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不正の未然防止のための犯罪心理学の活用

クライシスマネジメントメールマガジン 第37号

今回は、不正発生の仕組み、不正のトライアングルの「動機」、「機会」、「正当化」のうちの「正当化」について、心理学の考え方を交えて深く考察します。考察を踏まえたうえで、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリーと犯罪心理学の専門家が共同開発した、「正当化」に対応する今までにない視点に基づいたリスク評価ツールをご紹介します。

不正の検知・防止策には様々なものがあるが、多くの企業で導入されているものとして、内部統制の強化、基幹システム等によるシステムコントロール強化が一般的であろう。さらには、内部監査機能の強化、内部通報制度の強化、コンプライアンス意識の教育、人事ローテーションの導入や組織風土改革等を広範囲に導入している企業も少なからず存在する。

本稿では、上記の一般的なものに加え、新しい視点に立った不正検知の手法を一つご紹介したいと思う。
 

I. 不正の発生する仕組みとその理解

手法を紹介する準備として、やや迂遠なようであるが、不正の発生する3つの大きな原因と、企業における既存の対策の関係を整理するところから始めたい。

(1) 不正のトライアングル

アメリカ合衆国の犯罪学者、社会学者であるドナルド・R・クレッシーは、犯罪者への調査を通じて、組織の関係者が不正行為を実行してしまう原因として、以下の3つの要素を導き出している。

i) 機会

「機会」とは、不正を行うことを許してしまう環境、状況等のことである。モニタリングが行き届いていない、あるいは業務プロセスにおける統制が脆弱であるといった環境によって不正が発生するという考え方である。この機会による不正発生を抑止するためには、各部門の固有の業務プロセスにおいて十分な職務分掌や、牽制機能を強化する等の統制強化を行うことが、まずは肝要である。最近では、プロセスの脆弱性を評価、可視化できるようなデジタルツール等を活用して対策を講じることが可能となってきている。

ii) 動機

次に「動機」は、一定の理由や事情等が不正を行うに至るトリガーとなっているという考え方である。経営者や従業員はその集合体である組織に所属しており、特に日本企業においては、その組織から受ける影響が深く動機を形成しているケースが多い。例えば親会社が設定したKPIとして月間売上高・経常利益の数値が非現実的なまでの高い目標を設定されており、このKPIを達成しないと自分や部門に対して厳しい評価を受けてしまうような事情があった場合に、不正を行ってまでも必達目標に数値を近づけようとしてしまう。あるべき対策としては、目標設定の見直しや企業風土の改革が該当する。

iii) 正当化

最後に「正当化」とは、実際に不正を行ってしまった際に、自己肯定する心理状態をいう。例えば営業成績No.1の営業マンが給与やそのほかの待遇面で冷遇されているとき、自分はもっと評価されてもよい人材だ、と本人の主観的な感情から横領を正当な報酬であると自分に信じ込ませてしまうようなことである。動機とやや混同してしまいがちだが、組織不正における動機が、上記の説明にあるように、所属している組織や上司などからプレッシャーというかたちで与えられたり、個人不正であっても、実行者の経済的事由がトリガーになっていたりと、動機が半ば「外から」の影響であるのに比べ、正当化は完全に実行者の心理状態にかかわるもので、「内面に」起因する要素、いわば最後の砦であるといえる。
 

正当化を行う心理的状況についてもう少し考えてみよう。アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した「認知的不協和」という言葉がある。これは自分が認知しているものに矛盾する別の認知(不協和)を抱えたときに、一方の認知を変化させることによって、不協和状況を低減または除去することを提唱したものである。例えば、煙草を好む人に対して肺がんの危険性を伝えたとき、煙草を吸いたいという認知と、肺がんにかかってしまうという認知が不協和を起こす。仮に禁煙ができない場合に、もう一方の肺がんになるという認知を、喫煙者であっても長寿の人もいる、必ずしも肺がんだからといって早く死ぬということではない、むしろ交通事故での死亡者数の方が多い、という認知に変化させて、不協和を解消するのである。正当化が極めて心理的なものであり、程度の差こそあれ、誰にでも起こりえることが確認できるであろう。

(2) 不正発見・予防に対する犯罪心理学の活用

不正を行う者の心理状況が、不正を引き起こす3つ目の重要な要因であるとしたとき、こういった各個人の心理状況を客観的に評価、可視化することが果たして可能なのだろうかという疑問が生じる。

そこで取り上げたいのが、メディア等でよく取り上げられ今や一般的な名詞になっている感のある「サイコパス(Psychopath)」という言葉である。世間で流布しているイメージとしては「猟奇犯罪者」というところだろうが、それはメディアで作られたイメージにすぎない。犯罪心理学の研究によれば、以下にあるようにサイコパスはより広い概念であり、どの社会にも人口の1%から数%は存在し、その多くは軽微な不正や犯罪に手を染めているといわれている。なかでも、企業や組織に属し、企業不正、ハラスメント、職務規律違反などを犯すリスクの高い人々を「ビジネス・サイコパス」と呼び、近年研究が盛んに行われている。

このサイコパスの最大の特徴は良心が異常に欠如している点である。カナダの犯罪心理学者ロバート・D・ヘアによると、サイコパスの特徴は以下の通りである。

  • 良心の欠如
  • 他者に対して冷淡、共感性に乏しい
  • 恒常的に嘘をつく
  • 自分の行動に責任を伴わない
  • 罪悪感が全くない
  • 自尊心が過大で自己中心的
  • 口がうまく、魅力的に見える


当社は、「犯罪心理学の視点」を用いて、スクリーニングすることによって、不正を予測、防止することを目的とした新しいサービス「CPEX診断(Criminal Psychology Examination)」を開発した。開発は、犯罪心理学・臨床心理学の第一人者である筑波大学・原田隆之教授との共同プロジェクトとして行われ、厳密な科学的手法に基づいている。

この新しく開発された手法を利用すれば、いくつかの簡易的な質問に回答することで、対象となる者(新入社員、従業員や新しく経営層に昇進する者等)を、以下の4つの特性を組み合わせて評価することができる。
 

「対人」の因子

「対人」因子のスコアが高い人は、一見人当たりがよく、外見や立ち居振る舞いが洗練されていて、とかく注目を集めがちである一方で、巧みに相手の気持ちを読んで、相手が求めている言葉を投げかけることができる。こうした能力を使いながら、人を操作する傾向があり、相手の弱みにつけ込み、騙して意のままに操る場合がある。「対人」因子は、このように自己中心的で社会規範、法律を軽視する特性があるかどうかを評価する。

「感情」の因子

「感情」因子のスコアが高い人は、共感性や良心の希薄さが特徴であり、他者への思いやりが欠如していることから、他者への有害な行動を止めるブレーキがその機能を果たさず、不正行為を起こしてしまうこととなる。またこういった不正・不祥事を起こしてしまったとしても罪の意識を感じにくい、という特徴がある。このため繰り返し問題行動を起こしてしまうこともある。締め切りを守らない等の責任感の欠如という形で企業に損害を与えてしまうケースもある。

「ライフスタイル」の因子

「ライフスタイル」因子は、自分の人生の目標について長期的視野に立ち目標を設定したり、仕事が長続きしないケースを抽出する。この因子のスコアが高い人は、過去、未来にこだわらずその場しのぎの行動が多く、その結果、衝動的な行動をとったり、周囲に対して自分の行動が与える影響を想像できないことが多い。

「社会」の因子

「社会」因子のスコアが高い人は、反社会性が高く、社会のルールを軽視しやすい傾向があり、少年・青年時代から問題行為を繰り返していたり、反社会・反ルール的なことへの抵抗感の薄さが特徴である。


本サービスは、既に数百名のビジネスパーソンを対象に実地検証が行われており、対象者の中には過去に不正を行ったことのある者が含まれている。今回の質問の回答結果をスコア化して過去の不正履歴を用いて学術的検証を実施したところ、一定のスコアに達した対象者が将来なんらかの不正を実行する集団に属する可能性が70%近くに達する(AUC=0.67)という検証結果が得られている。質問に回答してもらうという簡単な方法によるものとしては、かなり高い精度のものと自負している。

本サービスが人事管理において有効活用されることによって、不正行為やハラスメントなどの問題行為を未然に防止し、従業員一人ひとりのコンプライアンスに対する意識の振り返りの機会を提供できるものと期待している。
 

II. おわりに

不正の発生原因を可視化し、予防するための対策は、経営の重要課題の一つになりつつある。可視化と予防の手法は、その時々のテクノロジーや研究・知見を取り入れて洗練されていくべきである。昨今のフォレンジックの世界では、データアナリティクスやAI等のテクノロジーを併用することで効果的にレッドフラグ(不正の兆候)を検知できるツールが増えてきている。しかしながら、これらは「機会」すなわち業務プロセスの統制に偏重したものといえる。不正のトライアングルに基づけば、それだけでは不十分である。今回紹介した「CPEX診断」で「犯罪心理学」の視点を加えていただき、「複眼的」な手法を確立して不正発見・予防の精度を高めていただきたい。
 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
シニアヴァイスプレジデント 扇原 洋一郎