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企業における2020東京オリンピック・パラリンピック【後編】

約半世紀ぶりに日本の首都東京で開催される東京オリンピック・パラリンピックまで約3年と迫っている。アジア初開催となった64年東京大会では、新幹線の開通、首都高の完成と日本のインフラ整備が大きく進むとともに、多くの新ビジネスが誕生するなど日本にとって大きな転換点となったが、2020は日本にとってどのような大会となるのであろうか。

第三章:企業対応における提言

これまで、五輪における企業対応について五輪特有の難しさ、そして2020年東京大会における特殊性故の更なる難しさについて述べた。それでは企業はこれらの難しさに対しどのように対応すればよいのであろうか。その方向性について論じたい。

“実効力のある”リスク対策のスキーム作り

五輪リスク・東京大会特有のさまざまなリスクに対し企業は十分な対策をしなければ、かつてない規模の不測事態が発生するであろう。

ここで改めて一つ事例を見てみよう。
2012ロンドン大会のオフィシャルロジスティックスパートナーであった大手運送会社F社は、非常に複雑な交通規制や輸送計画の中、大会を通じて問題を起こすことなく配送を完遂した。
これは、実に2年にわたり44ものテストイベントを、関係プレイヤーを巻き込みながら実施することで、事前に起こりうるリスクを特定できたためである。
同社は自ら積極的に活動し、自らリスクを最小化する動きをみせたことで成功を収めることができたのだ。
一方、2014ソチ大会において大手飲料メーカーG社は、Webサイト上の自社商品の缶に応援などの任意の刻印イメージを表示し、SNS上でシェアできるキャンペーンを展開。
その際、旧来の仕様であるLGBTに関連する言語が入力できない仕様となってしまっていた。
この結果、LGBT活動団体より激しい抗議を世界的に受けるとともに、1つの団体よりサイトをジャックされ自らがコントロールできない状況に長期間さらされたのである。
この事例では企業が事前に十分にリスクを特定できず、不測事態に対応できなかった。キャンペーン期間が短い五輪においては、事前のリスク対策なしではリカバリーが間に合わないのである。
このように、五輪において企業は能動的かつ深いレベルでのリスク対策を行うことが求められる。前述のとおり、プレイヤーが極めて多岐にわたることに加え、今後さまざまな外部要因の不確定要素が発生することが想定されることから、自ら動き関係プレイヤーも巻き込んで行かなければ事前に十分な対応を取ることは難しい。

しかしながら、他社を巻き込んだ連携を推し進めることは一筋縄では行かない。1業種複数企業、近接業種企業が多くスポンサーとして存在する東京大会では尚更であろう。
では、どのように対応すればよいのだろうか。
ここで、解決のヒントとなりそうな事例を見てみよう。
アウトドア用品を中心に展開するH社は2007年に環境保全、消費者安全観点のリスクを排除する取組として「ブルーサイン・スタンダード」という認証の仕組みを導入した。この仕組みの導入は同社の持続可能性を高める取り組みとして始まったが、他社への呼びかけによりサプライヤー、ひいては競合にまで導入され、業界全体の持続可能性を高める取り組みとして定着した。結果として同社は2016年の“Sustainability Leaders”において、名だたる企業を抑えグローバルカンパニー部門上位にランクインしている。
この取組のポイントは、自社と利害関係のない第三者機関とパートナーシップを組み、公平性を保つ仕組みを作り上げたことだ。この機関は何十年もの間、持続可能なテキスタイルの工程と原料について研究しており、認証を受けたものは環境、安全リスクが一定のレベルで抑えられていることが保証される。さらに認証に適合しない部分があれば、何が・どう不適合なのかが分かるため製品改善にもつながる。
採用する企業にとっては持続可能性を担保しつつリスク管理コスト、製品開発コストが抑えられるという利点があったのだ。
このように、直接は連携の難しい競合などに対しては直接の利害関係の少ない第三者機関の活用、そしてそれを活用することのメリットをアピールすることが有効だと考えられる。

五輪においてもこのような手段は有効であろう。例えば、第三者機関がコンフィデンシャルな情報は秘匿しつつ相互に影響しあうリスクをチェックし、コンフリクトが発生すれば調整する、といったスキームも考えられるかもしれない。そして、前述の事例のようにいち早くスキーム構築を仕掛けた企業がイニシアチブを取ることができるだろう。また、五輪においては前述のとおり五輪特有の難しさと複雑なレギュレーションがあること、五輪経験のある企業の担当者が少ないことからも、第三者機関の存在はより効力を発揮するであろう。

 

第四章:マーケティング領域を例とした提言

以上の提言を踏まえて、どのような打ち手が企業には考えられるであろうか。マーケティング領域を例に挙げ検討したい。

かつての商業五輪時代、80~90年代においては製品のイメージ、ポジショニングがマーケティングにおいてはもっとも重要とされていた。これはテレビ全盛の当時はメディアが一極化しておりマインドシェアが顧客を獲得する最大の要素であったためである。企業にとっては、最もテレビ視聴が集中する大会中の製品プロモーションが最も重要なファクターであった。
一方、グローバル化、産業技術の発達によりコモディティ化が進行した現代においては、価値主導のマーケティングが重要と言われており、企業のビジョン・ミッションへの共感が重要視されていきている。
これにより、単発のマーケティングではなく“顧客と深くつながり続ける”ことが重要な要素となってきている。これは五輪におけるマーケティングでも同様だ。
“顧客と深くつながり続ける”ための有効なドライバーとして、五輪においてデジタルの力による施策を展開されようとする企業も多いことであろう。五輪以前のこれまでに、さまざまな手段でID取得を中心としたエンゲージメント創造を仕掛けられたが、大きく伸ばすきっかけをつかめずにいる企業もおられると思う。
五輪は、オンライン・オフライン問わず顧客とのエンゲージメントを創造する機会が多く発生するまたとない機会であり、これ以上の規模のチャンスは五輪後しばらく発生しないであろう。真のデジタルマーケティング元年とするラストチャンスと言っても過言ではない。

デジタルを活用したマーケティングを五輪で展開するにあたっては五輪特有のリスクを踏まえると、次の3点が重要なポイントとなると考える。

1. デジタル領域と派生する非デジタル領域のマーケティングにおける関係プレイヤーの第三者を活用しながらの早期の特定、巻き込み

前述のとおり、五輪における施策実行においては関係するプレイヤーの特定・巻き込みが重要となってくる。例えばある企業がインバウンド向けの施策を打ち出そうとする場合、顧客との取りうるタッチポイントは入国前から始まり、滞在中、そして帰国後まで及び、1社ではカバーできない範囲となるはずだ。
自社のタッチポイントの直前を他社が担っている場合、そこにおける他社施策が自社の施策に少なからず影響を及ぼす。そのため、特に自社のタッチポイントの前後となる部分を中心に主要関係プレイヤーを特定し、早期の巻き込みが必要となるのである。

2. 関係プレイヤーが担うマーケティング領域まで含めた顧客体験設計

顧客にとってみれば、五輪体験というのは企業によって分断されるものではない。五輪前の予約や調べものなどの事前体験、五輪へ向かう道中・現地での衣食住の体験・観戦体験、帰路や大会中体験振り返りなどの五輪後の体験、と長い時間軸、そして幅広い分野の体験全てが連続的な「顧客体験」となる。
そのため、関係プレイヤーと競合しながら互いの施策効果を最大化するべく顧客体験を設計しなければならない。それが無ければ最悪の場合、顧客が不便や不快を感じ「悪い顧客体験」として双方の企業へのエンゲージメントが低下する事態になりかねない。
駅での鉄道会社間の乗り換え案内が不十分であれば、双方の鉄道会社へ悪印象を持つのと同じような事態が発生してしまうはずだ。

3. 早期の仕組み構築と関係プレイヤーと共同の徹底的なテスト

主要な関係プレイヤーを特定し、巻き込み、共同の顧客体験設計をしたとしても十分ではない。平時より共同活動をしているとは限らないことに加え、前述のとおり五輪時は不測の事態が発生する確率が跳ね上がるためだ。
先の成功事例を見てもわかる通り、事前のシミュレーション・テストはいくら実施してもしすぎるということはない。より確実な成功のためには不可欠な要素である。

図5)五輪におけるマーケティング施策展開における要諦

おわりに

2017年、組織委員会による調達もいよいよ本格化してきた。さらに、今後2年ほどで各プレイヤーの意思決定が進行することを鑑みれば、企業にとってはまさに今が勝負である。
その勝負を乗り越え、ぜひ五輪自国開催という世紀のイベントを機にさらなる事業成長をされることを望んでやまない。
この論考が、その検討の一助となれば幸いである。

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