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企業における2020東京オリンピック・パラリンピック【前編】

約半世紀ぶりに日本の首都東京で開催される東京オリンピック・パラリンピックまで約3年と迫っている。アジア初開催となった64年東京大会では、新幹線の開通、首都高の完成と日本のインフラ整備が大きく進むとともに、多くの新ビジネスが誕生するなど日本にとって大きな転換点となったが、2020は日本にとってどのような大会となるのであろうか。

はじめに

約半世紀ぶりに日本の首都東京で開催される東京オリンピック・パラリンピック(以下五輪)まで約3年と迫っている。アジア初開催となった64年東京大会では、新幹線の開通、首都高の完成と日本のインフラ整備が大きく進むとともに、多くの新ビジネスが誕生するなど日本にとって大きな転換点となったが、2020は日本にとってどのような大会となるのであろうか。
東京都の試算によると、日本国内による経済波及効果(生産誘発額)は直接的効果が約5兆円、レガシー効果まで含めると約32兆円といわれている。(出所:東京 2020大会開催に伴う経済波及効果(試算結果のまとめ)、平成 29年4月、東京都 オリンピック・パラリンピック準備局)
世界の目が日本に向けられる中、各企業、自治体、官庁はこの機を最大に活用するすべを模索しているはずだ。
特に企業においては、スポンサー企業を中心にさまざまなアクティベーション戦略(プロモーションにとどまらず、スポンサーシップ権利を効果的に活用し投資効果を最大化する戦略)やプロモーション戦略を検討されていると思う。
今後企業は、五輪関連施策のエグゼキューションが本格化する中、五輪特有の難しさに直面するはずだ。
五輪は世界中の注目が集まるイベントであり、成功のメリットは大きい一方、失敗した際のリスクも非常に大きい。

五輪特有の難しさとは何だろうか。本レポートでは、
第一章:まず五輪の難しさを整理する。
第二章:次に、2020東京大会にフォーカスし、2020東京大会の更なる特殊性を整理する。
第三章:そして、スポンサーを中心とした企業の2020東京大会への対応の方向性について考察する。
第四章:最後に、より具体的な提言として、マーケティング領域を例とした方向性を考察したい。

 

第一章:五輪の難しさ

1. 極大化する外部要因による不確定要素

1896年に第1回大会が開催され100年以上の歴史をもつ近代五輪。当初は純粋な国際スポーツ大会として始まった五輪は、開催を経るにつれてその位置づけも変遷してきた。一つの大きな転機は1984年のロサンゼルス大会。大会規模が大きくなるにつれて赤字化が問題となっていた五輪は、ロサンゼルス大会において民間企業によるスポンサーシップの価値と価格を大きく上昇させ、商業五輪の時代に突入することとなる。そしてその後。商業への傾倒が問題視されるようになり、近年においては大会を通じてのレガシーが重要視される“ポスト商業五輪”時代を迎えている。
本レポートにおいては、“ポスト商業五輪”と位置付けられるであろう直近の大会事例を中心に考察したい。

図1)五輪の変遷 

近年の五輪は、ご存知の通り非常に数多くのステークホルダーが関係するイベントとなっている。大会組織委員会、IOC、JOC、政府、自治体、各スポンサー企業、オフィシャルサプライヤーと数多のプレイヤーが関係する。そして、これらのプレイヤーがそれぞれ五輪に向けて綿密な計画を行い、意思決定に基づき計画を進行していく。

2012年ロンドン大会における主要プレイヤーの動きを見てみると、大きな意思決定が2008年~2010年と2年ほど前まで続いている。2020東京大会で置き換えれば、2018年中まで各種意思決定が起こることになる。実際に2017年上期現在、大会会場も確定しておらずスポンサーもまだ募集中という状況である。
そして、これから起こる組織委員会、IOC、JOC、政府、自治体、各スポンサー企業の各意思決定はもちろんそれぞれの企業に大きな影響を与えるであろう。企業にとっては、不確定要素がまだまだ多く残る状況であると言える。

ここで、不確定要素に対応しきれず失敗に終わった事例を見てみよう。
過去の大会でオフィシャルサプライヤーとなった警備会社は、大会までに警備員を十分に供給できず、開催国の軍で補充する事態に陥った。同社は損害賠償を余儀なくされるとともに、警備会社としての信用力を大きく下げ、時価総額が20%近く下落した。
当初、必要人員計画として2,000人近くで見込んでいたが、大会が近付くにつれて大会組織委員会による要求セキュリティレベルが段階的に引き上げられたことにより必要人数も増大。最終的に必要人数が14,000人まで膨れ上ったことで供給が追い付かない事態に陥った。

五輪は一般のプロジェクトと比較し不確定要素が大きいことを見込み、予めバッファを持っておけばここまで被害は大きくならなかったであろう。
さらに五輪は政府・自治体が大きく関係するため、政治的要素が働き、意思決定が必ずしもロジカルになされるとは限らない。このことが不確定要素の量・質をさらに大きくしている。       

2. ほぼ誰も全容を理解できないほど複雑なレギュレーション

五輪でのアクティベーションに取り組まれている企業であればご存じだとは思われるが、五輪は権利・業務制約をはじめとしたレギュレーションは極めて複雑で難しく、1企業では経験もないためその全容を把握しておくことが難しい。呼称やマーク、写真・映像利用に関する商業的使用権、大会会場でのプロモーションの権利、関連事業における協賛権、物品やサービスの優先サプライ権をはじめとした多岐にわたるレギュレーションをIOC/IPC、大会組織委員会、他企業・・・さまざまなプレイヤーに確認調整しながら進めなければならない。
加えて、五輪開催に合わせて国・自治体がさまざまな特区や、規制緩和を行うことが一般的で、それらを活用する場合はさらに調整先が多くなる。

図2)多岐にわたるレギュレーションとその確認先 

企業が計画に基づき1つの施策を進めていても、レギュレーション問題により直前に頓挫するという例もある。
たとえば、2016年リオデジャネイロ大会において、あるスポンサー企業が五輪関連の画像利用を中心としたデジタルを活用したアクティベーション施策を計画した。当初、IOCや組織委員会に画像関連のレギュレーション確認をとることで問題ないと判断し、計画に沿って進行していた。ところが、直前になってレギュレーションを詳細に確認したところ、細かな画像利用の権利条件から実行できないことが判明した。このことで、このアクティベーション施策はあきらめざるを得ない状況となり中止に追い込まれたのである。
これは、企業側が多岐にわたるレギュレーション確認先を把握しきれておらず結果、クリアランスが不十分であったことが要因であった。
このように五輪は、1企業が対応するにはレギュレーションクリアランスがきわめて複雑で難解だ。加えて、大会ごとにレギュレーションが大きく異なるケースがある上に、1つの大会においても日々レギュレーション自体がアップデートされることがある、ということも難しさに拍車をかけている。

3. スポンサーが必ずしも有利とは限らない

五輪において、スポンサーは呼称・マークの使用権、会場におけるプロモーション権など五輪を活用したプロモーションにおいて様々なメリットを与えられる。ロス大会のスポンサーシップで大きくシェアを伸ばした大手カード会社や、ロンドン・リオ大会でブランドイメージ向上に成功した大手消費財メーカーなど、スポンサーシップにより成長を実現させた企業は数多い。
しかしながら、近年においては必ずしもスポンサーが有利とは言い切れないケースもある。
2012年ロンドン大会では、大手金融機関A社とB社が熾烈なオフィシャルバンクスポンサーの枠争いを繰り広げ、A社が勝利した。スポンサー枠を勝ち取った同社は、スポンサー権利を駆使しさまざまな施策を行ったにも関わらず、ブランド認知が上昇したのはB社と言われている。
B社は、2010年よりロンドン市内の一大レンタルサイクルインフラを展開し、ロゴ、コートポレートカラーを纏った自転車を1万台以上配備した。結果としてロンドン大会時、街中のいたるところにB社のブランドイメージが、当時としては最先端の取組とともに存在する状況となることで、3,000万人ともいわれる大会年の外国人観光客の記憶に強く残ったのである。
また、アンブッシュマーケティングと呼ばれる非スポンサーによるレギュレーションの隙間をつくマーケティングも成功を収めているケースがある。
2016年リオデジャネイロ大会では、スポーツ用品メーカーC社がアンブッシュマーケティングで最も成功した企業と言われている。マイケル・フェルプス選手を中心としたプロモーションを、レギュレーションに抵触しない範囲で大きく展開することで、オフィシャルスポンサーである同業界のD社よりもブランドイメージを向上させたのだ。実はD社は2012年においてはアンブッシャーの立場におり、当時のオフィシャルスポンサーである同業界のE社を出し抜いたと言われている。
このように、非スポンサーの動きにも目を光らせておかなければ、高額のスポンサー料を支払ったにも関わらず失敗するリスクもあるのだ。

 

第二章:2020東京大会における特殊性

前章では五輪特有の難しさがあると述べた。しかし2020東京大会では、その特殊性故にこれまでの大会と比較して更なる困難が待ち構えていると想定される。その特殊性とは何であろうか。

1. ロンドン大会の2倍を超えるスポンサー

ロンドン五輪における総スポンサー数が25社であったのに対し、東京大会は現段階で56社と2倍以上である。スポンサーは現段階も募集中であるため、更に増える見通しだ。
加えて、通常大会では1業種1社が厳格に適用されてきたが、東京大会では1業種2社のケースもあることに加えて、業種の定義が細分化したことによる近接業種の企業が複数存在する。

図3)オリンピック スポンサー企業数の変化 

前章1. にて五輪はそもそもステークホルダーが多岐にわたることから不確定要素が大きいと指摘した。しかし、東京大会ではそのステークホルダーがこれまでの大会の2倍以上に膨れ上がる可能性がある。不確定要素としてのリスクはこれまでの大会の比では無いであろう。

2. 五輪史上最高レベルの気候リスク

東京五輪はその他にも、他大会では経験のないリスクが存在する。
まずは、気候リスク。日本は、64年に五輪を経験しているので気候リスクに対する対応は問題ないはずだ、と思われる方もおられるかもしれない。しかしながら実は、1つ大きな違いがある。64年は気候が安定している10月開催であったのに対し、2020は年間を通して気候条件が最も厳しくなる8月に開催されるのだ。また、近年の大きなスポーツ大会である日韓ワールドカップは6月開催であった。
2020年東京大会は、五輪史上最も猛暑となる大会であることが予想されているほどであり、台風などのリスクも存在することを鑑みると、稀にみる気候リスクの高い大会なのだ。

図4)大会中最高気温の比較 

3. “コンパクト五輪”故の輸送リスク

次に、人の移動などの輸送リスクだ。ご存じのとおり東京大会では“コンパクトな五輪”を目指しており、招致段階では会場の8割以上を東京湾岸の選手村から8km以内に集中させることを計画していた。
同じようにコンパクトな開催を目指したロンドンにおいては、綿密な輸送計画と計画に沿った運営が円滑に実施され、輸送という点では大きな問題を起こすことなく大会を終えている。ロンドンは東京と比較し人口が1/3程度であることに加え、混雑緩和のためのロードプライシング政策など平時より様々な交通量コントロールを執り行っていることも大きい。
64年大会とは比べ物にならない人口密度となった大都市東京においては、ロンドンとは比較にならないボリュームの通勤者数など日常需要輸送と五輪起因の輸送が発生するため、輸送を円滑に執り行うにはきわめて綿密かつ莫大な量の計画が要求されるであろう。そして、不測事態の量もその計画ボリュームに比例するはずだ。
また、ここにきて一部の会場が例外的に遠方に分散しており長距離の輸送が局所的に発生すること、築地市場問題等で予定されていた重要道路が当初計画通りには開通しないことなども、リスクを大きくする一因となっている。

4. 日本が初めて経験する安全リスク

そして最後に、テロ等の安全リスクである。大きな国際スポーツイベントはそもそもテロの標的とされやすい。1972年のミュンヘン大会ではイスラエルのアスリート11名がパレスチナ武装組織による凶弾に倒れている。また、多くの死傷者が出た2013年のボストンマラソン大会におけるテロ事件も記憶に新しい。
一方日本は、諸外国に比べてテロの危険にさらされる機会は少なかったが、ここにきて周辺国情勢の不安定が極大化してきており、半世紀ぶりの五輪開催はテロの格好の標的となる可能性がある。2020東京大会において、日本は未曾有の安全リスクに晒されるおそれがあり、企業もそのリスク対策が必要となるであろう。
これらリスクへの対応のため、企業側に必要なリソースもこれまでにない規模となるであろう。 

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