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クライシスマネジメントにおける“備え”の重要性

【連載:第2回】グローバル時代のクライシスマネジメント『ビジネス法務2017年6月号(2017年4月21日発売)』掲載

本連載の第2回では、クライシスマネジメントにおいて、その事前の“備え”に該当する「Readiness(計画・準備プロセス)」について、どのように考えればよいのか、具体的に何を実施すればよいのか、について考察していきたい。(著者:デロイト トーマツ CBCP, CISSP 尾嶋 博之)

1.事前の“備え”でクライシスを乗り切る

※図表はダウンロード資料よりご確認ください 

2016年4月14日21時26分、最大震度7の大規模地震が熊本県を襲った。さらに同16日深夜1時25分に再び同地域で震度7を記録する地震が発生した。マグニチュードはそれぞれ6.5、7.3であり、それまで大規模地震が発生する可能性が低いとされていた地域での出来事であった。一連の地震活動において震度7が2回観測されるのは、現在の気象庁震度階級が制定されて以来初めてのことで、14日が前震、16日が本震であると言われている。

このような前例のない大規模地震において、その後の事業継続が困難になる企業が多くある中、事前のさまざまな“備え”によりクライシスを乗り越えている企業がある。ここでは、全国規模で事業を展開する大手小売業A社のケースを紹介したい。

A社は熊本県内にいくつか店舗を構えているがその1店舗においてのことである。16日の本震により、天井は落下し、スプリンクラー破損により店内は水浸しとなり、とても店舗での販売ができるような状態ではなかった。しかし、地域住民の飲食や生活必需品を取り扱う小売業だからこそ、震災発生後にも住民に必要とされる。本震当日の16日から店長の判断により屋外での販売を実施し、翌17日には九州支社や本社(関東)から先遣隊が送り込まれて必要な支援事項をまとめるなど、その使命を全うすることに全力を注いだ。これを可能にしたのは、事前に無線やテレビ会議等の情報共有の仕組みを構築していたこと、さらには大規模災害を想定したさまざまな訓練を積み重ね実施してきたことが功を奏したと言われている。

このようにA社がクライシスに対処できたのは、事前の“備え”を十分に実施していたからに他ならない。事前の“備え”をどれだけ愚直に行えているかが、クライシスを乗り越え、さらにその後の成長につなげるのか、あるいはクライシスにより衰退の一途をたどるのかの分かれ道であると言っても過言ではない。ただ、事前の十分な“備え”が大切であることはわかっても、継続的な実行が難しいのが実状ではないだろうか。

本連載の第2回では、クライシスマネジメントにおいて、その事前の“備え”に該当する「Readiness(計画・準備プロセス)」について、どのように考えればよいのか、具体的に何を実施すればよいのか、について考察していきたい。 

クライシスマネジメントにおける”備え”の重要性 (PDF, 1,065KB)

2.クライシスマネジメントにおける「Readiness(計画・準備プロセス)」とは

(1)なぜ「Readiness(計画・準備プロセス)」が重要か

クライシスは、一般に予定されていて起こるものではなく、意図せずに発生するものである。それが大規模地震や工場火災のように突発的に発生する場合もあれば、SNSでの炎上のように初めはちょっとした出来事が徐々にクライシスに変わっていく、あるいは食品品質事故のように対応を誤る等、何らかのきっかけでクライシスに変わる場合もある。

いずれの場合も、企業としてクライシス発生後の対応によりその影響を最小限に食い止めることが必要となるが、クライシス発生後は人も組織もなかなか思うように動けない(意図して動かない場合もあるが)。それは、クライシスの状況下に置かれたときに、十分な情報や時間、人手や通信環境など、対応に必要なものが確保できない、といった緊急時のリソース不足にかかわる要因がある。また、人がパニックとなり正常な判断ができない、怖くて判断に躊躇する、といった人間の内面的な要因によるものなども考えられる。

クライシスの発生をできる限り予測し、事前にできることをやっておくこと(=“備え”)でクライシス発生後の迅速な対応や各種判断を容易にし、その影響を低減することが可能になる。この事前の“備え”がクライシスマネジメントライフサイクルにおける「Readiness(計画・準備プロセス)」であり、次項以降で詳細を解説する。

なお、同様の考え方に「BCM(事業継続マネジメント)」がある。企業等の事業活動を中断/停止させない、あるいは早期に復旧させるための計画である「BCP(事業継続計画)」のほうが一般的に知られているかもしれないが、「BCM」はその「BCP」を策定し、実効性を高めるために、教育や訓練、見直し等を実施し、「BCP」を継続的に維持・改善していくために平時から行うマネジメント活動のことである。「BCM」は、クライシスマネジメントの一部であり、2011年の東日本大震災以降、企業が取り組むべき重要な経営課題のひとつとして一層注目を浴びるようになってきた。
 

(2)「Readiness(計画・準備プロセス)」に取り組むうえでの考え方

本稿の冒頭で熊本地震のケースを紹介したが、そのちょうど5年前の2011年3月11日、東北地方を中心に発生した東日本大震災は、1000年に1度といわれる程の甚大な被害を及ぼす大規模災害であり、当時「想定外」という言葉が幾度となく使われた。「想定外」は半ば言い訳のようにも聞こえるが、企業あるいは組織は「想定外」の状況に対してもその影響を最小限に抑えるための対応を行う責務があると考える。同じような状況を経験したとしても、「想定外」で甚大な被害を受けた企業がある一方で、被害の大小はあるものの、その影響を最小限に食い止めていた企業があった。この違いは、事前の“備え”、つまり「Readiness(計画・準備プロセス)」によると考えてよいであろう。

「Readiness(計画・準備プロセス)」における具体的な実施事項は次項で解説するが、ここではその基本となる考え方を述べる。

クライシスに対する事前の“備え”を考えるうえでは、「想定外」というキーワードは避けて通れない。まずはできる限り「想定外」を減らし(言い換えれば「想定」をする)、そのうえで必要な準備をすることである。加えてそれでも発生してしまう「想定外」にも柔軟に対応できる準備をしておくことも必要である。

前者は、まず事前にどこまで「クライシス」を具体的に想定できるかが重要になるが、これは一言で言えば「情報収集」につきる。将来は予測困難なことが多いが、さまざまな研究機関や政府関連機関から関連情報が発表されているので参考にすることができる。たとえば、「大規模地震」については、内閣府や都道府県庁から地域ごとにその発生原因となる震源地や規模、影響のシミュレーション結果が公開されている。そういった情報を集めて分析をすることが必要になる。情報は時々刻々と変化し、陳腐化していくため、絶えず最新の情報を集めるとともに、デマやニセ情報などに惑わされない注意が必要である。一度クライシスを「想定」できれば、後はクライシス発生後の影響を下げる(クライシスに拡大させてしまわない)ために、事前に実施しておくべきこと(後述)への対応をすることになる。

一方、後者はさまざまなクライシスに柔軟に対処できる危機対応体制を構築することであるが、これは人的な要素が多くを占めていると考えられる。想定外の状況が発生した場合に、然るべき者がリーダーシップを取りながら、冷静な判断を行い、各実行部隊が迅速に対応を行う。また、そのためにタイムリーな情報収集および内外への情報発信も必要である。いざというときにこれらの対応ができるよう、日常から訓練などの「人」に対する周知・徹底が重要となる(後述)。

なお、事前に対応すべきことを実施したら、あとはクライシス発生後の対応で最善を尽くしていくことになるが、これはクライシス発生後の対応、〔Response(対処プロセス)、Recovery(回復プロセス)〕として、詳細は本連載の後段の回にて考察する。


(3)「Readiness(計画・準備プロセス)」における具体的な実施事項

前項で述べた通り、「Readiness(計画・準備プロセス)」では、できる限り「想定外」を減らし(「想定」をすることで)、そのうえで必要な準備をすること、さらにそれでも発生してしまう「想定外」に対して柔軟に対応できる準備をしておくことが求められる。これには、大きく分けて2つの対応がある。1つ目がクライシスに備えた「計画」を立てること、そして2つ目が「計画」に基づきシミュレーションをすることである。

まず1つ目のクライシスに備えた「計画」であるが、これはクライシスマネジメントプラン(CMP:Crisis Management Plan)とも呼ばれる。クライシス発生後に行う各種対応において、誰が何をどのように実施するのかを、クライシス発生前に事前に検討して決めておくことであり、具体的には【図表1】に示すような、人や組織に関することや、コミュニケーション方法、各種基準や手順等がそれにあたる。さらに「計画」を立てるだけではなく、クライシス発生後に「計画」に基づき対応するために必要な各種マニュアル類の作成、物品(衛星電話、等)の購入、ツールやシステム(情報共有のツール、等)の導入なども、合わせて実施しておくことが重要である。

2つ目の「計画」に基づくシミュレーションは、立てた「計画」がクライシス発生時に有効に機能するよう試してみる、いわば予行演習のようなもので、訓練やドリルなどとも言われる。「計画」は作っただけでは絵に描いた餅で終わる可能性がある。

クライシスが発生したときに、各種対策は本当に機能するのか? 各担当者は計画通りに行動できるのか? これらは、実際にクライシスが発生するまでわからないし、何らかの問題があってもクライシス発生後では時既に遅し、である。また、一度作った「計画」は、時間とともに内外の環境が変化することで、その内容が劣化していくため、定期的にその内容をチェックすることが必要になる。

そこで継続的に「計画」を実効的かつ効果的なものとすべく、クライシスが発生する前の日常からシミュレーションを行うことが重要となってくる。シミュレーションの目的と効果を整理すると【図表2】のようになる。

3.“備え”あれば憂いなし

本稿では、クライシスマネジメントにおける「Readiness(計画・準備プロセス)」、つまり事前の“備え”の重要性を述べてきた。筆者が過去のコンサルティング経験の中で感じてきたことであるが、事前の“備え”を十分に行ううえでも、またクライシスが実際に発生したときの対応においても、カギを握るのは、経営者のリーダーシップ、そしてコミュニケーションの2点である。経営者のリーダーシップについては本連載第1回でも述べた。コミュニケーションは、経営者~従業員や従業員間の組織内部だけではなく、顧客や取引先、あるいは地域などの外部を含むすべての利害関係者と、十分に行われるべきである。実はこの2点、クライシスのみならず日常の経営においても特に重要な要素であることは言うまでもない。

最後に、筆者がクライシスマネジメントにおいてしばしば引用する言葉を紹介したい。第2次世界大戦において連合国遠征軍最高司令部最高司令官として、ノルマンディ上陸作戦を指揮し、成功に収めるとともに、第34代米国大統領(1890~1969)を務めた、ドワイド D. アイゼンハワーの言葉である。

“In preparing for battle I have always found that plans are useless, but planning is indispensable.”(戦いに備えるにあたって、私はいつも、計画は役に立たないものだ、と思う。それでも、計画を立てることは不可欠だ。)

まさにクライシスマネジメントに当てはまる言葉だと言える。

著者プロフィール

尾嶋博之(おじま ひろゆき)

通信事業者、通信機器メーカーを経て、2005年にデロイト トーマツに入社。さまざまな業種・業界の企業・組織に対する、BCM/BCPやクライシスマネジメント/リスクマネジメント関連のコンサルティングに従事。

BCP策定やBCM構築・導入支援をはじめ、BCP訓練支援、グローバルリスクマネジメント体制構築・導入支援、危機管理態勢強化支援などの案件を多数手掛ける。

【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)

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