洞察

M&Aにおける独占禁止法上のリスク:公取委の企業結合審査事例から学ぶ審査の傾向と留意点(下)

経済分析とアンケート・ヒアリングの活用に係る傾向

前回はM&Aにおける独禁法上の審査に要する期間や公取委から問題解消措置を求められる可能性などについて解説しましたが、本稿では独禁法上の判断が難しい複雑な事案や重要なケースでは経済分析やアンケート調査などが実施される傾向について解説し、独禁法リスク対応のための留意点を提示します。

Ⅰ.企業結合審査における経済分析の活用~大型案件を中心として活用事例が増加

欧米を中心とする海外主要国では、当事会社が競争法上の重要な論点について意見がある場合、その主張をサポートするために経済分析(計量経済学のモデルなどを用いた定量的な分析手法)を行い、その結果を証拠として競争当局や裁判所に提出することが広く行われており、競争当局も多数のエコノミストを抱え、M&Aの審査において経済分析を実施できる体制が整っている。我が国においても、公取委が海外の当局ほど経済分析を重視、あるいは積極的に活用しているとまでは言いにくいが、近年、経済分析が用いられるケースが増えている。

企業結合審査のプロセスにおける経済分析の役割は主に、①一定の取引分野(市場)の画定、および②(市場画定後の)競争を実質的に制限するおそれの有無の判断、という二つの局面において客観的な証拠を提供することである。まず、①についてはガイドライン上、需要者にとっての代替性や供給者にとっての代替性といった観点から商品の範囲や地理的範囲が画定されるところ、経済分析の手法を用いることで、より合理的な市場を画定できる場合がある1。その結果、当事会社の市場シェアが低くなれば、②の局面においてセーフハーバーに該当し、審査期間が短期化する可能性もある。また、②についても、例えば、当事会社の市場シェアがある程度高くとも、当事会社が単独で価格を引き上げるインセンティブがないことを立証・検証したりする場合など、複雑な状況において、経済分析が合理的な判断材料を提供できる可能性がある。このように、企業結合審査において経済分析の活用が有効な場合がある。

図表1は、2012年度から2019年1月21日現在までの公表事例において経済分析が用いられた事案をまとめたものである。これによると、経済分析が用いられた事案は、第2次審査に移行した大型案件が多く、また、経済分析が用いられた論点については、上記①(市場画定)と②(競争制限的影響の有無の判断)が概ね半数ずつとなっている。

公表事例を個別に見てみると、例えば、新日鐵住金による日新製鋼の株式取得事案(2016年度事例集、事例番号5)では、当事会社グループが競合または取引関係に立つ20の取引分野のうち「溶融亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき鋼板」が単体で一つの市場とみなしうるかどうかについて、その需要関数を推定し、臨界弾力性分析というテストを行った結果が判断の参考として用いられている。また、ファミリーマートとユニーグループ・ホールディングスの経営統合事案(2015年度事例集、事例番号9)では、一般的にコンビニエンスストアの商圏は500m程度といわれていることなどを踏まえた結果、当事会社グループのコンビニエンスストアを中心とする半径500mの範囲が地理的範囲として画定され、全国2222地域のそれぞれの地理的範囲について、大量のデータを用いた経済分析が行われている。その際、GUPPI(Gross Upward Pricing Pressure Index)とよばれる、単独で価格を引き上げるインセンティブがどれだけのものかを示す指標を算出して、当事会社グループによる経営統合が競争に及ぼす影響について詳細な検討がなされている。

他方で、経済分析の結果が当事者にとって不利な状況を示す場合もある。例えば、第四銀行および北越銀行による共同株式移転の事案(2017年度事例集、事例番号12)において、公取委は、①顧客が第四銀行と競合する民間金融機関(銀行、信用金庫および信用組合)から借入れを行っている場合に第四銀行が当該顧客に提示する金利水準と、②顧客が政府系金融機関(商工中金、日本公庫)から借入れを行っている場合に第四銀行が当該需要者に提示する金利水準を比較し、統計的に有意な差があるかどうかの分析を行った。その結果、②の金利水準の方が統計的に有意に高いという結果となり、政府系金融機関による競争圧力が限定的である(当事会社にとって不利な結論)という判断の基礎となった。

図表1 企業結合審査において経済分析が用いられたケース
※クリックして画像を拡大表示できます

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1 具体例としては、ある当事会社が国内で製造する製品Xについて、価格の動きを統計的に分析した結果、中国からの輸入品である他の製品Yがその代替品として国内で需要されていることが確認できる場合、商品の範囲は「製品X」ではなく「製品XおよびY」であり、地理的範囲は「日本全体」ではなく「日本および中国」であると画定できるケースなどが挙げられる。

Ⅱ.アンケート・ヒアリングの実施~当初の当事者の主張と食い違う意見が収集される場合も

独禁法上の企業結合審査において、上述の経済分析と併せて、需要者の意見を収集するためのアンケートやヒアリングが行われる場合がある。典型的な聞き取り項目としては、M&A計画が実現して、当事会社の製品やサービスの価格が上昇した場合、製品やサービスの購入先を当事会社以外の会社に切り替えることが可能かどうか、当事会社に対する需要者の交渉力が大きく低下したりする懸念があるか、などである。このような需要者アンケートやヒアリング調査は常に行われるわけではないが、M&A計画が競争を実質的に制限する可能性の有無につき判断が容易でない場合や、一定の重要性を有するケースなどにおいて、検討のためのツールとして比較的高い頻度で実施される傾向がある。2014年度から2017年度までの事例集においては、掲載された45案件のうち14事例(約30%)で需要者アンケートやヒアリング調査が実施されていることが確認できる。

需要者アンケートやヒアリング調査の結果、当初の当事者の主張と食い違う意見が多く収集された場合、公取委は当事者の主張を受け入れない場合もある。例えば、王子ホールディングスによる中越パルプ工業の株式取得事案(2014年度事例集、事例番号3)において、当事会社は、対象商品(重袋用両更クラフト紙)の国内価格が上昇すれば、需要者は容易に輸入品に切り替えることができる状況にあるから、輸入圧力が十分に働いていると主張した。しかし、公取委が競争事業者および流通業者に対するヒアリングを実施したところ、国内の需要者は、品質や配送などの観点から国内品を求める傾向があり、今後、輸入品を多く需要するとの意見は得られなかった。これらのヒアリング結果などを踏まえた結果、公取委は競争上の問題ありと最終的に判断した。また、ふくおかフィナンシャルグループによる十八銀行の株式取得事案(2018年8月24日付公表事例)においても需要者アンケートが実施された結果、取引先の変更可能性や競争事業者からの競争圧力が認められず、長崎県における中小企業向け貸出し市場について、公取委は競争を制限するおそれがあると判断した。

このようなアンケートやヒアリングは、公取委が実施することが通常であるが、対象者となるべき需要者の選択や、適切な質問項目の設計等につきコメントを求められる場合がある。また、当事者が比較的早期において、自主的にヒアリング等を行い、調査結果を提出することが効率的な場合もある。

Ⅲ.おわりに~当事者の能動的関与が重要に

我が国における企業結合審査のプロセスにおいては、審査の長期化や、問題解消措置の適用などにより、M&A計画が影響をうけるリスクが一定程度存在する。しかし、過去の審査事例を基礎として、審査の傾向やポイントを検討することで、検討中のM&A計画のリスクにつき一定の理解を得ることができる。さらに、近年、比較的重要度の高い案件においては、経済分析やアンケート・ヒアリングが審査の結果に重要な影響を及ぼしているところ、公取委の調査・分析への受動的対応だけでなく、当事者自らの経済分析やヒアリング結果の提出など、より能動的な関与によって、リスクの管理を行うことが重要であることが示唆されている。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
エコノミクス統括 マネージングディレクター 池谷 誠
アナリスト 早木 達史

(2019.4.18)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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