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地政学の観点から、今後懸念される日本を取り巻くリスク 

「地政学リスクを踏まえた、日本企業のあるべきリスク管理」Vol.1(『企業リスク』2016年7月号掲載記事)

世界的な政治・経済・社会情勢の流動化が拡大している。今後もそのながれは一層拡大することが見込まれており、それに伴い様々なリスクが顕在化する可能性も大いに予測される。こうした環境下において、グローバルに事業を展開している日本企業が、どう対策を講じるべきなのか解説する。

1.はじめに

※図表はPDFをご確認ください
 

 2016年初、今後の日本企業を取り巻く海外リスクとして、以下11の項目を予測した。

(1)自然災害の増加
(2)感染症の拡大
(3)世界情勢の不安定化
(4)格差の拡大に伴う社会の不安定化
(5)過激なイスラム原理主義テロ組織によるテロの増加
(6)テロ組織の更なる多様化
(7)中国情勢・朝鮮半島情勢の流動化
(8)欧州の右傾化
(9)資源問題の深刻化
(10)ICT進展に伴う問題の拡大
(11)グローバルビジネス環境の急激な変化

 今回、本特集を組むにあたり、地政学の観点から今後特に懸念されることになるであろう日本を取り巻くリスクとして、上記のうち(3)~(8)について、特に詳しく見ていきたい。

地政学の観点から、今後懸念される日本を取り巻くリスク (PDF, 6,592KB)

2.世界情勢の不安定化

 世界的な政治・経済・社会情勢の流動化が今後も拡大することは不可避であり、様々なリスクが顕在化する可能性は非常に高いと予測される。

 現状の国際政治は世界的なリーダー不在、国連・NATO等の国際機関の機能不全等に伴い、今後も数々の地域紛争、テロ等が増加するものと予測される。例えば、シリア・イラク情勢は今後も流動化は避けられず、イスラム国の問題も長期化する可能性が高いと予測される。

 また、2016年においては米国大統領選挙が実施されるが、2016年はオバマ政権の任期最後の年となることから、政治が停滞する可能性が高いと言える。特に、ウクライナ情勢、シリア・イラク情勢、中国による南沙諸島埋め立て問題等に、米国が積極的に関与しない可能性が高いことから、これらの問題が更に流動化する可能性が高い。

 世界経済も昨今、不透明感を増している。特に、グローバル化の進展に伴い、一地域の経済問題が世界的に波及する可能性が高く、それに伴い、景気・相場の乱高下等の頻度が増加すると予測される。更に、近年の世界の経済成長のけん引役であったBRICs諸国においても、経済成長が頭打ちとなっている状況を勘案すると、今後も世界経済全体の不透明さが拡大すると予測される。

 社会的な要素においても、昨今のICTの急激な進展により、一部の国で行われているメディア監視・言論統制が限界を迎えているとされる。今後も「アラブの春」のような状況が発生する可能性は高く、特に新興国では、メディア監視・言論統制が行われている国が多いことから、その傾向が顕著であると予測される。

3.格差の拡大に伴う社会の不安定化

 グローバル化の進展に伴い、社会が不安定化するリスクが今後も高まり、また、世界的に政治状況が右傾化する可能性も高いと予測される。

 グローバル化の進展に伴う格差の拡大(新興国でその傾向が大きい)は社会を不安定化させる大きな要因となっている。例えば、ジニ係数(*1)が0.4を超えると社会が不安定化するとされているが、新興国の多くが0.4を超えている状況である。

 そのような状況に対し、各国政府は市民の反発を抑えるために、大衆迎合的な政策を打ち出す傾向が拡大している。そのため、極右的な政策を掲げることが増加しており、このことが移民問題等を含め、外交問題を拡大させる要因となっている。

 

(*1)ジニ係数とは・・・社会における所得等の均等度を示す指標の1つ。0に近いほど格差が小さく、1に近いほど格差が大きいことを示す。 

4.過激なイスラム原理主義テロ組織によるテロの増加

 過激なイスラム原理主義テロ組織は昨今、急激に規模を拡大し、活動を活発化させると共に思想的にも先鋭化している。また、その手法も多様化していることから、今後も過激なイスラム原理主義テロ組織によるテロは拡大・増加するものと予測される。

 現状における世界のイスラム教徒の人口比率は23.2%とされているが、避妊を否定しているイスラム圏での出世率は宗教別では最も高くなっている。そのため、今後もイスラム教徒人口の増加傾向が進展するとされている。更に、欧米では若者層を中心にイスラム教への改宗者も多いと言われている。

 一方、イスラム圏では資源の有無等に伴い、格差が拡大している。更に、今後グローバル化が進展すれば、格差は更に拡大することは必至である。そのため、イスラム社会が不安定化する要素が大きい。特に、過激なイスラム原理主義思想が拡大することは、今後も過激なイスラム原理主義テロ組織の活動を活発化させることとなる。

 また、ICTの進展に伴い、テロ組織の活動が多様化している。特に最近においては、Home Grown Terrorist、Lone Wolf Terroristが拡大する傾向にある。また、イスラム国(IS)のように世界の若者層を取り込む等、テロ組織の形態自体も多様化している。

 特に、アフリカ西部では北緯10度を境にイスラム教徒とキリスト教徒が対峙・対立しており、格差の拡大・人口増の要因から、今後対立が先鋭化することは必定である。そのため、今後も過激なイスラム原理主義テロ組織等の活動範囲の拡大、当該組織によるテロの増加は不可避であると予測される。

5.テロ組織の更なる多様化

 テロとは政治的目的を持って行われる不法行為であり、社会に恐怖を与えることが主目的である。その意味では、過激なイスラム原理主義テロ組織によるテロ以外にも、数々のテロ形態がある。その中でも、過激な環境保護団体・動物愛護団体等のエコ・テロリストは近年、活動を活発化させており、今後も活動を活発化・過激化させると予測される。

 これらの組織は攻撃対象・活動内容により、次々に組織を組成(又は名前を変える)し、過激な活動を繰り返しており、その取締りは極めて困難である。また、過激な活動を行い、それをWeb等で宣伝することにより、一般市民からの寄付等が増加するという考えに基づいた活動を行っていることから、今後も過激な活動が増加すると予測される。

 また、これ以外にも妊娠中絶反対、他民族排斥等、数多くの過激な組織が誕生する環境となっていることから、新たな過激な組織が誕生する可能性も高いと予測される。

6.中国情勢・朝鮮半島情勢の流動化

 中国情勢は今後も、その不透明さが拡大するものと予測される。場合によっては体制において、大きな変化が起きる可能性も否定できない。更に、朝鮮半島情勢についても、2016年初からの4回目の核実験、ミサイル発射等、今後も北朝鮮が何らかの行動を起こす可能性が高いと予測される。

 中国の2015年の経済成長率は6.9%となり、1991年以降で最低の伸び率となった。また、2016年以降も6%台で推移すると予測されており、世界経済を牽引してきた中国経済が踊り場に来ていると言える。

 一方、習近平政権は腐敗撲滅に向け、大規模な摘発等が行われているが、その実効性に疑問が残る上、中国共産党内の権力闘争の激化等の可能性があることから、政治体制の流動化の可能性も否定出来ない。

 更に、インターネットを含めたメディアの監視・検閲体制も限界に来ているとされており、今後の政治状況は全く予断を許さない状況となっている。

 また、これまでは中国政府から大きな支援を受けていた北朝鮮に関しては、中国政府の姿勢も徐々に硬化しており、朝鮮半島情勢も予断を許さない状況となっている。

7.欧州の右傾化

 近年におけるEU経済の低迷、失業率の上昇、欧州におけるテロ事件の頻発等に伴い、昨今急激に政治の右傾化が健在化している。昨今の難民の流入問題も相まって、今後もこの傾向が継続するものと予測される。それにより、政府による中長期視点に立った実効性の高い政策はとられず、大衆迎合的な政策が進められる可能性が高く、更に民族的・宗教的対立が助長され、大規模テロが欧州地域で発生する可能性も高いと予測される。

 欧米全体で、政治不信が高まっている。現在、世界的に政治・経済・社会が流動化し、更に、その変化のスピードは、かつてない程に早まっている。そのような中で各国政府は、政策を決定・実行することが求められているが、変化のスピードに十分に対応しているとは言い難い。

 また、ICTの劇的な進展により、政治家個人又は政府に関する情報が数多く流通し、スキャンダル等が即座に露見することも増えている。また、政治家のパフォーマンスを評価することが困難である反面、ポジティブな情報よりもネガティブな情報が取り上げられることが多いことも、多くの政治不信を生み出していると言える。

 更に、SNS等により、一般市民の情報発信能力は劇的に高まっており、近年における価値観の多様化とも相まって、多くの世論が瞬く間に形成されると同時に、より大きな変化を求める意見に注目が集まる傾向が強くなっていることも一因として挙げられる。

 政治不信を測る指標としては、投票率の低下が挙げられる。例えば、米国大統領選挙における投票率(有権者数÷投票者数)は1960年代までは60%以上を維持していたが、それ以降は40%後半から50%台で推移している。一方、欧州議会選挙においても、1979年においては61.99%であったが、2014年には42.54%にまで低下している。

 この投票率の低下は、政治不信を背景としたものであるとも言えるが、一方で極右政党、極左政党等は固定票が多いとされていることから、これらの政党への投票率が相対的に高まるという側面も持っている。

 現在のEU28ヶ国の圏内居住者の圏外出生者数は約3,300万人(そのうちイスラム教徒は約2,000万人)と言われており、総人口(5億人強)の約7%を占めているが、2008年のリーマンショックを契機に、ギリシャの深刻な財政赤字・信用不安が表面化し、それが域内に波及し、欧州における経済低迷と失業率上昇をもたらした。これにより、外国人(移民)排斥の動きが欧州全体で高まりを見せることとなった。更に、極左勢力も外国人(移民)排斥を標榜する等、その傾向は顕著となっている。

8.地政学的な観点からの今後の海外リスクへの影響

(1)事業中断リスクの多様化・拡大
 日本企業の海外進出は拡大しており、海外生産・海外売上比率は急激に拡大する傾向にある。それに伴い、サプライチェーンはグローバル化しており、非常に緻密で複雑な様相を呈している。一方で世界的な人口増加に伴い、自然災害リスク、感染症リスクは拡大している。また、世界的なテロ脅威の拡大等、サプライチェーンの寸断のリスクが急激に拡大していると言える。

 更に、経済状況の低迷、失業率の上昇等に伴うデモ・労働争議の拡大、政府による為替・貿易政策の急激な政策変更等の問題も事業中断リスクを拡大させる可能性が高い。


(2)国別・地域別からグローバル化への進展
 2016年3月22日、ベルギーのブリュッセルで同時多発テロ事件が発生した。この背景には既述の通り、欧州には数多くのイスラム教徒が居住しており、過激な思想を持っている者も少なからず存在することが挙げられる(EU28ヶ国中、イスラム教徒人口が10万人を超える国は13ヶ国に達する)。また、近年では、キリスト教からイスラム教に改宗する若者も増加しているが、これらのイスラム教への改宗者は過激な思想を持つ場合が多く、テロ事件やイスラム国(IS)に関与する者も多いとされている。

 このように、欧州におけるテロ脅威は、過去のテロ事件、当該国内で活動するテロ組織等を基に評価するものとは、全く異質であり、現状では非常に高い状況であることを、改めて認識する必要がある。更に言えば、欧米諸国を含め全世界で、このようなテロ事件がいつ、どこで発生しても、何ら不思議ではないということを肝に銘じる必要がある。

 その意味では、テロ脅威に関しては特定の国・地域別の対応から、グローバルでの対応が必要な時期に来ていると言える。


(3)極右化・大衆迎合政策の拡大
 2016年は米国、フィリピン等で大統領選挙が実施される。米国においては、メキシコ、イスラム教徒等について過激な発言を繰り返しているドナルド・トランプ氏が共和党候補に指名されることがほぼ確実な情勢となっている。また、5月に実施されたフィリピンの大統領選挙では、犯罪撲滅のために過激な対策を訴えるロドリゴ・ドゥテルテ氏が当選した。

 また、欧州では近年、極右政党が急激に支持率を伸ばす等、中長期的な観点に立った政策よりも大衆迎合的な政策をとる傾向が世界的に顕著である。このことは、社会の不安定化をもたらす他、人権問題、外交問題等を誘発する可能性があり、そのことが日本企業の海外リスクを拡大させる要因となっている。


(4)世界的な社会の不安定化
 社会主義体制においては、言論・報道の自由が制限されることは一般的であるが、一部の国においては、政府による言論統制・報道規制が効かなくなっている兆候も見られる。そのため、世界的に「アラブの春」のような状況が発生する可能性を秘めていると言える。

 一国の社会の不安定化は、「アラブの春」のように、周辺国に拡大する可能性がある。また、政治体制の変化、暴動、内戦等に発展する可能性もあり、企業の海外リスクに非常に大きな影響を与える可能性がある。


(5)世界情勢の不安定化に伴なう地域紛争の拡大
 既述の通り、近年急激に極右的・大衆迎合的な政策をとる傾向が世界的に拡大している。その中で、領土問題は直接的にナショナリズムにつながることから、各国政府は強硬な姿勢をとることが多い。そのため、地域紛争が拡大する可能性が高い。

 また、既述のとおり、現状の国際政治は世界的なリーダー不在、国連・NATO等の国際機関の機能不全等に伴い、地域紛争を拡大させる要因となっている。更に、近年の過激な思想をもつイスラム教徒の増加に伴い、イスラム教徒が他の民族と接する国・地域、イスラム教徒が急激に増加している地域等で地域紛争が拡大する可能性が高いと言える。

 上記のようなことから、今後も日本企業の海外リスクは多様化・流動化する可能性が高いことから、定期的なリスク評価等の実施、リスク・危機が顕在化した場合の対応の準備等が不可欠な状況であると言える。

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【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)


以降、Coming soon... 

 

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