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テレワーク環境における文書情報管理と情報ガバナンス

クライシスマネジメントメールマガジン 第15号

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが、私たちの生活、経済、そして企業活動などの広範囲に亘って、これまで経験したことのないレベルで影響を与えており、遅ればせながら日本においてもテレワークをはじめオンライン診療、オンライン教育などのデジタル技術を活用した社会変革が起き始めています。

オフィスに通勤し、対面で会って仕事をするビジネスモデルが根底から覆された今、企業は、テレワーク推進を筆頭に、ビジネス全体のデジタル・トランスフォーメーションを一気に加速させる必要があります。そして、ビジネスのデジタル化に伴い、さらに増え続けるデジタルデータを、いかに安全に管理し、効果的に利活用するかが、今後の企業の存続と成長のカギとなります。

I. COVID-19により見えてきた従来のテレワーク環境における情報管理の課題

COVID-19パンデミックの影響により、十分に環境が整っていないもののテレワークに踏み切った、という企業も少なくないだろう。今、多くの企業が感染拡大防止措置の一環でテレワークに取り組んでいると思うが、「大半の人は社内で働く」ことが前提であったため、「社内の情報管理基盤にセキュリティ対策を講じる」という考えに基づき構築された従来のテレワーク環境では、急速な需要の高まりに応えられていないのが現状と言える。この前提から作られた、3つの代表的なテレワーク環境とそのデータアクセス方式の課題を見ていこう(【図表①】)。

1つ目は、社外のテレワーク用端末から、社内にある端末へリモートデスクトップ接続し、社内にある情報資産へアクセスする方式である。この方式の課題は、社内にあるPCが常に起動している状態にあることが前提のため、例えばオフィスの停電などの事態にリモートでは対処が困難になる。2つ目は、社外のテレワーク用端末から社内にある仮想デスクトップへ接続する方式であり、テレワーク用端末がシンクライアントとなるため、1つ目のリモートデスクトップ方式よりセキュアなデータアクセス方法と言えるが、従業員全員分の仮想デスクトップを準備するとなると、初期導入コストが高いことが懸念される。また、現状のようにパンデミックで、従業員全員がテレワークを実施し、毎日同じ時間帯に同時アクセスする場合、仮想デスクトップのパフォーマンス低下を引き起こす可能性が高い。3つ目は、VPNによる暗号化通信で、社外のテレワーク用端末を社内の情報資産へ直接アクセスさせる方式だが、この場合、テレワーク用端末が直接社内のデータへアクセスするため、情報漏洩などのリスクを防ぐセキュリティ対策をテレワーク用端末自体に講じる必要がある。つまり、従来の働き方の前提にある、「大半の人は社内で働く」、そのため、「社内の情報管理基盤にセキュリティ対策を講じる」という考えに基づき構築されたテレワーク環境では、社内の就業環境を疑似的に拡張していることと同じであり、そのような環境では、今COVID-19影響下で求められている「全員がテレワークで働く」という状態の実現は難しく、同時に、テレワーク環境の情報資産に対するセキュリティやパフォーマンスの課題を浮き彫りにしたと言える。よって、これからは従業員全員が社外にいる、つまり、いつでも、どこからでも働くことができる環境を整える必要がある。そのため、企業の情報資産を管理する考え方として、社内と社外という境界によって分けるのではなく、企業の守るべき情報資産自体にセキュリティをかけ、そこへアクセスする全ての端末を検証する情報管理基盤を構築する必要がある(【図表②】)。

図表1 従来のテレワーク環境における課題
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図表2 これからのテレワーク環境の在り方
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II. COVID-19がビジネスのデジタル・トランスフォーメーションを一気に加速させる

世界的なCOVID-19パンデミックの収束まで数年かかることが予想される今、企業は、事業存続をかけて、ビジネスのデジタル・トランスフォーメーションを一気に加速させる必要がある(【図表③】)。経済産業省が令和元年7月にまとめた”「DX 推進指標」とそのガイダンス”によると、デジタル・トランスフォーメーションとは、“企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること”とある。つまり、ビジネスのデジタル化とは、一部の業務のデジタル化や、IT導入といった便宜主義的なものではなく、企業が生み出す価値を顧客へ届けるまでの一連のビジネスプロセス全体をデジタル化し、デジタルバリューチェーンを実現させることにある。COVID-19を契機に、デジタルバリューチェーンの実現を目指すことは、ビジネスプロセス上で発生する紙文書の必要性を見直し、これまでの情報共有の在り方や、働き方そのものの考え方を大きく変えるきっかけとなるだろう。しかし、日本のハンコ文化や紙を原本とする考え方が、ビジネスプロセスのデジタル化を遅らせてきたこともまた事実である。日本は地震や台風といった天災が多い国であるにもかかわらず、ハンコ(印章・印鑑)や紙が無くならない理由のひとつには、原本性の担保があると考える。契約書や押印を電子化することによる課題は、コピーが容易になることでその原本性はどう担保されるのかという点にある。

例えば、契約書が最終化されるに至るまでのプロセスを電子化するケースを挙げてみよう。契約書のドラフトが生成されてから、内部と外部の関係者によりレビューされている過程で、編集によるバージョン管理はもちろんのこと、誰が、いつ、どのような編集をしたのか、誰の承認によって、電子押印またはサインされ、契約書が最終化されたのかという経緯と証跡を全てシステムで追跡、管理可能な文書管理基盤でワークフロー管理される。むしろ電子化することでより確かな原本性の担保が可能になる。また、企業が保管する義務のある文書を文書管理基盤にて一元管理することは、業務システム間で文書がコピーされ、証跡を追跡できず、どちらが原本か分からないといったリスクを無くすことにもつながる。このような業務プロセスデジタル化の見直しを、企業の紙やハンコが発生する業務プロセス全てに対して行うこととで、利害関係者の利便性の向上、および、紙の保管コストの削減だけでなく、パンデミックのような危機の際に、紙にハンコを押すためだけに出社する必要もなく、テレワークによって業務を継続することができるだろう。また、危機管理の観点から、再びパンデミックが起こった場合でも、全員がテレワークで途切れのないサービス提供を実現できれば、ビジネスインパクトを最小限にとどめることができるかもしれない。そして、ビジネスのデジタル化は、新たな市場開拓の機会や、将来の顧客満足度と収益向上にも貢献すると考えられる。

図表3 COVID-19が企業のデジタル・トランスフォーメーションを一気に加速させる
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III. デジタル・トランスフォーメーションにおける情報ガバナンス

COVID-19パンデミックの危機対応と再生の過程で、今後多くの企業でビジネス全体のペーパーレス・デジタル化がより一層進むことだろう。その時、さらに増え続けるデジタルデータを、いかに安全に管理し、効果的に利活用するかが、企業の存続と成長のカギとなる。そのためには、いつでも、どこでも業務が遂行でき、かつセキュアに企業の情報資産を一元管理する基盤を構築することが理想的である。また、企業で取得・生成するすべての情報をライフサイクル管理し、企業全体で情報ガバナンスを機能させる体制作りがより一層重要視されるだろう。不要な情報に埋もれながら仕事をすることは、欲しい情報を見つけるための検索時間が長くなり、日々の業務効率を落とすだけでなく、廃棄されずに情報がたまり続けることは、情報漏えいのリスクや訴訟対応などの有事における対応コストの肥大化を引き起こす。デジタル・トランスフォーメーションを加速させたい企業は、これまで以上に、企業における情報ガバナンスを強化させる必要がある。そして、デジタル・トランスフォーメーションと情報ガバナンスを強化するための取り組みが、企業として準拠すべき法規制へのコンプライアンスを高めるだけでなく、セキュリティが担保されたテレワーク環境を実現し、時間と空間を制限しない、多様な働き方の実現を後押しするだろう。

 

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執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
プロダクト&ソリューション
シニアアナリスト 出口 朋子

(2020.6.3)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。