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事例にみる会計不正 第3回 -工事進行基準-

クライシスマネジメントメールマガジン 第67号

シリーズ:丸ごとわかるフォレンジックの勘所 第56回

第61号のメールマガジンから続く会計不正シリーズである本稿では、工事進行基準に関する具体的な事例をもとに、会計不正の手口・原因と特徴的な再発防止策を紹介します。なお、会計不正全般に関する基本的な事項(第61号)、架空売上(第65号)、循環取引(第66号)の記事についてはバックナンバーをお読みください。

I. 工事進行基準と会計不正

工事進行基準とは、履行義務の充足に係る進捗度を見積り、当該進捗度をもとに一定の期間にわたり収益を認識する方法であり、建設業やソフトウェア開発業を営む企業などで用いられる収益認識基準である(注)。

(注)収益認識に関する会計基準等の強制適用により、工事契約に関する会計基準等やソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取り扱いが廃止されたが、便宜上、本稿では、「工事進行基準」と記載する。また、進捗度は原価比例法により計算することを前提とする。

 

工事進行基準による売上高は、受注金額に工事進捗度(発生原価÷見積り総原価)を乗じて計算されるが、それぞれに経営者や工事責任者などの見積りが入るため、一般的に不正リスクが高いといわれており、実際に工事進行基準を悪用した会計不正は後を絶たない。
売上高の水増しや前倒しなどの会計不正に工事進行基準が利用される場合、不正の手口としては次の3パターンに大別される。

<図表1>工事進行基準の不正パターンと手口


このうち、「①受注金額を増やす」、「②見積り総原価を減らす」パターンは、不正実行者が合理的な見積り根拠を説明できないなど、社内外のモニタリングで不正が発見できる糸口があると思われる。

しかし、「③発生原価を増やす」については、協力業者との力関係を利用した共謀を伴う可能性があり、請求書などの根拠資料が揃うことから、モニタリングでは不正を発見しにくい、あるいは不正の発覚が遅れる傾向にある。今回はこのパターンの不正事例を紹介する。

II. 工事進行基準を利用した会計不正の事例

1.S社における工事進行基準を利用した会計不正の概要

S社は上場会社であるP社の子会社であり、空調設備等の設計・施工・修理・保守メンテナンス等を営んでいる。施工にあたっては協力会社に一部業務を委託している。代表取締役をはじめ取締役の多くがP社の取締役を兼務しているが、経営全般はS社創業家の取締役a氏が統括していた。

このような状況の中、ある決算期において、取締役会でa氏が報告していた売上高等の予測値が達成できないことが判明した。予測値と実績値が乖離することを避けるため、売上高等を水増しすることを企図したa氏は、8つの協力会社から追加で請求書を取り付け、これをもって工事原価を追加計上することで、売上高を上方修正した。その結果、実績値が予測値をわずかに上回ることとなった。

<図表2>発生原価の水増しによる会計不正

 

 

2.発生原価の水増しの手口

(1)a氏の部下への指示

a氏は工事進行基準適用案件を担当する工事担当者らに対して、協力会社から実際にはまだ施工されていない工事内容や納品されていない物品に関する請求書を発行してもらうように指示した。また、経理担当者に依頼し工事原価と売上高を追加計上させた。

(2)会計上の隠ぺい工作

S社は追加発行を受けた請求書に対して支払処理は行わず、翌期の第1四半期において、翌期に実際に発生した工事原価を除いて全額取消処理を行うとともに、売上高も修正処理している。

 

3.発覚の経緯

本事例は親会社であるP社で発生した不正事案の調査過程において、P社とS社を兼務していた取締役が会計監査人に対し不適切な会計処理が行われていた旨を報告したことで発覚した。
本稿では割愛するが、調査委員会による調査の結果、S社では、他にも請負金額に未確定の受注分を含める不正なども発覚しており、また、P社においても見積書の変造や工事間の原価付替など、複数の会計不正が発覚している(前述のパターン①や③に該当)。

 

4.原因分析と再発防止策

調査委員会はS社の不正会計の発生原因として、業務全般をもっぱら統括するa氏の重圧(動機・プレッシャー)、P社によるa氏へのけん制・監督機能の不足(機会)、会計知識やコンプライアンス意識の不足(姿勢・正当化)を挙げている。
また、再発防止策として、P社グループ全体での組織風土とガバナンス改革、いわゆる3線モデルの強化、内部通報制度の再整備などを調査委員会は提言している。なお、S社においてa氏は取締役を退任している。
これに対して、P社はグループとしての具体的な改善計画・実施状況を公表しており、その中でもS社における今回の発生原価の水増しに直接関連するものとして次のような再発防止策を挙げている。

  • 工事進行基準の適用に関する社内ルールの再整理
    請求書受領が間に合わない状況で原価を計上する場合等のルールを明確化
  • 第1.5線の構築
    現業部門と管理本部の間に積算部によるダブルチェック体制を構築する
  • 子会社管理体制の強化
    工事子会社担当執行役員の設置と同役員主導による子会社管理体制の再整備
  • 協力会社に対して取引の適正化に向けたP社グループの取り組み方針の発信
    コンプライアンス重視の姿勢を発信するとともに、協力会社から不適切な要請に応じない宣誓書の提出を求める
  • 協力会社に対する定期的な取引確認の実施
    取引高の確認に加えて不適切な要請の有無も確認し、必要に応じて内部監査室によるヒアリング・面談等を実施

 

5.工事進行基準の不正リスクへの対処

工事進行基準の不正リスクが高いことは前述の通りであるが、「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」(監査・保証実務委員会実務指針第91号、現在は廃止)において、工事進行基準は「一般的に会計上の見積りの不確実性の程度が大きい」としたうえで、その理由として次のような5点を挙げている。

(1)工事損益率や工事進捗度等に経営者の偏向が介在しうること

(2)工事収益総額の見積りが、進行途上で工事契約の変更が行われる傾向にあり定まらない傾向にあること

(3)工事原価総額の見積りが、専門的知識と実務経験のある工事契約管理者の判断による傾向にあること

(4)モニタリングが労務・安全・工程管理を重視する傾向にあること

(5)見積担当部署が外注業者等との協議結果を適時かつ網羅的に収集できない可能性があること

このように、経営者による会計数値の操作の余地があることに加えて、工事や見積りの責任者・担当者にとっても、工事の施工やソフトウェアの開発という案件の個別性が高さや、現場側と管理側との間に物理的あるいは技術的な隔たりがあることから、不正を実行しても気付かれにくいという特徴があるといえる。

このような状況のなかで不正リスクへ対処するためには、再発防止策の中にも掲げられているが、「第1.5線」の設置と強化が特に有効であると考えられる。例えば、今回の事例のような発生原価の水増しを現業部門(第1線)が実行した場合、請求書という証憑が揃っている以上、不正を見抜くためには請求内容と工事内容・工程との間の不整合に気付く必要があり、通常のリスク管理部門(第2線)であれば発見が困難であろう。そのため、第1線と第2線の間にミドル部門を設置し、工事の実務経験や知識に長けたメンバーを結集し、ダブルチェック機能を負わせることで不正の予防・発見を強化することが有効な打ち手であると考えられる。また、本稿事例にあるように、金額重要性や操作性から経営者の介入動機が高いため、ミドル部門はCFOや監査役の直轄とするなど、組織上の工夫も検討すべきだろう。

III. おわりに

工事進行基準の悪用は、架空売上や循環取引とも並ぶ代表的な収益認識の不正といえる。しかしながら、本稿で取り上げた事例のように、単純な手口にも関わらず、通常のモニタリングでは発見しくにい不正パターンが存在し、経営者や責任者自らが推進する場合が多いという特徴がある。工事進行基準を採用している企業は、不正の防止・発見という観点から自社のモニタリング体制が高いリスクに見合っているか再度点検いただきたい。

次回の会計不正シリーズでは、収益認識と同じく典型的な粉飾の手口である、原価付替をとり上げる。
 

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス
山崎英樹 (ヴァイスプレジデント)

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