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海外における邦人の人的リスクと、日本企業に求められている取組み

「地政学リスクを踏まえた、日本企業のあるべきリスク管理」Vol.2(『企業リスク』2016年7月号掲載記事)

ビジネス環境のグローバル化に伴い、海外に活躍の場を求める日本企業が増えている。それに応じて、企業や社員がリスクにさらされる機会も増えている。最近では、事件・事故だけでなく、テロや自然災害など、リスクも多様化している。このような状況下で、日本企業はどのように対応すべきなのか。外務省の中でも、海外における日本人の安全対策や保護の要となる、海外邦人安全課長 石瀬 素行氏に聞いた。

在外邦人の安全確保は外務省業務の1丁目1番地

※詳細記事はPDFをご確認ください

話し手:
外務省領事局 海外邦人安全課長 石瀬 素行 氏
聞き手:
デロイト トーマツ 企業リスク研究所 主席研究員 茂木 寿
デロイト トーマツ 企業リスク研究所 主任研究員 中澤 可武
 

デロイト トーマツ:
 本日はよろしくお願い致します。最初に外務省領事局 海外邦人安全課の具体的な活動について教えてください。

石瀬 氏:
 まず外務省の方針として、海外における邦人の安全確保が非常に重要な責務であると考えています。
 先日可決した2016年度予算案にかかわる、岸田文雄外務大臣と麻生太郎財務大臣との折衝において、岸田大臣は「海外における在外邦人の安全確保は、外務省業務の1丁目1番地である」として折衝に臨みました。私は昨年末に現部署に着任したばかりですが、その言葉を踏まえ、非常に重要な仕事を任されたとつくづく思いました。
 昨年には、シリアにおける邦人殺害テロ事件で邦人が2人亡くなられました。チュニジアの首都チュニスのバルドー博物館で起きた銃撃テロ事件でも3人の邦人の方が亡くなられました。その後も各地で爆発などのテロ事件が続いています。
 これまでは、「海外に行くと、テロに巻き込まれる」といった表現でしたが、今はそれを一段階上げて、「日本人が標的になるということもあり得る」と認識すべきだと考えています。
 また地域についても、中東や北アフリカ、西アフリカは危険度が高いことは確かです。しかし今年に入ってからも、ジャカルタやアフリカのマリなど、世界のいろいろなところでテロ事件が起こっています。フランスのパリでも、ベルギーでも起こりました。これまでのように、先進国と途上国の違い、宗教などの違いにより、こっちは安全で、こっちは危険ということがなかなか言いにくくなっています。世界中のどこでも起こりうるのです。
 現地の駐在員の方など、長期で滞在されている在留邦人の方は、そこで生活するためにそれなりに準備をされていると思いますが、旅行者のように短期で滞在される方もそういった危険な目に遭遇することもあり得ます。滞在期間の長さにかかわらず、注意する必要があります。
 外務省は昨年5月、こうした新しい認識を踏まえたうえで、いくつかの注意点に関し、私たちの考えを発表しました(「在外邦人の安全対策強化に係る検討チーム」の提言<*1>)。そういった認識に基づいて、海外における邦人の安全確保を非常に重要な責務として対応しているというのが、基本的な考えです。
 もちろん世の中の状況を見ると、テロだけではなく一般犯罪などもあります。さらに最近でいえばエボラ出血熱、MERSやジカウイルス感染症なども発生していますから、さまざまなリスクに対応していく必要があると考えています。
 海外邦人安全課は、ほかにもいろいろな取組みを行っています。邦人の安全に関わることは外務省全体で行っていますが、「外務省 海外安全ホームページ<*2>」の制作は当課の担当業務の一つです。危険情報やスポット情報、広域情報、安全対策基礎データやテロ・誘拐情勢など、いろいろなものを海外安全情報として掲載しています。
 「外務省 海外安全ホームページ」では、海外に行かれる方にとって必要な情報を24時間体制で更新し提供しています。ホームページの中身は、領事局だけではなく、在外公館や地域課からも情報をもらって充実させ、外務省全体で作っています。したがって、海外邦人安全課の仕事を他の課と切り離して説明することはあまり望ましくないと思います。
 領事局では最近、「たびレジ<*3>」というサービスをスタートさせました。これは、いざというときに、在外公館などから緊急時情報提供を受けられる海外旅行登録システムです。
 外国に住所または居所を定めて3カ月以上滞在する日本人は、その住所または居所を管轄する日本の大使館又は総領事館(在外公館)に「在留届」を提出するよう旅券法によって義務付けられています。ただし、先ほど申し上げたように、長期に住んでいる人だけが危ないわけではありません。短期で渡航される方もいろいろなリスクがあります。そこで短期渡航をされる方のための情報提供手段として、「たびレジ」を作りました。
 ちなみに、「邦人テロ対策室」という名前を耳にされたことのある方は多いかと思いますが、同対策室も海外邦人安全課の中に設けられています。つまり海外邦人安全課では、自然災害、事故、病気、窃盗被害などにおける邦人保護全般に対応しておりますが、誘拐、ハイジャック、テロなどについては邦人テロ対策室で集中して対応しています。



<*1> 「 在外邦人の安全対策強化に係る検討チーム」の提言(http://www.mofa.go.jp/mofaj/ca/jnos/page3_001228.html) ※外部Webサイト
<*2> 外務省 海外安全ホームページ (http://www.anzen.mofa.go.jp/index.html) ※外部Webサイト
<*3> 「 たびレジ」 詳細は右記サイトを参照(https://www.ezairyu.mofa.go.jp/tabireg/) ※外部Webサイト

海外における邦人の人的リスクと、日本企業に求められている取組み (PDF, 6,788KB)

海外における邦人の人的リスクがますます多様化している

デロイト トーマツ:
 次に、海外における邦人の人的リスクについてお伺いしたいと思います。今、お話にありましたように、最近、海外における邦人を取り巻く人的リスクは多様化しているように思います。2015年には、テロによる死者が複数名発生しています。そういったものも含め、海外で亡くなる邦人が年間数百人いるとのことですが、どのような原因で亡くなる方が多いのかを教えてください。

石瀬 氏:
 私は先般、英国とフランスに行き、それぞれの国の自国民の安全対策について、意見交換や情報交換をしてきました。
 その中で、先方から言われた話では、当たり前と言えば当たり前なのですが、数値で言えば、海外で亡くなる方は、通常の犯罪や病気が多いのです。しかし、いわゆるテロは、社会的なインパクトが非常に強いという性質があります。「では、テロで何人亡くなったのか」という人数の比較だけで議論できるものではありません。海外で亡くなる邦人も、人数でいえば、圧倒的に病気が多いのです。少し嫌な話ですけれども、病気の次に多いのは実は自殺なのです。もちろん、その人数だけをとらえて、病気と自殺に気を付けていれば9割がた対策ができるといった認識は、間違ったメッセージになると思います。
 海外邦人援護統計における海外邦人援護件数の事件別内訳を見ると、犯罪被害は年間約5,000件、もっとも多いのが窃盗被害で、以下、詐欺、強盗となっています。
 テロでは昨年、シリアで2人、チュニジアで3人が亡くなられています。さらに8月にはタイのバンコクで起きた爆発事件で1人負傷、10月にはバングラデシュで1人が殺害されています。今年3月のベルギーにおけるテロ事件では2人が負傷されています。繰り返しになりますが、やはり、こういったテロ等の事件が与えるインパクトは非常に大きく、かつ、たまたま日本人が被害に遭わなかったけれども、遭っていてもおかしくなかった状況が、ほかにもたくさんあるのです。

デロイト トーマツ:
 最近の国際情勢の流動化に鑑み、日本企業が特に留意すべき点には、どのようなことが挙げられるでしょう?

石瀬 氏:
 私が企業の方々にもっとも申し上げたいことは、社員の安全は企業の責任であり、企業の方が主役ということです。すでに自覚を持たれている方も多いとは思うのですけれども。
 これは、政府や外務省が責任を放棄しているということではありません。企業が海外に進出をし、海外の方とのやりとりの中で経済を大きくし、活性化していくことは、日本政府として望ましく、これからのあるべき姿だろうと思っています。私は、前職で内閣官房の環太平洋経済連携協定(TPP)政府対策本部にいましたので、まさにそのような仕事をしていました。
 ですので、外にどんどん出ていっていただきたい、海外の活力を取り込んで日本経済を元気にしていただきたいという気持ちがあります。ただし、同時に、それをうまく軌道に乗せるためには安全確保に十分留意していただかないと途中で頓挫することになります。
 だからこそ、まず企業の皆さんが、自分たちが主役であるという強い意識を持っていただきたいと願っています。
 しかし、それはご担当者の方がそう思うだけでは不十分です。組織として考えていただく必要があります。外務省では、外務大臣自らが「海外における在外邦人の安全確保は外務省業務の1丁目1番地である」という意識を持っているのと同じように、企業の方々も、自分たちの社員の安全が、企業の経営基盤を揺るがすことにもなりかねないと考えていただきたいのです。
 さらに、これは蛇足になるかもしれませんが、一時的な営業上の損失は、翌年度に頑張って取り返すことができるでしょう。しかし、「この会社は社員の命を軽く見ている」といった風評、レピュテーション(世評・評判)は、いったんそれが毀損されると、なかなか取り返しがつかなくなります。
 テロが起こる可能性は低く、日常はあまり気にならないかもしれません。しかし、いったん事件が起こると、リスクが大きくなるスピードが非常に速く、素早い対応が求められます。
 ビジネスの売り上げが今月どうだとか、来月どうだというテンポではなく、一瞬にして、企業を襲ってくる可能性があるという認識で準備をしていただく必要がある。これが私の一番言いたいところです。

日本企業が特に留意すべき事項と必要な対応とは

デロイト トーマツ:
 企業として事前に準備すべき点や、実際に事件や事故が起きたらどう行動すべきか、アドバイスをお願いします。

石瀬 氏:
 一番の要になるのは、現地で何かが起こったときに、情報を集める仕組みです。日ごろの情報はテレビやラジオで入手できるでしょう。インターネットもあります。しかし、有事に頼りになるのは、やはり人です。人から入ってくる情報が大事ですので、現地のいろいろな方とのコンタクトをきちんと取ることです。
 外務省は、主役である企業の方々を支援するために情報を提供しています。「海外安全ホームページ」や「海外安全アプリ」などのツールもありますので、ぜひご活用いただきたいところです。
 何より大事なのは、情報を集め、その集めた情報を共有するということです。先ほどお話ししましたが、企業の本社やトップの方など、意思決定ができる方にどうやって迅速に情報を届けていくかという事です。
 企業規模や業種・業態によっては、現地で長期間の工事をやっている場合もあるかもしれません。そのようなときに現地情勢が悪化したら、そこから退避するということもあり得るわけです。社員の安全を確保するための退避であっても、相手側から見ると「契約に基づいて仕事をしているのに、いなくなっては困る」という話だと思います。このような際に、ビジネスを継続するかどうかは非常に大きな意思決定になります。すなわち、ビジネスの継続をどうするか、社員の命をどう考えるのか、現地の情勢をどう分析し、どう判断を下すかというのはやはりマネジメントの役目だと思うのです。そのような点について迅速な決定を誰が下すのか、事前に明確化しておくということが大切です。
 それから、若干外務省からのお願いになって恐縮なのですが、企業や団体などにおいては、どなたかに情報をまとめていただきたいという思いがあります。
 現地の邦人の安全確保は外務省の非常に重要な責務です。ただ、現地の在留邦人が30人ぐらいであれば、一人ひとりに電話して確認ができるのですが、規模が大きくなると、それも難しくなります。そこで、企業や組織、グループなどまとまった単位をお持ちの場合、それをまとめていらっしゃる方にコンタクトポイントのお願いをしたいところです。会社側から見ても、外務省にレポートしてあるということは、悪い話ではないと思います。
 たとえば日本人学校であれば、校長先生なり教頭先生なりに、児童・生徒や先生がたの安否をまとめていただくわけです。国際協力機構(JICA)でも、コンタクトできる方を置いています。日本の大企業でも、すでに何らかの仕組みをお持ちであるとは思います。旅行者の方々は、旅行代理店がまとめていらっしゃればいいですけれども、個人で行かれる方は、私たちが直接確認するしかありません。
 そういう意味で、日ごろから何かあったらその会社のコンタクトポイントは誰で、外務省、在外公館の場合は在外公館の誰なのか、ということをちゃんと把握をしておいていただきたいですね。
 また、「着任のあいさつをして以来、3年会っていない」というようだと、なかなか機能しないので、私たちも在外公館において一定の間隔で、「安全対策連絡協議会」のような形で、現地の主だった方々を集めてコンタクトを取るようにしています。
 企業の方々からすると、私たちがホームページで提供している情報が、ちょっと自分たちの実感と違うと思われることもあるでしょう。そういう点をカバーするために、私たちは在留届を出していただいている方や「たびレジ」に登録されている方に、「領事メール」と呼ぶ、現地の生の情報をお届けしています。
 先日はある企業の方から、メールの件名に、どこで何があったかのかわかりやすく記載してほしいという要望をいただきました。そういう使う側に立ったご意見もお待ちしています。
 企業のコンタクトポイントになるような方は、日ごろから私たちが提供している情報を、ぜひ批判的な目で見ていただきたいと思います。安全情報が古い、場所を特定して地図を載せてほしいなど、何でもいいと思います。私たちのサービスがよくなるようなご提言をきっかけに、我々も緊急事態の際には、あの人がコンタクトポイントだと認識しますから、ぜひ、大使館、総領事館などとの密な連絡をお願いしたいと思います。
 さらにこれは基本的なことですが、社内の意思決定ルートだけではなく、社員の方の緊急連絡網は必要だと思います。安否確認の方法や電話などの連絡手段も、きちんと決めておいてほしいところです。

情報提供に加え「たびレジ」や海外安全アプリなど新たなサービスもスタート

デロイト トーマツ:
 「たびレジ」など、外務省が提供している情報・サービスなどについてもう少し詳しくお教えください。

石瀬 氏:
 「たびレジ」の登録者数は順調に伸びています。ただし、登録のペースには波があります。
 たとえば3月の場合、1日の登録者数が30件、40件となって、ある日は78件、その翌日に181、次は150、100となって、30となっています。ベルギーの同時テロが発生した3月22日を受けて、翌日の23日が181という山を迎えたのです。
 やはり人は、何かが起こると真剣になるのです。ところが、それも3日ぐらいたつと元に戻ってしまう。これはやむを得ないことかもしれません。
 普通、「たびレジ」は自分が旅行に行く前に登録するものです。旅行に行く人の数はゴールデンウィークや夏など、増える時期はありますけれども、だいたい、一定数はいるはずです。日本からの海外渡航者は年間延べ約1700万人とされていますので、毎日、万単位で人が動いているのです。ところが、その中で1日に登録される数が30とか40、テロが起こると180とか、そのレベルなのですね。
 私は今年に入って2回出張していますが、2回とも「たびレジ」に登録しています。本来、1人が年間10回海外に行けば10回登録されるわけですから、延べ1700万人が渡航するなら1700万回の登録があっていいと思うのです。現状はまだ2~3%程度です。
 皆さんに「たびレジ」を使っていただくためには、ぜひお願いしますというだけでは限界があると思います。皆さんにメリットや必要性を感じていただくにはどうしたらいいかということになりますが、これだという答えはまだ出ていません。

デロイト トーマツ:
 私も先日出張の際に「たびレジ」を活用しました。ただ、もしかすると、個人任せでの登録ですと失念したり、面倒に感じる人が多いと思います。また、企業単位でもなかなか進まないかもしれません。たとえば旅行代理店などに対して働きかけはされているのでしょうか。

石瀬 氏:
 旅行代理店には、海外に旅行される方の旅行日程・滞在先・連絡先などのデータがあります。それが自動的に「たびレジ」に連携されるようになれば便利です。旅行者の方にとっても、同じ情報を何度も登録するのは面倒でしょう。そこで現在、旅行会社各社とデータ連携について調整を進めているところです。企業では、出張の手配について特定の代理店と契約していることも多いと思います。そこと連携し、自動的にまとめて登録してもらえるようになるのが理想です。
 あまりよくないことかもしれませんが、今回のベルギーのテロ事件などが発生するたびに理解が深まっていると感じます。

デロイト トーマツ:
aaaaa 「たびレジ」など、外務省が提供している情報・サービスなどについてもう少し詳しくお教えください。

石瀬 氏:
 「たびレジ」の登録者数は順調に伸びています。ただし、登録のペースには波があります。
 たとえば3月の場合、1日の登録者数が30件、40件となって、ある日は78件、その翌日に181、次は150、100となって、30となっています。ベルギーの同時テロが発生した3月22日を受けて、翌日の23日が181という山を迎えたのです。
 やはり人は、何かが起こると真剣になるのです。ところが、それも3日ぐらいたつと元に戻ってしまう。これはやむを得ないことかもしれません。
 普通、「たびレジ」は自分が旅行に行く前に登録するものです。旅行に行く人の数はゴールデンウィークや夏など、増える時期はありますけれども、だいたい、一定数はいるはずです。日本からの海外渡航者は年間延べ約1700万人とされていますので、毎日、万単位で人が動いているのです。ところが、その中で1日に登録される数が30とか40、テロが起こると180とか、そのレベルなのですね。
 私は今年に入って2回出張していますが、2回とも「たびレジ」に登録しています。本来、1人が年間10回海外に行けば10回登録されるわけですから、延べ1700万人が渡航するなら1700万回の登録があっていいと思うのです。現状はまだ2~3%程度です。
 皆さんに「たびレジ」を使っていただくためには、ぜひお願いしますというだけでは限界があると思います。皆さんにメリットや必要性を感じていただくにはどうしたらいいかということになりますが、これだという答えはまだ出ていません。

デロイト トーマツ:
 私も先日出張の際に「たびレジ」を活用しました。ただ、もしかすると、個人任せでの登録ですと失念したり、面倒に感じる人が多いと思います。また、企業単位でもなかなか進まないかもしれません。たとえば旅行代理店などに対して働きかけはされているのでしょうか。

石瀬 氏:
 旅行代理店には、海外に旅行される方の旅行日程・滞在先・連絡先などのデータがあります。それが自動的に「たびレジ」に連携されるようになれば便利です。旅行者の方にとっても、同じ情報を何度も登録するのは面倒でしょう。そこで現在、旅行会社各社とデータ連携について調整を進めているところです。企業では、出張の手配について特定の代理店と契約していることも多いと思います。そこと連携し、自動的にまとめて登録してもらえるようになるのが理想です。
 あまりよくないことかもしれませんが、今回のベルギーのテロ事件などが発生するたびに理解が深まっていると感じます。

5.テロ組織の更なる多様化

 テロとは政治的目的を持って行われる不法行為であり、社会に恐怖を与えることが主目的である。その意味では、過激なイスラム原理主義テロ組織によるテロ以外にも、数々のテロ形態がある。その中でも、過激な環境保護団体・動物愛護団体等のエコ・テロリストは近年、活動を活発化させており、今後も活動を活発化・過激化させると予測される。

 これらの組織は攻撃対象・活動内容により、次々に組織を組成(又は名前を変える)し、過激な活動を繰り返しており、その取締りは極めて困難である。また、過激な活動を行い、それをWeb等で宣伝することにより、一般市民からの寄付等が増加するという考えに基づいた活動を行っていることから、今後も過激な活動が増加すると予測される。

 また、これ以外にも妊娠中絶反対、他民族排斥等、数多くの過激な組織が誕生する環境となっていることから、新たな過激な組織が誕生する可能性も高いと予測される。

6.中国情勢・朝鮮半島情勢の流動化

 中国情勢は今後も、その不透明さが拡大するものと予測される。場合によっては体制において、大きな変化が起きる可能性も否定できない。更に、朝鮮半島情勢についても、2016年初からの4回目の核実験、ミサイル発射等、今後も北朝鮮が何らかの行動を起こす可能性が高いと予測される。

 中国の2015年の経済成長率は6.9%となり、1991年以降で最低の伸び率となった。また、2016年以降も6%台で推移すると予測されており、世界経済を牽引してきた中国経済が踊り場に来ていると言える。

 一方、習近平政権は腐敗撲滅に向け、大規模な摘発等が行われているが、その実効性に疑問が残る上、中国共産党内の権力闘争の激化等の可能性があることから、政治体制の流動化の可能性も否定出来ない。

 更に、インターネットを含めたメディアの監視・検閲体制も限界に来ているとされており、今後の政治状況は全く予断を許さない状況となっている。

 また、これまでは中国政府から大きな支援を受けていた北朝鮮に関しては、中国政府の姿勢も徐々に硬化しており、朝鮮半島情勢も予断を許さない状況となっている。

7.欧州の右傾化

 近年におけるEU経済の低迷、失業率の上昇、欧州におけるテロ事件の頻発等に伴い、昨今急激に政治の右傾化が健在化している。昨今の難民の流入問題も相まって、今後もこの傾向が継続するものと予測される。それにより、政府による中長期視点に立った実効性の高い政策はとられず、大衆迎合的な政策が進められる可能性が高く、更に民族的・宗教的対立が助長され、大規模テロが欧州地域で発生する可能性も高いと予測される。

 欧米全体で、政治不信が高まっている。現在、世界的に政治・経済・社会が流動化し、更に、その変化のスピードは、かつてない程に早まっている。そのような中で各国政府は、政策を決定・実行することが求められているが、変化のスピードに十分に対応しているとは言い難い。

 また、ICTの劇的な進展により、政治家個人又は政府に関する情報が数多く流通し、スキャンダル等が即座に露見することも増えている。また、政治家のパフォーマンスを評価することが困難である反面、ポジティブな情報よりもネガティブな情報が取り上げられることが多いことも、多くの政治不信を生み出していると言える。

 更に、SNS等により、一般市民の情報発信能力は劇的に高まっており、近年における価値観の多様化とも相まって、多くの世論が瞬く間に形成されると同時に、より大きな変化を求める意見に注目が集まる傾向が強くなっていることも一因として挙げられる。

 政治不信を測る指標としては、投票率の低下が挙げられる。例えば、米国大統領選挙における投票率(有権者数÷投票者数)は1960年代までは60%以上を維持していたが、それ以降は40%後半から50%台で推移している。一方、欧州議会選挙においても、1979年においては61.99%であったが、2014年には42.54%にまで低下している。

 この投票率の低下は、政治不信を背景としたものであるとも言えるが、一方で極右政党、極左政党等は固定票が多いとされていることから、これらの政党への投票率が相対的に高まるという側面も持っている。

 現在のEU28ヶ国の圏内居住者の圏外出生者数は約3,300万人(そのうちイスラム教徒は約2,000万人)と言われており、総人口(5億人強)の約7%を占めているが、2008年のリーマンショックを契機に、ギリシャの深刻な財政赤字・信用不安が表面化し、それが域内に波及し、欧州における経済低迷と失業率上昇をもたらした。これにより、外国人(移民)排斥の動きが欧州全体で高まりを見せることとなった。更に、極左勢力も外国人(移民)排斥を標榜する等、その傾向は顕著となっている。

8.地政学的な観点からの今後の海外リスクへの影響

(1)事業中断リスクの多様化・拡大
 日本企業の海外進出は拡大しており、海外生産・海外売上比率は急激に拡大する傾向にある。それに伴い、サプライチェーンはグローバル化しており、非常に緻密で複雑な様相を呈している。一方で世界的な人口増加に伴い、自然災害リスク、感染症リスクは拡大している。また、世界的なテロ脅威の拡大等、サプライチェーンの寸断のリスクが急激に拡大していると言える。

 更に、経済状況の低迷、失業率の上昇等に伴うデモ・労働争議の拡大、政府による為替・貿易政策の急激な政策変更等の問題も事業中断リスクを拡大させる可能性が高い。


(2)国別・地域別からグローバル化への進展
 2016年3月22日、ベルギーのブリュッセルで同時多発テロ事件が発生した。この背景には既述の通り、欧州には数多くのイスラム教徒が居住しており、過激な思想を持っている者も少なからず存在することが挙げられる(EU28ヶ国中、イスラム教徒人口が10万人を超える国は13ヶ国に達する)。また、近年では、キリスト教からイスラム教に改宗する若者も増加しているが、これらのイスラム教への改宗者は過激な思想を持つ場合が多く、テロ事件やイスラム国(IS)に関与する者も多いとされている。

 このように、欧州におけるテロ脅威は、過去のテロ事件、当該国内で活動するテロ組織等を基に評価するものとは、全く異質であり、現状では非常に高い状況であることを、改めて認識する必要がある。更に言えば、欧米諸国を含め全世界で、このようなテロ事件がいつ、どこで発生しても、何ら不思議ではないということを肝に銘じる必要がある。

 その意味では、テロ脅威に関しては特定の国・地域別の対応から、グローバルでの対応が必要な時期に来ていると言える。


(3)極右化・大衆迎合政策の拡大
 2016年は米国、フィリピン等で大統領選挙が実施される。米国においては、メキシコ、イスラム教徒等について過激な発言を繰り返しているドナルド・トランプ氏が共和党候補に指名されることがほぼ確実な情勢となっている。また、5月に実施されたフィリピンの大統領選挙では、犯罪撲滅のために過激な対策を訴えるロドリゴ・ドゥテルテ氏が当選した。

 また、欧州では近年、極右政党が急激に支持率を伸ばす等、中長期的な観点に立った政策よりも大衆迎合的な政策をとる傾向が世界的に顕著である。このことは、社会の不安定化をもたらす他、人権問題、外交問題等を誘発する可能性があり、そのことが日本企業の海外リスクを拡大させる要因となっている。


(4)世界的な社会の不安定化
 社会主義体制においては、言論・報道の自由が制限されることは一般的であるが、一部の国においては、政府による言論統制・報道規制が効かなくなっている兆候も見られる。そのため、世界的に「アラブの春」のような状況が発生する可能性を秘めていると言える。

 一国の社会の不安定化は、「アラブの春」のように、周辺国に拡大する可能性がある。また、政治体制の変化、暴動、内戦等に発展する可能性もあり、企業の海外リスクに非常に大きな影響を与える可能性がある。


(5)世界情勢の不安定化に伴なう地域紛争の拡大
 既述の通り、近年急激に極右的・大衆迎合的な政策をとる傾向が世界的に拡大している。その中で、領土問題は直接的にナショナリズムにつながることから、各国政府は強硬な姿勢をとることが多い。そのため、地域紛争が拡大する可能性が高い。

 また、既述のとおり、現状の国際政治は世界的なリーダー不在、国連・NATO等の国際機関の機能不全等に伴い、地域紛争を拡大させる要因となっている。更に、近年の過激な思想をもつイスラム教徒の増加に伴い、イスラム教徒が他の民族と接する国・地域、イスラム教徒が急激に増加している地域等で地域紛争が拡大する可能性が高いと言える。

 上記のようなことから、今後も日本企業の海外リスクは多様化・流動化する可能性が高いことから、定期的なリスク評価等の実施、リスク・危機が顕在化した場合の対応の準備等が不可欠な状況であると言える。

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【連載】グローバル時代のクライシスマネジメント

『ビジネス法務』にて計8回の記事連載

連載期間:2017年5月号(2017年3月21日発売)~2017年12月号(2017年10月21日発売予定)


以降、Coming soon... 

 

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