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クライシスをばねにより強い企業を創る

【連載:第4回】グローバル時代のクライシスマネジメント『ビジネス法務2017年8月号(2017年6月21日発売)』掲載

連載第4回目となる本稿では、企業にとってのクライシスの経済的側面である「経営破たん(倒産)の危機」とそこからの脱出プロセスである事業再生という設定を借りて、クライシスマネジメントの3番目の段階である「Recovery(回復プロセス)」の要点を紹介する。(著者:デロイト トーマツ シニアヴァイスプレジデント 五十鈴川 憲司)

1.はじめに

※図表はダウンロード資料よりご確認ください 

連載第4回目となる本稿では、企業にとってのクライシスの経済的側面である「経営破たん(倒産)の危機」とそこからの脱出プロセスである事業再生という設定を借りて、クライシスマネジメントの3番目の段階である「Recovery(回復プロセス)」の要点を紹介する。事業再生の実務を解説することは本稿の目的ではないが、新聞等を賑わす数多の「経営破たんの危機」にある企業を想起していただいた方が読者の理解に資すると考え、過度にならない程度に「クライシスマネジメントとしての事業再生」の説明を交えながら、論じていきたい。 

クライシスをばねにより強い企業を創る (PDF, 1,030KB)

2.事業再生

(1)クライシスの経済的側面

企業にとってのクライシスの経済的な側面とは、何らかのインシデントの発生により、通常の企業活動に問題が生じ売上が大きく減少したり、銀行借入や社債発行等の資金調達の手段を失ったりすることで、企業活動の継続が困難になることである。一般的には、本業の不振がある程度長期にわたって続いた後、信用力の悪化に伴い銀行借入の困難等財務的な問題が発生し、時間をかけて危機的な状態が深刻化する。

しかし、クライシスを引き起こすインシデントはさまざまである。サブプライム問題等の世界規模の経済危機や甚大な自然災害のように、企業にとってコントロール不可能な外部の事象のこともあれば、食品偽装や不正会計のように企業自身に起因する事象のこともある。

一方、インシデントが引き起こす危機的な状態は、経済的には、多くの場合、資金繰りの困難に終着する。資金調達の道を閉ざされたクライシス状態にある企業においては、砂時計の砂が落ちるがごとく、時間の経過とともに資金も失われ、経営者に自社が経営破たんするかもしれないというプレッシャーを与える。企業は、そのような状況下で、クライシスからの脱却を図らなければならない。


(2)クライシスマネジメントのライフサイクル

本連載を通じて紹介している「3つのR」を使って、クライシスマネジメントとしての事業再生を整理したい。

平時における対応であるReadiness(計画・準備プロセス)については、財務の健全性を保つ努力等、経営破たんを予防するための諸活動(リスクマネジメント)に力を入れてはいるが、経営破たんの危機に陥った場合を考えて準備している企業はまだまだ少数派だろう。

したがって、図らずも経営破たんの危機に陥った場合には、次のResponse(対処プロセス)において、いかに素早く危機的状態から脱却するかが重要となる。危機的状態から素早く脱することが、事業基盤の棄損を最低限に抑えることとなり、その後の自律的な成長への回帰の可能性を高めることに繋がる。

必ずしも直線道路ではない事業再生の実務において、Response段階とRecovery(回復プロセス)段階の境目を明確に切り分けることは難しい。本稿においては、クライシスの初期段階では資金繰りが事業継続の最大の制約条件となることから、金融機関や投資ファンド等の外部からの支援を受け入れ、財務的に事業継続の目途を付けるまでの短期的な対応をResponseとし、ほっと一息ついた後、自律的な事業継続の回復と成長軌道への復帰に向けて本格的な経営改善に取り組む段階をRecoveryと定義したい。

Response段階のゴールが比較的明確であり、とるべき施策も限られているのに対して、Recovery段階では、企業の置かれた状況により必要な施策は千差万別であり、その領域も財務面に限らず、販売・生産・管理等企業活動の幅広い領域に及ぶ。そのようなRecovery段階の特徴をふまえて、健全な企業活動を回復させさらなる成長を実現するためのポイントを紹介したい。 

3.Recoveryへの取組みのポイント

本稿においては、Recovery段階を前後期の2つに分けて考えたい。後述する通り、事業再生とは、単に自律的な事業継続が可能になることに止まらず、クライシス以前よりも強靭な企業を創ることが必要だと考えるためである。

Recovery(前期):Response直後の外部支援により事業継続を維持している状態から、ある程度自律的な事業継続が可能な状態まで回復させる段階
Recovery(後期):それまで抑制していた成長のための人や設備への投資を実施し、成長軌道に回帰させるまでの段階

続けて、流れに沿ってRecoveryプロセスを見ていきたい。


(1)Recovery(前期):自律的な事業継続への回復
i)実態把握の重要性 

Recoveryのためにアクションに取り掛かる前に、まずは危機的状態にある企業の実態を正しく認識することが不可欠である。適切な打ち手(改善施策)を打つためには、危機的状態に陥った原因は何であるのか、あるいは危機的状態から脱却するためにどのような経営資源を有しているのか(どの経営資源が不足しているのか)、組織の意思決定はどのようになされているのか等を、客観的に把握しておかなければならない。

実務上事業・財務・組織等の観点から多面的に実態把握が行われるが、重要な分析の視点として、次の3つをあげておきたい。

a)窮境原因の特定と除去可能性の判断
b)事業基盤の評価(競争力の評価)
c)意思決定プロセス・ガバナンス体制の確認

窮境原因の特定と除去可能性の判断は、特に重要になる。正確に窮境原因を把握してそれを除去しなければ、組織に病巣を残したままとなり、抜本的な治癒が期待できないばかりか、再びクライシスを引き起こしてしまう恐れさえある。しかしながら、窮境原因の検証が表層的なものに終わってしまうことも多い。よくあるケースは、窮境原因を市場の変動や経済環境等外部事象のせいにすることだ。クライシスな状態を生じせしめた直接のインシデントが自然災害等の外部事象であることはあるが、そうした場合でも、危機的状態にまで陥ってしまった本当の原因は企業自身に内在しており、インシデントをきっかけに大きな問題として表面化したに過ぎないことも多い。

なお、事業再生の実務では、実態把握の取り組みはResponse段階の早いタイミングで行われ、その結果をふまえた経営改善施策を盛り込んで「事業再生計画」を策定し、銀行等から支援を取り付けることが一般的である。

ii)必要なアクション

次に、実態把握の結果に基づき改善施策が案出され、実行に移される。経営破たんの瀬戸際にある企業のこの段階での目標は、自律的に資金繰りを維持できるようにキャッシュ創出力を高めることであり、そのために収益力の向上や資産効率の改善が図られる。具体的には、人員削減・給与体系の見直しや設備投資の抑制による固定費の削減、不採算事業からの撤退、在庫の圧縮や設備投資基準の厳格化等である。

Recoveryの前半段階では、資金・人材等の経営資源の不足が著しく、経営資源を積極的に投資する前向きな施策を打ち出しにくいという制約が大きいため、施策の優先づけと経営資源の集中投下が重要となる。
 

(2)Recovery(後期):「成長軌道」への回帰
i)必要なアクション

Recovery(前期)を終えた段階で、事業再生計画に謳われた財務的な数値目標が達成され、財務的な安定度が増すことにより、一般的には「事業再生」がある程度実現されたと受け止められる。しかしながら、単に財務指標が一般的な企業の水準近くに達したことをもってRecoveryの努力を終わらせるべきではなく、さらに持続的な成長が十分可能な状態になるまでをRecovery段階と認識して取り組むべきである。何故なら、クライシスを経験した企業は、信用の失墜やリストラによる人材流出等によりクライシス前よりも事業基盤が傷んでしまっている場合が多いことから、競合企業との厳しい競争に打ち勝つことは難しく、ジリ貧状態や再び経営破たんの危機に陥る恐れが高いからだ。

この段階で採用されるべき施策には、次のようなものがある。

a)将来的成長の柱となる新規事業の開発
b)次代の中核を担う中堅人材の育成
c)成長のための投資(研究開発・設備・人材・事業開発等)

Recovery(前期)段階では資金や人材の制約により取り組めなかった施策が、この段階になると、収益力の改善と債務削減の進捗に伴い資金に余裕が生じ、取り組み可能となる。成長のための投資(人・設備等)を実施し、その投資がさらに成長のための資金を生み出す好循環に繋がることで持続的な成長を実現することが、この段階の目標である。

この段階での具体的な施策はケースによって異なるが、まったくの白地から成長戦略を考えるのではなく、企業が本来持つ強み(事業基盤)を、クライシスにより傷んだ状態から補強し、それを活用して成長の実現を図る戦略が有効である。

ii)危機意識をばねとした組織変革

Recoveryを中途半端に終わらせず、成長軌道への回帰を実現させるためには、実務の現場・ミドル・経営の各層に、変革をやり遂げる強いリーダーシップを持った人材を配置し、そうした人材をトップマネジメントが支持することがポイントである。経営破たんの危機に陥るような会社は、ガバナンスや組織風土(オーナー会社の場合には、それらを体現する経営者個人の資質)に問題を抱えている場合が多い。そうした組織では、組織のあり方や旧来の仕事のやり方を変えることに対し社内各層からの抵抗が強く、再生へ向けた変革の努力を骨抜きにしようとする力が働きがちである。したがって、経営者の強いサポートがあってこそ、変革への意欲を持った人材が、前例にとらわれることなく果敢に改善施策を推し進めることが可能となる。

社内の人材に強力なリーダーシップを発揮させるためには、適切な危機意識の共有が有効である。「このままでは会社が潰れてしまうかもしれない」という危機感が、これまで旧弊な組織の陰に隠れていた人材に、変革への意欲を発露させる。経営者は、何も知らせずにいたずらに社員に不安感を抱かせ、優秀な人材の流出を招くのではなく、適切にマネージされた危機意識を会社の構成員全体で共有し、現状への不安を改革への推進力に転換することに挑戦すべきである。 

4.おわりに

クライシスを経験することにより、危機感をバネにより強い企業を創ることが可能である。そのためには、組織を変革し、単に以前の平常への復帰に止まらず、成長軌道への回帰を目指さなければならない。組織の変革と成長軌道への回帰は一朝一夕にはいかないが、その実現こそRecovery段階全体を通したゴールである。

繰り返しになるが、真のRecoveryの実現に不可欠なのは、クライシスを生じせしめた真因の除去とそれを実現する組織変革である。そのためには強いリーダーシップと難局においても困難に立ち向かう気構えを持った人材が必要である。突き詰めれば、そうした人材の不断の育成こそが、「クライシスマネジメントとしての事業再生」における最善のReadiness策であるといえよう。

著者プロフィール

五十鈴川 憲司(いすずがわ けんじ)

2011年デロイト トーマツ FAS株式会社(現 デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社)入社。入社以来リストラクチャリングアドバイザリーグループに所属し、大企業グループおよび中堅企業の事業再編・事業再生支援業務、クライシスマネジメント支援業務、M&A支援業務に従事。

【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)

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デロイトが考えるクライシス・インシデント対応における3つのプロセス

デロイト トーマツ グループは、自然発生か人為的発生、あるいは経済、政治、金融、技術的な理由にかかわらず、甚大度と頻度を増しつつあるクライシスに対応するためのこうな準備態勢を支援します。

フォレンジック、リストラクチャリング、金融犯罪、サイバー、レジリエンスサービス等を含むデロイト トーマツ グループの卓越した専門能力とグローバルネットワークを統合する(総称「デロイト」)ことにより、多種多様なクライシスに備え、迅速かつ効果的に対処し、最終的に企業価値を高めるための支援を行います。

 

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