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クライシスマネジメントのアプローチと経営陣の役割

【連載:第1回】グローバル時代のクライシスマネジメント『ビジネス法務2017年5月号(2017年3月21日発売)』掲載

経営陣、とりわけ経営トップは常に社会からの注目を浴びるが、殊に企業の存続をも危険に晒すクライシス発生時にはなお更である。記者会見に経営トップが姿を現さない、あるいは的確な発言ができないとなればどうであろうか。クライシス発生時の対処は企業の組織対処能力が試されるものであり、経営トップのリーダーシップが評価される時である。(著者:デロイト トーマツ 公認会計士 飯塚 智)

1.連載にあたって

※図表はダウンロード資料よりご確認ください 

地震や台風などの自然災害、テロリズム、サイバー攻撃等の外部からの脅威のみならず、データ偽造や不適切会計の発覚、製品事故、カルテル摘発等の内部要因によるものも含め、企業は多くのリスクにさらされている。こういったリスクの発現を防ぐリスクマネジメントは経営において極めて重要であるが、完全にリスクの発現を防ぎきることは不可能である。万が一、重大なリスクが発現した際に、適切な対応を図れるかどうかで企業のレピュテーション毀損の程度が決まる。対応の失敗は組織の存続にもかかわるクライシス(危機)へ発展する。組織横断的に、あるいは国・地域を越えて一貫したポリシーで、かつ体系的なクライシスマネジメント体制を経営陣みずからリードしていくことがその成否の鍵を握る。

本連載ではデロイト トーマツが実施したサーベイの結果や事例も織り込みながら、企業がクライシスに適切に対処するために理解しておくべきポイントをReadiness(計画・準備プロセス)、Response(対処プロセス)、Recovery(回復プロセス)の3つのRの観点から、そして、クライシスの要因ごと、地域ごとの観点から解説するとともに、経営陣が考えるべきポイントや取るべき行動などを全8回にわたって考察する。

クライシスマネジメントのアプローチと経営陣の役割 (PDF, 1,344KB)

2.経営陣はクライシスマネジメントのリーダーシップを発揮しているか?

(1)なぜ今クライシスマネジメントが重要なのか

デロイト トーマツが日本の上場企業に対して実施した「クライシスマネジメントに関する企業の実態調査」において、企業が直面するクライシスの件数は調査対象とした2003年以降、継続して増加傾向にあるなか、上場企業の半数程度がクライシスマネジメントプランを策定あるいは策定に前向きであり、規程、対処手順や情報収集・伝達プロセスを整備している割合は高かった。

一方で、定期的な訓練やシナリオトレーニング、あるいは外部専門家選定プロセスといったReadyな態勢への対応割合は低い水準であった。また、企業のグローバル化により、海外拠点や海外子会社での事業活動、クロスボーダーでのサプライチェーンといった世界を跨いだ企業活動が展開されているにもかかわらず、海外拠点や海外子会社におけるクライシスマネジメントは日本の親会社と比べて遅れているのが実情である。

そもそも、なぜ今、クライシスマネジメントが求められるのであろうか。近年のテクノロジーとソーシャルメディアの急速な普及に伴い、企業の不祥事情報は瞬く間に世間に拡がり、これが企業イメージやブランドの毀損に繋がる可能性は高くなっている。すなわち、クライシスを生じさせたインシデントによる直接的な損害のみならず、企業のレピュテーションへの影響を通じて企業価値をも毀損させるという意味で、クライシスの企業に与える甚大度は高まっている。2014年にDeloitteが実施した調査(2014 global survey on reputation risk Reputation@Risk) によると、企業の戦略リスクの第1位としてレピュテーショナルリスクがあげられており、レピュテーションは企業価値の25%を占めている(Simon Cole、 “The Impact of Reputation on Market Value”(World Economics、 September 2012))と言われている。企業価値に影響するレピュテーション毀損に直結するクライシスへの対処はまさしく経営陣が率先して取り組むべき重要な経営課題のひとつと言えるのではないだろうか。
 

(2)クライシスマネジメントとは何か?

クライシスによる損害の程度、さらには企業のレピュテーション毀損の規模と期間は、クライシスへの対処如何によって決まるものであり、効果的な対処が欠かせない。クライシスが発生してから何らかの対処をするのではなく、クライシス発生以前と以後に分けた体系的な対処がポイントとなる。

さて、日本企業は、1992年に公表されたCOSO内部統制や2002年のサーベインズ=オクスリー法等の流れを受け一定のリスクマネジメント体制構築は図られてはいるものの、昨今頻発している不祥事事案等もふまえ、より有効なコーポレートガバナンス体制に関心が向けられ、リスクマネジメント体制の構築が進んでいる。まずここで、リスクマネジメントとクライシスマネジメントの概念を整理してみよう。

【図表1】のようにリスクマネジメントとクライシスマネジメントは明らかにその目的が異なり、これを明確に峻別して考える必要がある。すべてのリスクの発現を防止あるいは回避することは不可能であり、だからこそ、リスクが発現することを想定した対策「クライシスマネジメント」が必要となる。


(3)効果的なクライシスマネジメントのアプローチ

次に、効果的なクライシスマネジメントのアプローチを見ていこう。クライシス発生前の「Readiness(計画・準備プロセス)」、クライシス発生後の「Response(対処プロセス)」と「Recovery(回復プロセス)」という「クライシスマネジメントライフサイクル」に基づく考え方が有効である。Readinessは、クライシスに対処するための準備、すなわちクライシス発生を見越した具体的な対処方法を検討し、組織横断的な体制やガイドラインの整備、さらには機動的に動けるかどうかのシミュレーション型トレーニングをしておくプロセスである。

Responseは、トップダウンで、社外リソースも活用し、クライシス発生時の初動対応から事態沈静化までを迅速に対処するプロセスである。Recoveryは、事態沈静化後の毀損した信頼の回復や再発防止も含めたプロセスである。

クライシス発生時には、企業側に対処能力や専門的な知識も欠如していることが多く、また必要な情報を識別・入手することが困難となり、通常の意思決定プロセスが機能せず、意思決定上の混乱も生じやすくなる。さらにはクライシス下での対処は、極論すれば日単位や時間単位ではなく分単位で対処すべき場合も多く、極めて短時間で意思決定しなければならないという強いプレッシャーが生じる。そのような状況下では、クライシス発生前の「Readiness(計画・準備プロセス)」を意識し、クライシス発生時に、明確な指揮命令系統で判断に足る情報に基づき迅速な対応を行い、効果的な社内外への情報発信・コミュニケーションが行えるようあらかじめ計画・準備しておくことが重要な鍵となる。計画・準備なくして機動的かつ効果的に動くことは極めて困難であり、このことは、スポーツになぞらえると事前の練習なくして試合に勝つことはできないことからも自明である。


(4)統合化されたクライシスマネジメントを考える

デロイト トーマツが実施した「クライシスマネジメントに関する企業の実態調査」において、クライシス発生時にはクライシスごとに直接関連する部署で対処し、全社的に統括するような部署での一元管理・対処する体制が十分に整備されていないと推察できる回答結果が出ているが、これは事業部など機能別部署でのみ対処し、経営陣を巻き込んだクライシス対処までは十分にできていないことを意味している。

しかし前述のとおり、企業価値に重要なインパクトを与えるクライシスへの対処はまさしく経営陣が率先して取り組むべき重要な経営課題のひとつであり、全社的な視点で、ヒト・モノ・カネを動かして対処する必要がある。また、クライシスマネジメントは広義のリスクマネジメントに含まれる概念であるため、経営管理プロセスとしてのPDCAサイクルを当然に具備していなければならない。すなわち、マネジメント層、機能別部署(管理者層と担当者層)の各階層の中で、クライシスマネジメントプランの策定(P)、シミュレーションや行動訓練の実施およびクライシスへの対処(D)、プランや対応策および対処状況の実効性確認(C)および見直し(A)というPDCAが行われ、かつ上位組織から下位組織へのクライシス対応状況等のモニタリング、そして下位組織から上位組織への意思決定に係るエスカレーションプロセスの構築が必要となる。まさに経営陣がリードする全社的に統合されたクライシスマネジメントが欠かせないのである。


(5)経営陣こそがクライシスマネジメントの主役である

経営陣、とりわけ経営トップは常に社会からの注目を浴びるが、殊に企業の存続をも危険に晒すクライシス発生時にはなお更である。記者会見に経営トップが姿を現さない、あるいは的確な発言ができないとなればどうであろうか。クライシス発生時の対処は企業の組織対処能力が試されるものであり、経営トップのリーダーシップが評価される時である。実際に、1982年のジョンソン・エンド・ジョンソンの毒物混入事件では、経営トップみずからが陣頭指揮を取り、製品回収など迅速に対処したことにより、強力な組織としてその評判を上げた。クライシスにはネガティブなイメージがあるが、効果的に対処することで、ポジティブな効果さえも得ることができる。

コーポレートガバナンスの本質は、ステークホルダーに対するアカウンタビリティと捉えることができる。ならば企業の存続をも危険に晒すクライシスが発生した際には、この統合的クライシスマネジメント体制をみずから動かし、冷静かつ迅速に事態の収束に当たり、アカウンタビリティを発揮していかなければならない。

【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)

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