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クライシス発生時の行動原則

【連載:第3回】グローバル時代のクライシスマネジメント『ビジネス法務2017年7月号(2017年5月20日発売)』掲載

いかなる企業もクライシスが発生した際、企業価値の毀損を限りなくゼロに近づけるために、クライシスが発生した場合の具体的な対処について常に備えるべきであり、本連載の第3回においては、対処に係る全体像や行動原則について述べていきたい。(著者:デロイト トーマツ 執行役員/パートナー 三木 要)

1.変化し続けるクライシスの範囲と企業に対する評価

※図表はダウンロード資料よりご確認ください 

昨今、企業の大小や上場・非上場等に拘わらずさまざまなクライシス(不祥事、事故、事件など)が連日のようにメディアで取り上げられている。

かつてに比べ企業のガバナンスや経営者の節度が低下しているという厳しい見方もある。しかし、私自身は、会社法をはじめとした法令の改正やさまざまなガイドライン、社内ルール等はもちろん、経営層から従業員に至るまでの行動原則も含めて多様化かつ厳格化しており、企業のガバナンスや経営者の節度は窮屈なくらい厳しくなっていると考える。

クライシスそのものが増えたというよりも、メディアや世論における不祥事やコンプライアンス遵守に対する基準のレベル(厳格さ)とスコープ(何をもって不祥事とするか)が企業の「想定以上」に厳しくかつ広がっていると考えるべきだろう。

加えて昨今は、企業のクライシスは自社や自社のグループ企業だけでなく、「想定外」に他者・他社によって巻き込まれるケースがあるというのが、クライシスマネジメントをサポートする現場に携わる筆者自身の実感である。

このような「想定以上」「想定外」のクライシスについて企業が事前に十二分に“想定”して準備すること(Readiness)は極めて困難である。

しかしながら、発生したクライシスに対して不十分な対処であった場合の企業や経営者に対する市場や社会からの評価は非常に厳しく「クライシスへの対処ができず回復力(Recuperation)が弱い企業や経営者は、事業運営における経営危機(事業でのクライシス)での回復力も弱い」と評されることになってしまう。

いまだ、私自身が支援させていただいた企業をはじめ、ご相談をいただいた企業はエクセレントカンパニーと呼ばれる企業も含め、「自社だけは大丈夫」「いざとなれば何とでもできる」という企業の論理で自社都合の“想定”をし、結果的に対処に失敗している企業が極めて多く、経営層の認識が社会の認識に追いついていないと実感している。

いかなる企業もクライシスが発生した際、企業価値の毀損を限りなくゼロに近づけるために、クライシスが発生した場合の具体的な対処について常に備えるべきであり、本回においては、対処に係る全体像や行動原則について述べていきたい。

クライシス発生時の行動原則 (PDF, 903KB)

2.クライシスへの対処の全体像

企業にとってクライシスへの対処は、いわば新たな事業会社や社内での新規事業の立ち上げをほぼ事前の準備のない中で限られたリソースを駆使して強硬に実行し、短期で実績を出し、タイムリーに市場や社会(世論やメディア)に評価されるということと同じである。

クライシスへの対処の全体像は、企業における経営戦略の策定と戦略に基づいた戦術の実践に近似しており、つまり、クライシスへの対処は企業経営から乖離した極めて特殊な企業運営ということではないことを特に経営層に理解していただきたい。

一方で、通常の企業経営とは異なる特徴が存在することも事実である。クライシスへの対処は、事象が持続しないように迅速に「収束」させる経営であり、事業が持続するように徐々に「拡大」させる通常の経営とは目指す方向が真逆であることを強く意識する必要があるため、投入するリソース「人・モノ・コスト・情報力」についても、通常の事業とは桁違いの規模と迅速性が要求される。

このため、通常の事業の経営戦略目線に加え、クライシスへの対処には特有の知見(クライシスの経験値+経営戦略の経験値+法的対応の経験値)や知見に裏づけられたセンスが多少なりとも必要である。

また、クライシスが発生すると、当該クライシス案件の直接のステークホルダーはもちろん、普段は当該企業への関心の薄い静かなステークホルダーの高い関心を呼び起こすことになる。そのため、通常の企業運営とは異なる補償(損害賠償など)交渉など案件に直結したステークホルダーとの特殊なコミュニケーションだけでなく、メディアや株主、従業員などさまざまなステークホルダーとの平時とは異なるコミュニケーションが同時並行で求められることも特徴的である。

上記のような特徴をふまえず、当該企業がインシデント発生当初から収束まで推移する事態を過少評価することや、重要性に気づかずに誤った対処をすることで、クライシスに発展してしまう事例が非常に多く見受けられる。

このため、法的見解を助言する弁護士や法律事務所だけでなく、クライシス対処の外専門家など第三者を初期からかかわらせることが重要である。

3.クライシス発生時に求められる行動原則

クライシスへの対処において求められる実務(現場)での行動はケースによってさまざまであるが、これまでの私自身の知見の中でその大小に拘わらずクライシスへの対処において必須の行動原則は以下の4つである。


(1)初動は素早くかつ構えは大きく

クライシスへの対処において、最も重要な行動原則は「初動」である。

クライシスへの対処にあたった企業や経営層が対処について振り返った際に、最も反省すべき失敗事例として必ずあげる事項が「初動」である。

クライシスの大小や事態に拘わらず、いかなるケースでも求められるのは初動の“素早さ”であり、初動の素早さが、その後の対処や企業価値の毀損の大きさに最も影響する行動原則である。

クライシスを嗅ぎ取るセンスは万人にあるわけではないが、少なくとも当該企業の経営層に報告があった時点で、経営層はためらうことなく対処することが求められる。

たとえ理想的なタイミングでの初動が遅れても、経営層が初動を素早く決断すれば、いかなるタイミングでも事態の一層の悪化を防ぐことができるからである。 

そして、初動において素早さと同時に求められる体制が「構えの大きさ」である。

つまり、初動を決めた時点で持てるリソース(人・モノ・コスト・情報力)を最大限に投入することであり、事態の推移を見てから投入の規模を決めるようなことだけは避けなければならない。

初動は遅れるケースが多いためリソースの逐次投入はその後の戦略に大きな悪影響を残し、素早い初動があったとしても初動でのリソースの投入をためらうと状況が悪化するにつれて逐次投入することになり対処が後手に回ることになる。

このため、かえってより多くのリソースを使う羽目になり、最終的にはリソース不足になるというケースが極めて多く、ただでさえ素早さを欠きがちな初動をさらに悪化させることになる。


(2)事実と認識するためには事実の認定のプロセスが必要

クライシスへの対処において、発生している事象そのものや周辺の状況に係る「事実」を把握することが重要であることを企業が明確に認識できておらず失敗事例となるケースが多い。

通常の企業経営においては財務三表などの数値をはじめさまざまな客観的な「事実」を把握し分析することは当たり前である。しかし、クライシスの場面になると、「事実」「想定」「伝聞」の区別が曖昧になり、「事実」と捉えている事象にそれを裏づける証跡や確認した形跡がなく、「事実」と捉えていた事象が実は「想定」でしかなかったため判断材料にならないことが判明し、対応が手戻りし状況が悪化するという失敗事例が多い。

これを避けるため、「短期間にできるだけのリソースを投入し証跡に依拠する徹底した事実確認にこだわる(一桁単位での数字の正確な把握、関係者へのヒアリングなど)」ことが必要であり、また、事実確認に基づいて経営層が事実であると「認定」するというプロセスが重要である。

「認定」した事象のみを判断材料とし、メディアなど対外的にも認定した事象のみを「事実」であると発信することで、経営層が事実と認定していない事象は外部から何を言われようとも企業にとっては事実ではないという対応が可能となる。


(3)トップダウンで迅速に方針決定

通常の企業経営や事業運営においてトップダウン型やボトムアップ型の長短が議論されることがあるが、これは企業文化や事業環境、企業の成長段階によって異なるので、一概に長短を語ることはできない。

しかし、クライシスへの対処においては、トップダウンで迅速かつ朝令暮改を恐れずに方針決定することが重要であり、ボトムアップ型や多人数で協議して合意形成をしていく方法では対処が極めて難しく、失敗事例となりやすい。

前述「2.クライシスへの対処の全体像」で、クライシスへの対処は新会社や新事業を立ち上げるようなものであると述べたが、トップあるいは極めて少人数のチームが迅速に事実認定したうえで、方針を決定し、各現場(対応部門やチーム)に指示を出すことが求められる。


(4)経営で決めた対処方針を対処現場の判断で変えさせない

クライシスへの対処は経営判断そのものである。

企業の持続可能性を確保するものであり、判断1つひとつが経営そのものであるが、対処の実務は各現場が日々実施することから、どうしても現場の状況や考え方に経営判断が大きく影響されやすい状況に陥りがちである。

現場の状況や考え方は通常の企業経営や事業運営の際と同様に極めて重要であるが、判断そのものは経営目線で実施すべきであり、現場の情に流されて方針を変えることや、判断を現場任せにすることはクライシスへの対処においては適切ではない。

たとえば、クライシスの際の報道対応における広報部門や顧客対応におけるコールセンターなどの苦労は並大抵ではないが、クライシスへの対処においては、現場の反対があっても経営判断としての方針を押し通す必要があるケースが非常に多い。

経営層としては現場に対して苦渋の判断となる場合があるが、早期にクライシスを収束させるためにも重要な行動原則となる。

4.クライシス発生時の実務概要

「3.クライシス発生時に求められる行動原則」をふまえたうえで、大規模なクライシスにおいて一般的に求められる対処の一例を上記に述べた。

上記は一例であり個々のクライシスによって取捨選択や軽重を付ける必要があるが、いずれの場合においても、 臨時対応組織(Project Management Office)の設置は必須であり、PMOが経営層の補佐をしつつ、業務全体を統括することが必要となる。

クライシスへの対処は千差万別と思われがちであり、そういった側面はもちろんあるが、今回で述べた基本となる認識すべき前提や行動原則は共通するものであると考える。

【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)

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