時にタイバーツ安にトレンドが変わっていると再度、為替変動でマイナスの影響を受けることになる。
III.タイへの投資魅力
タイは国際協力銀行が公表する「海外直接投資アンケート調査結果」において過去10年間連続で中期的な投資有望国にランクインしている。
2008年から2012年は「安価な労働力」が有望としている理由の第2位になっていたが、タイにおける賃金上昇の影響により、現状は「現地マーケットの今後の成長性」、「現地マーケットの現状規模」、「第三国輸出拠点として」が上位になっている。一方でタイの課題として「他社との激しい競争」、「労働コストの上昇」が上位に位置している。多くの企業がタイに進出しており、競争環境が厳しくなっていることや、賃金上昇が統計にも表れている。なお、日系企業におけるタイからの撤退や再編の事例が公表ベースでも見受けられるようになっている。
IV.タイへの投資の困難性
タイ企業は日本企業と比較して意思決定のスピードが早いという特徴がある。また、意思決定者同士でのミーティングを好むため、日本企業としては意思決定者を連れての現地訪問や代理の方に意思決定権限を付与するなどの対応が必要になる。一方で、デューデリジェンスの段階でタイ企業の担当者は時間に対してルーズな場合があり、デューデリジェンスやバリュエーションで必要な資料が手に入らないという場面にも頻繁に遭遇する。
またデューデリジェンスの過程では二重帳簿が見つかることも多い。納税額を低くするために作成された帳簿であることが多いが、マネジメントが別に管理する帳簿との差異に関して突合が必要になる。そしてマネジメントが管理する帳簿が正しいとは限らず、適切に財務情報が管理されていないため、情報の信頼性は日本企業と比べると低いことが多い。
また、ディールブレイクになりがちなのが法令順守である。デューデリジェンスの過程で不正が見つかることもあり、内容に応じて是々非々で対応を検討する必要がある。法改正に未対応ということもあり、発見事項次第では法令順守のために新たな対応が求められるこということもある。法規制という面ではタイには外国人事業法が存在するため、タイへの投資の際には留意する必要がある。
為替も一部影響しているが、価格期待ギャップもタイへの投資の際に課題になる。売り手側であるタイ企業が売り手市場であることを認識していることもギャップが拡大している要因になっている。価格ギャップを埋められるような事業計画が描けるかどうかによって投資判断が分かれる。
V.最後に
タイにおけるM&A需要は底堅い。まだまだ優良企業で日本企業とのパートナーリングの可能性がある企業は存在する。タイにおいて買収を模索している企業は日本企業だけでなく、東南アジア諸国、中国、欧米企業など様々である。その中で優良企業とのM&Aを成功させるためには、タイでの戦略を検討し、タイ企業とどのような形で組んで価値を創出していくのかを明確化し、能動的にアプローチを行うことが重要となる。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
タイ駐在員 中山 博喜
作成協力:
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジー 兪 佳侃
(2020.3.2)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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